栗毛色のきみ

僕は列車に乗り込んで左右を見渡すが座る席がない。厳密に言えば、僕の正面右側のシルバーシートに二人分空きがあったが、ホームに並んでいた不揃いな人達の中に2人、その席に相応しい人物を確認していた。


僕は、他人の指紋が残るクロームメッキの手摺りを右手で掴み、二枚扉が閉まるまで待つ事にした。


流れ込む不揃いな人々と様々な靴を下目に見つめながら、僕の左手はやはりスマホを探している……。


僕は呆れた表情になり溜息と同時にその癖をやめた。流れが止むと二枚扉が音を鳴らして閉まりはじめた。僕は、目の前に現れた窓硝子の外を無頓着に見つめた。


するとホームの階段口からなにやら、栗毛色の髪をしたポニーテールの若いロッカー風の女性が、背中のギターを大きく揺らしながら僕のいる二枚扉に勢いよく走ってきた。ガン!と音を鳴らし閉まる扉にギターがひっかかる。


女性は体を回せないらしく、僕に助けを求めた?いや、というか睨まれた様に感じたので僕は咄嗟に二枚扉の隙間に指を四本差し込み、こじ開けた。

扉にはセンサーがあるのか、コンビニの自動ドアの様にすんなり開いて、列車は彼女を受け入れたようだ。


女性は僕に一度会釈をしてから前髪を左右にかき分け、身だしなみを整えた。背中のギターが気になったのだろうか、ソフトギターケースをクルリと回して、足元にゆっくりと置いた。そしてケースのファスナーを、ゆっくり開けて中を覗き込んでいる。


僕が見るに、黒色のレスポールギターだと思う。


僕も彼女が大切そうにするギターの安否が気になり、彼女の反応を自然と見守っていた。

下を向く彼女の栗毛色の髪は、車内の蛍光灯に照らされて艶やかだ。その髪は緩やかに曲がりピンパーマがかけられている様で美しかった。


女性は顔を上げてから又、前髪を左右に整えた。その顔が安堵の表情だったおかげで、僕は肩の力がぬけて無意識に溜息がこぼれた。


その安堵の溜息が聞こえたのか、彼女が僕を見つめて話しかけてきた。


《あのぉ。ありがとうございます》


女性は、僕より身長が少し低いので162…3cmくらいだと思う。体型は痩せ型で目は女優さんみたいに品があり、綺麗な透き通る目をしていた。

僕は人との会話が昔から不得意だ。だからこんな時、一般的な返答しか思いつかないし、人と関わりをあまり持ちたがらない性分なので、これでもかと思うほどの一般的な返答をする。


《あ。いえいえ…大丈夫でしたか?ギター》


しまった…。


関わりを持ちたく無いのに逆に返答を要求してしまう自分の阿保さに額に汗が滲んだ。

女性は、少し表情を明るくしてから話す。


《うん。大丈夫でした。…大切なギターなのでちょっと焦っちゃいましたけど…ほんと良かった。》


女性は、ギターケースの先端を3回中指と薬指でタンタンタンとタップして笑顔になっていた。


僕は、初対面である女性に対して、一般的な返答を頭の中で準備した。一呼吸後にもう一度返答をする。


《それは良かったですね。》


我ながら上出来な返答だ。


これで話は終わりにして後は窓の外に流れる人工的なネオン街の流星群をひたすら見つめていれば、ごく自然でありそれで良いのだ。


不揃いな人々でごった返す車両の中は、様々な話題が飛び交っていた。まるで複数のラジオが同時に鳴っているみたいだ。

僕は、女性との関わりを断とうとして、窓の外に視線を向けたのだが…


《うん。本当に良かったです。このギター弟の…大切な宝物だったんです。》


しかし話は終わらなかったようだ。僕は瞬きほど見つめた外の景色から車内の女性に視野を戻した。女性の表情は一瞬、外の冬空のように冷たい顔になり、すぐに春を感じる暖かい表情に戻った。



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