第17話 リア充爆発しろ! ④
轟音が屋上を響かせる。肉片が校舎並びに校舎の外に飛び散っていく様子を確認することが出来た。もう、遅い。全てが手遅れで、これ以上なす術はない。心臓の動悸が留まるところを知らない。無理だった。現実を受け入れることが、出来なかった。
――ここまでしなくても、いいだろう。
誰にとは言わず、私は呟く。頬に涙が伝う。無意識だった。声を出さずに、無表情で涙を流していた。
どうしようもない。
もう、どうしようもない。
唐草史郎が、爆発した。
リア充が、爆発した。
その事実は取り返しのつかないものであり。
抗えることの出来ない、事実である。
私は否が応でも認識させられて、それがこれ以上ないほど苦痛で気持ち悪くて胃がむかむかして受け入れたくない。受け入れられる訳がない。こんな展開を、私は、望んでいなかった。
動悸が止まらない。
心臓の動悸が、止まらない。
寧ろより激しく心臓が動く。
何だこれは。何なんだこれは。
これほどまでの激しい胸の高鳴りは、私は知らない。
許容限界を超えた胸の高鳴りが、常時鳴り響く。
「私の方を向いて」
誰かの声が鼓膜を響かせる。
――胸の高鳴りが、尚も激しくなった。
興奮しているのだろうか。私は胸の高鳴りを抑えることができず、「ハァ、ハァ」と息切れを介した声しか出すことが出来ない。
何を思っているのだろうか。
私は、何を思っている。
何故だか私は、心の底から溢れてくる甘い激情を止めることが出来ない。
唐草史郎が死んでしまったのにも、関わらず。
私は、ある人物のことしか考えられなくなってきた。
唐草史郎ではない。
唐草史郎では、ない。
その人物は。
その人物しか見ていられない私を見て満面の笑みを浮かべ。
私に向けて、「ねえ。私のこと、好き?」と聞いてくる。
考えることなく。
私は、体の底から溢れてくる言葉を、そのまま発した。
「結菜。愛してる」
とろけそうな頭の端で。
私は、死に物狂いで考える。
前々からおかしかった。
ミッション直前に能力を私に言うなど、効率が悪すぎる。
前々からおかしかった。
調査官さんのアドバイスを、思い出す。
前々からおかしかった。
小瀬結菜の能力は、このミッションにおいて無用の長物であった。
小瀬結菜以外の能力者は、全て、このミッションに則した能力を持っていた。
小瀬結菜だけが、おかしい。
小瀬結菜だけが、場違いだ。
小瀬結菜だけが、私を思ってくれる――結菜だけを愛したい――結菜しか愛したくない――結菜さえいればそれでいい――結菜結菜結菜結菜結菜結菜――
「うふふ。私も愛してるわ、君子」
――ごめんね、君子。
――私、あなたに嘘を言っていたの。
結菜が蠱惑的な表情をしながら私に顔を近づけてくる。私はそれがとても幸せで、何も考えることが出来なかった。絶頂を迎えそうになる。悦に入った私は無性に結菜に抱き付きたくなって、行動に移した。やわらかい。温かい。結菜を抱いているだけで、こんなに私が快楽に浸れるなんて知らなかった。
「私の本当の能力は、『吊り橋効果を極限まで高める能力』」
結菜が私を抱きしめ返してくれる。「あぁんっ」というあられもない声を出してしまう私の頭を優しく撫でてくれる。そうかと思いきやわしゃわしゃと髪をいじってくれる意地悪さも見せてくれて、たまらない気分だった。
「やっと私のものになったね、君子」
結菜の艶やかな声が。
いつまでも、私の耳から離れなかった。
「君子。君子。私の可愛い君子。哀れで儚いあなたの存在が、私を満たしてくれるの」
結菜を抱きしめている私の腕をすこしだけはがし。
結菜は、私と向き合う形に持っていく。
私の目の前に、結菜の顔がある。
それだけで、発狂しそうだった。
「一目ぼれだったの。私、君子に一目ぼれしてたの」
結菜が一言発する度に、私の全身を刺激して、立つことすら困難になっていく。そんな私をみて、結菜はクスッと笑って――思いっきり顔を近づけてきた。
唇と唇が触れ合うか触れ合わないか。
そんな、距離。
結菜の顔が。結菜の匂いが。結菜の存在が。
こんなに、私に近づいているなんて。
突如、「ハァ、何、これ、ハァ、ハァ」という雑音が聞こえてきた。結菜が「どうでもいい人にまで能力かけちゃったみたいだね。まあ、どうでもいいよね」と言って、無視した。だから私も、無視する。
