ひとまず人間観察は終わりにしたほうが良さそうだ。何故かというと、栗毛色の女性が今にも僕に話しかけてきそうだからだ。


女性は何故か笑顔になっていて、つられて僕も笑顔になってしまう。しかし…何故、笑顔なんだろう…。


なんか変だろ…だって、本来ならば弟さんが見た不吉な現象を起こすかもしれない霧で、列車が止まれば不安になるはずだと僕は思う。


いや、僕の考えすぎかもしれないけど…


僕は、そんな感情も含めた意味深な笑顔で女性に笑顔を返している。


栗毛色の女性は霧の濃さを再確認するかのように一度窓の外を見つめてから、表情をワントーン暗くして口元が動いた。


《電車…本当に止まっちゃいましたね…》


どうやら、女性の笑顔は不安を隠そうとした偽りの笑顔だったらしい。僕は、訳あって昔から人を疑う癖がある…やな癖だ。


僕は窓の外を見つめながら返答をした。


《そうですね…。》


僕は窓の外に充満する霧が明らかに濃くなっていくのを見つめながら霧の濃さを想像そうていした。先ほどまで見えていた線路沿いの道が全く見えない。おそらく…自分の手を伸ばしたら手が見えなくなるんじゃないかと感じるくらいの濃さだろう…。


僕は少し不安な表情になりながら女性に視線を戻す。


すると女性は車内に指を指している。


《座りませんか?ずっと立っていても…疲れちゃいますから》


女性はソフトギターケースを持ち上げて歩き出した。向かう先は、女子高生とリクルートスーツ女性の間だ。


僕は、突然の誘いに驚いたが断る理由も無いので栗毛色の女性についていった。


栗毛色の女性が女子高生の隣に座ったので、僕が座る席はリクルートスーツ女性の隣なりに決まっていた。

リクルートスーツの女性はタブレットで仕事をしているのか、難しい表情をしている。


僕は座る際にリクルートスーツの女性がタブレットで何をしてるのか気になり…マナーは悪いが覗き見した。


タブレットの設定画面の様だ…。Wi-Fiのスイッチをオンオフと繰り返し押しているようだが…何だかイライラした手つきで、爪が画面に当たる音がやたら大きい。


僕は、あまり長く覗き見していると栗毛色の女性に変な人と思われそうで、栗毛色の女性に視線を向けた。


栗毛色の女性は白いリンゴマークのスマホを右ポケットカラ取り出して時間を確認している様だ。一瞬だがスクリーンが見えてしまう。ん?22:58分…思ったより遅い時間なんだな…。


一瞬、自分のスマホが恋しくなるが無意識に探す癖は治った様だ。


僕は、正面を向き柔らかい背クッションに圧をかけた。だいぶ長い間立っていたせいか、とても気持ちよく感じる。


スマホも無く、やる事のない僕はさっき途中でやめた人間観察をする事にした。僕から見て正面シートに座る人々をチラッと確認する。そこには三人の人物が座っていた。


正面シート一番左隅、つまり先程、僕が立っていた場所付近だ。そこには、茶色い紙に巻かれた本……大きさ的に…多分、小説を読んでいるのだろうか。40代くらいの化粧の濃い女性が座っていた。紙が邪魔で何の本を読んでいるのかは分からないが見覚えのある書店名が書かれている。


確か……東京駅にある本屋だ。


この化粧の濃い女性は東京で水商売でもやってそうな感じの人に僕には思えた。髪は長髪の茶色い髪でキツめのパーマがかかっている。白色のダウンコートから薔薇柄のスカートが見えている。季節が暖かければハイヒール等を履いていそうだが冬の寒さのせいかムートンブーツを履いていて、どこかアンバランスな印象を感じる。


その薔薇柄女の隣には……二人分の空席があり…男と女が座っている。年齢は二人とも4、50歳くらいで、真っ黒なスーツに真っ黒なネクタイ……これって喪服か。女性も同じく喪服姿だ男の手荷物は…和柄の紙袋と黒い革製のハンドバッグだ。女性も同じ紙袋に小さな黒いゴールドチェーンの付いたバッグだ。


この車両にいる人は全て確認したぞ。……


って言っても何の意味もないか…。むしろ暇潰しも出来なくなったということか。


こんな時、スマホがあればな…。


僕は、電車の中吊りを見ながら大きな欠伸をした。


まさにその瞬間である、突然の疳高い悲鳴に車内は騒然とした!


《きゃー‼︎》


悲鳴の主は僕の右隣にいたリクルートスーツの女性だ。


僕は、耳元の悲鳴に驚き栗毛色の女性に寄りかかる様になってしまう…。


栗毛色の女性も僕と同じく悲鳴に驚いたのか女子高生の方に寄りかかる姿勢となっていた。









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