第16話 国家を守る方々

 警備員達の背後から、黒いスーツ姿の二人組が現れた。


「そこまでだ。あとは我々に任せて、君達は帰ってもらおうか」


 まるで主役の登場といった趣だ。そんな偉そうな態度に、驚きと不快の表情を浮かべ、警備員達が振り返る。


「誰だ?」


 スーツ組は内ポケットから何やら取り出して、警備員らの鼻先でちらつかせる。それは、金ピカに光るバッチが付いた、手帳とは名ばかりの身分証、いや、国民の公僕証とでも言う代物だった。


「なるほど……」


 警備員達は、やや不満そうな顔で黒スーツを睨みつけ、それから不敵な笑みを浮かべて互いに顔を見合わせた。


「み、民間の出る幕ではないと言っているんだ! ここは我々に任せて、早く帰りたまえ!」


 相手の余裕に焦ったのだろう。口元を引きつらせ、スーツの一人が声を荒げる。


「君達は、県警の警備部公安課かな」

「名乗る必要はない」


 と言いつつも、その顔には図星と書いてあった。


「なかなか強気だな、地方公務員」

「……お前ら、公調か」

「君達の出る幕ではないと言うことだ。素直に引き下がって、我々に任せたまえ」


 すると地方公務員と揶揄されたスーツ達がニヤリと笑う。


「そうはいきませんね。あなた方が何の権利で捜査をしているのかは知りませんが、そもそも捜査権はそちらにはなかったはず」

「国家レベルの調査だ!」

「調査は調査であって、捜査ではないのでは?」

「もちろん、これは“自主的協力による”調査の一貫だ。これは我々に正式な 調査権のある案件であり、力仕事が必要になったら諸君等を呼んでやるから今は帰りたまえ、地方公務員」


 警察に対して強気でいられるのは、さすがは悪名高き公安調査官か。もっとも国家か地方といちいち気にするのは警察組織の連中だけだ。彼らは国家公務員イコール上級階級と明確に区別されている所以であろう。

 しかし、スーツの連中も負けてはいない。


「強制権がない調査など素人探偵と一緒ですな。その点、我々警察官は違法行為の可能性がある事柄について、対象を捜査する権利を有してますからねぇ」

「何を間の抜けたことを。たとえ公安警察であっても、令状のない強制捜査は違法なんだよ。そんなことも分からないとは、さすが地方公務員だ。我々と対等に話がしたいなら、察庁の人間でも連れてきたまえ。県警ごときが出張ってくる幕はない」


 それまで下手だったスーツ連中だが、完全なる上から目線の態度にとうとう切れてしまったらしい。一人が警備員達に詰め寄ると、その鼻先にケッと吐き捨てた。それから酷くドスの効いた声で、


「だったら、お前らの存在自体が違法だな。どうせ叩いたらホコリしか出てこないんだろ? 調査とは名ばかりの活動しかしてない野郎ども。なんだったら、銃刀法違反でしょっ引いてやろうか。どうせ持ってるんだろ、その制服の下に」

「汚い顔を近付けるな。違法ではなくこれは正式な……」

「お前らに拳銃所持が許されていないのは百も承知だ、馬鹿野郎」


 そんなやり取りを聞きながら、田神は目眩にも似たものを覚えていた。

 まさかと思っていたが、本当に厄介な奴らが絡んできてしまった。国家安全の為に働いているのは自分と同じはずなのに、どの顔もみな悪人面だ。その上、縄張り意識が異常に強い。もしも今の状況で防衛省などと名乗ったら、おととい来やがれとばかりに追い出されるのは目に見えている。そんなことを考えて、自衛官としては最低ラインの体格を小さくして、田神は国安女史の後ろに隠れるように縮こまった。


 低次元の小競り合いはまだまだ続く。ただしムードだけは最高潮に険悪だ。このままでは銃撃戦にでもなりかねないほど、双方はいきり立っている。背後にいる観客のことなどお構いなしだ。さすがの空人でさえ、呆れ顔でただただ眺めるばかり。ただし、その口元が僅かにほころんでいるのを、田神は見逃さなかった。

