第4話 魔王城

「さてと、今日はここらで野宿するか」

 俺達4人は深い森の奥まで来ていた。最初の冒険が終わり、それから、俺達はギルドでいくつもの仕事の依頼を受け、何度も冒険をした。仲間のメンバーは変わる事もあったが、基本的には最初の冒険でパーティーを組んだ四人で行動することが多かった。そして、今回、この森を抜けた先にある古城に潜む魔族を討伐するという依頼の途中、この森で野宿をする事になった。夕飯を取ると、俺達は焚き火を囲んで話し始めた。


「イグマ。お前の剣の腕は俺の次に凄いぜ。誇っていい」

 ギナは酒も入っているせいか、気分良く語っていた。

「ああ、有難う。ギナ。確かにお前も腕力は凄いよ。腕力だけはな……」

 ギナはレベルが上がっていっても、力と体力だけが増す一方で、賢さ、素早さ、その他のパラメータはまるで上がっていなかった。まあ、盾としては申し分ないのだが。

「だろだろ? そうだ、俺の昔話を聞かせてやろうか?」

「あ、ああ……」

 ギナはいつになく饒舌になっているようだった。

「俺はな、昔、傭兵だったんだ。幼い頃、戦争で生まれた村を滅ぼされたんだ。それ以来、盗賊や傭兵をして、何とか食いぶちを繋いできたんだけどな。今のギルドに拾ってもらって何とか命を繋いできたわけだ」

 うん……。途中で何か聞いた事ある生い立ちだと思ったら、俺の一番最初の設定の生い立ちのまんまじゃないか。俺はミルフィーをちらっと見た。ミルフィーは目に涙を浮かべ、ウルウルとさせていた。どうやら、ギナは俺の設定を引用されたようだ。俺は皆とは違う意味で、ギナに憐みの眼を向けた。


「そうだ。皆の過去の話を聞かせてくれよ。イグマ。お前はギルドに入る前は何をやってたんだ?」

「ん? ああ、俺は……、お前と同じ傭兵業、じゃなくて……、魔法学校に通う学生、でも無くて、実は竜人族、他の星から来たサ○ヤ人……、でも無くて」

 ああ、もう! 最初のシーン、色々やりすぎて、自分自身が何者か分からなくなって、混乱してしまってる!

「だ、大丈夫か、イグマ?」

 その時、ミルフィーが俺の肩に手を添えた。そして、深刻そうな顔をして話し始めた。

「皆には黙っていたけど、実はこの人、記憶喪失なの。私はずっと一緒にこの人と居たんだけど、まだ何も思い出せてなくて……。何か過去に繋がる事を思い出してほしいと思って、私達はこのギルドに入ったの」

 この女、俺の記憶があやふやなのを逆手に取って、上手い事説明しやがった! しかし、俺の記憶が無いのは確かなので、もうこの設定通りに行くしかないと観念した。

「そうか、お前らも大変な人生を送ってきたんだな」

 何だか、ギナも納得してしまったようだ。


「それで、お前は?」

 ギナは最後にノルンに話を振った。

「私? 私は別に何も無いわ」

 ノルンは興味無さ気にそう答えた。

「まあ、まだガキだもんな。話すような過去はまだ無いか」

そう言って、ギナはノルンの頭をぽんと手を添えた。

「ガキじゃない!」

 ノルンは杖で、バコッとギナの頭を叩いてやり返した。このやり取りはもう定番になりつつあった。俺は少し気になって、ミルフィーにだけ聞こえるように話した。

「なあ。ノルンの過去の設定は作ってやらなかったのか?」

「え。あ、そう言えば忘れてたかも」

 ミルフィーはそっけなくそう答えた。

「おいおい。可哀想だろ。何か設定作ってやれよ」

「えー。面倒くさい。どうせ脇役なんだからどうでも良いでしょ?」

「お前なあ……」

 ミルフィーは相変わらず、興味の無い所には設定を疎かにしてしまっているようであった。俺はその時、ノルンの視線が俺達にじっと向けられていたのに気付いた。俺はノルンの方を見たが、ノルンはすぐにそっぽを向いてしまった。


