第7話 ゴスロリ美少女はツンデレ系がデフォ

 2020年4月12日 13:45 神奈川・大宝寺邸


 大宝寺所有の屋敷玄関前にて、不思議な三人組がたたずんでいた。

 一人は中年の角刈り男。もう一人はキャリアウーマン風の女。そして最後の一人は……。

 中年男とは、自衛隊航空幕僚監部総務課総務部副部長補佐、田神芳雄二等空佐である。

 そして彼は今、予想外な人物を異星人でも眺める風な目で見つめていた。


「つまり、こちらは貴方の妹さんというわけですね?」


 田神がそう尋ねると、「ひよりと申します。以後、お見知りおきを」とその人物が頭を下げる。その場の空気が凍り付くほどに、声に感情が籠もっていなかった。

 長い髪を頭の上で二つに分け、大きな黒いリボンで結んでいる少女だ。着ている服は今時と言うべきなのか。黒地に薔薇柄のワンピースで、胸元や袖には大量のリボン、裾には黒フリルが付いている。ファッションなどさっぱり分からない田神だが、少なくてもTPOを無視しているのだけは理解できた。

 たぶん少女は、田神の眉間にシワが入ったことなど気付いていないだろう。気付いたのは、田神の隣に立つ女の方だった。

 国税庁の調査員だ。歳は三十過ぎぐらいか。女教師を思わせるその風情は、独特の色香を感じさせる。ただしそれを理解できるのは、俺ぐらい成熟した男じゃないと駄目だろうなどと、田神は自惚れしながら女を横目で見た。


「すみません。ちょっと事情がありまして、妹を同席させることになりました」


 どんな事情だか知らないが、やはり女だ。公私混同という言葉を知らないらしい。それとも国税庁のキャリア組とは所詮こんなものなのか。

 田神の内面を読み取ったのか、国安という名の女は少々顔を赤らめた。


「言っておきますが、これは今回の調査にどうしても必要なのです。事情は後で説明しますが、妹はきっと役に立つと思います」

「なるほど」


 十五やそこいらの娘がどんな役に立つんだ。

 口にこそしなかったが、田神は確実にそんな表情を作っていた。


「分かり易い方ですね、田神さんは。わたしがどんな役に立つのだと、顔に書いてありますわ。ではお答えしましょう。わたし、大宝寺直太朗氏とは少々関わりがあるのです」


 見た目は女子高生そのものなのだが、ひよりの口調は恐ろしいほど堅苦しい。


「ほぉ、ひよりちゃんは大宝寺直太朗をご存じなのですか?」

「ちゃん付けされる謂れはありませんが、その通りです」

「ひより! 言葉遣いには気をつけなさいって言ってるでしょ!」


 姉とはとかく口うるさい種族だ。田神にも二人姉がいる。五十に手が届こうとしている今でも、とやかく言ってくる。しかし田安隆子の注意は、社会人としては当たり前なことだ。もちろん社会人として、妹を職場に連れてくる非常識さを忘れれば、だが。


「これでもなるべく丁寧に話しているつもりですわ、お姉さん。そもそも大宝寺さんのことがなければ、戦争屋の手助けをするなど、死んだって……」


 後半は姉が口を押さえつけたお陰で、罵詈雑言は制止されたようだ。だが、自分に対する悪感情だけは、田神にもきっちりと感じ取れた。


「そ、それより遅いですね」


 国安女史は妹の慇懃無礼をごまかすように、目の前の扉に視線を転じる。妹は姉の手をふりほどくと、田神に背を向けるようにそっぽを向いていた。


 門から数十メートルの庭を挟んで建っている大宝寺の屋敷は、明治中期に建てられた洋館だという。漆喰の白い外壁、エントランスホール上にあるバルコニーとそれを支える二本の柱、そして重厚な玄関扉など、きっと歴史的価値があるだろう。国安姉妹はなかなか出てこない住人が気になっているようだ。姉などは、親の仇でも見つけたように、焦げ茶の扉を睨み付けている。

 だが、田神は気になることが他にあった。

 それは、十分少々前のことだ。

 国安姉妹とは屋敷の門前で待ち合わせていたのだが、先に着いた田神は彼女らを少々待つ羽目になってしまった。ここは大通りに面していないので人通りは殆ど無い。そのせいだろうか。その時の田神は、通りの角に立っていた二人の男がやたら気になった。

