主人公はイケメンに限る!
まゆほん
第1話 主人公創造
「ウル、グラド、ルクス、イラ……」
暗い部屋の中で、一人の女が何か呪文のようなものを呟いていた。
「汝。我が僕よ。我が血と肉を糧として、ここに召喚されよ……」
その女は漆黒のローブを身に纏い、まるで黒魔術のような呪文を唱えていた。
「生体組成95%完成。自己認識システム動作確認。学習プログラムインストール中……」
そして、その前には真っ黒で女の背丈の倍はある大きな板があり、そこに無数の不思議な記号のような文字が上から下に流れていた。
「……ふふ。あと少しね」
女の顔に歪な笑みが浮かんだ。その時、板の中の文字の流れが止まった。
「……男。年齢は20歳。性格は無愛想」
「ふふ。良いじゃない。良いじゃない。えーと、それで……」
女は板の中を覗き込み、その文字を凝視した。
「容姿は、もちろん……」
「イケメンに限る!」
女は板の中の文字を指でそっと触れた。すると、板から眩い光が放たれ、部屋は閃光に包まれた。女は思わず目を閉じた。しばらくして閃光が収まり、部屋は再び暗くなった。女は恐る恐る目を開けた。すると、そこには一人の男が立っていた。女は目を見開いた。
「きゃー、凄い! 本当に出てきたぁー!」
女は男に近付いた。男の方は立ったまま、目を瞑っていた。男は端正な顔立ちをしており、まさに美男子というのに相応しい風貌であった。
「うんうん。素晴らしい。私好みのイケメンじゃない♪」
女は男の頬にそっと手を触れた。すると、男の瞼が開き、その瞳が女を捉えた。
「う……、ここはどこだ? 俺はいったい?」
俺は辺りを見回した。薄暗い部屋の中に、得体のしれない道具が沢山ある。そして、目の前に女が居る。
……頭が痛い。なぜだ? 俺は自分のことが何も分からない。どうしてここに居るのか、なぜ、何も思い出せないのか……。
「混乱しているようね。でも、大丈夫よ。私が何とかしてあげるわ。私はあなたに全てを与えてあげる。あなたの記憶も、出生も、存在する目的だってね」
……女が何を言っているのかは分からない。だが、今、俺は彼女を頼るしか何も出来ないようだ。
「まずは、あなたに環境を与えてあげないとね。安心して。私があなたの為に全てを整えているわ」
そう言って、女は黒い板に手をかざした。すると、黒い板によく分からない文字が浮かんできた。
「そうね。あなたの住んでいる世界は、RPGにおあつらえ向きの中世ヨーロッパ風の世界、基本的に魔法も魔物も存在する、ファンタジーの世界ね。ここなら、あなたはきっと素晴らしい活躍が出来そうだわ」
女は俺の顔の前に掌を向けた。すると、掌から突然、光が放たれ、俺の視界を光で包みこんだ。俺は意識が遠のいていくのを感じた。
俺は目を覚ました。ベッドの上で寝ている。少し頭が痛いが、ベッドから抜け出した。何故だか記憶がぼんやりとしているが、次第に意識が戻ってきた。
ここは女神によって創られた世界、アスクワッド。その四大国の一つ青龍国の首都ドラグーンシティだ。俺の名前はイグマ。その日暮らしの生活をしている、しがない傭兵だ。幼い頃、戦争で生まれた村を滅ぼされ、それ以来、盗賊や今みたいな傭兵業をして、何とか食いぶちを繋いできた。昨日も敵国との戦争に駆り出され、血生臭い激闘の末、命からがら何とか生きて帰ってきた。俺の生きる目的? そんなものは無い。俺の人生なんてものはこの剣を振るう事でしかないのだ。俺は部屋の壁に立て掛けていた剣を掴んだ。今日も傭兵として戦争に行く……。
いきなり、バタンと部屋の扉が開かれ、女が入ってきた。
「うーん。何か違うのよね」
女は眉間にしわを寄せ俺の顔を見ていた。……ん? この女、何だか見覚えがある。
「誰だ、あんたは? 何で俺の家に居るんだ?」
