第7話 ノルンの思い
この光景は前にもあったな。俺は最初の冒険でボス戦の時にノルンに助けられた時の事を思い出していた。そして、倒れた魔王を見た。
まさか……。まさか、ノルンがやったのか?
俺はノルンを見た。まるで魔法を使ったような素振りを全く見せなかったはずだが。
「ノルン。お前の魔法であいつを倒したのか?」
ノルンは俺の質問には答えず、玉座の方を見た。
彼女の視線の先には、今起きている光景が信じられないと言わんばかりに立ちすくんでいるミルフィーの姿があった。そして、ミルフィーは一歩ずつゆっくりと俺達の方へ近づいてきた。
「ミルフィー! 良かった。無事だったんだな」
ミルフィーは助けられて安堵、というよりもむしろ、前よりも緊張した面持ちで俺達の方を見ていた。
「ミルフィー、どうしたんだ? 魔王は倒したんだぞ?」
「どういう事よ。あなた何者なの?」ミルフィーは怪訝そうにしていた。
「何者って、俺だ。イグマだよ」
俺は真面目に答えたが、どうやらミルフィーが質問している相手は俺では無かった。
「私は私。あなたからノルンと名前を付けられた唯の魔法使い」
ノルンは淡々とした口調でそう言った。
「嘘。この魔王は私が創った最強の魔物よ。この世界にはこの魔王よりも強い存在は居ない。それを魔法使いの打撃一発だけで倒せるわけがない」
ミルフィーは険しい視線をノルンに向けた。ノルンは顔に薄ら笑いを浮かべていた。
「やっぱり、あなたは自分が思い描いた通りのストーリーじゃないと満足しないんだね。唯の魔法使いの女の子が魔王を倒したら、都合が悪いのね」
「最初からおかしいと思ってた。何のバグか分からないけど、この世界のルールを逸脱する存在は要らないわ」
ミルフィーは冷たい表情を浮かべ、俺達から少し離れた。
「おい。ミルフィー、何を言ってるんだ? 俺達は魔王を倒したんだ。これで終わりだろ?」
「イグマ。無駄よ。ミルフィーさん、いや、創造主様は自分の思い描いたストーリーに沿わないものは気に食わないのよ。例えば、唯の魔法使いの小娘が魔王よりも強力な力を持つ事にね」
そう言って、ノルンもまた間合いを取り、杖を構えた。
「イグマ。前に私には夢がないのかって聞いたよね。正直、今も分からないわ。ただ、主人公を助ける魔法使いとして生み出され、主人公と一緒に戦って、それで戦いが終わったら、その後は何も無くなるそんな存在。そんなの馬鹿馬鹿しいと思った。でも、私は自分のこの力が増すのが分かるにつれ、試したくなったの」
ノルンは構えた杖に両手をかざした。
「自分がどれだけ強くなれるのか、もしかしたら、この創られた世界を変えてしまうほどの力を持つ事が出来るんじゃないかって。そうすれば、私は自分が生きたこの世界に何らかの意味を持たせる事ができるんじゃないってね」
「ノルン……」
ノルンが構えた杖から眩い光が噴き出した。
「これは、私が編み出した最強の魔法。名前は、そうね、運命の女神ノルンの名前にちなんで女神の極光とでも名付けるわ」
ノルンの杖からは、まるで本当にオーロラが噴き出しているかのように、杖の先から眩い緑光が蛇行しながら拡がっていた。そして、ノルンは杖をミルフィーに向けた。
「止めろっ、ノルン!」
俺はノルンを止めようとしたが、激しい光に阻まれ、ノルンに近付く事さえ出来なかった。そして、女神の極光は集約され、光線となってミルフィーに目掛けていった。
巨大な光線をあっという間にミルフィー包み込んでしまい、その姿は光の中に消えていった。ノルンは、膝を付いた。
「魔力切れ……」
ノルンは持っていた魔力を全て使い果たしてしまい、その場にへたりこんだ。
「ミルフィー……?」
俺はミルフィーが消えていった光の先を追った。光は次第に拡散していき、元の薄暗い部屋が戻ってきた。
「……!?」
俺とノルンは目を疑った。そこには、全くその場から一歩も動いていないミルフィーの姿があったのだ。しかし、その姿は一糸まとわぬ姿であった。
「ふーん。さすがね。この世界で一番、耐久性を持たせたあのドレスを破壊するなんて」
衣類こそ、こなごなになったものの、ミルフィーは全くダメージを受けていなかった。
「やっぱり……。神様だから規格外なのは分かっていた。でも、それをこんなにはっきりと見せつけられると落ち込むものね……」
ノルンは自分が完全に敗北したのを悟って、戦意を失い、ただ項垂れていた。
「ノルンちゃん。あなた勘違いしてるわ。この世界の強い弱いの基準を神様にあてはめる事自体が間違っているの。例えば、舞台の上の登場人物がいくら最強だ、無敵だ、神にも匹敵する力を持っている、と言っても、その力が舞台を見ている観客に影響を及ぼすと思う? 私が言っているのは、そういう意味で次元が違うってことなの。私とあなたはね」
ミルフィーは子供を諭すような口調でそう言った。そして、手から手品のように白いローブを取り出し、身に纏った。
「例え、あなたが私の存在を消すぐらいの力を持って、ミルフィーというこの肉体を破壊出来たからと言って、私はまた別の肉体に移って、この世界に干渉できるの。だから……」
ミルフィーはノルンの傍までよって、ノルンの項垂れている頭をぽんぽんと叩いた。
「あなたはよく頑張りました。でも、その努力は全て無意味、って事よ」
