第11話 相合傘のおまじない! ②
「……やっぱり邪魔かな、私」
「いや、いやいやいやそんなことはないんじゃないかな、うん!」心配させるような表情をしてしまったのだろう。すぐさま取り繕って、結菜の心配を取り除こうとする私。「来ていいよ! というか寧ろ結菜に来てほしいよ!」
「ほんとに?」
「うん、本当! 一緒に外岡愛を見届けようよ!」
私がそこまで言うと、結菜はじーっと私の方を見ていたが、納得してくれたのかやがて笑顔になってくれた。「ありがとね、君子ちゃん」と結菜は私に言い、「ううん。こちらこそ、一人じゃ寂しかったから嬉しいよ」と私は結菜に返す。
そんなこんなで。
前方には外岡愛と唐草史郎が横に並んでいて。
電柱に隠れる私の傍には、結菜が並んでいた。
外岡愛の誘いを断ってから五分が経つが、依然として唐草史郎は相合傘をしていない。外岡愛の予定では既にミッションを完遂している筈だった。それなのに、外岡愛は未だに能力発動までのカウントダウンさえ始めていない。そういった絶望的な状況にも関わらず、外岡愛は愛想よく笑顔を振りまいている。流石と言わざるを得ないのだが、それでも、外岡愛はスタートラインにすら立てていない。
「何で唐草君は愛ちゃんの誘いを無下に断ってるんだろうね」結菜が小さい声で私に向けて呟く。「やっぱり男の子って相合傘するの恥ずかしいのかな」
「まあ恥ずかしいとは思うけど、唐草史郎の場合は違うと思うよ」
「そうなの? じゃあもしかして、愛ちゃんのこと嫌いなのかな……」
「それこそないよ! 唐草史郎の野郎が外岡愛とそんなに深く関わってないの知ってるでしょ! だからそんな泣きそうな顔しないで!」
「……もしかしたら嫌いだから関わんなかったのかもしれないじゃん。唐草君、私のことも嫌いなのかな」
「何言ってんのよ結菜! ……そしたら唐草史郎のド畜生、全員嫌いってことになっちゃうでしょうよ! 大丈夫、大丈夫。唐草史郎の腐れ外道に関しちゃそんなことは絶対にないから」
「……君子ちゃんって唐草君のこと嫌いなの? それとも、もしかしてもしかしてもしかして、好きなの?」
「ノーコメント!」
先ほどまでの不安がかった表情を何故かそのままにしながら私に聞いてくる結菜。いやいやいやいや、そんなことあるわけがない。そんなことがあった日には、首括ってやる。未だに結菜が「あれ? 顔、赤くない? え、ホントのホントにホントなの?」とからかってくるのに対し、私は「あ、ほら、外岡愛がしかけてるよ」と話を逸らそうと必死になる。「私が指示した次の行動に移ってくれるみたい。五分程度経ったら次の行動に移行しろ。うん、その判断は正しい」
「次の行動って?」
「まあ見てなさんな」
電柱と電柱の間を早歩きで移っていき、唐草史郎と外岡愛に近づく。
外岡愛は。
女子らしい可愛らしい肩掛けかばんの中を「んもー何なのさー唐草君さー」と言いながら探り、ある物を取り出す。
それは――タオルであった。
各人のミッションに入る前、私は各人の持つ能力を生かす手段をどれほど持っているかを聞いてまわっていた。
例えば藤堂彩芽の場合、声で誘惑するだけではなく対象に直接触れることにより注意を持っていくという手段があると聞いていた。
例えば伏見北四季の場合、屋上で単純に対象を操るだけでなく、伏見北四季が屋上から離れたら能力の効果がなくなることを踏まえたうえで対象を――殺害する手段も、一応聞いていた。屋上にて殺した後、伏見北四季が屋上に永住するという荒唐無稽なものであった。それじゃ君も世間的には死んだ状態になっちゃうよ、伏見北四季。
例えば結菜の場合は、ただ単にぶつかるだけではなく、もし対象が自分の能力を知っていてぶつからないようによけてしまうことを避けるため、特殊メイクをして他人を自分に似せて囮をつくることが出来るということを聞いていた。