 俺達は翌日、森を抜け、魔族の棲む城に辿り着いた。城は、壮大な造りであったが、あちこちが古びて、石造りの壁面もいたるところにひびが入っていた。その仰々しい景観は来訪者を寄せ付けないような恐ろしい雰囲気があった。ダンジョンに関してこれまでの冒険でいくつか分かった事がある。ミルフィーのダンジョンにはいくつか特徴がある。一つは、特に外観に拘っているところである。最初の洞窟しかり、外観だけの見かけ倒しというところがいくつもあった。そして、逆に中はかなり手抜きであった。それは単純構造という意味では助かったが、手抜きすぎてランダムに作られたものがあるとかなり厄介だ。最悪、出口が無いというとんでもないダンジョンがあったりする。まあ、そういう場合はミルフィー自身が根を上げて、例のワープを使ったりするのだが。ともあれ、俺達は城に侵入した。特に門番も居るわけでは無かったので、正面突破することにした。城の中に入ると、俺達は驚愕した。

「こ、これは……」


 な、何も無い……。大きな空間があるだけで、他に何も無いのだ……!

そこには辛うじて床に絨毯が敷かれているだけで、大きな空洞が拡がっていた。

「あちゃー。この中、作り忘れてたわ」

 ミルフィーが独り言のように言ったのを俺は聞き逃さなかった。

「おい、どうすんだこれは……?」

 俺はミルフィーに尋ねた。

「魔物たちが荒らした後のようね。きっと、全ての家財道具は持って行ってしまったんだわ」ミルフィーはあくまでしらを切った。

「おいおい。持って行くにしても、持って行きすぎだろ? もっと、ほら、盗賊が荒らした跡とか、埃を被った感じとか……」

「あー、もういいじゃない! 探索しやすいんだから。早く行こうよ!」

 ダンジョンについて分かった事がある。物語を進めるにつれて、ミルフィーがダンジョンに対してどんどん手抜きになっていくことである。確かに攻略しやすいという意味では有難いのではあるが……。


 俺達はがらんどうの城の中を進むと、すぐに魔物に遭遇した。暗闇の中から、骸の兵士達が現れてきた。このころになると、敵のレベルも上がってきて、そう簡単には倒せないようになってきたが、このパーティーの戦い方としては、以前の通りだった。ギナが先頭で盾になる。俺がギナに隠れて、隙を窺って敵に切り込む。ノルンは相変わらず魔法を節約(ちょっと強い敵には申し訳ない程度の火の玉とかは出したりする)。ミルフィーは相変わらず観戦(ピンチになると回復ぐらいはしてくれる)。そんな戦い方でなんとかなっているのだから、敵も大したことはないと言えるのだろうが、ピンチになるとミルフィーが手を出してくれるというのがあるから何とかなっているのだろう。骸兵達はそれほど強い相手では無かったので、俺とギナにより一掃した。


 俺達はそんな感じで敵と遭遇しつつ、城の最深部へと向けて進んでいった。ある程度、奥まで進むと、大きな階段が見えた。

「ミルフィー。今回の依頼は、この城に棲む魔物の討伐だったよな? 具体的には魔物のボスを倒せばいいのか?」

「うん。そうね。まあ、城に棲んでいる魔族の王だから、魔王を倒せば良いんじゃない?」

「ま、魔王!?」

「うん、魔族の王だから、魔王」

 ミルフィーは事も無さ気にそう言ったが、魔王を言われると、少し怯んでしまう。

「もうこの段階で魔王が出てきていいのか?」

「まあ、良いんじゃない? そろそろクライマックスも近くなってきたって事よ」

「そうなのか」

 最初のダンジョンのアレがあって以来、ボスの強さの設定はどうもいい加減さがあるようだった。ノルンの魔法があれば、何とかやってこれたが、さすがに魔王となると、今の俺達で太刀打ちできるのか心配ではあった。そうは言っても、引き返す事も出来ないので、俺達は階段を上って行った。


