第15話 隠し子たち

 2020年4月12日 15時20~16時10分 神奈川・大宝寺邸


 自衛隊航空幕僚監部総務課総務部副部長補佐、田神芳雄二等空佐は苦虫を噛みつぶしたといった顔でスマホを握り締めていた。たった数秒前まで、上官兼義兄の後藤田空幕副長と話をしていたところだ。


 侵入者が現れて以降、全てが厄介な方向に動き出している。多少の覚悟はしていた田神だったが、よもやここまでとは正に“お釈迦様でも気がつくめぇ”だ。

 義兄に電話を入れたのはこれで二度目。一度目は田神のロボット報告に、電話の向こうで断末魔のようなうめき声を漏らしていた。


 だが二度目の電話では少々態度が変わっていた。もっともいつも通りの歯切れが悪い物言いで、田神に指示らしきことを並べ立てただけなのだが。


『それにしても君、少々不愉快だな。いや、君ではなく彼らだよ。こちらは正当なる方法で事を運んでいるというのに、コソコソと。まるで彼らこそがテロリストではないか。君が見たものが本物だというのなら、我々が手に入れるのが一番有益だと思わんかね? ああ、もちろんもちろん、これはただの夢だ。だがもしもだよ、もしもそれを手に入れることが出来れば、今後、我が国の防衛の件で、米軍に対して、多少なりとも優位な立場に立てるだろうに。そう思わないか、君?』


 うんざりするほど長々と喋っているわりには、本当に中身がない内容だった。僅かに垣間見えるのは、妙な対抗心なのだろうか。

 田神はスマホを耳から三センチほど離して、そんな義兄の言葉を聞いていた。途中に、『はぁ』や『ええ』などの合いの手を挟んでみたが、きっと相手は聞いていなかっただろう。


『そう言えば君は指揮幕僚課程を修了しているんだったな。ならばそろそろ昇級しても良い時期だ。我が弟が二佐では私も困るのでね。今後のことで便宜を図ってもいいぞ。ただしもう少々色の良い報告があれば、なおこと結構なのだが……』


 さすがの田神も、義兄が何を言いたいのか何となく分かってきた。要するに、彼らの鼻を明かせと言っているのだ。


『だが一つ注意してもらいたいのは、これからの活動は君の判断にゆだねるということだ。君の判断は君の判断であり、君の責任でもあるのだから、細心の注意を払って欲しいね。それと万が一のことがあった場合、妹のことは何の心配もいらないから安心しておきたまえ』


 つまり、何かして欲しいが、何かあったらお前がひとりで詰め腹を切れと言うことなのだろう。

 その後、田神が何も言い返せないまま、電話は切られてしまったというわけだった。


 田神が義兄に二度目の報告をした事のあらましは、次の通りだ。

 国安査察官に倒された男を囲み、三人が途方に暮れていたのはちょうど三十分前。

 警報装置は空人が切ってくれたおかげで喧しい音だけは収まった。国安女史は男が死なないかとそればかりを気にしているようだ。田神はというと、義兄に携帯で電話をかけてはその度に電源が入っていないと言われ、苛立ちを押さえられないでいた。