 案外、楽しんでいるのだろうか。


「拳銃と言えば、派手に撃っていたそうだな。使用分の弾丸数は報告しなければならないんだろう? 人の心配より自分の心配をしたどうだ、地方公務員」

「あれぐらいの弾丸は予定数だ。って何処で見てたんだ、あんたら?」

「我々の調査体制は完璧だよ。お前達みたいに丸見えの張り込みをするほど馬鹿ではない」

「なにを!」


 掴みかかろうとするスーツ達。警備員らが応戦しようと身構える。民間人の玄関先だと言うことをすっかり忘れているご様子だ。

 だがそんな一触即発状態の中、それまで黙っていた国安女史が「あ、あの!」と口を開いた。


「皆さん。ここは民間邸宅ですよ! 然るべき捜査令状はあるのですか?!」


 しばしの沈黙後、


「それを発行するのは我々の母体である法務省だ!」

「この家に公務執行妨害の容疑者が逃げ込んでいる!」


 一瞬怯んだ国安女史だが、仁王立ちの体勢で言い放つ。


「ここは現在、私が徴税監査中です! この敷地内および、そこに含まれる全ての財産は国税庁にその捜査権があります!」

「なんだ、君は異母兄姉じゃなかったのか」


 とは言うものの、警備員達はさほど驚いている様子は見られない。二日前に来た彼女のことは、既に調査済みなのだろう。


「国税庁査察官です。諸事情により身分を隠していましたが、皆さんのやり方があまりにも酷いので、敢えて名乗らせていただきます」

「国庁ねぇ。だが、これは国家危機管理上の問題なのだよ」


 うんうんと頷く他の三人。珍しく四人の意見がそろったようだ。


「国家に対する犯罪性が想定される以上、捜査優先権は公安にある」


 言外に「すっこんでろ」と放った連中だったが、国安女史は引き下がらなかった。


「あなた達の銃器は、いったいどういう予算から購入されたものなんですか?」


 その言葉に公調らしき警備員達が少し身を硬くした。


「……君と違って我々は会計が専門ではないのでね。調査備品費か調査機密費に該当すると思うが、詳細の開示は上を通してやってくれ」


 一方、県警警備部公安課らしきスーツ達はニヤついたまま余裕の態度を崩さない。


「我々は警察だ。通常の備品だよ。それに国税は我々官庁には監査できんだろう?」

「ですが、先程の発砲でこの施設内の財産価値が変化した可能性があります。そして価値が低下していた場合、その賠償はあなた方に請求させていただくことになるんですよ。そういえば以前、テロ集団として摘発された団体がありましたが、そのアジトであったプラントを、我々の査察前に解体し、あまつさえ財産価値を下げ、徴税額を不明にしたのは他ならぬあなた方でしたね」


 すると公安の二人組が必死に反撃を開始する。


「犯罪者からでも徴収しようとするそのプロ根性は見上げたものだがね、捜査上で被害が出た場合は、申請すれば幾らかは返金される。県警本部にでも請求しろ!」


 すると公調の二人組は「わ、我々はまだ発砲していないぞ」などと、どさくさ紛れに言い訳をした。

 しかし、国安女史はそんなことは百も承知だという態度で「お忘れですか?」と切り返す。


「全ての国家機関に対してその金銭の監査を行う会計検査院は、もともと財務省が大蔵だったころに分かれた組織です。その交流が完全に途絶えているとでもお考えですか?」


 そう言いながら国安女史はポケットからスマホを取り出した。


「皆さんの今回の捜査行為は不正な資金流用の可能性が疑われますと、私が一本電話を入れたら何が起きるか……」


 公安も公調も厳しく顔を歪めて大きく口を開きかけたが、国安女史の双眸が真剣な光を帯びてまっすぐに彼等を射抜くと、彼等の開いた口からは何の言葉も出てこなかった。

 彼等は公に務める者達なのだが、その活動は大半が公にできず、また、当然その予算も色々後ろ暗いのだ。

 短い沈黙のあと、ゆっくりと国安女史の指先がスマホのキーへと動いた時、


「さっさと監査を終えろ! 国税め!」

「この件は正式に抗議する!」


 公安、公調は捨て台詞を吐いて、来た時以上の素早さでその場から消えていった。

 空人と田神はそれらを端で呆然と見送ってから、まだ正面をにらんだまま携帯を握り締める国安女史に向き直った。


「いやあ、凄い! カッコイイ! やっぱ、いざとなったら女は強いな!」

「いやいや、女性というより、財布持ってる人間の強みでしょう! 監査は伝家の宝刀、抜けばどんな省庁もイチコロですよ。ちょっとでも妙なものが出れば来年度の予算に如実に反映されますからね」


 無力だった男達が安堵から彼女の両脇で笑いあう中、不意にヘナヘナと国安女史は倒れこみ、男達が慌てて支えた。


「どうしました? 貧血ですか?」


 空人が声をかけると、先程までの勇ましさとは打って変わって、憔悴しきった顔で国安女史が力なく顔を上げた。


「怖かったんですよ、凄く。相手は銃持っているし……」

「え? でも、バックに財務省がついてるんだし、会計なんとかもいるんだから連中は手を出せないんだろう?」

「さっきのアレ。全部、嘘です。あの人たちが素直に帰ってくれてよかった……」

「ハッタリだったのかよ!?」


 空人が驚きの声を上げる。

 そこで田神は国安女史を座らせつつ、何も知らない空人に説明をした。


「官僚は縦割りですが、コネを断ち切ったりはしないですから、財務省と会計検査院がつながっていてもおかしくはない。連中にはそれがリアルに聞こえたんでしょうね。私だってそう思う」

「次官クラスの偉い人ならともかく、私にはそんなコネはないですよ。一介の監査員です」


 彼女の言葉に空人が、「連中、抗議するとか、ただじゃすまないとか言っていたぞ」と心配そうに声をかけ、それに「大丈夫ですよ」と田神が静かに答えた。


「もし本当に抗議したり、何か上のほうから降りてきたら、国安さんは今回のことを全て報告するだけで解決します。連中が引き下がったということは、財務に後ろ暗いことがあるという証拠ですからね。他省庁の一人処分するために自分の省庁の予算を危機にさらす真似はしない。それは向こうもわかってますから、正面きって財務省や国税庁に圧力かけてはこないはずです。でも子供の使いじゃないから、またここへ来るでしょうね」


 すると空人は本当にうんざりという顔をしながら、大げさな身なりで肩をすくめた。


「あんなロボット、引き取りたいなら最低限の礼儀を守って普通に言ってくれれば、自衛隊だろうが公安だろうが清掃局だろうが、熨し付けてくれてやるのに……」

「それより、連中に撃たれていた人はどうなったんですか?」


 国安女史が男達がすっかり忘れていたことを口にしたとき、背後の扉からまさにその人物が現れたのだった。



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