第8話 屋上でしたかったあんなことやこんなこと! ③
「掃除とかをたまに代わったりしてるから、かな」
綺麗な声であった。声変りが終わりかけている男性にしては高い声。それなりの声量で発せられた声は、しっかりと屋上に設置してある小型マイクに届いている。思わず私はうっとりしてしまった。元々かなりの美貌を備えている唐草史郎である。常に無口で無表情と言うおかしな点さえなければ、唐草史郎のイケてるメンズレベル略してイケメンレベルはかなりのものなのだ。先ほどまで欲情していた伏見北四季も、とろんとした表情を唐草史郎に向けている。その表情はかなり色っぽいもので、同性である私から見ても心臓が高鳴るものであるのに、相も変わらず唐草史郎は無表情である。
「『だがそれがいい!』」
――思ったことをそのまま大声で叫んだ、けれども。
伏見北四季と思考がもろ被りした、けれども。
そんなことは、関係ない。
雑念に囚われていることを重々承知しながら、唐草史郎の発言を理解しようと必死になる。
掃除とかをたまに代わったりしてるから、かな。
「……うん。それで?」
『……うん。それで?』私の言葉を繰り返してくれる伏見北四季。
「うーん。後は、動物の世話をしているからかな」別人ではないかと思うくらいはっきりしっかり喋るが、それでもずっと無表情の唐草史郎。「ほら。僕、動物委員だし。うさぎとかめちゃくちゃ好きだし」
「…………」
知らねえよ。
と、言ってやりたかった。
言わないように我慢したから、無言になる。
これは、あれだろうか。曖昧な返事しか返ってこないということは、唐草史郎本人にも自分がクラスメイトから慕われている理由がわからないのだろうか。
つまり、この質問を繰り返してもしょうがない。
元々伏見北四季の能力がちゃんと効くのかどうかを探るためのそれほど重要ではない質問だった。だから私はこれ以上踏み込むことはせず、次の質問――重要な質問へと移行する。
「貴方は、貴方の能力で誰かを傷つけたことはある?」
この質問ならば。
唐草史郎が自身の能力について認知しているかどうかという疑問と、唐草史郎が過去に誰かを殺傷したことがあるのかという疑問の――二つの疑問を解消することが出来る。
伏見北四季が私の言葉を繰り返し。
唐草史郎が――表情を一変させる。
それは信じられないようなものを見る目つきで。
それは紛れもなく驚愕と混沌の表情をあらわしていて。
私の質問が、唐草史郎の根幹を揺るがすものだということを確信する。
さあ、答えてくれ唐草史郎。
これまで頑なに喋ることを拒絶し、美少女の誘惑にも揺るがなかった君の本質を見せてくれ。
それが、ミッション達成の礎になることは間違いないのだから。
「両親を、傷つけた」
返ってきたのは。
衝撃の、告白であった。
息を呑む私。言っている意味が最初よくわからなかった。それでも、唐草史郎の告白の真意を読み取ろうと試みる。
文字通り読み取れば――唐草史郎が、自身がリア充として認識した両親を、自分の能力よって爆発させた――ということになる。
でも。
それはないと、信じたかった。
あれほどまでにクラスメイトから慕われている唐草史郎がそんな過去を背負っているという話には、まるで信憑性がない。
恐らく唐草史郎が無口で無表情になったのには原因があり、それ以前はクラスメイトから慕われるような性格をしていたのではないだろうか。
そして。
その原因が、唐草史郎の発言の中にある。
「それは、貴方の能力で爆発させて殺傷したということ?」
「……伏見北さんは何でも知っているんだね」眉一つ動かさなかった唐草史郎の表情が少しだけ動いた気がした。少しだけ。ほんの、少しだけ。「僕はある時、能力の矛先をお父さんとお母さんに向けた」
声に抑揚という抑揚をつけずに。
平坦な口調のまま、つらつらと述べていく唐草史郎。「僕は見てしまった。一年前の梅雨の日。家の中。雨が降るとある夜。あまり寝付けなかった僕は、ふと、家の中をぶらぶらとふらついていた。見てしまった。お母さんとお父さんが、一個の塊となっている場面を。信じられなかった。信じたくなった。僕の信じる両親が、気持ち悪い声を出しながら気持ち悪いことをしながら気持ち悪くなっているのに――本人たちは、気持ちよさそうだった。嫌だった。見ていられなかった。無意識に僕は右の掌を開いた状態で顔の位置に持って行っていた。頭の中に声が響く。なくなってしまえ、と。こんな悪夢はなくなってしまえばいい、と」
無表情で右手を顔の位置に持っていく唐草史郎。掌を、伏見北四季に向けている。この位置関係は、間違いなく唐草史郎の能力の有効範囲を決める時のもの。伏見北四季を見ながら唐草史郎は言う。
「その時だった。両親の体が膨れ上がり始めた。音も何もないんだ。それなのに、どんどん膨れ上がり始める。それに気付いた僕は、夢中で手をおろした。あそこで手をおろしていなかったらどうなっていただろうと思うと、今でもぞっとする。手をおろしたら、両親の体は急に元に戻った。この時僕は、自分はおかしな能力があることに気づいた。しかも、一撃必殺のとんでもない能力であるということに、気づいてしまった」
予想通り。
唐草史郎は、自身の能力の存在に気が付いている。
「その夜僕は寝付けなかった。朝になり、台所に行くとそこにはいつも通りの家族の食卓が並んでいた。拒絶感しかなかった。いつも通りの日常を送っている両親を拒絶したい気持ちしかなかった。――僕にはそれが出来るということに、思い至ってしまった」
唐草史郎の話を聞いて。
私は、唐草史郎に何もしてあげることが出来なかった。
男女の関係の行きつく先を気持ち悪いと感じてしまい、その気持ち悪さを殺人という手段によって取り除くことが出来ると知ってしまった一人の男の物語。
この話を聞いて、私はどう反応すればいいのだろう。
同情すればいいのだろうか。泣くことによって境遇を悲しんでやればいいのだろうか。それとも、その程度で絶望するなよと叱咤激励すればいいのだろうか。わからない。私は唐草史郎に何をしてあげればいいのかがわからない。
「それから、僕は誰とも関わらないでおこうと決意した。周りの人たち皆、あの気持ち悪い一個の物体になる可能性がある。そうなった人たちをみて、気持ち悪さを取り除くためにあの能力を使わないとは限らないから。本当にやるとは思えない。そんな訳、ない。でも、もしふとした拍子に使ってしまったら? 一度使ってしまったら最後、取り返しのつかないことになってしまう。そうなる可能性が零ではない限り、僕は、誰とも関わらないと心に決めたんだ」
だから、無口で無表情を徹底した。
だから、友達がいなくなった。
だから――クラスメイトと接してはいないが、慕われている。
唐草史郎は、依然として右の掌を伏見北四季に向けている。
伏見北四季は、今現在リア充ではない。
唐草史郎の能力によって、爆発させられる心配はない。
なので私は唐草史郎の行動を止める必要はないと考えていた。唐草史郎は自身の境遇を語る際に、自身の行動をも振り返っている。この行動にそれほど意味はないと考えていた。伏見北四季に「唐草史郎の右手をおろさせて」という指示は出さなかった。
でも。
伏見北四季は、唐草史郎の右手を掴んで、おろした。
――そして。
やさしく、抱き付いた。
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