第3話 最初のクエスト

 街の外に出ると、魔物が割と沢山出てきた。ぶよぶよしたゼリー状の魔物や、緑の肌の野人達が襲ってきたが、どれもこれも簡単に倒せるような敵であった。ギナは自慢そうに大剣を振るって敵をなぎ倒していた。


「全然、張り合いのない奴らだな! こんなのちょろいもんだぜ」

 対照的にノルンは、あれだけ豪語していた魔法は一切使わず、持っていた杖でポコポコと敵を叩いて倒していた。

「派手な魔法はどうしたんだ? まさか、使えないって言うんじゃないだろうな?」

「失礼ね。強力な魔法は魔力の消費が激しいんだから、温存しとかないといけないの!」

 まあ、ちゃんと考えているんなら良いだろう。それにしても……。

「ミルフィー。お前は何をやっているんだ?」

 ミルフィーは戦闘が始まっても、後ろでぼーっと見ているだけで何もしていなかった。

「こんな雑魚なんて、私の出る幕じゃないでしょう? 私が手を出したら触れるだけで大抵の敵は蒸発してしまうし」

 チートどころでは無かった。よくもまあ、町娘と言ったものだ……。

「でも、いつまでもレベル1のままじゃなあ」

「大丈夫。戦闘に参加している限り、私もレベル上がっていくから、ほら、もうレベル3に上がったわ」

 参加しているだけで強くなるとは、便利な世界なものだ……。


 魔物を倒して進む内に、目的の魔物の棲みかの洞窟に辿り着いた。鬱蒼と茂った茂みの奥深くにその洞穴はあった。その洞穴に吸い込まれると、二度と戻って来れなくなるのではないかと思うような凄みがあった。俺は振り返り、ミルフィーの顔を見た。さすがのミルフィーも不安そうな顔をしていた。

「イグマ。ごめんなさい……」

「なんだよ。怖気づいたのか? まあ、外で待っていてもいいぜ?」

「いや、そうじゃないんだけど……」

 ミルフィーは何故だか口籠っていた。

「トイレか?」

「違うわよ! もういいから入りましょう」

 ミルフィーは俺の背中をぐいぐい押して、俺は洞窟の中へと押し込まれていった。


 洞窟の中は真っ暗だった。

「ルミナス。光よ」

 ノルンが囁くと、杖の先から光がほとばしり、洞窟内を照らし出した。

「おお。便利なもんだな」

「これ、持続系の魔法だから魔力を結構消耗しちゃうの。松明とかあったらそっちを使ってよ」

 ノルンは省エネ、というか省魔力使いというべきだろう、俺は感心しながらも、少し面倒くさいのを仲間にしたなと後悔した。


 俺達は洞窟をずんずんと進んで行った。魔物は、大きなコウモリやネズミの化け物といった奴らで最初に比べてちょっとは強かったが、やはり、簡単に倒せる敵であった。小一時間ほど経っただろうか、洞窟内は変わり映えすること無く、延々と続いていた。

「結構、長いな……」俺は呟いた。

「なあ、さっきのところ、左に行った方が良かったんじゃないか?」

 ギナが後ろから声を掛けてきた。

「そうとは言っても、もうここまで来てしまったしな」

 そうこう話している内に、急に明かりが小さくなった。

「どうした? ノルン。まさか、魔力が……」

「いや。長くなりそうだから、省魔力モードに。これなら、通常3時間連続運転が、10時間連続運転可能になるし。超お得」

 ノルンは得意げにそう言った。

「でもなあ、これじゃあ、ほとんど周りが見えないぞ」


 俺達がくどくど言い合っている間も、黙っていたミルフィーは遂に口を開いた。

「もう……、面倒くさいわ」

 まあ、俺達は皆、最初からそう思っていたのだが……。

「やっぱり、私はダンジョンを作るのが苦手だわ。かと言って、ランダム設定にするんじゃなかった……。まさか、こんなに面倒くさいダンジョンに仕上がるとはね」

 ミルフィーは、地面に掌をおいた。

「もう充分にダンジョンは堪能したし、もう良いでしょ」

 ミルフィーは何かを呟くと、洞窟の地面が発光し始め、その光は洞窟内の全ての壁面に伝わった。光が収まると、洞窟内の様子が一変していた。辺りは暗闇に覆われていたが、とても広い空間に居る事だけは分かった。

「はい。ダンジョンの最深部に来たわ」

 ミルフィーはさも簡単にダンジョンの最深部まで移動させてしまったのだ。

「最初からこうやっていれば……」

 俺は言いかけたが、そこで止めておいた。


 急に広い空間の中に松明の明かりが灯った。何かを囲うように松明が燃え始め、その中央に巨大な影が現れた。その姿は、何処かで見たような牛の頭をもった大男であった。手には大きな斧を持っており……、うん、奴はきっとあの有名な魔物に違いない。

