第12話 タケノコで現実逃避

 2020年4月12日、14:45 神奈川・大宝寺邸内


 空人、田神、そして後から来た国安女史の三人は、玄関横にある小窓から、前庭を覗き込んでいた。

 それから無駄にデカいダイニングルームへと移り、それぞれに侵入者の居場所を確認した。


「居ましたか?」


 窓の外から視線を離さずに田神が言った。ちなみに三十畳ほどあるダイニングルームには、三つ窓がある。それぞれ前庭に面し、床から一メートルほどの位置にあった。


「いいえ、見えませんね」


 中央の窓に張り付いている国安女史が、訝しげに答える。


 エントランスホールから一番遠い場所にある窓から覗いているのは空人だ。人影を見つけようと、視線を走らせてはいるものの、小鳥の姿すら見つけられない状況だった。

 前庭の広さは五十メートル四方はあるだろう。正門のすぐ脇に駐車スペースがあり、軽自動車が一台停まっている。色はシルバーメタルらしいが、陽光も反射できないほど薄汚れていた。

 門から屋敷に向かって、敷石の小道が真っ直ぐ伸びている。白と茶色の御影石を幾何学的に並べられ、かなり小洒落た作りだ。その道を中心に、左右には低い立木と芝生が、これまた幾何学的に植えられている。芝生にはマーガレットらしき群生が混じり、春風に撫でられ揺れていた。


 たぶん数年前までは、奇麗に手入れをされていたと思われる庭だ。だが、大宝寺氏は全く興味がなかったようで、手入れなど殆どされていない。立木は伸び放題、芝生は黄土色。美しさを醸し出しているマーガレット達は、思うがままに生え散らかってすでに野草化。端の方にあるハーブ園はハーブと知らなければ雑草畑。

 つまり、一言でいえば壊滅状態だった。

 きっとそれなりに金をかければ、フランス風の庭なのだろう。そういえばこの屋敷を造った西園寺公望という人物は、フランスかぶれの公家だったと伝十郎が言っていたのを、空人は思い出した。

 だが、みすぼらしい庭を寂しがっている場面ではない。

 空人は窓の外を凝視して、侵入者がいないことを確認した。


「やっぱり誰もいないな」


 すると田神が窓から離れ、空人の方へと歩いてきた。


「裏じゃないですか、捕まってなければですが……」

「裏かぁ」

「何があるんですか?」

「一応、庭らしきものが。ただしこっち以上に手入れをしていないので、ちょっとした竹林になってますよ。オヤジの奴、タケノコ掘りをしてなかったみたいで。伝十郎の話によると、タケノコ掘りを怠ると竹はあっという間に増えてしまうそうですね」

「なるほど。つまりタケノコ掘りとは、食と景観を満足させるというわけですね」

「タケノコ、美味しいですからね。アメリカにある日本料理屋によく行ってたけど、そこのタケノコごはん、美味かったなぁ」


 そろそろ小腹が空く時間だったので、そんなことを思い出して空人の胃袋が動き出した。


「自分はタケノコとワカメの煮物ですな。お袋の味とでも言いますか」


 田神もまた、思い出の料理を脳裏に浮かべているのか、懐かしそうな表情をする。

 ほんのしばらく、二人の間に穏やかな空気が漂った。

 そんなマッタリ気分を崩したのは、田神の背後から近付いてきた国安女史だった。


「なにを二人でタケノコ談義してるんですか」

「いや、なんとなく……」


 わざわざ裏に回って、侵入者捜索などしたくないと言うのが空人の本音である。たぶん田神も同意見だったのだろう。バツが悪そうな表情で、角刈りの髪を撫でつけていた。


「どうするつもりですか?」


 どうしたらいいのか聞きたいのは俺の方だ。

 空人はそう言いたかった。

 厄介ごとを皆に知らせた張本人の伝十郎は、国安女史を呼びに行って、そのまま戻ってこない。ひよりを守るからと女史に言ったそうだが、そんなつもりで残っているとはその頭髪と同じくらい毛頭思えない。チキン執事のことだから、ひよりの周りを彷徨き回って迷惑がられているだろうことは、想像せずとも脳裏に浮かぶ。

 ならば全ては気のせいだったとして、自分も戻ってしまおうか。

 空人は、鬱鬱とそんなことを考えた。


「待っているのも一つの手ですね」


 空人ほどではないが、田神もまた消極的だ。

 しかし国安女史は妙に気合いが入っているようで、今にも竹林に分け入り、侵入者を探しに行きそうな雰囲気があった。


「その青年がもしも撃たれてしまったら、どうするおつもりですか?」

「撃たない、と思いたいですね」

「思いたいってそんな……」

「いくらなんでも私有地での銃殺がマズいぐらいことは、分かると思いますよ。公安警察なら安易に暗殺までしないでしょうし、もし公調だとしても警察沙汰は困るでしょう。あそこと警察庁とは犬猿の仲だというのが、周知の事実ですから」


 知らねぇよ、そんな事実。でも防衛省がそういう考えなら、自分もやっぱり無視しよう、そうしよう。

 うんうんと頷き、踵を返して扉へと向かう空人。その後ろを田神が続く。

 すると、困惑した国安女史が、「ちょっと待って」と言いながら二人を追いかけた。


「そんなことで良いんですか? 少なくても田神さんはロボットについて調べに来たんでしょ?」

「そりゃ、国税庁は蚊帳の外で税金計算してればいいでしょうけどね。自分の立場は貴方と違って微妙なんですよ。先ほど上司に連絡したんですが、もう少し様子を見よとのことでした。だから今は自己判断で行動しなければならないんですよ。何か問題が起これば、自分に全ての責任が回ってくるわけでして」

「俺だって反逆者になる為に動き回りたくないな」

「で、でも……」


 話ながらもエントランスホールへと続く両開きの扉に辿り着く。

 するとその時、ガラス窓が割られるような音が聞こえてきた。

 立ち止まった三人は互いの顔を見合わせる。

 厄介ごとが向こうからやって来たと、皆がそう思った瞬間だった。

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