第2話 魔術取締法
護送車の中で、術者の少女は暴れていた。
「あたしは悪くないッス! 魔法は勝手に使えるようになっただけで、迷惑かけようなんて思ってなかったんスよ! ただ、空に絵を描きたかったから足場に登ったんス。そしたら怖い人たちが銃向けてきたからー!」
ヒカルがなんとか抑えこもうとしているが、少女はなかなか止まらない。
「じゃあかしい! サバ折りにすんぞワレェ‼︎」
月人が一喝すると、少女は暴れるのをやめた。
ヒカルがため息をつく。
「ワレェ、て。柄悪いなあもう……。そ、それにサバ折りとか、脅迫、だよ。警察官の台詞じゃないって」
「やかましいからキレただけや。本気なわけないやろ」
少女は泣きそうになっている。
「だいたいなあ、俺がヒカルちゃんみたいにジブンのこと押さえとったら、それだけで複雑骨折もんやぞ。俺が手ぇ出さんかっただけありがたく思えや」
ジブン、とは、関西では二人称になりえる。意味は「お前」。くだけた間柄で使われる言葉だ。
少女はこの状況と月人の柄の悪さに動揺し、泣き出してしまった。
「な、泣かないで。大丈夫だよ。この人、すごい力持ちだけど乱暴じゃ、ないから……多分……」
暴言を吐いた直後なので乱暴でないとは言えない。
「まあでも、これ以上悪いようにはならんと思うで。これから行くんは、実は警察署やない」
「じゃあ、どこなんスか……?」
「病院や」
術者は、その存在が明らかになった時点から取締対象である。
魔術取締法第1章より抜粋
第11条 魔術が発現した者(以下、術者という。)は、自らの魔術によつて他人を傷つけてはならない。魔術による殺人の場合は死刑、傷害の場合は程度により最大無期懲役に処する。
第12条 術者は、自らの魔術を公にすることによつて、市民を混乱に陥れてはならない。国の統治機構を破壊し、憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、刑法第2章第77条に準じて罰する。
第13条 術者は、その魔術によつて公共の利益に反することを行つてはならない。魔術を使用し、刑法第11章から第25章及び第31章から第40章に抵触した者は、それぞれの刑法に準じて罰する。ただし、刑罰についてはいずれも魔術を使用しない場合よりも重くする。
以下、第30章まで魔術取締法は続き、現代日本において術者は厳しく取り締まられる。
しかし、魔術が発現すること自体は本人の責任ではなく、突然変異、あるいは事故のようなものだ。したがって、術者と一括りにして犯罪者扱いはできない。
悪意を持って魔術を使用しなかった術者は、公安に保護されるものの拘留はされない。
術者更生設備のある病院で、更生処置を施されるのである。
「簡単に言えば、ジブンから魔術とその記憶を取り除く処置をするわけやな」
「赤い光か何かで、ピカッとしちゃうんスか?」
それは名作SF映画だ。
「いや、そこまで単純でもない。あのピカッとは主に宇宙的な出来事の目撃者に対する処置やけど、実際の魔術目撃者は別の方法でフォローするらしいで。それはともかく、術者はもっとややこしいことするんや」
詳しくは月人も知らない。
「そういうわけやから、お絵かきのことも光線乱射のことも気にせんでええで。もちろん俺の話もな。全部忘れてまうねんから」
だからこそ、ここまで話した。一般に知られてはいけない内容だろうが個人的なことだろうが関係なく話す。
魔術と、公安5課13係の仕事はこうして、発生しては消えていく。
車内には沈黙が流れ、やがて病院に着いた。
「ほな、頼みますわ」
少女を専門のスタッフに引き渡し、県警本部へ帰る。
「帰ったら、怒られる……だろうねえ」
ヒカルは不安げだ。怒られる月人のことを心配してくれている。
暴走する月人を止めはするが軽蔑はしないので、ヒカルは好きだ。
「そらそやろな。ま、やってもたもんはしゃーない。あ、俺は先に寄るとこ寄ってから戻るから」
月人が寄り道をしてから課室へ戻ると、湊川が顔色を変えて詰め寄ってきた。
30代前半で、パンツスーツを着こなす、黒髪ポニーテールの凜とした女性だが、珍しく取り乱していた。
「あなた、どこへ行っていたのですか」
「部長のとこです」
「どうして、私より先に話をしてしまうんです」
部長室から電話か何かあったのだろう。
「怒ってはりましたか?」
「いいえ。ただ、呆れてはいらっしゃいました」
課室に戻る前、月人は部長室へ行っていた。
「あなたの謝意は分かったので、今後このようなことのないように、と」
「俺の行動は、係長の責任になってまうけど、それが嫌やったんです。係長は悪ないから」
「ですが、直属の上司を飛び越えた謝罪も勝手な行動と見なされます。……そんな顔をしてもダメです。それが大人なのですから」
「すんません」
湊川は毅然としていたが怒ってはいないようだった。
「壊したものは自腹で弁償すると言ったそうですね」
「ええ」
「後で請求書が来ます」
「…………」
経費にしてくれるんちゃうんかい、とは思ったが、警察の経費は税金だ。そういうわけにもいかないのだろう。
「それと、東灘くんにはまたメディカルチェックを受けてもらいます。今度はメンタルチェックも兼ねます」
「えー……。体だけならまだしも、精神もですか?」
身体検査には慣れているが、精神検査だけは未だに苦手だ。
「これは、勝手な行動をしたことへの罰でもあるのです。懲戒処分にならない代わりに検査を受けるだけなのですから、我慢なさい」
「……分かりました」
確かに、普通なら謹慎処分にでもなるところだが、半日程度の検査で済むなら軽いものと言えなくもない。
少女を引き渡した三宮の病院とはまた別の、ポートアイランドにある病院へ向かった。
月人はここで過去にも数回、メディカルチェックを受けている。医師とももう顔なじみだ。
そこで、月人は血液検査や血圧測定、検温、尿検査、レントゲンなど一般的な身体検査を受けた後、MRIで脳の検査もし、知能検査やバウムテスト、そして催眠療法を使ったカウンセリングを受けて精神検査もした。
全ての検査が終わるころにはもう日が暮れていた。
「毎度毎度、何なんやろ……」
月人はすっかり疲れきっていた。何か問題を起こすたびに、検査を受けさせられる。内容と長さはまちまちだが、月人はこれが嫌で仕方がなかった。
毎度毎度と思うほど問題を起こしている自分が悪いということは分かっているのだが、どうにも釈然としないのだった。
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