「受付業務をこなしている君子が、ふいに目にとまったの。なぜかは今でもわからない。仕事と休憩時間の合間に、あなたの姿がいきなり目にとびこんできたの。あなたはとても儚げだった。受付業務をテキパキこなしているのに、全然充足感を得ていない。それどころか虚しさを感じているようだった。仕事ができるのに、満足していない。そんな相反する姿が矛盾めいていて興味を惹かれたのかな。その時以来、私はあなたのことを一時も忘れられない日々が続いた。私は思ったの。ああ、私は恋をしている。依代君子という女性に、恋をしているって」
結菜が柔らかい白色の綺麗な手で私の髪を撫でてくる。まるで小さな子供に説き伏せるように、私に言ってくる。私は聞き入っていた。結菜の話に、結菜の声に、聞き入っていた。こんなにも鼓膜が気持ちよく震えることがあっただろうか。私にはわからない。私には、もう、わからない。
「あなたに一目ぼれする前から、私は『吊り橋効果を極限まで高める能力』によって機関を操っていたの。機関のミッションについていけば、吊り橋効果が生まれるほどの危険な状況なんて簡単に発生するからね。発動条件を満たすのは、凄く簡単だった。だから私は『吊り橋効果を極限まで高める能力』を使って、機関の上層部ならびに主要人物全員を私に惚れさせた。こうして、私は機関の全てを掌握した。――私が欲しいのは、あなただけになった」
吐息が私にかかる。ハァ、ハァと、結菜もあえぎ始めている。私に喋りかけることによって、結菜が興奮している。その事実を受けて、私が興奮しないわけがない。ハァ、ハァと、喘ぎ声がどんどん大きくなることが自分でもわかる。
ふいに。
結菜の唇に、私の唇がふれかけた瞬間が生まれた。
絶頂を迎えそうになる私。
その一方で、「あぁん」という耽美な声を、悦に入った表情でもらす結菜がいた。
「私ね。本当に食べたいものは、最後まで残す主義なの」
結菜が右手で私の顎を掴む。
逃げられない。
逃げる気などさらさらないが、こんなにも恥ずかしい状況なのに、身動き一つとれない。
結菜に主導権を握られる。
「誰も邪魔しに来ない。私とあなただけの世界。唯一私に対抗できる伏見北が居ないのは確認済み。だからね、存分に愛してあげるね。ここまで我慢したんだもん。片思い期間を出来る限り伸ばしてみたけど、まあそれはそれで幸せだったけれど、もう――私のものになってよ」
ただでさえ近い唇と唇の距離が、零になっていく。
私はもう、何も考えられなかった。
全てを結菜に委ねたかった。
「愛してるわ、君子」
その時だった。
結菜の体が、吹っ飛んだ。
夕陽をバックに、結菜の体が宙を舞う。結菜の右頬がめり込んだと思ったら、屋上の地面に二回打ち付けられて、ようやくその突然の衝撃を止めることが出来た。
結菜は痛みに悶えている。痛みが激しすぎて何も口に出すことが出来ないのだろう。何も言わずに、ただただうめいて、うつぶせになっている。
先ほどまでの言動がどこかに消え去ってしまった。
それと同時に――ではなく。
それよりも少し前。
結菜が吹っ飛ばされる直前には、私が結菜へと抱く激情が止んでいた。
「そん、な……ありえない……」結菜が痛みに悶えながら、痛む頬を手で抑えながら、自身を吹き飛ばした方角をにらみつける。恐ろしい形相であった。そこに、美しい小瀬結菜の姿はどこにもない。「ありえないありえないありえない! 私は確認した! 屋上の外から、何人も使って屋上を観察させた! だから、だから、だから! 屋上内でしか使えない能力者のお前が、私を欺けるはずがない!」
「だろうな」
何もない空間から。
聞いたことのある声が聞こえてくる。
それはとても力強くて、腹立たしいほどに頼りがいがあって。
何もかもを蹂躙できそうな勢いがある声が、私と結菜の鼓膜を否応なしに震わせる。
「私だけだったらこの場に居られなかった。でもよう、そこにいるとんでもねえ奴のおかげで、オレらはお前の正体を捉えることが出来たんだ」
そこにいるとんでもない奴とは誰のことであろうか。
結菜は真剣に考えているのだろう。それはそうだろう。結菜が今確認できている人物の中にとんでもない人物などいない。
自分を欺くことが出来るほどの人物など、いない。
――その考えの甘さが、命取りになる。
