第2話 冒険の仲間

 冒険者ギルド。さっきも説明したが、ここでの依頼は街での些細な事がほとんどだ。例えば、迷子の子犬を探してくれだとか、家の修復をしたいから手伝ってくれだとか、旦那の浮気調査で探偵まがいな事だって依頼されることもある。まあ、俺みたいな武闘派はそんな仕事はあまりしない。腕っ節の立つ奴は魔物退治とか、盗賊からの護衛を依頼されることが多い。

 俺達はギルドの扉を開け、中に入った。


「あら、遅いじゃない、イグマにミルフィー」

 奥のカウンターから声をかけたのはイザベルだ。ウェイトレスのような格好をしているので、初めてここに来た者はここを酒場と思うかもしれない。まあ、酒や料理も出たりするから酒場のようなものなのだが。仕事の依頼がない奴らは大抵ここでぐだぐだしている。イザベルもギルドのメンバーだが、主に事務仕事がメインだ。このギルドに誰が所属していて、依頼を誰が受けたかなどを管理している。

「イザベル。早速だけど、何か仕事は無いか?」

「うーん。あなたはランクA以上が良いのよね?」


 ここでのランクとは依頼の内容によるものであり、A以上は危険を伴うし、ある程度の実戦の経験がないと担当できない類のものである。

「ある事はあるけど、依頼を受けれる条件として、パーティーが四人以上必要なの」

「四人か……」

 俺は勝手に行動したい性質なので単独での仕事が好みだったが、そんな理由で仕事を選ぶわけにもいかない。俺の他に三人……。ちらっと後ろに目を配ったら、ミルフィーがにっこりと笑った。どうやら一人は決定しているようだ。いや、待てよ……。

 俺はカウンターに身を乗り出して、小声でイザベルに話しかけた。

「ここではパーティーメンバーを外すことも出来るんだよな?」

「ええ。もちろん」

「試しなんだが、いや、本当に試すだけなんだけど、ミルフィーをパーティーから外すことは可能か?」

 俺はミルフィーには聞こえないようにひっそりと話した。


『ブブー!!』

 どこからともなくブザー音が鳴り響く。

『主要メンバーはパーティーから外すことが出来ません!』


 な、なんだこれは!? 周りには聞こえていないようだが、俺の頭にだけ響いてくる。


「ん? 何か言ったイグマ?」

 イザベルはとぼけているわけでもない顔で聞き返してきた。おそらく、同じ事を聞いても無駄だろう。システム上でパーティーから外せないようになっているに違いない。俺は再びちらっと後ろに目を配った。ミルフィーがにっこりと笑った。どうやら、全てお見通しのようだ。


 俺は諦めて、他の二人のメンバーを探すことにした。仕事の無い暇そうな奴は大抵、この酒場で他のギルドの仲間から声を掛けられるのを待っているはずだ。俺は辺りを見回した。

 割と沢山居るな。ランクAの仕事だから、やはり腕の立ちそうな奴が良いだろう。俺は刀を差している銀髪の男が気になり、声を掛けることにした。あの出で立ちかなり出来る奴と見た。俺が声を掛けようとした瞬間、グイっとミルフィーに服を引っ張られた。

「何だよ」

「人選ダメね。確かにイケメン度は高いわ。私もちょっとだけ惹かれたけど、あなたは重要な事を見落としてる」

 ミルフィーは真剣な顔つきでそう言った。

「イケメン度ってなんだよ……。で、重要な事って?」

「あの男。無口でクールな感じよね」

「ああ、それがどうした?」

「分からない? あなたとキャラが被ってるじゃない!」

「キャラ……?」

「そう。登場人物それぞれのキャラを立てる事がストーリーの登場人物を決める上で基本中の基本。あなたの考えているような腕が立つなんて二の次で良いの。だから、たとえ遊び人、遊び人、遊び人、遊び人のパーティーでも皆キャラが立っていれば、問題ないの。分かる?」