ミルフィーは屈託のない笑顔を浮かべて、無慈悲にもノルンにそう言い渡した。
「ノルンちゃん。あなたを壊す方法は幾らでもあるけど。その努力に免じて、特別な方法で殺してあげるわ」
ミルフィーは右手を付き出した。すると、何もない空間から剣が浮かび上がった。彼女はその剣を掴んだ。
「これはね。バニッシュソードって言うの。もちろん、この世界に無い剣よ。言うなれば、紙に鉛筆で書かれた落書きを消す消しゴムのようなものね。これで斬られた存在は、肉体はもちろん、存在した痕跡すら消してしまう禁断の武器よ」
それは怖ろしい武器であった。存在すら消してしまうとは。
「ミルフィー、止めろっ! 戦いは終わったんだ。ノルンを消しても何も変わらないだろ?」
ミルフィーはこの戦いが始まって初めて、俺の言葉が耳に入ったようであった。
「そうね。変わらないわ。だから、消すの。そして、あなたが魔王を倒した事にして、私と結ばれてハッピーエンドよ。元より、この子が居ても居なくても影響は無いわ」
「ミルフィー……」
俺はそんな理由でノルンを消してしまうミルフィーを憎んでいたが、きっと、あの剣でノルンの存在を消してしまったら、俺はそんな事も忘れてしまうのだろう。
「くそっ。ノルン、逃げるんだ!」
俺は叫んだ。ノルンは項垂れていた頭を少しだけ動かし、こちらの方を見た。
「イグマ……、もういいよ。私はやるだけの事はやったからもう満足だよ。どうせ、私はここで生かされても、この後のハッピーエンドには私の出る幕は無いんだよ。だったら、ここで死んでも変わらないじゃない」
ノルン……。俺はそんなのは間違っていると思いたかった。でも、何も言い返すことは出来なかった。
「言い残す事はそれだけ?」ミルフィーは剣を両手で持ち、振り上げた。
「ほんともう、何なのよ。これじゃあ、あなたがヒロインじゃない。さしずめ、私が悪役みたい。嫌になるわ。早く、こんな物語終わらせましょう」
絶体絶命。俺はそれしか頭に思い浮かばなかった。しかし、その時、俺の頭の中で声が響いた。
(グランレギオン……)
誰だ? 誰の声がするんだと思い、辺りを見回したが、俺達以外には誰も居なかった。
(その剣を使え……)
やっぱり、声がする。そして、俺の視線は何かに強制されるようにある一点に向けられた。そこに何かが落ちている。あれだ。さっき、ギナが使っていた、あの伝説の剣。
(その剣を使うんだ……)
俺は頭の中の声を信じるしかなく、急いで、剣を手に取った。俺の行動に気付いたミルフィーがこちらを向いた。
「イグマ? 何のつもり? まさか、それで私と戦うつもりなの?」
俺は、もう意味が分からなくなっていた。創造主であり、仲間であり、幼馴染の許嫁であったはずのミルフィーに剣を向けている。俺はノルンの事を知るにつれ、ノルンの事が気になっていたのかもしれない。だからこそ、今、ノルンがやられそうになっているのを黙って見ている事が出来なくなっていたのだ。
「何よ……、主人公である、あなたまで私に牙を向くの? おかしいじゃない。私はヒロインよ。この後、ハッピーエンドになって、あなたを結ばれるのよ? 何でこうなってしまったの? 何でこの物語がこんなに滅茶苦茶になってしまったのよぉ!」
ミルフィーは頭を抱え込んで、動揺していた。こんなミルフィーを見たのは初めてかもしれない。
「おかしい。おかしい。おかしいわっ! 全部、おかしい! あなたも、この娘も、この物語もっ!!」
ミルフィーは剣を振りまわして、俺の方に向けた。
「バグだらけ。こんなバグだらけの物語なんて全部、壊してしまえば良いのっ! もう一度、創りなおすんだからぁ!」
ミルフィーは剣を構え、俺の方に突進してきた。俺も聖剣を構えた。
「イグマ、あなた馬鹿なの? 私の話を聞いてた? バニッシュソードは全てを消すの。そんなちんけな剣で、このバニッシュソードは防げないのよっ!!」
ミルフィーが俺に目掛けて、剣を振りおろした。キィィィンと金属同士がぶつかる音が響いた。その瞬間、ミルフィーが退いた。
え? と俺が疑問に思うよりも先にミルフィーが言葉を失って、固まっていた。
「な、なんで、消せないの? 何でバニッシュソードで斬れないものがこの世界にあるの?」
「お嬢ちゃん。何でも斬れる剣なんて創っちゃ駄目だぜ。そんなのあの昔話みたいに言葉通りすぐに矛盾しちまうよ」
俺達の後ろから男の声がした。俺は恐る恐る振り返った。
「お前は……、ギナ! 無事だったのか!」
俺はギナに駆け寄った。しかし、確かにギナのはずだが、その雰囲気は何だか変わっていた。
「魔王に吹っ飛ばされた時は死ぬかと思ったよ。本当、無茶苦茶な設定にしてくれたもんだよな、お嬢ちゃん」
このギナは何か違う。いや、ギナ本人なのは間違いないが、少なくとも、俺達と同じようにこの世界の設定、そして、ミルフィーの事を知っている。ミルフィーがギナを睨んだ。
「お前……、何者だ? 私の剣で斬れないものなんてこの世界には無いはずなのに……」
「ま、まさか、お前は……!」
「そ。そのまさかだよ、お譲ちゃん」
ギナはにやりと不気味な笑みを顔に浮かべた。
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