南極

 南の果てに巨大な廃墟がある。


 遥か昔、我々の父祖が打ち立てた計画の遺産だ。遺産といえば聞こえが良いが、実際はただの残骸に過ぎない。それが遺産であったことも、今では忘れ去られようとしている。


 神の威光をより身近で受けようと、神の足元まで届く巨大な塔を建てようという遠大な計画。初めは誰もがその計画に賛同し、喜んで協力したという。天上に居る増す神に近づくには最善の方法だと思われたからだ。だから、計画を実現するために、世界各地から良質の素材が送り込まれた。労働者も集い、さらに彼らを目当てに商売を始める者も寄り集まり、彼らを養うために農園や果樹園も造られ、まるでそこは一つの国であるかのように繁栄したという。


 その楽園に関する記録は意外にもほとんど残っていない。忽然と消えたからだ。


 消滅の理由に関しては幾つかの言い伝えが残されている。


 最も広く言われているのは、楽園の内部で何らかの抗争があったという話だ。曰く、計画の実現が遅れがちなことに不満を持ち、周囲の地域を含めて塔の建設に資源を全投入すべきだという一派と、現状の生活を維持しようとする一派が争ったという。


 計画があまりに巨大だったため、本格着手までには時間を要しただろう。その間に、世界中から集まった人々が、世界中から送られてきた富を謳歌する風潮が広がったとしても意外ではない。計画が実現したところで、恩恵を被るのは自分達ではなく、自分達の子孫の代になる。そんな不確かな未来のために富をわざわざ割くのは、短い寿命しか持ち得ない人々にとっては大変勇気の要ることだったはずだ。そして、計画に心酔した人々がそんな彼らを怠惰だと糾弾したのだとすれば、破綻は容易に想像がつく。子供達が使っている教科書には、たいていこの言い伝えが書かれている。


 だが、一部の学者達は異なる仮説を打ち立てている。計画に怒った神が何らかの制裁を下したのだろう、そう唱えている。


 最も確からしいが、必然性のない答えでもある。神の怒りに触れそうな計画はこれに限ったことではない。第一、今に至っては星間を船で往来しているわけで、不謹慎にも神の目鼻の先をかすめている。それに対して神が怒ったと思われる節は見当たらない。


 その他にも、楽園に集い富を得た人々がその富を押領し集団で他の星に移住した、計画造成地には過去や未来と繋がるワームホールがあり土地ごと異世界に放出された、――など、見識者が聞けばとんでもないと目をむくような説が散らかっている。


 そういった眉唾なものも含めて様々に皆があの廃墟について語ろうとするのは、そこが夢想を掻き立てられる土地だからなのかもしれない。


 今では廃墟は氷に覆われ、飛べない鳥や小動物しか見当たらないのに、各国は威信をかけて氷の下に隠されている真実を知ろうと調査を繰り返している。かつて世界の富を謳歌した地が全てを失ったはずがない、何がしかの遺産は氷の下に残されているはずだ、そう考えて廃墟にまつわる領有権や権益を主張する国々も多い。軍事衝突を予め防ぐために国際条約さえ結んでいるほどだ。近年温暖化で氷が融け始めているのも、そうした国々がいち早く廃墟から富を得るための陰謀なのではないかという疑惑さえ生まれている。何世紀にもわたり、氷に覆われた廃墟を巡る争いは燻ったままだ。そうした争いを尻目に、海の上から巨大な氷を眺める観光がはやり始めているほどだ。


 氷の下に失われた富が地表に露わになることを神が望んでいるのかは知る由もない。


 ただ、神の威光を得るという当初の計画を達しようという者が再び現れてはいないことだけは確かである。

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