 そんな中、最初にその予測をしたのは空人だった。後で分かったことだが、真実を見抜いていたわけではなかったらしい。


「そろそろ、来るかも」


 ポソッと呟いたその言葉に、田神も国安も何のことだというように空人の顔を見た。すると彼は天井を指しながら、


「警備会社の奴ら。そろそろやって来るかなぁと思って」

「その前に、この男を何とかしなければなりませんよね」


 加害者の汚名を着せられるのを恐れてか、国安女史は不安そうな表情で呟いた。


「何とかって、たとえば警備員には引き渡たすとか?」

「いえ、起こすとか色々。それにこの人、ロボットの件を詳しく知っているかもしれないんですよね」

「起きればいいけど、このまま昇天したりして」


 戯けたように空人が言うと、国安女史の顔は可哀想なほど引きつった。 


「い、生きてますよね?」

「ええ、今のところ」


 何とも嫌らしい男だなと田神は思った。故意なのか、それとも無意識なのかは知らないが、言葉の一つ一つに棘がある。お坊ちゃん育ちの所以なのだろうか。

 その時、場の雰囲気にそぐわない幸せ感たっぷりの、妙な音楽が聞こえてきた。


「なんだ!?」

「誰かが正門の呼び鈴を押した音、みたいな?」

「警備員ですか?」


 田神が言うと、空人は肩をすくめて玄関の方へと歩み寄っていく。やがて扉の直ぐ脇にあるインターホンで何やら話しつつ、田神達に向かって男を連れて行けと言うようなジェスチャーをして見せた。どうやら場の主導権はまだ彼にあるらしい。

 家主であるという理由を差っ引いても、年齢的に又は職業的に自分がその立場に付くべきだと田神は感じていた。なので、かなり高圧的な態度の空人にはやや腹立たしさを感じなくはない。もっとも田神本人は気付いていないが、長年染みついた受命体質というものがある。不請不請にも、命令に体が自然と動いてしまう悲しい性だ。


 田神は男の体を引きずって、ダイニングの更に奥へと運んでいった。そこは広いキッチンで、マホガニー製の調理台が中央に置かれている。その下に男の体を押し込み、再びエントランスホールへと戻ってみると、玄関の前で空人が二人の男達と対峙していた。


「だから、何でもないと言ってるでしょうが」

「ですが、きちんと確認して社の方に報告をしなければならないのです」


 テレビで宣伝している大手警備会社の軽プロテクターを付の制服を着ている男達だ。二人とも目付きが鋭いところを除けば、特別記するような特徴もない顔立ちで、年齢は四十代後半といったところだろうか。


「さっきから、何度も言ってるように、窓ガラスを間違えて割っただけですよ」

「だから確認させて下さいと言ってるんです」

「分からない奴らだな」


 イライラとして、空人が靴を踏みならした。まるで駄駄を捏ねる子供である。


「分からないのは貴方ですよ。いいですか。こちらのお屋敷は大宝寺直太朗氏所有となっていますが、氏は数日前にお亡くなりになりましたね。ところがこちらの警備については、まだ引き継ぎなどを行っていませんので、私どもには貴方が本当に大宝寺直太朗氏のご子息か、確認が出来ないのです」

「何ならパスポートでも持って来ようか?」

「いえ、それには及びません。内部を確認させてもらえれば結構ですよ」


 強引に入ってこようとする男達を、空人が必死に押し止める。国安女史も空人の隣に立って、彼らの行く手を阻んでいた。


「いい加減にしてくれ。どうしても入るというのなら、不法侵入で警察に電話するぞ」


 もう空人の言葉に一切の礼儀は失われていた。

 その間にも、田神は胸騒ぎはどんどんと増加していく。先ほど感じたあの既視感が原因である。


「何か中に入れられない訳でもおありですか?」

「……別に」

「ところで、後ろのお二人は?」


 四つの鋭い眼光が田神と国安に向けられる。すると気圧されたのか、国安が早口に兄姉だと口走っていた。


「ほぉ、ご兄姉。確か大宝寺氏はお子さんは一人だけだったと思いますが?」


 しまったというように、国安女史がアッと小さな声を出す。

 つじつまを合わせようと、田神は「隠し子だ」と慌てて付け加えた。

 するとチラリと振り返った空人の目は、異様な光を放っていた。


(なにを怒ってるんだ、このお坊ちゃんは?) 


 自分が変なことを言ったとは、田上はちっとも思わなかった。


「隠し子……ですか」

「か、家庭の事情ってやつだから、忘れてくれ」

「ええと、異母兄姉なんですよ、嘘じゃないです、本当なんです!!」


 国安女史の声は酷く裏返っている。

 なぜもっと上手に嘘がつけないんだと田神は内心腹が立った。


「隠し子ねぇ……」

「とにかく帰ってくれ」

「だから確認を」


 永遠に押し問答が繰り返されそうだった。

 しかし、そんな会話はこの場にいた誰もが予想していなかった形で遮られた。それは、業を煮やしたらしい空人が、大げさな身振りで何かを言おうとした瞬間だった。


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