第8話 兄妹
「有り得ない。有り得ない。何で、お前がこの物語に介入できるんだ? この世界には幾重にもブロックシステムを張ってきたというのに……」
「ブロックシステム? ああ、あんなシステム、俺に通用するわけないだろ? 何個システムで保護しようが、お前の事は俺が一番よく分かっている。解除するなんてのは朝飯前だ」
「嘘だ、嘘だっ! 何で、私の物語に介入するんだ? お前には関係ないだろ! 私の世界に入ってくるなよ!」
「可愛い妹の物語だ。兄貴が心配で見に来てやったというのに、酷い言われようだな」
妹……? 確か、ギナはそう言った。俺は二人のやり取りを意味も分からず、黙って聞いていた。ギナはそれを見かねたのか、俺の方を向いた。
「イグマ。混乱しているようだな」
「ああ、俺にはお前達が何を言っているのか、さっぱり……」
「うーん、これをお前達、登場人物に説明するのは難しいんだが……」ギナは頭を掻いた。
「まず、俺はお前の想像している通り、この世界の登場人物であるギナであるが、ギナでは無い。簡単にいえば、そこのミルフィーと同じ創造主の一人とでも言えばいいのか。創造主と言うと、何だか壮大に聞こえるがなあ」
「創造主……」
「普通、世界に神様は一人だろ? まあ、多神教もあるが、それは置いといて……。この世界は神、ミルフィーによって創られた。だが、神様にも家族とか兄妹は居るもんだ。兄は兄で別の世界を創っている神様。それが俺ってわけだ」
「だから、ミルフィーの兄ってことか。創造主としてのミルフィーの兄」
「そう。で、俺はその可愛い妹の初めての世界創造を是非、傍で拝見したいと思って、こうやって一登場人物のギナとして、この世界に存在しているわけだ」
「でも……」
俺はミルフィーの方を見た。さっきまで鬼気とした雰囲気を出していたが、今は恥かしさで赤面している唯の女の子だった。
「本人は迷惑そうにしているな……」
「まあ、そうかもしれないな。例えば、家でコソコソ描いていた自作小説が、知らない所で家族に見られているっていう感じだろうからな」
俺は、それは相当恥かしいものだと思った。
「ミルフィー。俺は、登場人物として、お前の物語を見させてもらったが。こう言っちゃ何だが……。何だ、このふざけた物語は? 設定もありきたりだし、主人公もありきたりなイケメン。物語の進行も単調でつまらん。しかも、ボスが唐突に魔王って……」
「わぁぁぁぁぁ~!! それ以上、言うなぁ! 言ったら、殺す! ぶっ殺す!!」
ミルフィーは湯気が出そうなほど、顔を赤くして、喚いていた。
「ただな、一応、良い点もある」
そう言って、ギナは視線をノルンに向けた。ノルンは呆然としながらも、話の筋だけは聞いていたのだろう。自分に注目が集まっていると分かり、顔を上げた。
「彼女はこの物語の中で非常にグッドだ」
「俺の好みのツンデレタイプだし、成り行きとは言え、創造主に刃向かうほどの力と意思を持っている。脇役にしておくには勿体ないぐらいの逸材だ」
ノルンは自分が褒められているのか、よく分からなかったが、それでも少し照れているようだった。
「その娘は……」
ミルフィーは言葉に詰まっていた。
「どうした? ノルンもお前が創った登場人物なんだろ?」
「そうだけど、その娘は特殊なの。私が思った通りに動いてくれないし、滅茶苦茶強くなってしまって、魔王まで簡単に倒しちゃうし」
「ふふふ。ミルフィーよ」ギナは得意げな笑みを浮かべながら言った。
「それは物語を創造する者にとっては良い兆候だ。登場人物が自分の手を離れ、好き勝手に動いてしまう。これほど、創造主にとって嬉しい事はないんだぜ」
「でも、こんなの私の物語じゃない。このままだと、あの娘、完全に私を食って、この物語のヒロインになっちゃう」
「良いんじゃないか? お前の物語の結末よりは、何倍も面白そうだ」
ミルフィーは鋭い視線でギナを睨んだ。
「あんたには関係ないっ! 私がこの物語をどう創ろうが!」
「まあ、それはそうだ。この物語の結末はお前が決めればいい」
「言われなくても、そうさせてもらうわっ!」
そう言って、ミルフィーはバニッシュソードを再び構え、ノルンに向けた。
「ミルフィー!」
俺は、ギナの衝撃のカミングアウトでこの場が和んで、何とか事態は良くなるのではないかと勘違いしていた。駄目だ。やっぱり、ミルフィーはノルンを消すことには変わりないのか。
「ノルン。あなたがどれだけ、この物語で活躍する有能な登場人物であったとしても、私が決めたこの物語の結末は決まっているの。それを変えることは出来ない」
ノルンも覚悟を決め、跪き頭を垂れた。
俺はギナの方を見た。しかし、さっきとは違い、もうミルフィーに何も言わず、ただその光景を冷静に見ていた。すると、ギナがこっちの方を向いた。そして、近付いてくると、俺に耳打ちした。
「イグマ。俺はお前にも期待しているんだぜ? ミルフィーと結ばれるはずだった主人公が心変わりし、仲間の女の子を好きになってしまった。そして、ミルフィーに殺されそうになっているノルンを助けるっていう結末。俺は悪くないと思うぜ」
俺は剣を握りしめた。
「聖剣グランレギオン。ネーミングとしてはイマイチだったが、一応、神殺しの力を持っている。後はどうするかはお前次第だ」
後はどうするか。それはもう決まっていた。この世界がミルフィーの創ったものだろうが、ミルフィーの望んだ結末がどうだろうが、もう関係ない。俺は俺のしたいようにさせてもらう。目の前の死にそうになっている女の子を助ける。それだけだ!
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