――外岡愛の、場合は。
傘に入らなかった場合の対処方法を、二つ聞いている。
その内の一つが、タオルを鞄から出す、というものである。
使用するタオルは運動部のイケメンを射抜くために用意するものと同じ、細長いものである。白いタオル。一点の汚れもないタオルを、能力をかけようとする対象に向けて差し出すのだ。
「タオルがなんで愛ちゃんの能力発動のきっかけになるの?」結菜が不思議そうに聞いてくる。
「考えてもみなさんな」結菜が隣にいてくれるだけで気分が明るくなっている私は、外岡愛の素晴らしき手段を饒舌に語るという愚行を何の恥ずかしげもなくする。「外岡愛の誘いを断っているということは即ち、対象は雨でびしょ濡れになっているということになる。目の前の唐草史郎みたいにね。恋人がいる――恥ずかしい――等々、どういった理由かはわからないが相合傘をするのは嫌らしい。しかし、タオルなら。タオルなら、相合傘とは違って拒否する理由はそんなにないだろう。――外岡愛の狙いはそこにある」
タオルを差し出す。
傘を差すのではなく、タオルを差し出す。
本来ならば雨にうたれている状況でのタオルなど無用の長物である。
だが、能力をかけようとする対象は濡れに濡れている状態である。相合傘は断ったが、願わくば雨にうたれたくないし、濡れた状態を少しでも回避したい。そういった根源の欲求を満たすため、相手は困惑しつつも外岡愛の笑顔に負けてタオルを受け取ろうとするだろう。
けれども雨だ。外岡愛が手を伸ばしてタオルを渡そうとすると雨で濡れてしまう。だから外岡愛は、相合傘は拒絶しつつもタオルを拒絶はしない相手に対して、手を伸ばして渡すということが出来ない。
すると、自然に、二人は近づく。
外岡愛は傘の内部にあるタオルを出来る限り相手に近づけようとし。
相手は外岡愛のタオルを受け取ろうとするため、外岡愛の接近を拒絶することはない。
「キャー! そしたら一気に近づいてタオルを男の子の頭に乗せて髪をわしゃわしゃってしてあげるんだねっ! 憧れちゃうそういうの!」すっかりテンションをあげた結菜が、小声で叫ぶという高等テクニックを使って一人悶えている。「私ね、わしゃわしゃってされるのも好きなんだけど、ぶっきらぼうな子をわしゃわしゃってするのも好きなの! どんな反応するのかな……照れて顔真っ赤にしちゃうのかな……キャー! いいなあいいなあ愛ちゃんいいなあねえねえ君子ちゃんやってみたい!」
「へ、へえ……そうなんだ……」
結菜が一人でテンションあげているところ悪いが、私としては勘弁してほしいところだった。結菜のおかげで気分が明るくなっているとはいえ、元々ナイーブだった私である。こんな青春真っ盛りの女の子みたいな振る舞いをされたところで、憔悴しきって枯れ果てている灰色の青春送っている女の子である私からしたら眩しいだけだ。
それに。
結菜がキャーキャー言っているところ悪いが――その憧れの行動を起こそうとしている外岡愛の状況は、最悪そのものであると言ってもよかった。
――「もー恥ずかしがっちゃってー。しょうがないなー唐草君はー。ほら、タオルかしてあげるから少しでもいいから拭いて」
口調。仕草。タイミング。
全てが完璧であった。ここでしかないという時に、外岡愛はタオルを鞄から取り出し、用意されていた台詞を言って唐草史郎に渡そうとする。
対して。
唐草史郎はタオルを一瞬だけ見て、すぐさま正面を向いてしまった。
外岡愛を見たのは一瞬で、唐草史郎の気を惹けたのは一瞬で。
後に残ったのは、「え……」と細い声を漏らしてしまう外岡愛と、外岡愛の手に握られたタオルだけであった。
外岡愛は。
その間も、笑顔であった。
「え……」
先ほどまでのテンションの上がりっぷりが嘘のように、外岡愛と同じようにか細い声を漏らす結菜。
――私は。
賞賛の眼差しを、出来る限り外岡愛に向ける。
外岡愛の作戦は悪くなかった。
というよりも、素晴らしいものであった。
この状況において悪い人物は誰もいない。
ただ一つの誤算は、外岡愛の生涯最初で最後かもしれない相手が、唐草史郎だということ。
私は知っている。
外岡愛がどれほどの努力を積み重ねてこの場にいるかを。
私は知っている。
今の作戦を立てて実行するまで、外岡愛がどれほどの練習をしてきたのかを。
私は、知っている。
唐草史郎が、何を思って、外岡愛の努力を無下にしているのかを。
「ま、待ってよー唐草君ー」
それでも尚、笑顔を掲げて唐草史郎に近づこうとする外岡愛。
外岡愛はわかっているのだ。結菜の能力のように一瞬で能力発動条件が満たすものとは違い、外岡愛の場合は発動条件を満たすのにかなりの時間を費やさなければならないということを。
それだけではない。
それだけでは、ない。
外岡愛は今、身をもって知っているだろう。
唐草史郎がどれほど優しい人物であるのか、ということを。
――唐草史郎の家は、歩いて五分で学校に着く場所にある。
五分など、とっくに経っている。
唐草史郎は、何も考えずに冷たく断っているのではない。
外岡愛が諦めるのを待っているのでも、ない。
二人の足取りを決めているのは唐草史郎ではなく――外岡愛である。
つまり。
唐草史郎は、自身は濡れながらも、外岡愛を家まで送っていこうとしているのである。
「何考えてんだか」
ぼそっと呟き、唐草史郎を見つめる。
この状況下で女子を家まで送っていったところで、拒絶し続けた唐草史郎を女子が何と思うだろうか。最後まで拒絶しやがって。そう思うに決まっている。それにも関わらず、唐草史郎は家まで送っていくことを優先する。唐草史郎的には、女子が一人で帰るのは危ないから送っていこうと思っているのだろう。
いい迷惑だよ、本当に。
ずるいよ、唐草史郎。
「大丈夫、君子ちゃん?」
唐草史郎を眺めながらそんなことをぼんやり思っていたら、ずっと黙っている私を心配してくれたのだろう。結菜が私に声をかけてくれた。「満足気な顔してるけど、何かあった?」
「何もないよ。何も、ね」
唐草史郎を見る。
微笑ましく、思う。
と同時に、イライラする。
唐草史郎に対する感情に、徐々に名前がついていくのを、胸の内で噛みしめる。
目の前では――外岡愛が最後の手段に入っている。
唐草史郎が外岡愛を家まで送ろうとしている時点で、外岡愛の出番は今回しかない。なぜなら、外岡愛の家は唐草史郎の家ほどではないが、それほど遠いところにはない。今現在、学校から出発してから約十分が経っている。本来ならば、外岡愛の家の一角は既に見えている。でも、でたらめに歩いているからこそ、外岡愛の能力発動のきっかけを出来る限り増やしているからこそ、外岡愛に次はない。
家の場所を知られてしまったら最後。
唐草史郎は、外岡愛のことを不審がる。
その結果、考えてしまうかもしれない。何故自分は無駄に歩かされたのか。何故外岡愛は家までの道筋を誤っていたのか。高校に入学してから二年目の十月である。道に迷うなど、ありえない。ならば、何故。何故外岡愛はこんなことをしたのだろうか。
もしかして――自分と同じように能力を持っていて、その能力発動条件を満たそうとしていたのではないか。
極論かもしれない。
それでも、少しでも可能性がある展開ならば、こんなことを何度も外岡愛にやらせるわけにはいかない。
外岡愛にとって、文字通り最後の手段。
タオルを鞄に戻し、もう一度鞄を探る。
鞄から出したのは。
――折り畳み傘、であった。
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