「さあ、ボス戦よ!」ミルフィーは意気揚々と言った。

 ミノなんとかさんは大きな雄たけびを上げると共に俺たちに向かって突進してきた。

「ちょっ……! 最初のボスにしては強すぎじゃないか?」

「大丈夫よ。見かけよりは弱い設定にしてるから」

 ミルフィーの言葉を真に受けて、俺は剣を構えた。

「ふっ。ようやく骨のある奴が出てきたな。任せろ」

 ギナが俺の前に出てきた。目立ちたがり屋なのか、こいつは。

「受けてみろ。俺の秘剣……!」


 ギナの大剣と、ミノなんとかさんの大斧がぶつかり、大きな金属音が鳴り響くと、ギナの身体は宙を舞い、洞窟の端まで飛ばされていった。

「え……?」

俺は唖然とした。腕力なら、おそらくパーティー一番であるはずのギナがあっさりとやられてしまった。一撃でだ。

「ミルフィー。やっぱり、こいつちょっと、というか、かなり強くないか?」

「あっれー? おかしいなあ。ちょっと設定間違えちゃったかも」

 ミルフィーはそう言って、悪びれる様子を全く見せなかった。

「ま。やばそうになったら、私も手を出すから、それまで何とか頑張ってね、イグマ」

「お、おい!」

 ミルフィーはそそくさと物陰に隠れた。俺は追いかけようとしたが、ミノなんとかさんの次の狙いは俺に定まったようだ。こうなってしまったら、もうやけくそだ。所詮、パワーだけの魔物だ。素早さならこっちが上……。そう思って、俺はミノなんとかさんの斧を直前でかわした、つもりだったが。奴の斧が寸前で軌道を変え、俺に向かってきた。俺は剣で辛うじて受け止めたが、数メートルは後ろに吹き飛ばされた。

「くそ……、パワーの上にスピードもあるのかよ」


 しかし、間髪をいれず、ミノなんとかさんの突進は俺に向かってきた。俺は体勢を整える間も無かった。そして、もう駄目かと思った、その時。

 魔物の背中で強烈な爆発が起こった。ミノなんとかさんはそのまま俺の前に突っ伏すようにズドンと倒れていった。その巨体越しにノルンが杖を構えて立っていた。

「ノルン。お前がやったのか?」

「言ったでしょ? 魔法は超強力ってね。でも、おかげで魔力使い果たしてへとへと……」

 ノルンはその場にへたりこんでしまった。俺はノルンの元に駆けよった。

「良くやった。寸前のところで助かったよ。おまえって見かけによらず凄いんだな」

そう言って、俺はノルンの頭を撫でた。

「こ、子供扱いするなって! と、当然の事をしただけなんだからねっ!」

 どうやら、ノルンはツンデレ要素もあるようだ。そこにすたすたとミルフィーが近寄ってきた。

「どうだ? 俺達だけでも倒せたぜ」

「うーん」ミルフィーは訝しげに倒されたミノなんとかさんを見た。

「やっぱりどう考えても、こいつの設定は強すぎるわ」

「それは、お前の設定ミスだろう?」

「それに……」ミルフィーはノルンの方を見た。

「その強すぎる設定の敵を一発の魔法で仕留めたのも、ちょっと規格外よね」

 ノルンは知らんぷりと言わんばかりにそっぽを向いた。

「おいおい、ミルフィー。結果オーライだったから良いじゃないか」

「ふんっ」

 ミルフィーは、俺とノルンの仲が良くなったと思って気に食わないのであろう。パーティーを組んで最初のクエストで、いきなり関係がぎくしゃくしてしまうとは。この先が思いやられた。


 ダンジョンからの脱出は、ミルフィーが疲れたという理由で例のワープを使って、一気に出口まで飛んだ。もちろん、伸びているギナも忘れず連れて帰った。


 冒険者ギルドに戻ると、イザベルにクエスト完了の報告をし、報酬をもらった。報酬は4人で山分けにすることにした。

「ノルン。良いのか? 今回はおまえが一番活躍したんだぞ?」

「いいよ。別に」

ノルンは省魔力家のくせに金には無頓着なようだった。

「お、俺ももらっていいのか? 最後はへばっていただけだが……」

 ギナは申し訳なさそうにこちらを見ていた。

「ああ。俺の盾になってくれたじゃないか。十分な活躍だよ」

「あんた、良い奴だなあ」そう言って、ギナは感謝の眼差しで俺を見た。

 正直、ギナに至ってはあまり使えない感が目立ったが、ミルフィーがここで恩を売っておいたら、後で使えるとしつこく言うので渋々山分けとした。しかし、これで今日の宵を越せるだけの金が出来たわけだ。俺は心底、安堵した。


