第6話 帝国軍はいずこ!?

 2020年4月12日 13:00 神奈川・大宝寺邸


 国安女史が指定した日がやって来た。空人と伝十郎は二日ぶりに、また地下工場に足を踏み入れている。

 白銀のロボットは、まるで死んだように横たわっていた。

 これが動く日があるのだろうか? ほんの僅かだが、動いている姿を見てみたい気もしなくもないなと、そんなことを思いながら空人は伝十郎を顧みた。


「準備は出来ただろうな?」

「はい、お坊ちゃま」


 伝十郎は任せて下さいというように、自分の胸を軽く叩いた。

 秘書兼執事が胸ポケットに隠し持っているのは、ボイスレコーダーだ。その他にも二箇所設置してある。

 弁護士を呼ぶなと言われて、ハイそうですかと素直に従うわけにはいかない。変な罪状で捕まるぐらいなら、国家機密などクソくらえだと空人は思った。


「しかしこんな大ごとになるとはなぁ」

「やはりあの時、私が壊しておけば良かったのかもしれません」


 きっと、二日前にトンカチとノコギリを用意していたことを言っているのだろう。


「あれ、ギャグじゃなかったの?」

「伊達や酔狂であんなことをすると思っていらしたのですか! 国税庁と聞いて、私はこうなるような予感がしていたのです。実は数十年前に、私も税務署の方々に色々と虐められましたからね。あれはバブルが崩壊して間もなくです。私の所有していた絵画や芸術品に、あの方々は膨大な課税を要求してきたんですよ。私が、バブルが崩壊したのだから、もうそのような価値はないと訴えても、前年度の評価に対する課税額だとか申しまして……」

「えっと、その話、長くなりそうか?」


 伝十郎の昔話は興味をそそられるが、今は聞いている場合ではない。

 まさかこんな面倒なことになるとは、空人も考えていなかった。だから大学にも休学届けは出さなかったし、家のセキュリティを頼んでいる会社に長期外出の連絡もしていない。もちろん、両方とも今から電話をすればいいのだが……。

 父が日本に戻った理由をなぜ深く考えなかったんだろう。ちょっと調べたり、本人に尋ねれば簡単に教えてくれたはずなのに。

 本当は考えるのを避けていたのかもしれない。

 自分は父とは違うんだという意識が、現実逃避させていたのだろうか?

 父と仲が悪かったわけではないが、何故かお互いに避けていた。父が自分を避ける理由は分からないが、自分が父を避ける理由ははっきりしている。

 つまりはウザかったんだ。

 天才の息子が天才であるという法則は何処にもないのに、周囲に変な期待をかけられる。それが嫌だった。


『あの大宝寺直太朗さんのご子息ですか。では貴方も科学者に?』


 そんな質問が繰り返される。

 俺は科学も工学も全く興味がないし、むしろ苦手なんだと叫びたかった。父の偉業が空人には重すぎた。特に今年の九月には学科専攻を決めなければならない。それについて教授や友人達に何にするのかと尋ねられ、『経営管理学に進む予定です』と答えた瞬間、相手は何故か『超つまんねぇ』と言った表情を必ずする。なかには工学を専攻しろと諭すお節介まで現れる始末だ。