「ようこそ、我が城へ」

 階段を登りきると、突然、広間の奥の方から声が響いた。そして、松明の火が灯り、声の主の姿が現れた。俺はすぐにこの人物がこの城のボスだと分かった。というのも、これまでのボスの登場の演出がワンパターンであったからだ。暗闇に松明が灯って、ボスの姿を現す。分かりやすくて良いのではあるが……。

 魔王の姿は、見かけは人間のように見えたが、その肌は紫色で、頭には山羊のような角が雄々しく生えていた。その華奢な身体は腕力こそ無さそうではあったが、不気味な魔力めいたものが感じられた。

「人間どもよ。我が城に何用だ?」

「俺達はお前達、魔物からこの城を取り戻しにやってきた」

「ほう……」

「お前達が大人しく退散するなら、見逃してやるが、あくまで戦うというのなら容赦はしない!」

 俺は我ながらカッコいい事を言ったな、と思った。

「くくく……、勇ましい者たちだ」

 魔王は落ち着いていた。しかし、それがかえって、余裕の表われのように見えた。俺達は魔王が退散する意思が無いと分かり、武器を構えた。

「ノルン」

 俺は小声でノルンに話しかけた。相手が油断している今の内にノルンの魔法でカタを付ける作戦だ。ノルンの方を見ると、既に彼女もその作戦ということが分かっていたのか、詠唱を始めていた。今までに無く詠唱時間が長く、これは期待できそうな超強力魔法のようだった。

「魔王。お前の最大の敗因は俺達、人間を見くびっていることだ。ノルン、やってしまえ!」

「……炎よ。彼の者を焼きつくせ!」

 ノルンの詠唱が終わると共に、無数の大きな火の玉が彼女の周囲より現れ、魔王に目掛けて飛んで行った。魔王は気付かなかったのか、立ったまま火の玉の直撃を全て受けてしまった。火の玉が破裂した爆音とともに煙で何も見えなくなってしまった。

「おお。凄いな。でも、ちょっとやりすぎじゃ……、魔王がこんなに簡単に倒せちゃって良いのか」

 俺はノルンにやれと命じたものの、あっさり決着が付いてしまって罪悪感を持ってしまった。そして、煙が次第に晴れてきた。

「くくく。人間の魔力とはこんなものか」

 爆煙が晴れると、全く微動だにしていない魔王の姿がそこにあった。ノルンのあれほどの強力魔法がほぼノーダメージであったのだ。

「ノルン……」

 俺はノルンの方を見た。いつも無表情の彼女も少し動揺したのか、心配そうな顔をして首を横に振るだけだった。俺達の中で一番強力な攻撃力をもったノルンでもこの状態なら、こんなに早くも俺達はピンチに立たされてしまった。

「ミルフィー。やっぱり、魔王と戦うにはちょっと早すぎたんじゃないか?」

 俺はミルフィーに声を掛けたが、ミルフィーは真剣な表情で俺を見た。

「そう。敵をいつでも簡単に倒せると思ったら大間違いよ。幾多の試練を乗り越えて、私達は強くならなければならないの」

 ミルフィーは何かを悟ったかのような言い方をしたが、強い敵には敵わないものは敵わないのだ。少年漫画のようにピンチに追い込まれて、強くなっていくほど話は単純ではない。

 話……? そうか、これはミルフィーが創った物語なのだ。強い敵と戦って、ピンチに追い込まれながらも俺達の隠された強さが出てくるのではないのか。主人公がこんなところで死ぬわけがない。きっとどうにか勝てるはずだ。俺はそう確信した。

「ギナ。行くぞ! こうなったら接近戦だ!」

「お、おう!」

 俺とギナは魔王に向かって愚直に突撃をしていった。


「こ、こんなはずでは……!」

 俺は満身創痍で、膝をつき今にも倒れそうになっていた。ギナはとっくに伸びていた。魔王は接近戦でもやはり強かった。いや、攻撃力も防御力が桁違いすぎる。どうやってもダメージが与えられなかった。

