エデン・パラダイス

 金星に、エデン・パラダイスの痕跡が確認されたそうだ。



 あの、原初の人間が追放されたという至上の楽園。禁断の罪を負ったためにその場にとどまることは許されなかった。

 以来、今まで何百万という人々がその場所を特定しようとして、そして挫折してきた。

 何しろ、原初人が追放されて以来誰もそこにたどり着いたという話はなく、現存しているのかどうかさえ定かではなかったのだ。

 今回の発見で、少なくとも現在は楽園が滅びてしまったこと、そしていつ頃まで楽園であったかが確認できるという。



 調査隊の一人に、幼馴染じみがいたはずだ。

 最近は連絡を取ってはいないが、昔から楽園の存在を信じていて、楽園がどんなものか、何故今探す価値があるのか、よく話に上った。

 「想像してみてくれ、」想像しろ、というのは彼の口癖だ。

 「今この宇宙で、人間が生産活動を行うことなく食料が手に入るシステム、どこにあるって言うんだい?

 あの話ではアダムとイブは禁断の林檎を口にしたため楽園を追い出される、解釈ではあの林檎は『知識』を象徴する語だ、

 つまり楽園とは自動的に食物を生産するセルフプロダクトシステム、人間は神にしか許されていなかった生産活動を知ってしまい、セルフプロダクトの空間から追い出された、ということだ」

 じゃあ今、自律的生産システムが解読されたところで、今度は宇宙から人間が追い出されるだけじゃないのか?

 私の意地悪い問いにも、彼は顔を歪めなかった。

 「違うさ、セルフプロダクトそのものを制御することで飢餓地域の食糧確保を図れるし、生産調整をはかることで食糧市場の暴落を防ぐことができる。

…すばらしいとは思わないか」


 まさに神の権利を冒涜しているな。

 彼の前でこそ口には出さなかったが、今もその思いは変わらない。

 確かに宇宙中に広がった人類の生活のためには、生産調整が目下の課題だ。

 遠い星での人口爆発や、今火星で問題になっている慢性的な飢餓状態を解決するために、即効性のある方法だろう。

 がそれも、現在の行き詰まった宇宙を根源から救うことはできない。




 そんなことを考えながらテレビューを付ける。

 どのチャンネルも楽園の話題でいっぱいだ。

 痕跡、として大々的に報道されているのは林檎の木の化石、大きな門の遺構と周りの塀の一部、そしておびただしい白い骨。

 ……アダムとイブのほかに人がいたということか?




 夜、幼なじみに連絡を取り、白い骨の正体を尋ねる。

 「楽園、もしかしたら僕たちが想像していたものとは違うかもしれない」

 彼は珍しく声を潜め、口外厳禁だけど、と前置きを置いた。

 あれは人骨、どれもこれも外的損傷が激しいんだ。「…つまり、争ったあとだ、楽園の中に、戦闘があったってことだ」

 声を大にしては言えないが、元素人アダムとイブは、戦いの残存者なのかもしれない。もしくは。

 楽園内からあらゆる人間を消滅し楽園を滅ぼしたのは、神ではなく。

 幼なじみの言を引き取り、つぶやいてみる。




 ――彼等の子孫たる我々の原罪とは。

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