地球セット

 物持ちが良い、という自覚はあった。

 手にしたその時はつまらない物だと思っても、いずれ興味が湧く時が来るかもしれない、そう予感してどんな物でもつい引き出しに丁寧に仕舞ってしまう。

 お陰でとんでもない物が思いも寄らぬ所から出てくることがある。これも、そのひとつだった。


 何年も前、学生時代に科学の実験教材としてもらった箱が本棚の歴史辞書の向こうに置いてあるのを見つけたのだ。

 小さな四角い箱には青い文字で「地球セット」と書いてある。

 開けてみると、中には小さな水槽と、小さな丸い石ころと、粉末が入っているらしい袋と、説明書。

 水を張った水槽に袋の中の粉末を溶かし、その中にその石ころを浮かべておけば、5ヶ月ほどで現在の地球になる、のだという。折りたたまれた説明書を広げると、小さな文字でびっしりとそう書いてあった。


 なぜか捨てる気になれず、私は書いてある通りに組み立て、机の端に置いた。


 一日一日、それは確実に成長していった。

 果たして成長という語がこの場合、相応しいのかは分からない。

 茶色い石はだんだん青い光を放つようになり、石の表面にはうっすらと気体が纏わりついているようにも見える。石は所々緑がかり、陸の形も、少しずつ変化している。

 ゆっくりと、もしくは非常に高速に、私達が居るこの星の原始から現在までを、この石は再現しているようだった。


 5ヶ月が過ぎた。

 外側から見てもよく分からないが、私の机上にある地球は今の私たちが住む星と同じように見える。陸地の形も、中で蠢く極小の生命体たちも、全てその中に再現されているようだった。

 時折、砂粒のような光が石の表面を行きかっているのを見て取れる。飛行機かもしれないし人工衛星かもしれない。もしくは、大陸間弾道ミサイルの類かもしれない。この水槽の中はそれほどまでに今の私達の世界と似通っている。


 この小さな地球の中にも”私”がいるのかもしれない、などと思いながら、今ここにいる私も誰かの水槽の中でぽっかり浮かんでいる石ころの中の一生命体かもしれない、と思いをはせてみる。

 今こうして考えている私は、その水槽の持ち主にとっては何の存在価値もない。いや、存在していることさえ知らないのだろう。

 そう思うと、まるで私が無数にある宇宙の星のひとつにさえも及ばない存在であるようで――その星たちも存在しているかどうかなんて誰も知らないのだ――胸が重く塞がっていく。


 以来、私はしばらくその水槽の存在を忘れていた。

 仕事で多忙だったことにかこつけて、世界の分身を見ることを恐れていたのかもしれない。

 水槽に石を投げ入れて10か月。ふと胸騒ぎがして水槽を見ると、いつの間にか石は粉々に砕け、水底に散らばっていた。


 ああそうか、滅んだんだ――


 私はそれをとても冷静に受け止めた。

 飼っていた猫が死んだときよりも、オルゴールが壊れて鳴らなくなったときよりも、ずっと静かにその事実を受け入れていた。


 歴史は繰り返すのだから。

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