 何がどうという理由があったわけではない。ただのビジネスマン、それも営業担当だと言われれば、確かにそんな感じだったのだから。

 ただし違和感を覚えるのは、その微かな匂い。言葉では言い表せないが、どことなく雰囲気にデジャブがあるというか……。

(気のせいだ)

 そう思い直した田神は、目の前の玄関へと意識を戻した。

 やがて内側から扉の鍵が外される音がする。

 少し軋みながら開かれた扉の向こうに、黒のスーツに身を包んだ男が立っていた。

 少ない髪で頭部のすき間を埋めている。色白で面長の顔をしている。ワイシャツのカラーから出た首がやたら長い。それらを総合すると、どことなく丹頂鶴を彷彿させる男だった。


「お待たせいたしました」


 執事か何かだろう彼は、国安女史をチラリと見る。それから、どうぞというように体を引いて、三人を中に招き入れた。


「靴は脱がなくても結構ですよ」


 そう言われて通されたエントランスホールは、驚くほど広かった。たぶん四十畳ほどあるだろう。田神は、その昔見た“鹿鳴館”という映画をふと思い出していた。

 吹き抜けになっている天井には、巨大なシャンデリアが吊り下げられている。正面にある広い階段は、途中から左右に分かれて二階に昇っている。手摺りは光沢のある木製で、樫木かなにかで出来ているようだ。

「これはご立派なお屋敷ですね」と、田神が褒める。

 すると執事は、「一九〇九年に西園寺公望が、別邸として作らせた屋敷です」と得意げに説明した。

「ほぉ、それは凄い」


 もちろん、その西園寺何某は誰ですかと尋ねて、無知を晒す真似などしない。したり顔でふむふむと頷いていると、そんな田神の無知を追求する輩がいた。


「西園寺さんが誰だかご存じないようですよ、この方。わたしも存じませんので教えて下さい」


 言うまでもなく、ひよりだ。


「なっ……」

「明治時代の総理大臣ですよ、お嬢さん」


 そう答えた執事の顔にはクエスチョンマークが浮かんでいる。ひよりの正体を訝しげに思っているのだろう。

 すると慌てた国安女史が、

「す、すみません。訳あって妹を連れてきました。後ほど理由は説明します」

 と顔を上気させながら脈略もなく弁解した。

 それで納得できたかは微妙だが、執事は小さく頷くと、三人を屋敷の奥へと案内した。


 地下室に通じる扉は、大階段の右下にあった。目立たないようにする為か、周りの壁と同じマホガニー色だ。

 一人でもやっとという狭い階段を十数段下りると、今度は突き当たりに鉄製の扉があった。先頭の男がそれを開く。最後尾にいた田神は、皆が中に入るのを待ちながら、天井に取り付けられた蛍光灯に目をやった。


「明治時代の建物に地下室とは、ちょっと意外ですね」

「ここは後になって増築されたようです」


 田神の前にいる国安女史が答えた。


「増築って、この屋敷は文化財などでないんですか?」

「ええ、三十年前、県の文化財に指定されています。ですが、この地下室は戦時中に防空壕代わりに造られましたので。例の物がある場所も地下ですので、そういう意味では問題はないようです」

「なるほど、そういうことですか」


 地下室に入りながら初対面同士の無難な会話をしている間、執事は地下室の奥へとスタスタと歩いていった。

 室内には大量の段ボールが、所狭しと積み重なって置かれている。中身は殆ど書物のようで、箱に入りきれないものは床に平積みされていた。


「これはまた、ずいぶんな量の本ですね」

「ええ、まあ……」


 執事は何故かばつが悪そうに返事をしながら、壁と段ボールのすき間に手を突っ込んだ。

 ガタンという音が室内に鳴り響く。

 すると段ボールが置かれていない壁の一角が、横へとスライドしていった。


「か、隠し扉ですか!」

「私もお坊ちゃまも、税務署に発見されるまでこの仕掛けに気付きませんでした」

「へぇ、税務署がねぇ」


 感心するように田神が言うと、国安女史は得意げな様子で顎を上げた。


「こうした隠し部屋を発見するのも、我々の仕事ですからね。この本もきっとフェイクとしてここに集めたのでしょう。資産がある方は、あの手この手でいろいろな物を隠すんですよ。納税が国民の義務だと考えない方々が大勢いるのは、本当に残念です」

 女史が熱弁を振るっている間、他の三人は隠し扉の先にある階段を下りていく。


「お姉さん、行きますよ」


 ひよりの言葉に、女史は慌てて妹の後に続いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る