「さて、と……」

 お金の分配が出来たところで、ミルフィーが切り出した。そして、俺がその後の言葉を代わりに言った。

「一仕事したし、今日は帰ってゆっくり休むか」

「「はあ?」」

 ミルフィーとギナは揃って俺を振り返った。

「何を言ってんだ。今日はパーティーが誕生して、初依頼達成した日じゃないか。金もあるんだし、今日は宴をして、ぱぁっと使わねえとな!」

 ギナは意気揚々とそう言った。

「そうよ。ここは酒場でもあるんだし、ちょうど良いじゃない」

 ミルフィーも乗り気だ。

「まあ、飯を食うくらいな良いか」

 俺は手持ちの金を見ながら、なるべく節約しようと心に誓っていた。


 しかし、そんな俺の誓いも虚しく、豪勢な食事がテーブルに運ばれてきた。厚切りステーキに、豚肉のシチュー、そして、魚貝のサラダ等など、イザベルが次々と食事を運んできた。

「おいおい。ちょっと豪勢すぎないか?」

「良いんだって。宴なんだからね」

 ミルフィーはそう言って、はしゃいでいた。イザベルは最後に四人の前に葡萄酒を注いだ。ノルンの前にも葡萄酒は出された。

「ノルン。お前はまだ酒は飲めないだろう?」

 俺がそう言うと、ボコッと杖で叩かれた。

「だから、もう大人って言ってるでしょ。飲めるわ」

「まあまあ、今日ぐらい良いじゃないか。お祝いなんだからよ。じゃあ、乾杯しようぜ!」

 ギナが音頭を取って、宴が始まった。この料理、食べきれるのか、という俺の不安は三人の食欲の前に払拭された。料理はあっという間に平らげられた。さすがにもう十分かと思いきや……。

「じゃあ、次は……」

 ミルフィーは次の注文を取ろうとしている。

 俺は呆れていたが、ノルンだけテーブルに伏しているのに気付いた。さすがに食べ過ぎたのかと俺は思ったが。

「ノルン。葡萄酒一杯でもうおネンネかあ?」

「煩い……」

 どうやら、ノルンは酒が苦手だったようだ。そのままフラフラと立ち上がった。

「私、もう帰る」

「そうか。家まで送るよ」

 俺も立ち上がった。

「いいよ。この上だし」

 ノルンはこのギルドの建物に住んでいたのだった。どうやら、ギルドのメンバーの何人かはここの部屋を借りているようであった。ノルンはフラフラと上へと上がっていった。

「さあ、まだ夜は始まったばかりだから飲むぞー!」

「おおー!」

 いつの間にやら俺達以外にもギルドのメンバーが集まってきて、宴会が始まっていた。俺は今日はもう帰れないなと半ば諦めた。そして、夜が更けていった。


「イグマ……」

 誰かが肩を揺すっている。

「イグマったら……」

「なんだぁ……?」

 俺は身体を起こした。ここは、ギルドだ。そうか、宴の途中で俺は寝てしまったらしい。まわりには俺と同じようにそのまま寝ている者が多かった。ギナも大きないびきをかいて寝ている。そして、俺の隣にはミルフィーが立っていた。どうやら、彼女が俺を起こしてくれたらしい。


「こんなところで寝てたら風邪ひくよ」

「ああ。すまない」

 外はまだ暗かったが、どうやらもう明け方近いらしい。

「じゃあ、帰りましょうか」


 俺達はギルドの外に出た。空は薄っすらと明るく、東の方の空から日が昇り始めていた。

「最初の冒険どうだった?」

 二人並んで歩きながら、ミルフィーが聞いてきた。

「どう、と言ってもな。俺は別にほとんど何もしてないからな」

「そんなことないわよ。魔物倒したり、ダンジョン探索したりしたじゃない」

 魔物は、ほとんど雑魚だったし、ミノなんとかさんもノルン一人の手柄だし、ダンジョンだってミルフィーの気分で終わってしまったし、と突っ込みたかったが、俺は敢えて、こう言った。

「そうだな。まあ、何だかんだで楽しかったよ」

 ミルフィーは俺の顔を見て、ニコッと笑った。俺はその仕草に少しドキッとした。

「良かった」

 ミルフィーは満足そうな笑みを浮かべていた。

「でも、次からの冒険はもっと大変になるからね。覚悟しといてよ」

「ははは……。お手柔らかに」

 俺達は帰路についた。こうして、俺達の最初の冒険は幕を閉じた。

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