 まるで“お前は俗物だな”と言われているようで、無性に腹が立った。流石に『いーじゃねぇか。世の中、金で動いてるんだよ』とは言えなかったが……。

 だが、本当にそんな理由だったのだろうかとふと思う。

 空人には、もっと思い出さなければならないことがあるような気がしてならなかった。


「とにかくお坊ちゃま、こんな物は破壊してしまうか、国へ寄付してしまうのが一番ですよ。旦那様のことを思うと心苦しいのですが……」


 伝十郎の声に、空人はハッと我に返った。


「ってか、アメリカ空軍とかに売れないかな?」


 彼らなら税金だ法律だと野暮なことを言わないで、ホクホク顔で買ってくれるだろう。


「それはダメです、お坊ちゃま」

「また“ダメ”かよ」

「まずはこのロボットの性能を確かめた方が良いかもしれません。もしかしたら見かけ倒しで、中身は空ということもあるやもしれませんし」


 その言葉を聞いて、空人はフンと鼻を鳴らす。


「ロックフォードに調べさせたが、研究費という名目の用途不明金が約五百万ドルある。少なくてもハリボテじゃねーだろ」


 ロックフォードとは、米国内の大宝寺家資産を管理している会計士だ。ただし五百万ドルもの用途不明金を知らなかったのだから、やっているのは脱税対策ぐらいだろう。


「そのお金が、このロボット作成費だと?」

「じゃねーの? それにしても、オヤジにこんな趣味があったとは知らなかったぜ」

「あ、ああ、それは……」


 瞬間、伝十郎の視線が逸れる。明らかに意味深な表情を浮かべていた。


「なんだよ」

「いえ、何でもありません」

「隠すな、今さら。どうせオヤジはこの世に居ないんだし、全部吐いちまえ」


 伝十郎は迷っているようだ。柔和な顔が珍しく険しくなる。その口は何度が開いては閉じられた。

 やがて絞り出すような声で、「旦那様は巨大ロボットが大好きだったのです」とぽつり呟いた。


「はぁぁぁ?」

「ご存じないのも無理はありません。旦那様は、お坊ちゃまにはお話になりませんでしたから。ですが生前、六十年前に巨大リモコンロボットアニメを見て科学分野に足を踏み入れたと、私に話されたことがあるのです。この屋敷の書斎には、ロボット模型が沢山ありましたし」

「そんな過去があったのか……」


 なぜ自分は知らなかったのだろうか。むしろ父が敢えて自分に隠していたとしか思えない。そんなことをする理由があるとは、空人には思えなかった。

 単に子供に知られるのが恥ずかしかったのかもしれない。

 大宝寺直太朗と空人は、“お祖父ちゃんと孫”ほどに年の差がある。それはひとえに、直太朗が晩婚だったからだ。遅くに出来た子供は可愛いと言うが、直太朗に限って言えば、そんな様子は一つも見受けられなかった。妙に空人に気をつかったり、余所余所しかったりする時があった。腫れ物にでも触るような雰囲気すら感じられた。もっとも物心ついてからの記憶なので、幼い頃はどうだったのかは定かではないけれど。

 その時、伝十郎が尋ねて来た。


「ええと、お坊ちゃんはロボットについて、どう思われますか?」


 さり気ないが、どことなく臆した口調だ。


「どうって、興味がないって言ってるじゃないか」

「興味がないというのは、好きではないってことですか? 見ていると気分が悪くなるとか、動悸が激しくなるとか、暴れたくなるとか、そういうことではなく?」

「んなわけねぇだろ。興味が持てないだけだ」


 ぶっきらぼうにそう言った空人に、何故か伝十郎は嬉しそうに何度も頷き返した。


「はいはい、よく分かりますよ。興味がないだけですよね。それは宜しゅうございました」


 奥歯に物が挟まるような伝十郎の言い方は、生前の父と似ていると空人は思った。だが、追求する気もないので、フンと鼻をならして無視をする。


「とにかく、このロボットは旦那様のご趣味そのものなのですよ」

「趣味丸だしだ」


 要するに年寄りが“ちょーかっちょえーロボット作ろうぜ”的なノリで、この巨大な物体を造ったのだということらしい。金に糸目を付けなかっただろうし、自分の理論や発明を駆使しての作成だから、さぞや楽しかっただろう。

 本当に困ったオヤジだと空人は思った。こんな物を残された身にもなってくれと、墓穴に向かって毒突きたい。

 アニメや小説ならば、「うぉ、すげー」と驚きながらコックピットに飛び込んで、いきなり操縦技術を取得し、唐突に戦いの日々が開始されるだろう。

 なぜこの世に、帝国軍の悪政や使徒襲来が起きていないんだ!

