第5話
と意気込んだものの、十分位でやることがなくなり、明日香に二人で駅前のマックで話でもしてきな、とか言ってしまったが最後、四時半前に解散と相成ったわけで。
解散となっても生徒会室の鍵は先生に返さなければいけなくて、その顧問の先生はこの国語の準備室にいるのだ。
国語の準備室とか必要あるのかよ、ってのは毎回思うけどそれを言うと先生のよく分からない講釈が始まるので今回はパス。
あたしはわざとノックもせずにドアを開く。
「失礼しまーす。生徒会室の鍵を返しにきましたー」
そこそこ大きな声で呼びかけるも返事はなし。
大体こういう時はイヤホンつけながら作業してることが多いみたいで、入り口にある衝立の影から中を覗き込むと案の定人の声が聞こえないようにしてパソコンで作業してた。
「おーいせんせー。無防備ですよー」
先生の右肩を強めに叩くと、さも気付いてましたよみたいな態度でゆっくりとこちらを振り向く。
「キリヤさんじゃないですか、ああ鍵ですね。もうそんな時間ですか」
またキリヤって言う。
こういう時の先生は、割と機嫌がいい時なんだけど。
でもそうなるとあたしが居眠りしてた朝って機嫌が良かったってこと?
難しいことは考えてもしょうがない、とりあえず順当にツッコミと入れよう。
「先生、キリヤ、じゃなくてキリタニです。何回言えば分かるんですか」
「ははは、ごめんねキリタニさん。生徒との距離を縮めるジョークだと思って聞き流してくれ」
「先生、女子高生と距離を縮めるって言葉だけ見ると犯罪ですよね」
意地悪された仕返しとばかりににっこりと微笑みながらジョークに返してあげる。
それでも先生はなお笑いながら
「そうだね、僕もそんなことで捕まりたくないからこの辺にしておこうか。それで生徒会室の鍵だね。今日はえらく早いじゃないか」
そうなんですよ、えらく早いんですよ今日は。
こういう時じゃないと先生とゆっくり話すこともないんだよなぁ。
時間がいつもよりあるという心に余裕があったからか私は今日の出来事を話していた。
「なんかクリスマスパーティやるって話になって、明日香、ああ、会長ですね、と副会長がそっちに付きっきりになったので解散って感じです」
「ほほう、それは顧問の僕に言ってもいい話なのかな?」
ま、そうですよね。
ここはおだてて有耶無耶にする方向で行きましょう。
「もちろん先生を呼ぶという選択肢も鋭意検討中であると思いますし、こんなことでとやかく言う方じゃないと私は信じてますよー。ね? 先生」
ありったけの笑顔を向けて先生を見つめる。
「もっと胸元開けたりスカートめくったりした方が効果あります?」
そんな一言を付け加えて先生のご希望に沿う気持ちはありますよアピール。
ここまでやって文句を言う先生がいるだろうか、いや、いない。
「はぁ……とりあえずは聞かなかったことにしてあげるからその胸元にかけている手を降ろしてくれ……」
大きな溜息をついて先生は私を制する。
「ありがとーございますっ!」
とりあえず目いっぱい元気にお礼を言って誤魔化す誤魔化す。
ちょっとふざけすぎたな、とは思うけど、それこそこんなことでどうにかなる先生ではないのだ。
いい意味でも、悪い意味でもそれは信用してますので。
「ま、無茶なことだけはしないように。それじゃご苦労様。気をつけて帰るんだよ」
用事は終わったと思ったんだろう、先生は別れの言葉を告げる。
せっかくこんな早い時間に会えたってのにせっかちな人だ。
もう少しお話したっていいでしょうに。
「まあまあ先生そう言わずに。ちょっと相談したいことあるんですよね」
「相談……かい? 珍しいね君のような人間が人に相談事なんて。よっぽどのことなのかな。僕で答えられることなら頑張ってみるけど……」
いつも思うけど先生は私のことをどういう人間だと思ってるんですかね。
とは言っても先生の言うことは私も間違ってないとは思うけど、間違ってなくても他人がこういう印象を自分に持っていて欲しいという願望はあるわけで。
なんてったって乙女ですし。
「先生もひどいこといますね、か弱い乙女の私に。そんなんだから三十過ぎて結婚も出来ないんですよ……」
「それも今の時代セクハラとかパワハラになる可能性あるんだよキリタニさん……そんなことはさておき相談事ってなんだい?」
ほほう、女子高生が話しかけてあげているだけでも幸せだというのに言うに事欠いてそんなことを……。
とまあ私もそれ以上言ってもいいことはないと判断して本題に。
「ここまで引っ張っておいて大したことじゃないといいますか、取り留めなくて答えの出ない質問というか、質問ですらないんですけど……」
改めて考えるとこんな質問して何の意味があるんだろう、って思うけど、それでもこのやり取りとその答えはこの時点での私に必要だと思ってる。
それに先生にこんな質問する機会もそんなにないから。
それにそれに帰ってもすることないしご飯まで寝てるだけになっちゃうし?
