第5話 それぞれのひと月

 辺りが静まり返った後、俺はゆっくりと重い身体を起こした。魔王が去った後、俺達3人だけがこの広間に残されていた。ギナは倒れて、俺も満身創痍だった。ノルンもまた呆然と立ち尽くしていた。

「ノルン。どうやら相手が悪かったようだ。出直して来るしかないな」

「……」ノルンは黙っていた。

「しょうがないだろう。ミルフィーの思惑通りに動くしかないんだからな」

「……」ノルンは相変わらず黙ったままだったが、俺をじろりと睨んできた。

「何だよ?」

「ちょっといい?」ノルンはそう言って、俺の方に近付いてきた。

「前から聞きたかった」

 ノルンは真剣な眼差しで俺の方を見た。

「思惑って何? 私達の設定ってどういうこと? ミルフィーさんとあなたは何者なの?」

 俺は驚いた。この世界、物語の裏事情について登場人物は知ることが出来ないものと思っていた。主人公の俺と創造主ミルフィーだけが知り得るものだと思っていた。これは俺達に落ち度があったかもしれない。仲間達が居る中で、べらべらとこの物語の裏事情について話していたせいだ。

「ノルン。いや、それは気のせいじゃないか。言葉の綾ってやつだ。思惑ってのは魔王の思惑ってことだ」

「違う。あなた達は何かを隠している」

 俺は勘が鋭いノルンをこれ以上騙し通せないと思い、観念した。俺はこの世界の事、ミルフィーが創造主である事、俺達の物語は全てミルフィーによって創られているという事を全て話した。


「そう」

 ノルンはそう呟いただけで、あっさりと納得してしまった。

「この話を信じられるのか?」

「そうね。結局、ミルフィーさんがこの世界の神様って事なんでしょう? 私もあなたもあの魔王も全てミルフィーさんによって創られて、ミルフィーさんの意思で動いている」

「まあ、そうなんだが……」

「だったら、信じるも信じないも受け入れるしかないわ」

 ノルンは俺が思っていた以上に大人であった。俺はこの事情を上手く理解するのにかなりの時間がかかったというのに。


「それにしても……」

「ミルフィーさんは結局、どうしたいのかな。魔王を倒した後は? この物語の結末は?」

「それは……、月並みだけど世界は平和になって、俺とミルフィーが結ばれてハッピーエンドになるんじゃないか?」

「そう」

「じゃあ、私は……?」

 そう言って、ノルンは不安げな眼差しで俺を見た。

「お前は……」

 そう言いかけたところで、俺は言葉に詰まった。この物語の結末について、俺とミルフィーに関しての俺の予想はおそらく間違いないだろう。だが、ただの脇役であるノルンやギナについて、ミルフィーが何か考えているか俺には分からなかった。

「そうだな。魔王を倒した英雄になって、世界一の魔法使いとして認められる、とか? それで、王宮の魔法使いとして裕福な人生を送るってのはどうだ?」

「……」

 俺は思いつく限りのハッピーエンドを語ってみたが、どれもノルンは気に入った様子では無かった。

「そもそも、お前は夢とか無いのか? ミルフィーに話してみれば、魔王を倒した後、叶えてくれるかもしれないぞ?」

「夢……?」ノルンは俯いた。

「そんなものは無いよ」

「じゃあ、どうして魔法使いになったんだ? どうして俺達の仲間になったんだ?」

「分からない……」

「そんなことは無いだろう? 誰だって夢くらいは……」

「そんなこと言われても分からないよ。気が付いたら、あのギルドに居て、あなた達が仲間にしてくれるって言うから仲間になっただけ! それだけなのっ!」

 ノルンは今までになく、激しい剣幕で言い返してきた。

「ノルン……」

 くそ……。ミルフィーの奴。本当にこの子に何も設定を与えなかったのだ。記憶喪失の設定にされてしまった俺だが、何も設定が無いという事は記憶喪失よりも性質が悪い。思い出すような過去が本当に無いのだから……。


 ノルンはすたすたと出口に向かって歩き始めた。

「おい。何処に行くんだ?」

「帰るの。ミルフィーさんを助けないといけないんでしょう? まだ一カ月あるから、それで修行して強くなって魔王を倒さないと!」

「おい、お前の質問に対してはまだ何も答えていないぞ」

「もういいよ。自分の役割が何か分かったから……」

 ノルンはもう自分の事はどうでもいいと言わんばかりの態度であったが、俺はもう何も彼女に掛けてあげる言葉が見つからなかった。


 それから、俺達は伸びているギナを抱えて、城を後にした。

 昨日と同じ場所で野宿した俺達は何も話す事も無く、疲れ切った身体を休めるべく、すぐに眠りについた。そして、街まで帰ってきた。

「あと、一か月……」

 俺は途方に暮れていた。こんな短期間であの魔王に勝てるほどに強くなれるはずがない。いや、きっと、ミルフィーの事だ。俺達が何とか勝てるようにと密かに魔王を弱体化させてくれるはずだ。そう思うと、俺は一気に気が楽になった。

