列車が止まった理由

女性は、少し腰を折りながら濃い霧が充満する世界を覗き込んでいる。


その横顔を見つめて改めて美しい人だと思った。右耳には星型のピアスが2ツセンス良くならび、鼻は高く筋が通っている。横顔を見る限り西洋の血縁を感じる顔立ちだ。


丈の短い、黒い革ジャンに細い体のラインが似合うピチッとしたデニムパンツ、足元は革ジャンと良く似た色合いの短い革のブーツだ。


右袖から少しハミ出るブレスレットは、ここからでは良く確認でき無い。


年齢は僕と同じ年くらいなのかな…少し上かな…。僕が22歳だから23とか24歳くらい…?


僕が、袖から視線を女性の顔に戻すと女性はこちらを既に見つめていた。


ヤバ…!。ドキっとしてしまい、なぜかお辞儀してしまった…。


女性は、何も気にならなかったのか霧の話題を続けた。


《なんか、神秘的だけどちょっと怖い景色ですよね…私が留学で日本にい無い時に弟が見たらしくて…神在月町の濃い霧を…》


この人、留学してたんだ。確かにロッカー風の格好をしているけど何故か言葉が綺麗だし、気品を感じるよな。


僕の家は町のクリーニング店で裕福とは言え無い。むしろ貧乏だから留学なんて選択肢は無かったからな…。


《そうなんですね。》


僕は、いたってシンプルな返事をした。女性はそんな僕の返事を無視するかの様に話を続けている。


《その弟が見た、神在月町の霧の日に…色々と事件があったんですよ。神在月町にある老人ホームで何名かのご老人が同時に亡くなってしまった事があって、何故か若い職員の人も一人亡くなって…だから町の古い人は皆んな霧の仕業だ!なんてね…私は、たまたまだと思うんだけどね。》


女性はもう一度窓の外に視線を戻した。その表情は実に悲しそうな表情だ。


《それは悲しい出来事ですね…》


やっぱり、シンプルな返事をしてしまう。


…霧の日に起きた…神在月町の出来事事件か…。


なんだか、気がつけば知り合い同士の様な会話をしているな…この人と…。


僕は、そんなやりとりの中、乗客達の声が耳に入ってきた。


そしてその話題が霧について話している事に気がついた。凄い霧ねと話す年配の女性の声、昔はこの霧で…なんとかかんとか?と、話す老人の声などが聞き取れる。


僕は声の主が気になり、何気なく周囲を見回した。


まず、この車両には僕を含めて1、2、3、…13人乗っている。気がつけば立ち話ししているのは女性と僕だけ、いや、一人だけ反対の扉に30代のスーツの男性が立ってスマホを操作している。両足の間に黒い布製のスマートなビジネスバックを挟んで床に置いている。


僕は、内向的な性格のせいか、それとも霧の生み出す特別な雰囲気のせいか、はたまたミステリー好きだからか、こんな心境の時に人間観察をしてしまうらしい。


まず、僕ら側のシルバーシートにガラの悪そうな20代後半の男性がのけぞる様に足を大きく開いて座り、大きなベッドホン…多分音楽を聴いている。土木作業員の格好をしていて金髪のロン毛だ。


その目の前のシルバーシートに人柄の良さそうな老夫婦らしき二人が座り霧の話をしている様だ。老婆は膝に紫色の風呂敷を置いて和装で丸渕のメガネをかけている。夫も紺色の和装で腕を組みどっしり座っている。


その夫らしき人の右隣に初老の男性がゴルフメーカーの帽子を深くかぶり寝ているようだ。カーゴパンツにアーミージャンバー姿か、僕はゴルフには詳しくないが父の趣味もあり知っているメーカーだった。でもなんか一文字スペルが違うような…。ま。いいか。よくある事だもんな。


そして後ろの扉に、スーツの男性がいて…。

通常シートに、女子高生が二人仲良く話している。正面左の女子高生は◯◯鈴さんヘアー風だが…。なんとも言え無い。右隣は黒髪ストレートで胸の位置まで綺麗に伸びている。その子のスポーツバックにピンク色のウサギ型キーホルダーが垂れ下がっている。別々の高校なのかな…長袖のセーラー服とブレザーだ。


そして、学生の隣に二人分の空席があり、そこには黒髪お団子頭で黒色のリクルートスーツの女性が一番隅に座っている。やっぱりスマホか…?いや大きめのタブレットだ。


そして…。と次の人に視線を流した時、アナウンスが流れた。


《え〜只今、濃霧の為、前方の車両が遅れています。安全運行のため、お客様にはご迷惑をお掛けしますが車両を停止致します。安全が確認出来ましたら運行を再開致しますのでもうしばらくお待ちください。え〜もう一度繰り返します。…》


僕は、繰り返すアナウンスの中、栗毛色の女性に視線を戻した。


女性も同じタイミングで僕を見てから、外国人の様に肩と手を軽く上げるジェスチャーをした。表情は何故か明るい。





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