よし、そろそろ本題に入ろう。
「先生は人生をやり直したいと思うことありますか?」
怪訝な顔をして先生は私の目を見る。
「こうやって聞いてしまうのが僕の悪いところだとは思うけど、君を信じて僕は聞くよ。それは真面目に答えたほうがいいのかな? それとも三十過ぎても結婚できないような人生はやり直したいね、とか巫山戯た答えの方がいいのかな?」
さて、あたしはどっちを求めているんだろうか。
自分のことは自分が一番分からないとはよく言うけれど、今回もそうだ。
私はその言葉にただ俯くしかなかった。
「その様子だと巫山戯るべきではないようだね。さて、まずは何でそんな質問をするに至ったかを聞かないと駄目なようだね」
経緯ねえ……。
ふと思っただけで誤魔化すこともできるけど、きっとその行為に意味はない。
それでも、本当のことなんて言えるはずもなく。
「まあそのなんと言いますか、最近傷付いたり逆にすごくいいことがあったりする人を見るわけですよ」
特に恋愛関係が非常に分かりやすいんだけど。
「で、私だったらどう思うかな、とかいろいろ考えてたらやり直すとどうなるのかな、って思ったわけです」
ここまで言って一旦息をつく。
「なるほど。しかし悪いことがあったらやり直したいというのはわかるけど、何故いいことがあった人もやり直しするなんて考えが出てきたのかな?」
なるほど、まずはそっちに考えがいくわけですね先生は。
考えればそう難しい話でもないんだけどなぁ……。
「先生はいいことがあった瞬間は嬉しいですよね?」
今回はちょっと遠回しでいってみよう。
私は先生に回答を促す。
「そりゃあもちろん嬉しいに決まってるよ。当然だろう?」
「じゃあ嫌なことがあれば?」
「それも当然に辛いと思うだろう?」
先生はまだ気づかないのだろうか。
「先生の言うとおりですよね。じゃあ嫌なことはなければいいし、嬉しいことはあった方がいい、ですよね?」
ここまで言えばわかりますよね?
先生の顔をじっと見つめ私は答えを待つ。
目線を下げて先生は考えている。
少し時間をあげたほうがよさそうかな……。
私も分かりにくく言葉を出してるのは確かだから。
準備室が静寂に包まれる。
入ってきた時は明るかったこの部屋も、気づけば薄暗くなっていた。
「とりあえず電気つけますね、先生」
一区切りさせようと思ってそんな言葉をかけても先生はうわの空。
私の求める答えを出そうと躍起になっているのだろう。
この辺は子供っぽいなぁ、といつも思う。
こういうのって本人が子供っぽいのか、職業柄子供っぽくなるのかどっちなんでしょうかねー。
そんなことを思いながら電気のスイッチを入れる。
蛍光灯が、スイッチを入れてから少し遅れて点灯する。
その瞬間、先生が「あ」という間抜けな声を聞かせてくれた。
んー、この間抜けな声、癖になるなぁ。
もっとその声を聞かせておくれ……なんちゃって。
さて答えは出たのでしょうか、回答をどうぞ。
「そういうことか、さすがに悪いことがあったらいい結果に終わるまでやり直したいというのはわかったけど、いいことがあっても、というのはわかりづらいね、気分を悪くしたら謝るけどキリヤくんは少し歳相応じゃない考え方してるね。まるでそんな経験が何回もあったみたいだ」
そんなことがあってたまりますか。
それと遠回しにおばさんくさいって言ってません、それ?
