第11話

 さて、木曜日。

 特に語ることもなく、ただ淡々と坦々とすぎる一日。

 もうすぐ一週間が終わる。


 そんなこんなで金曜日。

 学生の本分は勉強なので本当は授業に刺激を受けるべきなんだろうけど、語ることがないものはないので割愛。

 さて、放課後がやってくる。


 午後四時、私はいつもの場所に向かう。

 別にこの場所じゃなくても困らないんだろうけど、一週間の最後はここで眠りながら終わりたいのだ。


「せんせー入りますね」

 ノックもせずに、まるで自分の部屋のように入る。

 先生の溜息が聞こえる。

 それを了解の合図だと勝手に判断して部屋に入る。

「僕は了解した覚えないんですけどね……まあどうぞ」

 嫌味を聞き流し電気ポットからお茶を出す。

 さすがにこの季節は寒いからあったかいお茶がないとやってられませんから。

 一応気遣いとして先生のところにも一つ。

 煙草を吸う人には珍しく、先生はコーヒーを飲まないらしい。

 苦いの苦手なんですよ、とか言うけどビールと煙草はいいらしい。

 大人ってよくわかんないね、ほんと。

「で、僕のところにきたってことは、この前言ってた相談かな?」

 きちんと言ったことを覚えてくれているところは評価高いですよ、先生。

 でも、もう相談って段階でもないのだ。

 ん、段階というか気分かな?

「いえ、相談じゃなくて、まあ状況によっては相談に似たようなことになるかもしれないですけど、今回は報告と、人に話すことで自分を納得させる儀式みたいなものです」

 先生は微笑み、私の入れたお茶を飲んでから一言。

「僕は神父でもなんでもないんですけどね」

 まーたよく分かんない一言を……。

 勝手に話し始めますからね、もう。

「実はですね、うちの明日香いるじゃないですか」

 きょとんとした顔をする先生。

 自分の担当している生徒の下の名前くらい覚えておかなきゃ教師失格ですよ。

「富岡明日香ですよ、生徒会の会長やってる」

 そこまで言ってやっと合点がいったらしく

「ああ、会長さんですね。いきなり下の名前言われるから誰かと思いましたよ。それで富岡さんがどうかしたんですか?」

「ええ、これまた生徒会の副会長の橘くんとですね、めでたく付き合うことになりまして」

 はぁ、とほとんど溜息のような声が漏れる。

「それはおめでたいですね。というかそういう話、普通は教師にしないものじゃないですか? どこかで何かあった時にその二人に恨まれますよ? 僕も今の話聞いたら知らないふりするわけにはいかないですから」

 うーん真面目かっ、というか真面目なんだけどね。

「別にいいんですよ、幸せな二人はどこかで天罰が下るべきですし、このくらいで崩れる幸せなら最初から無いほうが良いんですから」

 どうせ先生はこんな話忘れることになるんだしね。きっと。

「それで、報告はその話だとして、儀式の方も終わりですか?」

 急かしますね、先生。

 興味ないのがまるわかりです。

「いえ、報告だってまだ終わってないですよ。恋のキューピッドは私だって話です」

 そして私は事の顛末を話し始める。

 苦笑しながらその話を聞く先生。

 こんな話、苦笑するしかないのは重々承知でございます。

「なるほど、エグいことするね、キリタニさんも……なんかもっといい選択肢があった気がするんだけど」

 選択肢にいいも悪いもないんですよ。

 今回は過程を求めたわけですから。

「ま、我ながらひどいことしたとは思いますけど結果オーライですよ、結果オーライ。誰からの苦情も来てないですし」

 現時点では、ね。

「苦情が来なければいいというものじゃないと思うけどねえ。それで、キリタニくんは、何を納得してないのかな?」

 別に納得していないわけではない。

 途中なにがしたいのかわからなくなることもあったけど、自分の予想通りに事が進んだのだ。特に不満もあるわけじゃない。

 それでも私は、何度同じことを言われようともこの人からの言葉を聞かずにはこの一週間を終えたくないのだ。

「先生、私のしたことは正解だったのでしょうか」

 答え合わせ、ではない。

 よくあるゲームの最後にある、プレイ内容によって変わるランク表示みたいなものだ。

 ゲームならまだしも、人生において全く無意味なその評価を、私は先生というフィルタを通して得ようとしている。

 これが自己満足以外の何だろうか。

 それでも私は。

 深い溜息を枕詞として紡がれるその評価を聞かずにはいられないのだ。

「結果を得る、という意味では正解だろう。でも、長い目で見てそれが正解かどうかなんて意味のないことだ。この前も言ったけどそれを考え始めると死ぬ寸前にしか何も評価出来なくなる。その時その時の評価というものも重要だよ。だから僕からは一つ。その結果を、大事にするしか君のもやもやに応えることは出来ないんじゃないのかな」

 そう、私たちは、今この時のことしか分からないんだ。

 明日は明日の風が吹く、というわけではないけれど、私のしたことがどんな意味を持つかは今の時点では分からない。

 そんな当たり前のことを私に偉そうに講釈してくれる先生だからこそ、私は先生の話を聞きに、こんなさびれた準備室くんだりまで来てるわけである。

「でもまあ、僕からはご苦労様、と言っておくよ。君が何かに悩んで、悩んでその行為を、結果を成し遂げたことは何となくわかったから」

 そう言って先生は窓の外を見る。

 雲一つない空、真っ赤に燃える夕焼けがそこにはあった。

「もう冬の空だね」

「もう十二月ですから。すぐ一年が終わって、また次の年が来て、気付いたらいつになってるんでしょうね」

 取り留めのない私の一言に、先生は笑うだけだ。

「先生、ちょっとこの部屋で、三十分だけ寝てもいいですか?」

 いつもの笑顔がそこにはあった。

「どうぞ、三十分だけだからね」

 私はお礼をいい、眠りにつく。

 これで私の一週間は終わりだ。

 はてさて、次の一週間はどんな風になるのかな。

 おやすみなさい。

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