「ギナ。ノルン。ちょっと話がある」

 俺はギルドに戻ると、仲間達を集めた。


「単刀直入に言う。ここでパーティーを解散しよう」

 唐突に俺はそう切り出した。

「お前達も知っての通り、あの魔王は強すぎる。数日の間に奴に勝てるほどに強くなれる可能性はほぼゼロに近い。だから、わざわざ無駄死にする為に出向く必要はないと思うんだ」

「おいおい。ミルフィーはどうすんだ? このままだと魔王の妃になってしまうぞ」

 予想通り、ギナはそう反論した。

「もちろん、それは困る。だから、俺だけはあいつを助けに行く」

「お前だけって……」

「心配するな、ギナ。俺にはとっておきの秘策がある。ただ、お前達まで危険な目に合わせる事はないと思ったんだ」

「秘策ってなんだよ」

「秘策は、秘策だ。ここでは話せない」

 話せない、というか、俺にも分かっていないんだがな。単に俺が魔王に負けて死ぬという結末だけは無いだろうという楽観的予測にすぎない。

「そうか、お前がそこまで言うのなら。これはお前の戦いって事なんだな」

 ギナは予想通り、俺の良く分からない秘策で納得してしまったようだ。後は……。

「ノルン。お前もそれで良いな?」

「うん、別に良いよ」

 ノルンはあっさりと承諾したので、拍子抜けしたが、ノルンは元々さばさばしたところがあったから、こういう時もドライな対応をしてくれたのかもしれない。いや、ノルンとはあの話をしたから、俺の秘策が分かったのかもしれない。いずれにしても、これでこの二人に迷惑をかける事は無くなった。

「イグマ。たとえ俺達は解散しても、心はいつも一緒にある。いつでも辛い時は助けに来てやるからな!」

「お、おう!」

 いつの間にギナはこんなに熱いキャラになったのだろうか。とりあえず、こいつと最後の戦いまで一緒に居たら、きっと俺を庇って死ぬ事になるのは間違いなさそうだから、ここで別れて正解だっただろう。

「じゃあな、皆。元気でな」

 俺はギナとノルンに別れの挨拶をして、その場を去った。


「さて、どうしたものか」

 魔王の事はミルフィーが居てくれれば、きっとどうにかなるだろう。だから、今から何かの策を練ったり、修行して強くなる必要もない。とすれば、約束の日までどうするべきだろうか。俺は街を見回した。そして、ある事に気付いた。

 何という事だ……。俺は今、一人きりだ……!

 そう、この物語が始まって以来、常にミルフィーが傍に居た。そして、今、初めて一人になったのだ。何というか、とてつもない開放感を感じる。これが自由と言うものなのだろうか。俺は今、この世のあらゆる束縛から解放されているのだ……!

 俺は今までに感じた事がないような幸福感を抱きながら、街を彷徨っていた。あと、一か月……。突然、俺は倦怠感を覚えた。そうだ。この物語が始まってから、ずっと冒険の毎日だった。一つの旅が終わっても、すぐに次の旅へと移るという強行スケジュールの毎日……。俺の身体は気付かない内にぼろぼろになっていたのだ。いや、肉体的には例のミルフィーの回復魔法で何とかなっていたが、それはまるで強滋養ドリンクを何本も飲まされるが如く、身体を酷使され続けてきたと言っても良い。しかし、精神的にはずっとすり減り続けてきたのだ。そうだ。俺は休息を欲している。一か月もあるのだ。少しぐらいは家で休息の期間を取っても誰も文句を言わないだろう。魔王という強大な敵と戦う前に精神的にリフレッシュする期間が必要のはずだ。


俺はそう自分に言い聞かせ、自宅に戻った。たまらず、ベッドに向かいそのまま倒れこんだ。

「もう、何もできない……」

 そう言い残して、俺の意識はすっと遠ざかっていった。


 俺の意識はしばらく戻って来ない。そう。少しぐらいの休息のはずがこの一ヶ月間、このままだらだらと過ごしてしまうことになるからだ。だから、俺の状況をここに書き綴っても仕方がない。そんな事よりも、俺と別れた二人の行方を追ってみる事にする。だらだら過ごしていた俺の一か月をだらだら読まされるよりはきっとマシなはずだ。



 ギナは俺と別れてからはどうやら別のパーティーを組んで、冒険を続けていた。そもそも、俺達とパーティーを組んでいた時も、ギナをメンバーから外した時にはギナは古くからの知り合いらしいパーティーと一緒に冒険に出ていたのだ。ギナと最初に出会った時から分かるように、彼は無類の女好きだ。彼のパーティーは、常に女だらけであった。