「……まさか」
所詮消去法か何かであろう。
今この場にいるのは、正気に戻った青山郁美と私だけ。
結菜に視線を浴びせられて怯える青山郁美と――結菜をまっすぐ見据える私だけ。
消去法でも、いい。
してやれたことに対して、私はとても満足している。
「君子……なの……?」
「その通りだぜ、小瀬。そのとんでもねえ現場監督に、お前は負けたんだ」
――調査官さんのアドバイスをもとに、私は考えてみた。
機関の上層部は調査官さんの派遣をしぶり、このミッションの終了予定を延期させることにより――何かが変わる人物は誰だろうか。
藤堂彩芽はあの男子生徒と仲をより育むだろうが、そんなものは延期してもしなくても変わらない。
伏見北四季は、言わずもがな。私と同じように、無気力感に苛まれた状態が長引くだけ。損も得もない。
外岡愛に至っては、延期すればするほど悲しいだけである。
青山郁美は、藤堂彩芽と同様に、唐草史郎とより仲を育ませる。初めは青山郁美も怪しいと思ったのだが、それでも、延期してもしなくても結果には何も変化を起こさない。
そして、小瀬結菜。
ミッションの終了予定が延期したことによって。
結菜には、休日に私と遊ぶという追加の要素が生まれていた。
ミッションが終わり、機関に戻ったら、私はまた受付嬢として忙しくなり結菜もエレベーターガールとして忙しくなり――休日などあってないようなものになる。
私と結菜が。
二人で遊びに行くなんてことは、ほぼ不可能になる。
調査官さんの登場が遅れたことにより、追加要素がミッション中に発生するのは――結菜だけという結論に、私は至った。
この追加要素が、結菜にとって何を意味するのかわからない。
それでも。
少しでも。ほんの少しでも懸念要素があるのなら、私はそれに全力で対処する。
そう結論付けた時。
作戦を立てた。
――小瀬結菜の真相を暴くための作戦を。
「先輩先輩! 先輩の要望通り、紅茶買ってきましたよ! これ終わったら後で一緒に飲みましょう!」
何もない空間から、今まで屋上に響いていなかった種類の空気を全く読んでいない声が響いた。
瞬間。
空間に突然様々な色が塗られていき――二人分の人の形を成していき――完全に塗られた時。
そこには、二人の人物が存在していた。
『学校の屋上に存在している全ての事象を自由自在に操る能力』の持ち主である――伏見北四季と。
『生物を透明に出来る能力』の持ち主である――憎き私の後輩である。
「そん、な……」
二人の存在を認識して、全てを理解したのだろう。
そう。
結菜と私、青山郁美は。
『生物を透明に出来る能力』により、屋上の外から見られても視認できない状態になった伏見北四季の『学校の屋上に存在している全ての事象を自由自在に操る能力』によって操られていた。
伏見北四季に操られていた――いや。
正しく表現すると、違う。
私が伏見北四季に指示を出し、伏見北四季が操っていたのは以下の通り。
――唐草史郎に心の声を伝えて了承を取った上で、唐草史郎の言動を操る。
――唐草史郎が爆発したという幻覚を、屋上にいる全員に見せる。
――誰かが能力をかけようとした時、その能力を無効にした上で、同じ能力を伏見北四季の操作下においた上でかける。
これら三つの操作により。
小瀬結菜の真相を、暴くことが出来た。
唐草史郎は、爆発などしていない。
ただし、屋上から飛び降りたのは事実である。
屋上の外に出ない限り、唐草史郎の存在を小瀬結菜のもとから消し去ることが出来なかった。
幻覚を使おうと思えば使えた。しかしそれを使う時は、小瀬結菜が能力を使ってからでないと意味がない。
そこで私は考えた。
小瀬結菜は、何故、『遅刻寸前に食パンをくわえたまま曲がり角でぶつかった相手と下校を共にする能力』を持っていると嘘をついたのだろうか。
何故、こんな能力にしたのだろうか。
何故、こんな能力にせざるを得なかったのだろうか。
全ての事象には、何かしらの理由が必ず存在する。
私は考えた。
もしも、予め言っていた能力の発動条件を満たしてしまった場合。
その能力と同じ効果が発動されなかったりでもしたら自身の正体がすぐにばれてしまう。
ならば、『遅刻寸前に食パンをくわえたまま曲がり角でぶつかった相手と下校を共にする能力』は、小瀬結菜が元々持っている能力の一部なのではないだろうか。