 なんなら宇宙から飛来する巨大怪獣だってかまわない。キャラ的には間違ってるが、方向性はたぶん合ってるから、きっと大丈夫だ。

 せめて世界戦争ぐらいは起きていて欲しかった。

 しかし現実問題として、そんなことが早々に起こるはずはない。つまりこれは邪魔物。出来るなら粗大ゴミとして出したいぐらいだ。

 けれど根本的な問題も残されている。もしも戦争が起こっていたとしても、空人自身がロボットに一切興味が持てない件だ。何故だか知らないが、昔から最新技術にしろ玩具にしろアニメにしろロボットと名が付くものが苦手だった。科学や工学など、父の専門分野は特にそうだ。別に父自身が嫌いだったわけではないのに。それとも、心のどこかで反感を持っていたのだろう?

 そんなことをウダウダと空人はしばらく考えていた。


「それで、これからどうなさいますか」


 伝十郎の声に現実に引き戻され、空人は顔を上げた。

 今は悩んでも仕方がない。渋々とながら受け止めて、解決策として超リアルな質問を秘書兼執事に投げかけるしかないのだ。


「どうするって、またあの国安とかいう女が来るのかな?」


 あの太股に再会できるのは嬉しいが、高揚するほどでもない。もしもビキニで来てくれるなら両手を広げて大歓迎なんだが。

 などという空人の妄想など伝十郎が知る由もない。生真面目な顔で、執事は大きく頷いた。


「はい、今日はお三人でいらっしゃると、今朝ほど連絡が入りました」

「人数の問題じゃなくて、服装の問題が重要だな」

「は?」

「いや、こっちの話。それよりあの話はした方がいいかな?」


 空人が言った意味が掴めなかったのだろう。伝十郎は思い悩むように、眉間に指を当てた。


「すみません。最近、老化現象が激しくて……」

「分からないなら素直に認めろ。ほら、昨日話しただろ?」

「ああ、お葬式に来たという怪しげな方々ですね。国安さんにお話しになるのですか?」


 葬式とは、壮大に執り行われた大宝寺直太朗の葬儀のことだ。

 二週間前に執り行われたそれは、日本はもとより、世界中から著名な学者や有名人がやって来た。参列者は三千人を越えていただろう。

 そんな厳粛な雰囲気の中、その空気を一切無視し、わざわざ空人を呼び出した二人組が居たのを思い出したのだ。

 彼らが開口一番に口にしたことは、挨拶でもなく、悔やみの言葉でもなかった。


『もちろん山口氏が何処にいるかご存じですよね?』


 確かそんなセリフだった。名乗りもしないで上から目線。まさに礼儀という言葉を忘却してしまったような連中だ。

 そんな彼らに空人は一切無視を決め込み、無言で立ち去った。時々、分けのわからない難癖を付けて、金をふんだくろうとする奴らが現れる。彼らもそんな輩だと思ったからだ。

 ところが葬儀が終わって、彼らは再び現れた。もちろん対応の定石は門前払い。だが、彼らはいつまでも屋敷の外を徘徊している。まるで空人を見張っているかのようだった。

 もしかしたら謎の組織から来た悪人達かもしれない。ひとたび何かが起これば、全身黒タイツに着替え、『シャー』とか『ヒィー』とか叫びながら襲いかかってくるかもしれない。ついでにタコ型やエビ型星人が現れ、やがては巨大に変身し……。

 空人は大きく首を振った。

 考えすぎだ。

 幾ら何でも、そんな展開が待っているとは思えない。奴らはきっと、金目当ての輩だろうと思い直した。


「やっぱり黙っておこう。また嘘だと思われるのがオチだ」


 そう言いながら、空人は目の前にあるロボットを見上げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る