「戦争ものって、何だかストーリーが固くなりすぎるのよね。ファンタジーって言ったら、もっと気楽でお手軽に楽しめるものが良いよね」
「あんたは何を言っているんだ? 全く意味が分からない。……ん? 待てよ。あんた確か以前も会ったような……」
「こんなのあなた向けの環境じゃないわね。やり直し、やり直しっと!」
女の掌が俺の顔に向いた。光が俺を包み込み、俺はそのまま意識を失った。
俺は目を覚ました。何だか、二度寝、三度寝をしたような気分だ。相変わらず、頭が痛いが、身を起してベッドから抜け出た。コーヒーを飲む内に意識がはっきりしてきた。
ここは女神によって創られた世界、アスクワッド。その4大国の一つ青龍国の首都ドラグーンシティだ。俺の名前はイグマ。魔法学校に通う学生だ。しかし、魔法も格闘も成績が良くない、いわゆる落ちこぼれだ。今日は魔法の試験のある日だ。憂鬱な空気が部屋を包む。……はあ、学校に行きたくないな。それでもと、俺は鞄を掴み、部屋を出て行こうとした。
いきなり、バタンと部屋の扉が開かれ、女が入ってきた。
「うーん。これも何か違うのよね」
女は呆れ果てたような顔をしていた。……見覚えがある顔だ。
「誰だ、あんたは? 何で俺の家に居るんだ?」
「学園ものをわざわざファンタジーの世界でやるのはどうかと思うの。ファンタジーなら、ファンタジーの良さを活かせるものが良いよね」
「何を言っているんだ……? 意味が分からない。……てかあんた、俺の前に何回か出てきたことあるよな?」
「やっぱり、これもあなた向けの環境じゃないわね。やり直し、やり直しっーと!」
女の掌が俺の顔に向いた。光が俺を包み込み、俺はそのまま意識を失った。
俺は目を覚ました。何だか、夜中に何回も目が覚めて、全然眠れていないような気分だ。それでもと、ベッドから這いずり出た。窓を開けて、朝日を全身に浴びながら意識がはっきりしてきた。
ここは女神によって創られた世界……、以下割愛。俺の名前はイグマ。実は竜人族の末裔だが、その正体は隠している。人間と一緒に暮らしたいと思い、この街に居るが、感情が高ぶると、元の竜の姿に戻ってしまう……。
「と言うのは、さすがに無理があるかなあ」
女は既に部屋の中に入っていた。
「あんた、いい加減にしろよな。主人公の設定ぐらい早く決めろよ……」
俺もさすがに今、自分が置かれている状況が分かってきた。俺はどうやら、この女の作る世界の主人公らしい。この女の考えだけで世界が改変される。まさに神のような、というかこの世界にとっては神そのものだ。
「だって、ファンタジーって言ったらドラゴンじゃない? ドラゴンは登場させたいのよね。でも、街中でドラゴンに変身しちゃったら、もう収拾がつかなくなるのよね」
「もう普通ので良いんじゃないか? ほら、よくあるストーリーで、勇者が魔王を倒しに行くやつとかさ」
登場キャラがストーリーに口出しするのもどうかと思うが。しかし、女の顔は白けていた。
「何それ。そんなストーリーが今時、流行るとでも思っているの?」
「そんなの俺が知るかよ。てか、早く決めろよ! 色々やっていると、俺の記憶がごちゃごちゃになっちゃうだろ!」
「うーん……、あっ!」
女が何かを閃いたようだ。
「これなんかどう? 戦争から帰ってきた傭兵が、魔法学院に通うようになって、実は竜人族の末裔で、学院を焼き滅ぼしちゃうってのは……?」
「無理……」
俺はげっそりした。そして、これは当分かかるなと覚悟した。
それから何回、最初のシーンを繰り返しただろうか。もう、最初の方は覚えていない。自宅で目覚めるバリエーションは一通りしたし、森の中とか、海の中とか始まったり、いきなり、魔王との最終決戦からというのもあった。もちろん瞬殺された。でも、一番酷かったのは……。