 俺はこいつが何を言っているのか全く分からなかったが、逆らう事も出来なかったので、改めて辺りを見回した。すると、三角帽を被った魔法使いらしき女が目に付いた。やはり、パーティーはバランスが重要だ。強敵と戦う上では魔法が必要になるに違いない。しかし、またもや、後ろからグイっと引っ張られた。

「今度は何だよ? あの女魔法使いなら俺とはキャラが全然違うから良いだろ」

「全然ダメ。まあ、女キャラを仲間にするなとは言わない。パーティーに花があった方が良いからね。でも!」ミルフィーが詰め寄ってきた。

「花はここに居るじゃない」

「はあ」そう言われても俺は曖昧な返事をするしかなかった。

「それにあの女、ちょっとグラマラスじゃない? そんな奴がパーティーに居たら、私が完全に食われてしまって、私のヒロインとしての立場が無くなってしまう!」

 俺はもう自分に選択肢が無いのだと観念した。


「じゃあ、どいつを仲間にしたらいいんだ? お前が選んでくれよ……」

「そうね」

 ミルフィーは辺りを見回した。

「あの戦士なんてどう?」

 ミルフィーが向いた先には、一人の厳つそうな男が酒を飲んでいた。

「まあ、悪くは無いがちゃんと戦えるんだろうな?」

 しかし、俺が声を掛ける前に、ミルフィーは既に男に話しかけていた。

「戦士のお兄さん。良かったら、私達とパーティーを組みませんか?」

「ん? おお。可愛い女の子と一緒なら喜んで! って、彼氏連れかよ。つまらん」

「おい。ミルフィー」

 俺はミルフィーの腕を掴んで、男から離れた。

「あの男。何だかチャラいぞ。お前はあんな奴がタイプなのか?」

「そんなわけないでしょう。私は酒好き女好きのああいう戦士系が一番苦手なタイプよ」

 ミルフィーは、はっきり、きっぱりと、そう言いきった。

「じゃあ、なんであんな奴を仲間にするんだ?」

 ミルフィーは軽蔑するような目で男を見て、ほくそ笑んだ。

「言ったでしょ? パーティーのメンバーはキャラを立てる事が必要なの。あの男、実はチャラく見えて割と義理堅そうなキャラなのよ。ああいうタイプはボス戦なんかでピンチになった所であなたを守って身代りに死んでくれるはずよ」

「死んでくれるってお前、なんて事を……」

 つくづくミルフィーの言動は理解できなかったが、創造主に逆らうことも出来るはずもなかった。ミルフィーは再び、戦士の男に話し掛けに行った。

「戦士さん。実はあれは私の兄なの。そして、私はもちろん、彼氏はいないわ」

「兄……? ああ、そうかい。そういうことならオーケーさ。嬢ちゃんがそんなに俺が必要と言うなら、仲間になってやらなくもない。俺の名前はギナ。宜しくな」

「おい。そこの兄ちゃんも宜しくな!」

「ああ、宜しく……」

 俺はギナに軽く手を振りながら、憐みの眼で彼を見ていた。


「あともう一人ね……」

 ミルフィーは辺りを見回した。

「うーん。微妙だけど、あの子にしようかしら」

 そう言って、ミルフィーは部屋の端っこに座っている子供の元に向かった。

「こんにちは、ボク。ここには一人で来てるの?」

 ミルフィーが話しかけたのは、頭からフードを被っている十歳くらいの子供だった。子供はコクンと頷いた。

「良かったら、お姉さん達の仲間にならない?」

俺はミルフィーの腕を掴んで、子供から少し離れた。

「おいおい、さすがに子供は戦力にならないだろ?」

「何言っているの? こんな所にいる子供がただの子供なわけないでしょ? きっと、あの姿に似合わず、強力な魔法を使えるはずよ。それに子供キャラはマスコット的に重要よ。まあ、私が居たらマスコットなんて要らないんだけどね」