自分から相談してるんだから文句はいいませんけどね。
「それで先生、答えは?」
先生は思い出したように「ああ」と声を上げる。
なんで本題を忘れちゃうんだろうなぁ。
私の内面なんてどうでもいいでしょうに……。
じとっとした目で見ると慌てて話しだす先生。
「ああ、ごめん。確かに簡単な話だ。嬉しいことも時が経てば嫌なことに変わるかもしれないからね。そう考えれば嬉しいことを嬉しいままにするには、いいことが起こったところでやり直せばそれはそのままになるからね」
はい正解。
「で、先生はどう思いますかって話なんですけど」
「どう思うも何も……僕個人としてはどんなことがあってもやり直しなんてしたくないけどねぇ」
「と、いいますと?」
普通だったらそうしたいと思うものだけど。
現に明日香なんかは泣きながらやり直しが出来れば、って思うだろうから。
ま、やり直したからっていい結果が出るとは限らないんだけど。
「あいにく僕はやり直したくなるほど嫌なことはなかった、というのもあるけどやり直したからってもっといい結果が得られるわけじゃないからね」
その通りだ。
「それにやり直しできる方が絶望なんじゃないのかな?」
はてさてそれはどういうことですかね。
「何度やっても出来ないことは出来ないんだ。なまじやり直しなんて出来たら出来るかもしれないって希望を持つだろう? それが分からず何度もやり直して先に進めないなんてそれこそ地獄以外の何ものでもないよ」
それはどうなんでしょうね。
「まあ先生みたいに人生経験豊富だったら失敗の経験もた~くさんあるからそういう見方になるんでしょうね……でも真面目な話、あたしたちだったら失敗するかもって気持ちはあんまりありませんから。なかなかそうはならないかもしれないですよ?」
乾いた笑いが部屋に響く。
もちろん私じゃなくて先生の声だ。
「はは、確かにそうだね。失敗する恐怖なんて年を取らないと意識しないものだね……僕だって昔は根拠の無い自信に満ちあふれていたものさ」
遠い目をして先生は懐かしそうな顔を浮かべる。
自信満々の先生って全く想像がつかないけど。
というかこの先生は外見だけ見ると年齢不詳というか若そうだけどくたびれてるから。
「今キリタニくんが失礼なことを考えたのは分かったよ……で、実際の問題として、キリタニくんはやり直したい、もしくはそのままにしたい、いいことがあったりするのかな?」
やり直したいことね……。
私としては人生さっさと進んでほしい派なんですけどねー。
でも話の流れだと私はやり直ししたいって思ってる流れだと思うんだけど。
変なところには気付くのよね。
「そうですね……私は特にやり直したいことも、ずっとそのままにしておきたいことも特にありませんけど?」
先生は溜息をついて今日初めての煙草に火をつけようとする。
ライターのガスが少ないのか、何回かカチカチとライターを弄ってやっと煙草に火がつく。
煙草を口に加え、ゆっくりと吸い込み、すぐに白い煙を吐き出す。
目を閉じて心なしかさっきより落ち着いた顔になる。
煙草って本当に美味しんだろうか。
というか生徒の前で煙草吸うとかどうなんですかね。
臭くなるから正直止めて欲しいんだけど。
「先生。煙草……ってまあそれはいいんですけど私はやり直したいことなんてないですよ本当ですよ?」
「じゃあ何で僕に相談したのかな? 君にとっては意味があると思って、僕にこんなことを相談してきたんだろう?」
いえいえ、今日の時点では面白いか面白くないかという観点でしか考えてないので大丈夫ですよ。
「そうですけど大体満足できる答えを頂いたので。ありがとうございました」
私は椅子から立ち上がり、お辞儀をする。
「それともしかすると今週一週間、こういう相談すること多くなるかもしれないのでなるべく時間空けといてくださいねー」
手をひらひらさせながら私は準備室を出る。
どうせ先生はなんで君のために時間を……めんどくさい……みたいな顔をしてるだろうから振り向かず。
この時期の夕方、廊下ってこんなに寒いんだなぁ……。
早く帰ってこたつ入らないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます