第15話 リア充爆発しろ! ②
「ふざけんなよ。何でお前、自分のことリア充って思ってねえんだよ」
消え入りそうな声で、唐草史郎の顔を見ずに呟いて。
次の瞬間、伏見北四季は。
思いっきり顔を上げて、唐草史郎に思いっきり頭突きをぶちかました――!
「何やってんのよ伏見北四季!」勢い止まらず唐草史郎に殴り掛かろうとする伏見北四季の動きを止めようと、伏見北四季の背中から、伏見北四季の両腕に私の両腕を絡ませて必死に力を入れる。「止まりなさい伏見北四季! 唐草史郎にあたってもしょうがないでしょうよ!」
「うっせえ、離せよ! こいつは、こいつは、こいつはっ! こいつは、未だに昔のトラウマを引きずってやがる!」
私に動きを封じられる形になり、最初は抵抗していたが冷静になり始めたのか、徐々に力が弱まっていた。長い間伏見北四季の動きを止められるとは思っていなかったので、伏見北四季のこの判断はありがたい。
振り上げていた腕をだらんと下げて、「こいつは、引きずらなくてもいい過去をずっとひきずってやがる」と私に背中から抱き付かれているという非常にシュールな状態のまま、力なく呟き始める伏見北四季。「いつまでもいつまでもネチネチネチネチと要らねえことをずっと引きずりやがって……。今のお前は、昔のお前とは明らかに違うだろ? だってよう、お前の横にはよう……青山が居るじゃねえか……」
私の腕を振りほどく様子が全くないまま。
頭突きされたことなどお構いなしに無表情で立ち尽くす唐草史郎に向けて、伏見北四季は続ける。
「確かに男女関係のなれの果てを気持ち悪いって思う気持ちはわかる。でもよう、ずっとそうは言ってらんねえだろ。能力云々があるからじゃねえ。お前は、男女関係を気持ち悪いと思ってたから、誰も好きにならずに誰とも付き合ってこなかった。でも、青山のことは好きなんだろ? ……だったらよう、幸せになってくれよ。トラウマなんて吹っ切って、幸せになってくれと。このままじゃオレ、馬鹿みてえじゃねえか……」
伏見北四季に抱き付いているような状態のまま、私は伏見北四季の発言に密かに大賛成していた。心の中で首を縦にぶんぶんと力強く振っていた。
いいぞ伏見北四季。
よくぞ言ってくれた、伏見北四季。
別に私が唐草史郎をどうこう思っているとかいう話は関係なしに、私は唐草史郎に対して怒っているのだ。
ミッションを完遂させてくれなかったのもそう。
どこからどう見てもリア充なのに、自分のことをリア充と思っていないのもそう。
だが、それらよりも何よりも。
私は、唐草史郎と言う一人の人間に対して、理由はよくわからないがとりあえず怒りたい気持ちでいた。
伏見北四季もまず間違いなく思っているだろう。
次に言うセリフに、その気持ちの全てを乗せるに違いない。
だから私は口を開くことにした。唐草史郎に向けて。伏見北四季の感情の爆発に乗っかる形式で。先週の木曜日からずっと言いたかったんだ。ミッションが完遂されるならその邪魔をしてはいけないと思っていたが、実際のところはどうだ。
まだミッションコンプリート出来ていない。
だったら言ってやろう。
思いのたけを、ぶつけてやる。
息を吸う。
もう、止められない。
感情の爆発を、止めることは出来ない。
横であわあわしている青山郁美の姿が目に入って、より一層爆発が膨れ上がっていく。
ふざけるなふざけるなふざけるな!
「「お前に対するこの気持ちの落とし前はどうつけてくれるんだよ、おい!」」
私が叫び、伏見北四季も叫ぶ。
一言一句違わない、内容を。
ふいに、伏見北四季が顔だけを後ろに――私に向けてくる。鳩が豆鉄砲を食ったようという表現をこれ以上ないほど体現している表情はないだろう。
隙だらけのその表情を見てクスリと私は笑い。
そんな私を見て、ニヤリと口の端を尖らせて、もう一度前を見る伏見北四季。
私と伏見北四季の目の前には――
すっかり腰の力が抜けて座り込み――開いた口が塞がらず――間抜けこの上ない状態で、口をわなわなと震わせながら顔を真っ赤にしている唐草史郎の姿があった。
「やっべ、萌えるな依代」
「そうだね伏見北四季。見事なギャップ萌えだよ。一晩中眺めていたくなる」
「すっげーわかるぜ、その気持ち」
「あれだよね、唐草史郎の頭撫でながら眺めていたいね」
「オレは背中から抱きしめた状態で横顔眺めたいかなー」
「あー、良い。それも良い」
依然として私は伏見北四季を抱きしめながら、その場を全くわきまえず、私達二人は楽しい会話に興じる。
楽しい会話。
本当に楽しい会話だった。
今までの人生でこれ以上に楽しい会話があったかどうかわからない。
それほどまでに楽しい会話だった。
私と伏見北四季が喋っている一方で、青山郁美が「あの、えと、私は、その……わなわな震える史郎君を鎖で拘束して、史郎君の開いた口に私がそれまで履いてた下着をねじこみたいです……!」とドン引きな内容の発言を笑顔でしていたが、完全に無視した。無視した方がいいと判断した。そんな内容の話と、私と伏見北四季が興じている話を一緒くたにされたくなかった。
怖いよ。
青山郁美が、素直に怖い。
――一方で。
こんなことをすんなり思えることが嬉しい自分がいることに、気が付いた。
先ほどまでの鬱憤した気持ちはどこへやら。
伏見北四季も、同じ気持ちを抱いているに違いない。
唐草史郎のこんな姿を見れたことによって、こんなにも気分が晴れやかになるとは思ってもみなかった。
私たちがやっていることは、無駄ではない。
確実に、私たちは唐草史郎を変えられている。
だから私は、唐草史郎の為に全力を尽くすことにしよう。
ミッションの概要は、変わっていない。
唐草史郎を、リア充にしてみせる。
「何で四季ちゃんに抱き付いてるの! 何なのよ、ふざけないでよ君子ちゃん! 昼休みもうちょっとで終わるから! 早く四季ちゃんから離れてよ、君子ちゃん!」
校舎の裏に、結菜がやってくる。私がうろたえるほどのとてつもない形相で私と伏見北四季に近づいてきて、伏見北四季に抱き付いている私の腕を離しにかかる。伏見北四季は「痛えって、力強えよ小瀬」と言っているが、私はそれほど痛くは感じなかった。あの状態になっていたのは伏見北四季の力が緩んだのにも関わらずずっと抱き付いていた私がほぼ全面的に悪い。こういう事情も知らなかったから、とりあえず私に配慮してくれたのだろう。ありがたいが、後で私の口から伏見北四季に謝っておくとしよう。
チャイムが学校中に響き、昼休みが終わる。
私たちは、急いでその場を片付けて、二年三組へと向かった。
学校の教室のような場所。
全ての窓は黒いカーテンでおおわれ、全ての鍵が閉まっている。防音加工もした。誰も何も干渉できないその教室のような場所で、私は五人の女子高生達に黒板の横で、改めて今回のミッションについて話をしている。
今現在、月曜日の放課後である。
本来なら帰っているこの時間に、私と五人の女子高生たちは次に行う作戦について話をしていた。
昼休みが終わった次の時間に、私は、現段階のミッションの状況並びにこれから行おうとしている作戦の内容を手紙に書き――次の休み時間に全員を女子トイレに誘い、全員に手紙を渡して次の授業の時間にきちんと目を通すようにと言って全員を女子トイレから出した。
――残ったのは、私だけ。
残りの休み時間は、五分であった。
各人に、手紙を配った。
大量に書いた人物もいれば、そうでない人物もいる。まちまちであった。まちまちであったが、伝えなければならない内容は伝えられたと思う。
昼休みの後の授業にて、私は授業そっちのけで様々なことを思い返していた。
唐草史郎の現状。
ミッションの達成条件。
調査官さんのアドバイス。
私たちの、今までの、言動。
私は、全ての情報を統括して、次にするべき行動を決定しなければならない。
考える。
私は、考える。
誰が何をしようとしているのか。何をしなければならないのか。今まで通りでは駄目だ。何かを変えないといけない。考え方だけではなく、何かを変えないといけない。
本質を見失ってはいけない。
受付嬢しかしてこなかった私の頭で、この状況を打破できるか、わからない。
でも。
それでも、私は――私達は、やり遂げなければならない。
壇上から、今回集められた精鋭達を眺める。
藤堂彩芽はメガネを直しつつ、「いいんじゃないの、この作戦。やってみる価値はあると思うわ」とぶっきらぼうながらもきちんと言い。
伏見北四季は「ガッハッハ」と笑った後、「いいねいいね、オレはこういうのを待っていた! 目にもの見せてやろうぜ、あん畜生によう!」と清々しい程に大声で賛同し。
外岡愛は「これが私の最後の出番って訳ねー。……うん。お願い、やらせて」とガムをかんでいない状態で、覚悟を決めた表情を向けてきて。
青山郁美は尚も縮こまりながら、「あの、その、私、とにかく史郎君をとことんまで凌辱したいです、あの、よろしくお願いします……」と怪しげな表情でこの場をわきまえない発言をして。
小瀬結菜は――「やりきろう。唐草君を助けてあげよう」と笑顔ではっきり言った。
「よし。じゃあ、行くとしようか」
全員の賛成を確認できたところで。
私は、教室の扉を開く。
全員の表情を見る。
全員が全員同じ表情をしているということはなかったが、内に秘める思いは大体同じであろう。
やり切ろう。
その先に何があるかはわからないけれど。
何もしないよりは、絶対に、良いから。
私達六人に与えられたミッションは、ただ一つ。
「私たちの手で、唐草史郎をリア充にしろ」
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