考えられる可能性として、小瀬結菜と能力を向ける相手が、極限状態になっているというものが条件かもしれないというこれまた極端な仮説が浮かび上がった。
少しでも。
ほんの少しでも可能性があるのなら、試してみない手はない。
失敗したら、謝って、やり直せばいい。
そう決めた私は。
今日、五人の能力者を女子トイレに集めて解散させた後の五分で――二人の能力者を新たにこのミッションに配属させてほしいという旨を、調査官さんに電話で伝えた。
二人の能力者。
『生物を透明に出来る能力』を持つ私の後輩と。
『水を自由自在に操る能力』の、持ち主である。
屋上から飛び降りた唐草史郎を、操作された大量の水でキャッチし、教室に引き入れてもらった。
全ての準備が完成し。
私の思惑通り、小瀬結菜の能力が発動した。
「そんな……ありえない……こんなの、ありえない……」
小瀬結菜が、ぶつぶつと呟いている。
でも。
それだけ、だ。
それ以外に、何もすることが出来ない。
「認められる訳がないよ、こんなの!」私に向かって叫ぶ、小瀬結菜。「屋上限定だけど最強の能力を持ってる伏見北四季ならまだしも、たかが席替えを自由に出来る依代君子が私を出し抜いた……? そんなこと、あるはずない! そんなことが許されていいはずがない!」
泣きながら、小瀬結菜は叫び散らす。
その姿は、あまりにも哀れだった。「何の価値もない糞能力しか持たないあなたに、最強の能力の持ち主である私が負けたなんて……そんなこと、あるはずない……あるはず、ない! そうだ、本当は唐草史郎の奴、死んでるんでしょ? まだ君子は私のことを愛してるんでしょ? そうだよ、そうだよ、そうだよ! そうに違いないじゃん! 生まれ持った価値が違う私が、あなたなんかに負けるはずがないっ!」
「価値とかそんなの関係ないと思うけど」
冷静に。
諭すように、私は言う。「もし私達に価値があるのなら、その価値に甘んじるんじゃなくて、その価値をどう扱っていくかが大事なんじゃないの」
最強の能力を持っているからといって、ただただそれに甘んじていても意味がない。
――外岡愛の姿を、私は思い出す。
ミッションが延期して出来た空白の休日。
タオルと折り畳み傘を大量に買っている姿を、小瀬結菜と遊ぶ道中で見つけてしまった。
その顔は希望に満ちていて。
これから先の未来において自分の価値を認めさせることに、努力を全く欠かしていなかった。
凄い、と思った。
外岡愛のことを、素直に、凄いと思った。
尊敬した。
だから私は、ここまで頑張れたのかもしれない。
私以上に頑張っている人物を知っていたからこそ、私は小瀬結菜の正体を暴くことが出来た。
「うるさいよ……依代君子……」
可愛さ余って憎さ百倍とでもいうのだろうか。
私に向けられている小瀬結菜の視線が、果てしない憎悪に満ちている。
「綺麗事並べてもらった手前悪いんだけどさあ。結局の所、あんた、唐草史郎をリア充に出来てないよね? だってそうでしょ? あの言動、全部伏見北四季が操作したものだったんでしょ? アハハ、アハハ、アハハハハ! あんた、何も出来てないじゃん! 自分に課せられたしょうもないミッション一つろくに達成できてないじゃん! 何優越感に浸ってんの! 馬鹿じゃないの? アハハ、アハハ、アハハハハ!」
小瀬結菜の汚い笑い声が、屋上に響く。
私は、何も言い返すことが出来なかった。
今現在、伏見北四季の能力は全て解除されている。
この状態では、あのような行動を唐草史郎に要求することが出来ないだろう。
小瀬結菜の言う通りであった。
私は、何一つ為し得ていない。
現場監督として、私は何一つ為し得ていない。
「…………」
何故かはわからない。
ガチャリと、屋上の扉を開ける音がした。
ふいに、伏見北四季の方を見る。伏見北四季は首を横に振る。どうやら伏見北四季は能力を発動しておらず、私は力を無くしたまま――屋上の扉を開けた主を、見る。
唐草史郎がそこにいた。
水浸しになっている唐草史郎。
何をしにきたのだろうか。
私には、わからない。
茫然とする、私は。
唐草史郎が口を開いたことだけ、認識することが出来た。
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