 相変わらずミルフィーの基準は良く分からなかったが、俺としては戦力になるのならどうでも良かった。

「半分、合ってるけど、半分違う」

 いつの間にか、その子供は俺達の後ろで会話を盗み聞きしていた。

「魔法は使える。とびっきり強力なのをね。でも、私は子供キャラでもマスコットでも無いから」

 その子供はフードを捲くった。すると、長い黒髪がふわっとなびいた。

「私の名前はノルン。宜しく」

 むすっとした少女の顔がフードの下から現れた。確かに、男の子では無く、女の子であったが、やはり、どっちにしろ子供だな、と俺は思った。ミルフィーはちょっと考えていたようだが、俺の方をじっと見た。

「なんだよ?」

「あなた……、ロリコンじゃないわよね?」

「はあ?」

「まあ、好みのタイプは私に似せてるはずだから、間違っても、このガキがヒロインに取って代わるってことはないし大丈夫か」

「だから、ガキじゃないってば!」

 なんだかんだで、こうやって4人のパーティーが決まったのだった。


「ちょっと確認だが……」

 俺はパーティーの他の三人の前に立ち尋ねた。

「ギナ。あんたは見るからに戦士っぽいけど、戦士で良いんだよな?」

「もちろん。装備武器は大剣。お前の片手剣とは被ってないぜ」

「あ、ああ。で、ノルン。お前は魔法使いだったか?」

「うん。言っておくけど、魔女っ娘が使うようなキラキラした可愛いのとかは使わないから。イオ○ズン系の派手なのが得意魔法だし」

「そうか。それは頼もしい。で、ミルフィー。お前の職業はなんだ?」

「私はビューティーファイターよ」

「ん……?」俺は聞き返した。

「だから、ビューティーファイター!」

「……すまん。酷く曖昧で何が出来る職業かさっぱり分からないんだが」

「だから、歌って踊れて剣も魔法も使えるっていう職業」

 ミルフィーはきっぱりとそう言った。

「ふぅ……」俺はため息をついた。

 まあ、創造主なんだから何でも有りなんだろう。とりあえず、チート的な職業なんだろうと俺は考えるのを諦めることにした。


「ともかく、この四人で依頼を受けることになったからな。依頼の内容はだな……」

 イザベルから受けた依頼の内容は、街の近くの洞窟に棲みついた魔物の討伐であった。最初のクエストとしては、こんなものかとは思ったが、この未知数の三人(特にビューティーファイター)の実力を確かめるにはちょうどいい内容だった。


