第9話 屋上でしたかったあんなことやこんなこと! ④
抱き付かれた唐草史郎は無表情で。
抱き付いた伏見北四季は、今までに見たことがないほど、温和な表情だった。
「唐草。お前はスゲエよ。辛いだろうに、それに対処しようと、お前は自分以外の全てを切り捨てる選択をした」片手で唐草史郎の頭を撫でている。されるがままに撫でられている唐草史郎。無表情であった表情に、きょとんとしている表情が、浮かび上がる。「でもさ。オレとしては、拒絶するんじゃなくて受け入れる選択をしてほしかった。拒絶するだけじゃ、お前がきついだけだ。だからよ、今だけは、温もりを受け入れてくれ。この先こういうことを全て拒絶するんだったら、この温もりを思い出して少しでも満足してほしい。まあ、オレの温もりじゃ不服かもしれねえけどよ」
ガッハッハと笑う伏見北四季。
笑ってみせる、伏見北四季。
唐草史郎が。
ゆっくりと、口を動かす。「……不思議なんだ。僕は誰とも喋る気はなかった。でも、なんでだろう。伏見北さんといると、喋りたくなってくる。ひょっとして、伏見北さんも僕と同じ能力者だったりして」
気付いたときには、遅かった。
止めなければならなかった。伏見北四季の行動を、止めなければならなかった。
止められなかったのは、伏見北四季の言動に心が奪われていたから。
伏見北四季ならば、軽々とやってしまうだろうと瞬時に思った。
それでも、間に合わない。
間に合う訳がない。
私が、伏見北四季に敵う訳がない。
「『学校の屋上に存在している全ての事象を自由自在に操る能力』だ。オレは、この能力を、持っている」
平然と、言ってのける。
自殺行為であった。自殺行為以外の何物でもなかった。
全てのミッションにおいて、大前提として禁止されている行動が二つ。
――自分が能力者であると一般人に知られること。
――自分の能力を一般人に知られること。
二つ同時に、やってのけた。
止められなかった。
私は、伏見北四季を止めることが出来なかった。
絶対にルールを破ると予測できたのに、それでも、止められなかった。
伏見北四季は、唐草史郎と重なり合っていた体をゆっくりと離して、言葉を紡ぐ。
「騙していてすまねえな唐草。お前が喋れているのは、相手が私だからじゃねえ。私と言う能力者だから喋れていたんだ」
「……僕の他にも能力者なんていたんだ」無表情に戻った唐草史郎は、坦々と言う。「僕と伏見北さん以外にも、能力者の人っているのかな」
唐草史郎の核心を突く一言に対して、伏見北四季は「わっかんねえ。私もお前と同じ、使ってみて初めて知った類だからよ。お前が無口だからってクラスメイトから無下に扱われていたら、お前のことを能力者かもしれないなんて思わなかったぜ」と上手く返した。ここに関してはファインプレーであった。ここに関してのみであるが。
「僕が操ってるでも思ったのかい? 酷いな伏見北さん」伏見北四季の話を聞き、それに対して軽口を言うという今までの姿からでは信じられない行動をする唐草史郎。「ガッハッハ。そんなこと誰も言ってねえだろ」と伏見北四季が笑うのを見て、唐草史郎はしんみりと「皆、良い人達だよね」と呟く。「全身全霊で拒絶してる僕を腫物扱いするでもなく、見守ってくれてるんだ。今日だってね、隣の席の藤堂さんが消しゴム拾ってくれないかって僕のノート使った上で積極的に接してくれようとしてくれたんだ。二つ隣の晴義君は勘違いして藤堂さんに怒ってたけど、僕は彼女に対して、感謝の気持ちしかなかったよ」
そんな風に、思っていたのか。
私と藤堂彩芽にとっては単なるミッションでしかなかったあの一連の迷惑極まりない行動を、唐草史郎はそんな風に思っていたのか。
その話を聞き、「いやでもお前、それより前に藤堂が消しゴム拾ってって無茶苦茶頼んでた時に無茶苦茶無視してたじゃねえか」とごもっともな指摘を伏見北四季がする。
対して唐草史郎は、「え? そうなの? ごめん、僕、昔っから集中してると他のことが全く聞こえなくなっちゃうんだよね」というこれまた衝撃の発言を軽く言った。
無視していたわけではないのか。
唐草史郎は、単純に聞こえていなかっただけなのか。
――私は思う。
唐草史郎という男子の評価を、改めなければならないと。
無口で無表情、それ故に友達がいない。
でも、本質はそうではなかった。
信じられないくらい優しいから――無口で無表情、それゆえに友達がいない。
同時に。
伏見北四季に対する評価も、改める必要がある。
「伏見北四季。貴女のミッションは終了です。今すぐ屋上から離れなさい」小型テレビをバッグに入れて、階段をおりてその場を撤収しながら私は言う。「貴女の違反行為は機関に伝えておきます。今回の全てのミッションが終わり次第、貴女は罰を受けることになる」
罪には罰を。
その精神は、私が所属している機関においても変わらない。
「了解っと」
――でも。
私の言葉を聞いた伏見北四季の清々しい声が、イヤホンを通して聞こえてきた。
伏見北四季は、自身の行動に何の後悔もないのだろう。
機関の一員である自分と、伏見北四季という一個の人間である自分。
伏見北四季は、あっさりと後者を選んで見せた。
――私だったら、どうしていたのかな。
前者を選んでいたのだろうか、後者を選んでいたのだろうか。
少なくとも。
悩んでいる時点で、私は彼女に負けていた。
チャイムがなり、昼休みが終わる。
唐草史郎と伏見北四季は、先ほどまでの時間が嘘のように、今まで通りに授業を受けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます