第14話 リア充爆発しろ! ①
「リア充の定義ってなんなんだろうな」
そんな言葉を浴びせられたのは。
青山郁美が能力の発動条件を満たし、唐草史郎が青山郁美に惚れた四日後の昼休みであった。
月曜日。
天気は快晴。
青山郁美と唐草史郎は、相も変わらず男女交際をしている。
唐草史郎は依然として無言で無表情である一方、青山郁美もどちらかというと引っ込み思案な性格なので、無理して喋るということをお互いしなくていい。
二人で並んでいると。
意外や意外、かなりお似合いだということが発見出来てなかなか興味深かった。
――青山郁美と唐草史郎の関係性の変化は、青山郁美の能力が発動した翌日には知れ渡っていた。
青山郁美が飼育小屋にて唐草史郎のお手伝いをしている姿を、とあるクラスメイトが見つけてしまったのだ。
というか。
そのクラスメイトの正体は、何を隠そう伏見北四季であった。
伏見北四季は青山郁美と唐草史郎の関係性の変化に気づき、ミッションが達成されたことを知り、その後何を思ったのか――クラス中に言いふらしたのである。
青山郁美と唐草史郎が付き合い始めている、と。
小学生かよと言いたくなる行動だったが、二人が教室に戻り、クラスメイトに散々からかわれてどんどん赤くなっていく姿をみて、ミッション達成を再度確認できたので結果オーライといえば結果オーライであった。
伏見北四季は、赤くなっていく二人――正確には唐草史郎のみをみて、舌打ちをして椅子に座り、不貞腐れた様子を隠すことなく出していた。
わかるよ、伏見北四季。
私も伏見北四季みたいに、感情を惜しげもなく出せたらよかったのに。
こうして青山郁美と唐草史郎は、その日中にクラス公認、しいては学校公認のカップルとなった。ここまで早く噂が広がったのは、二人の隠れファンが校内にかなりの人数存在していたからに相違ない。青山郁美は小動物系の絶大なる可愛さを持ち合わせており、唐草史郎はハイレベルなクール系イケメンとして認知されていた。二人のそれぞれを羨む人物がかなりいて、二人は学校中が羨むリア充として名を馳せることになったのだった。
これでいい。
これで、いいの。
私は心に刻み込む。私には、何の不満もない。自分が初めて担当したミッションが上手くいき、世界が救われた。これ以上に何を望めばいいのだろう。
私には到底わからない。
わかるはずがない。
わかってたまるか、こん畜生。
――土曜日と、日曜日。
そんな私の様子を気遣ってくれたのか、結菜が目一杯付き合って遊んでくれた。カラオケ。スイーツバイキング。映画鑑賞。私が好きな漫画家さんのサイン会。私の大好きな場所にいっぱい連れて行ってくれて、思う存分楽しませてもらえた。
結菜だって、自分の能力の出番がなくて辛い筈なのに。
明るい笑顔で、私と一緒に遊んでくれた。
気分がかなり楽になったことには間違いない。
それでも、月曜日――飼育小屋にて二人で作業している光景をみて、胸が痛くなった。
月曜日の昼休みである、今。
二人は、校舎裏で一緒にお弁当を食べている。
二人は他人が羨むような大っぴらな交際をしているわけではない。つつましやかに、誰の目にもとまらない交際をしている。けれども、青山郁美は唐草史郎の隣に居る時小動物系の可愛さの頂点を極めた笑顔を振りまいて、唐草史郎は青山郁美の隣に居る時無表情ながらも頬を赤くしている。
誰の目から見ても。
二人は、紛うこと無きリア充であった――
「唐草史郎はリア充になっていないぞ」
屋上にて私の授業が終わるのを待っていた調査官さんは、私が屋上の扉をきっちり閉めて屋上にたどり着くとすぐさまこんな宣告を私にした。屋上という場所は通りすがる人もおらず、遠くから観察されるということもなく、密会するのに最適な場所であると調査官さんが言い、私と調査官さんは屋上にて密会することになっていた。私が屋上にたどり着くと。
調査官さんが、フェンスに寄りかかっていた。調査官さんは高身長で脚が長く、かなり細身の男性である。年齢は二十歳前後であろうか。黒いスーツに身を包み、黒い帽子をかぶる調査官さんは見るからにイギリス紳士をそのまま模したような外見をしている。所有する能力は『能力の有効条件及び範囲を知る能力』であり、唐草史郎の能力の穴を見つけ出した張本人であった。
そんな、調査官さんが。
無慈悲にも言ってのける。
「お前のミッションは、まだ終わっていない」
「そ、それは、どういう意味ですか……?」
調査官さんの言っている意味が信じられなかった私は、藁にも縋る思いで調査官さんに震えながら聞く。「なんでそんなことが調査官さんにわかるんですか? 調査官さんの能力は、『能力の有効条件及び範囲を知る能力』であって、唐草史郎がリア充かそうじゃないかなんてわからない筈でしょう……?」
「当たり前だろうよ。俺の能力じゃ、唐草史郎がリア充で青春を謳歌してるかどうかなんてわからない」
「じゃあ」
「でも、能力の有効範囲ならわかる」
調査官さんは。
私をまっすぐに見て、真摯に言ってくれる。「俺の能力が定義している有効範囲って言うのは、対象となる能力者が何の障害もなく使える範囲を有効範囲ってことになってるんだ。今さっきここに来るついでに俺の能力で唐草史郎の能力の有効範囲を調べてみたよ。そしたらどうだ。右手から半径を広げたところに存在するリア充を爆発するっていう有効範囲に何の変化もねえ」私の表情が絶望の淵に落ちたのだろう。そんな様子を機敏に察知してくれたのか、調査官さんは帽子で自身の顔を隠して、私の方を見ずに言う。「唐草史郎がリア充になっていたとしたら、能力者本人が死なないような範囲――即ち、右手から広がる自分が入らないような範囲ってのに変わってる筈なんだよ。でも、変わってねえ。何も変わってねえ。だから、お前の初ミッションはまだ終わってない」
風が強く吹いて、私の髪をなびく。
私は今、どんな表情をしているのだろう。
唐草史郎を能力にかけて惚れさせ、その能力者と付き合えばリア充になると思っていた。
能力者には事前に確認をとっておいた。
ミッションの為、世界の為、未来永劫唐草史郎の伴侶となる覚悟はあるかと。
五人の少女は、何の躊躇いもなく頷いてくれた。
だから、能力が発動すれば終わりだと思っていた。カップルだぞ。惚れた腫れたとかいう二人以外の人間からみたらこの上なく鬱陶しく思うと同時に、羨ましく思う関係性だぞ。そうなったのにも関わらず、二人はとても幸せそうなのに――唐草史郎は自身のことをリア充だと思っていない。
「嘘……でしょ……」
当初の目論見が完全に崩れた。
あれだけ念入りに準備し、達成できたミッションが、全て水の泡と化してしまった瞬間だった。
力を入れることが困難になり、私は屋上の床に膝をつく。
あまりにもその姿が哀れだったのだろう。調査官さんが無言で私に近づき、帽子を頭に被せてくる。円を模している柄が私の顔を隠すように、かぶせてくれる。顔が誰にも見られないようになった。俯いて、地面を見る。屋上の地面に、水滴がポタポタと落ちるのが見えた。
「リア充の定義ってなんなんだろうな」
私の気を紛らわせようとしてくれたのだろう。
調査官さんは言葉の先を誰にも向けずに、ただただぼやく。
「リアルで充実している奴を略してリア充と呼ぶ。一般的に誰もが羨むような男女交際をしている人間に対して使われやすいんだろうが、この男女交際って部分も曖昧だ。抱き合えば男女交際か? キスすりゃ男女交際か? 一夜を共にすれば男女交際か? 男女交際の定義をどこまでかなんて他人が決めるもんじゃねえ。極端な話、当人同時が決めることだろ」
「……調査官さんは、ヒグッ、どこまでが男女交際だと思いますか?」
嗚咽混じりの私の質問を聞いて心配してくれたのだろう。調査官さんの「おおおおおお!お、お前、無理してしゃべんなくていいぞ!」という声が頭の上から聞こえてくる。私は一言、「グスッ、大丈夫、です」と続ける。「話していた方が気が紛れる気がするんです。付き合ってください」
「まあ、お前がいいってんならいいけどよ」大丈夫かよと小さく私に向けて言いながら、調査官さんは私の質問に答えてくれる。「そうだなあ。晴れた日の屋上で、男子と女子が楽しそうに喋っていたら、それはもう立派な男女交際だと思うぞ」
「今の私達みたいじゃないですか」
「お、俺は楽しんでるけどよ、お前は楽しんでないだろ」
「確かにそうですね。軽率な発言でした、すいません」
調査官さんと話すことで、少し落ち着いてきた。立ち上がり、目尻を制服の袖で拭った後、「帽子、ありがとうございました」と言って調査官さんに返す。調査官さんは、「あっさりしてるよなあ、お前」とため息をつきながら帽子を受け取ってくれた。
「さてと」
私は。
だらしなく緩んだ頬を両手でパァンと叩き。
決意を新たに、再出発しようと心に決める。「作戦を練り直さないと」
「おう。それでこそお前だ、君子」
素朴な顔立ちを明るいものして私を見てくれる調査官さん。
その存在に、かなり救われたような気がした。
「大丈夫、大丈夫、私は元気、私は元気」
「その意気だ、君子」
「テキトーな発言ですね。やる気あるんですか?」
「いきなり手厳しいなお前! いつも通りだなド畜生!」
ギャーギャー抗議してくる調査官さんを無視して、腕時計を見て時刻を確認する。只今十二時二十分。これからとるべき行動を考える時間は充分とは言えないが、まだあった。
考えられるだけ考えて、五人の能力者に伝えなければならない。
まだミッションは終わっていない。
まだ、唐草史郎はリア充になっていない。
誰にもみつからない場所で考えたかった為、再度屋上に座り込む。あぐらをかいた状態で、座り込む。その姿を見て調査官さんが「やめろやめろはしたねえよここ風強いよみえちまうかもしれねえだろその座り方やめろ」と慌てていたが、それに対して私は「ありがとうございました調査官さん、助かりました。ミッションが終わったと私が判断したら、また来てください。さあ、どうぞご退出を。ゲットアウェイ」と懇切丁寧にこの場を去ってくれるよう誘導する。調査官さんには感謝してもしきれないが、普通にお礼だけをいうのは何だか癪に障るので、こんな言い方をとってしまう。すいませんね調査官さん。礼儀のなっていない後輩をお許しくださいな。
「割とヒデーな、割と!」
大きな声で叫んで私に抗議してくる調査官さんだったけれども。
なんやかんや、いつも「まあ、お前がいつもの調子を取り戻してくれて嬉しいよ」と大きなため息をついて自己完結してくれる。
そんなところが非常に良い先輩であった。
「じゃ、退散ついでに先輩としてアドバイスしてやるよ」
――しかも。
きちんと仕事ができる、頼もしい先輩である。
その発言を聞いた私が真っ直ぐ調査官さんを見据えて、「ありがとうございます。きかせてください」と言う。
それを聞いた調査官さんは。
満足げに頷き、真剣な表情で「このミッション、何かがおかしい」と言った。「お前がミッション達成したって上層部に報告した時、俺は真っ先にお前に会いに行こうとした。そんな俺の動きを、わざわざ上層部は止めたんだ。来週の月曜日まで待てってな」
「それはおかしいですね」調査官さんの話を聞いて、流石の私も不審に思う。「調査官さんが忙しいとかならともかく、わざわざミッション終了を先延ばしにする必要がまるでない」
「なのに、上層部は止めた。このミッションの終了予定を、わざわざ引き延ばしたんだ」
そこまで聞いて。
私は、一つの考えにたどり着く。「このミッションは、ただ単純に唐草史郎をリア充にすればいいという話ではない……?」
「さあな。そこら辺はお前が考えてくれ、君子」
私の頭にポンと手を置いて、「頑張れよ」と言って、屋上から去ろうとする調査官さん。その感触が確かに頭に残るのを感じながら、私は調査官さんを見送ろうとする。
その時。
調査官さんの動きが、ピタリと止まった。
私が不思議に思う間もなく。
調査官さんは、発言する。
「君子。お前、この扉、ちゃんと閉めたよな?」
――何でちょっと開いてるんだ?
私が屋上に来た後に、扉を開けて閉めた人物がいる。
でも、そんな人の姿を、私と調査官さんは見ていない。
――見ていない。
――見ることが、出来なかった。
私たちが視認できないまま、私たちに気づかれないようゆっくりと扉を開けて閉めた。
予め屋上に居たのなら。
開けるときは屋上に居る。
占めるときは踊り場に居る。
だから開けるときは音を立てずにあけられて、占める時は音を立ててしまうから閉めきることが出来なかった。
そんな状況に陥る――陥ることが出来る人物は、私が知る限りただ一人。
調査官さんを無視し、急いで扉を開けて階段を駆け下りる。屋上は四階部分にあたる。急いだところで間に合うかどうかわからないが、それでも。それでも、私は向かわなければならない。
下駄箱を通り過ぎ、靴を履き代えずに校舎裏へと向かう。
「何とか言えよ、唐草!」
そこには。
怯えながらもなんとかしようと両手を向けている青山郁美の横で、唐草史郎の首根っこを思いっきりつかんで校舎の壁に押し当てている伏見北四季の姿があった。
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