「ミ、ミルフィー……、やっぱり、強すぎるだろう、アイツは……」

 俺はミルフィーに助けを求めようと、手を伸ばした。

「何? もう終わりなの?」

 ミルフィーはそう言って、蔑むような眼で俺を見た。

「はい。ごめんなさい。俺達はこのクエストに望むには弱すぎたようです」

 俺はプライドも何も捨てて、ミルフィーに助けを求めていた。

「しょうがないわね……」

 そう言って、ミルフィーは魔王の前に出ていった。俺はこれで何とかなると安心した。

「ふっ。今度は小娘か。お前は何が出来ると言うのだ?」

 魔王は完全に油断しきっていた。ミルフィーの創造主としての力があれば、どれだけ強い敵だろうが、一瞬で倒してしまうに違いない。ミルフィーは魔王に向かって掌をかざした。

「む……? 貴様、何を……!」

 ミルフィーの掌から光が発せられ、魔王を包み込んだ。

「うっ!」

 魔王が光を浴び、一瞬怯んだ。しかし、光は発せられだけで、魔王はどうにもなっていなかった。

「貴様、何をやった? しかし、どうやら俺には何も効いていないようだな」

 いや、そんなはずはない。きっと眼に見えないだけで魔王は弱体化しているはずだ。今なら、俺でもいけるはずだ。

 そう思って、俺は再び魔王に突進していった。

 バシッ! 俺は突進の甲斐無く、あっさりと魔王に弾き返されてしまった。

「ミルフィー。これはどういう事だ……?」

 俺はミルフィーを見ると、彼女も不安げな顔をしていた。

「おかしいわ。こいつ、私がどうやっても消えない。こんな事が起こるなんて……」

 何という事だ。ミルフィーの力が通用しないなんて。今までにこんな事態になった事は無かった。

「お前達の手駒は出しつくしたのか? では、後は始末してやろう」

 魔王は初めて、その場を動いた。魔王の最初の標的は俺のようだった。

「さらばだ。勇ましき者よ」

 魔王の手が俺の方に伸びてきて、俺はもう終わりだと思ったその瞬間。魔王は俺の方に伸ばしてきた手を止め、急に他の方を向いた。その視線の先にはミルフィーが居た。魔王はしばらくミルフィーをじっと見つめていた。

「……ふむ。良く見ると、なかなか器量の良い女だな」

 すると、魔王は今度はミルフィーの方に向かっていき、ミルフィーの腕を掴んだ。

「な、何するのよ!」

「貴様っ! ミルフィーに手を出すなっ!」

 俺は立ち上がって、魔王に向かって剣を振りかざしたが、魔王の一撃で弾き飛ばされた。

「くくく。決めたぞ。この小娘を私の妃とする」

「な、何だと!?」

「嫌よ! 離してっ!」

 ミルフィーは必死に魔王の手を振り解こうとしたが、魔王には敵わなかった。

まさか、こんな事が。創造主のミルフィーですら制御できない敵が現れるなんて……。

「人間共よ。今日のところは見逃してやる。代わりにこの女は頂いておくがな」

「そんな事をさせるかっ!」

 俺は立ち上がり、魔王に再び向かって行こうとしたが。

「イグマ。駄目っ! 今はこいつの言う事に従って!」

「良く分かっているではないか。やはり、俺の見込んだ女だ。イグマと言ったな。この女を助けたければ、一か月後にここにまた来るといい。お前達、人間を生贄として、我らの婚礼の儀を開かせてもらおう」

 魔王はミルフィーを引き寄せると、闇の中に消えていこうとした。

「ミルフィーっ!!」

「イグマっ! 私の事は気にしないでっ! きっと自分で何とかするからっ!」

「ミ、ミルフィー……」

 魔王に連れ去られる間際までミルフィーは叫んでいた。

「本当に気にしないでね。助けに来ちゃ駄目だからね! 絶対、絶対だからね! どうしてもって言うなら、ちょっとぐらい来ても良いかも……? いや、駄目よ。絶対駄目! あなたが来ても死にに来るようなものなんだからねっ……」

 ミルフィーが叫んでいる間、魔王は律儀にも闇に消えるのを待っていた。その時、魔王は能面のような無表情となっていた。そして、ゆっくりと魔王は闇に消えていった。俺はその時、確信した。

 ああ、これもミルフィーの物語の設定なのだと……。

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