「ちょっと質問!」

 ミルフィーが挙手した。

「なんだ、俺も魔物の種類とかレベルとかは全く分からないぞ」

「そんなのどうでもいいわよ。どうせ最初のクエストなんだから。それよりも、隊列よ、隊列! 4人パーティーともなれば隊列を組まないといけないでしょう?」

 ミルフィーは珍しく真面目なことを気にかけていると俺は思った

「ああ、そうだな。とりあえず、前衛は俺とギナだな。後衛はノルンとミルフィーにするか」

 俺の話を聞いているはずであったが、ミルフィーはきょとんとしてた。

「え? あなた、前二人、後ろ二人という隊列が許されると思っているの? 隊列と言ったら、あなた(主人公)が先頭で後ろ一列にパーティーが並ぶのが常識でしょう」

 ミルフィーはさも当然というような顔をしていた。

「俺だけが矢面に立つのかよ」

「それが主人公となった者の定めよ。大丈夫。戦闘が始まったら、きっと彼が死んでもあなたを守ってくれるわ」

 そう言って、ミルフィーはぽんとギナの肩を叩いた。

「お、おう。何か分からんが、とりあえず任せときな!」

 本当に分かってなさそうにギナは得意顔でそう言った。

「じゃあ、前から順に俺、ギナ、ノルン、ミルフィー。これで良いか?」

 ミルフィーはそれでも不服そうな顔をしていた。たぶん、俺と一番離れているのが気に食わないのだろう。

「ミルフィー。お前は万能戦士なんだろう? しんがりも先頭と同じくらい強い者がやらないと駄目だろう?」

「ビューティーファイターのレベル1はただの町娘と同じ戦闘力よ」

 明らかに今決めたような設定だったが、もう構うのも面倒だったので、隊列は次のようにした。前から順に俺、ミルフィー、ノルン、ギナ。これでようやく出発ができる……。


「ちょっと待って!」

 ミルフィーがまたもや俺を止めた。

「何だよ、早く冒険に出ようぜ」

「何を言っているの? 装備を整えなくてどうすんの。そんなので外の魔物に勝てると思っているの?」

「あ、そうだった……」

 そうだ。俺は重要な事を見落としてしまっていた。だがしかし、俺もギルドの一員なら武器の一つや二つ持っているはず……。と、自分の装備を調べてみると。


 イグマの装備は……、木の棒。

 き、木の棒……だと? これが武器だって言うのか……。


「あら。一応、武器は持っていたのね」

「これがかよ……」

「そうよ。でも、最弱の武器ね」

 俺は今までどうやって、戦士として戦ってきたのだろうか、疑問が残るが。

「とにかく、武具屋に行きましょう」


 俺達は武具屋に向かった。武具屋には、いかにも厳つい感じの大男が居た。

「へい。いらっしゃい!」

 どうやら、彼はこの店の店主のようだ。俺はとりあえず、自分の武器を探すことにした。

「武器を見せてくれないか。片手剣で」

 店主は店の奥からずらりと剣を持ってきた。

「一般的なロングソードから、伝説のミスリルソードまであるよ!」

「ほう。ミスリルソード……」

 ミスリルとは、この国で存在する最も高価な金属だ。素材として、加工しやすく、尚且つ強度も鋼鉄の何倍もある事から高級な武器として使われることが多い。

「じゃあ、そのミスリルソードをくれ」

 俺は即断した。

「ちょっと待って」

 ミルフィーが横から口を挟んできた。

「あなた、その剣を買えるほどのお金は持っているの?」

「お金……」


 俺は手持ちの所持金を確認した。

 ……100G。

 一方、ミスリルソードの値札を確認すると。

 ……100000G。


 な、何だ。この価格設定。高級ブランドじゃないんだぞ。たかが剣じゃないか。いや、それにしても、所持金100Gって。俺はその日暮らしもままならないほどの貧乏人だったのか……。

「ええと。こっちのロングソードはちょうど100Gね。ちょうど良かったわ。こっちのロングソードをください」

「はいよ」

 ミルフィーは勝手に俺の装備を買ってしまった。というか、今しがた俺の有り金全てを使い切ってしまったわけだ。

「はい。これで戦えるね。ん。どうしたの。そんな暗い顔して」

 ミルフィーは項垂れた俺の様子を見てそう言った。

「どうしたの、じゃない。俺は今、ちょうど一文無しになってしまったんだ。これからどうやって生きていけばいいんだ。そうだ。何か売ってそれをお金にしよう」

 俺は所持物を調べた。装備は、布の服。持ち物は、薬草二つ……。これだけか。こんなもの売っても少しの足しにもならない……。

「イグマ。心配しないで。お金なんてすぐに溜まるわよ」

「そ、そうなのか?」

「それにいざとなれば、この街中の家に上がり込んで、適当な文句を付けて、がさ入れして、お金を巻き上げるの。もしくは、乞食のふりをしてお金を恵んでくれるように懇願するの。この二つのやり方で何とかなるわ」

「それは、本当に最終手段だな……。いやいや、最初のはまず犯罪ですぐにお縄になるし、乞食って俺は冒険者だぞ。そんな事出来るわけがない」

「じゃあ、早いところ、仕事を終わらせて報酬をもらわないとね」

「ああ。まさか、最初からこんなに金銭面で窮地に陥るとは思っても見なかったけどな……」


 そして、俺は自分の事はともかく、他のメンバーの武器は大丈夫なのか心配になった。まずはノルンは……、杖とローブだが。

「私はこれがあるから良い。他には別に要らない」

 イグマの方は……、大振りな剣と、鎧。

「俺も愛用の剣があるからな。大丈夫だ」

 そして、ミルフィーは、短剣と、布の服。

「ミルフィー。お前の武器はそれで良いのか?」

「私? うん。これで良いよ」

 ようやく、皆の装備が整ったところで(結局、武器を買ったのは俺だけだったが)、俺達は街の外へと出発した。

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