俺は目を覚ました。今日も気持ちの良い朝……、と思ったら、轟音が鳴り響いている! しかも周りは真っ暗で何も見えない! そして、狭い空間に居るようだ。
「こ、ここはどこなんだ。何だかとてつもなく嫌な予感がする!」
次第に轟音が大きくなる。そして、身体が後ろに引っ張られる。凄い重力的なものを感じる。
ああ、分かったぞ。これは。あれだな。空から落ちてくるっていうあの……。
そう思った瞬間、俺は閃光と激しい衝撃に包まれた。
「こんなの生身の人間の登場じゃねーよ!!」
俺は何とか宇宙船(?)らしきものから這いずり出た。
「せめて、俺の設定をサ○ヤ人的な超人にしておけよ……」
俺は仰向けに倒れ、天を仰いだ。女がいつものように視界に入ってきた。
「うーん。登場シーンは派手で良いんだけどねえ」
女は悪びれた様子も無く、次はどんなのにしようかと考えを巡らせていた。
「なあ。いつになったら俺のストーリーが始まるんだ? というかさ、ちゃんと最初にストーリーの筋を決めておかなくて良いのか? こんな出落ち的な登場ばっかりで、全然先が見えてこないぞ」
「そんなのどうでも良いのよ。ストーリーを進めながら、次の展開を考える。これが私のやり方なんだから」
女は得意げな顔をして、そう言った。そして、その後、何回か同じような過酷な登場をやらされて、結局、最終的には最初の家で目覚めるというパターンになったのだった。
俺は目を覚ました。ぐっすり寝たはずなのに身体のあちこちが痛い。酷い悪夢を見ていたようだった。いや、考えるのはよそう。思い出したくないものを思い出してしまう。
俺の名前はイグマ。ここ青龍国の首都ドラグーンシティで、ギルドに入っている冒険者だ。ギルドと言ったら、冒険者達が集まって、皆で巨大な魔物を狩りに行くってのを想像するかもしれないが、もちろん、そういう依頼だってある。でも、大半の依頼は街で起こる些細な事を頼まれる便利屋さんのようなものだ。俺はいつものようにギルドへ出勤する為に身支度を整え、部屋を出ようとした。俺は変に辺りを気にした。
「誰も居ないよな?」
俺はなぜか誰も居るはずもない部屋を見回し、誰も居ない事を確認すると、ホッと一息ついて安心した。さあ、ようやくこの扉の外に出られる!
扉が開かれ、旅立ちの晴れやかな空が見られる!
と思ったら、そこに例の女が居た……。
「おはよう。イグマ!」
女はにこやかな顔で挨拶をしてきた。
「ああ、おはよう……。えっと、君は確か」
「うん。私は隣の家に住んでいる幼馴染のミルフィーよ。あなたと同じギルドに所属しているのよ♪」
「ああ。不自然な説明口調有難う……。で、何であんたは登場人物で出てきてんだよ?」
そう、この女はあの悪夢を体験させてくれたこの世界の創造主だ。俺の記憶に刻まれているので、忘れようにも忘れられない。
「あんたじゃなくて、ミルフィーよ。良いじゃない、作り手が参加する物語があったって。それに身近で体験する方が次にどんな展開にするか決めやすいし」
「だったら、あんたが主人公やればいいだろ?」
「分かってないね、イグマ。私が主人公やっちゃうと、全部、私の都合の良いように変えちゃうでしょ。こうやって、一歩引いた立場から主人公を見るのが一番良いのよ。ちなみに分かってると思うけど、私があなたのヒロインだからね。それに、あんたじゃなくて、ミルフィーだって!」
女は手を掲げると、稲妻が俺を一瞬で黒焦げにした。
「さすがは創造主。この世界では本当に神様だな……けほけほ……」
「うん。分かったら、一緒にギルドに行こう!」
「ああ、分かったよ。ミルフィー」
俺は観念して、女……、じゃなかった、幼馴染のミルフィーと一緒にギルドに向かった。
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