「ギナぁ~。次はどこに冒険するぅ~?」

「ちょっとぉ。ギナは次は私と冒険するのよ!」

「年増は黙っててよ! ギナと冒険できるのは若い娘だけなんだから」

「何よ。あんたは歳サバ読んでんでしょ。見ればわかるわよ!」

 ギルドの中の酒場で、女達がギナを囲んで言い合っている。戦闘では盾役にしかならなかった彼だが、悔しい事にそのルックスとイケイケで男前の性格からして、女にモテてしまうのだ。

「おいおい、ハニー達。俺をめぐって争わないでくれよ」

「相変わらず、モテモテねえ」

 イザベルがカウンター越しにギナに声をかけた。

「本当にしょうがないハニー達だよ。これじゃあ、冒険にも行けやしない」

「いつものメンバーはどうしたのよ? 最近、見ないじゃない」

 イザベルは辺りを見回して、そう言った。

「まあ、そうだな……。いろいろあってな」

 ギナは意味深に、そして気障っぽく、酒を飲みほした。

「そうね。この業界、いろいろあるものね……」

 イザベルは意味深にそう言い、それ以上は何もギナに聞かなかった。

「それはそうと……」イザベルはまだ言い争う女達を指差した。

「早く、あの娘達をまとめて、さっさと仕事に行ってくれないかしらん?」

「うっ……」

 ギナは面倒くさそうに腰を上げ、女達の元に行った。

「さあ、ハニー達。全員で冒険に出ようぜ? まだ見ぬ世界の宝を探しにな」

「「ギナぁ~!」」

 ギナは、群がる女達を引き連れて、外に出た。

「さて、と……」

 女達を引き連れて、先頭を歩くギナは考えていた。

「もうすぐ、あの日が来る」

「俺もいろいろ準備しなきゃいけないな。俺もとっておきの秘策を持って行かないといけないしな」

 そう独り言を言い残し、ギナはギルドを後にした。



「荒れ狂う炎よ。彼の者を焼きつくせ!!」

 少女の杖からは、少女の身体の何倍もの炎が湧き出し、岩石地帯を目掛けて飛んで行った。そして、轟音と共に岩石が砕け、その跡には溶岩の海と化していた。


 ノルンは、俺と別れた後、一人で人里離れた山奥に行き、そこで山籠りをしていた。魔力を上げる修行の為であった。元々、彼女の魔力は強大であったが、今やその修行の成果もあって、魔力は以前とは比べ物にならないほど高くなっていた。しかし……。

「駄目。こんなのじゃあ駄目……!」

 ノルンは拳を握りしめ、悔しさで地面に伏した。

「この程度の魔力じゃあ、まだ勝てない……、全然足りない!」

 ノルンは立ち上がり、再び杖を握りしめた。ノルンはもう既に以前のノルンでは無かった。あれほど魔力を節約し、貯めておく事に神経を注いでいた彼女であったが、今はもう魔力を出し惜しみするどころか、魔法を繰り出すごとに己の魔力全てを込めていた。そして、不思議な事に一度使いきったはずの魔力は、ノルンが気力を戻すと共に、魔力も復活していたのである。いや、その魔力は復活する度に以前よりもより強大なものとなっていた。それほどまでに彼女を突き動かしたものは何だったのだろうか?

 自分の存在理由が無いと言うノルンであったが、何かしらの意味を見つけたのか。それともただやけくそになって、腹いせの為に魔力を使っているだけなのか。

 ノルンが過酷な修行をしている最中も、部屋でぐうたらしている俺にとっては、そんな理由を知る由も無かったのだ。



 そんな感じでそれぞれの一か月が過ぎていった。俺は相変わらずのぐうたら生活を送っていた。ギルドでの稼ぎもあって、一か月ぐらいは何もしなくても生活できたのだ。起きては、本を読み、飽きたら街をぶらぶらと歩き、夜には酒場で、飯を食い、酒を飲み、酔っ払って家まで帰って寝る。この繰り返しの一日であった。そして、あまりのぐうたら生活のせいで、俺は一か月が過ぎようとしても例の日の事をすっかり忘れてしまって、いつものように寝過してしまっていた。


「はっ!!」

 俺は突然、その事を思い出し、飛び起きた。……と思ったら、目覚めたのは俺の部屋ではなく、薄暗い鬱蒼とした森の中にいた。

「ここは……?」

 前方の森が開けたところを見ると、見覚えのある光景が拡がっていた。

「う……」

 あの魔王の城だ……。俺は瞬時に判断出来た。ミルフィーがわざわざ俺をここまで転送したのだ。そして、よくよく自分の身体を見てみると、ご丁寧にも鎧や武器も装備されていた。しかも、これまでに見た事のないような強力そうな武具であった。

 なるほど。俺の読みは正しかった。俺がこの一カ月何をしようとも、ミルフィーは俺が魔王に勝てるようにしてくれたのだ。ここまでくると、そもそも俺の存在意義が無くなってきそうであったが、元々、これはミルフィーの物語なのだ。彼女が好きなように設定して、俺達はそれに従って動く人形でしかないのだ。俺はそう諦めるようにしてきた。

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