第7話 屋上でしたかったあんなことやこんなこと! ②

 そのことに気が付いた私は、唐草史郎に見つからないように開いた扉に隠れ、姿を確認されないようになんとかやり過ごすことに成功した。危ない危ない。ここで私が伏見北四季と関連していると知られたら、後々のミッションに差し支えるところであった。

 というよりも。

 私の指示を聞いてくれよ、伏見北四季。

 ガン無視どころかこれ以降のミッションにも繋がるかもしれない失態をするかもしれないところだったよ、本当に。

「おっす。待たせて悪かったな、唐草」

 そんな私の気持ちを知らず、伏見北四季は呑気に唐草史郎に挨拶をしている。自重で閉まる扉。閉まりきったことを確認した私は、踊り場に予め置いてあったバッグから小型テレビとイヤホンを取り出す。踊り場に不審なバッグがあったとして、余程のことがない限り回収されることはない。だから一応置いておいたのだが、それが功を喫したようだ。

 因みに。

 私が――私たちが予め用意しておいたのは、これだけではない。

 本来なら開くことがない屋上へとつながる扉を予め開けておいたのも、唐草史郎が屋上に居るのも、全て私の指示によって伏見北四季が動いた結果である。

 『学校の屋上に存在している全ての事象を自由自在に操る能力』を持つ者として、基本的には開いていない学校の屋上へと行けない場合など存在してはならない。伏見北四季は、一通りのピッキング技術を有しており、早朝に予め開けておいてもらった。

 その上で、唐草史郎の下駄箱に手紙を入れる。

 古典的で、かつ成功率が高い手段。

 ラブレターである。

「スマンな、いきなり呼び出しちまって。折り入ってお前に言いたいことがあってよ」

 もじもじしながら、頬を若干赤く染めながら、フェンス付近にいる唐草史郎の近くにゆっくりと近づく伏見北四季。その様子は普段の伏見北四季とは違い、恋する女子そのものであった。

 わかったよ。

 もう、いいよ。

 ここまで来たら、中断させるわけにはいかないし。

 準備不足は否めないけれど、伏見北四季にはやりきってもらおう。

 私はため息をつき、「よいしょ」と言いながら踊り場に腰を落ち着かせる。小型テレビには屋上の様子が映し出されている。二年三組の時と同様に、大量の小型カメラが屋上のいたるところを監視している。だから私は屋上へと入ることなく、伏見北四季のミッションを見守ることが出来る。

 ただし。

 藤堂彩芽の時と違う大きな点が、一つだけある。


『とりあえず乙女っぽくもじもじしてみました、どーぞー』


 伏見北四季の声が、イヤホンも何も介していないのに直接響いてくる、という点である。いや、私はイヤホンを付けている。藤堂彩芽が付けていたものと同じものだ。

 問題は、伏見北四季には小型マイクも何もついていないということ。

 ――けれども。

 誰にも見つからないような屋上の端に、小型マイクが置いてある。

 『学校の屋上に存在している全ての事象を自由自在に操る能力』。

 全ての事象を自由自在に操る能力。

 例えば伏見北四季の思考を屋上にある小型マイクに音声データとしてとばし、私のイヤホンに流すことが出来たり。

 例えば自身の身体状況を恋する乙女のそれに近づけることが出来たり。

 例えば――無口故に友達が皆無な唐草史郎を喋らせることも、出来る。

 文字通り無敵の能力である。

 ただし、学校の屋上限定で。

 学校の屋上では何でもできるのだが、学校の屋上にて能力によって行われ発生した事象は、学校の屋上から離れた場合全てリセットされる。

 わかりやすくまとめると。

 いくら伏見北四季の能力で唐草史郎の精神状況をリア充にしたとしても、私が今いる踊り場へと足を踏み入れた途端、その精神状況は全て無に帰ってしまう。

 無敵だが使っても全く意味がない上に、これまた発動できる範囲が学校の屋上という狭いことこの上ないものである。だからこれまで伏見北四季は使い物にならない能力者として、掃除係を担当していた。

 そんな能力を持つ伏見北四季に私が課していたミッションは――屋上にて能力を使い、その後能力が解除されたとしても唐草史郎が伏見北四季に惚れている状態を作り出すというもの。

「男子が女子に惚れる特効薬って何だと思う?」早朝にて、屋上の準備をしていた時に伏見北四季がドヤ顔で言ってのけた言葉がある。「それはよう、女子から如実に表れる、男子への好きって気持ちだ」

 その通り、なのだろうか。

 私にはよくわからない。

 けれども、私はそれをできずに過去の恋愛を失敗させている。

 その言葉を言った伏見北四季に「そ、それをやって彼氏は出来たのか?」と聞いたところ、「ガッハッハ、面白いこと言うなあお前! オレが誰それに好きですなんて言ってまわると思うか!」とこれまた満面の笑みで言い切った。

 どっちだよ。

 と、言ってやりたかった。

 伏見北四季は、やることはやっているのだろうか。かなりの美貌の持ち主である。言ってまわっていなかったとしても、誰それに言い寄られたりはしてそうだった。

 ん?

 というか、私の周りでやることをやっていないのはもしかしたら私だけなんじゃないか。

「……あり得る」

 悲しいなあと思いながらも、私は小型テレビに映る伏見北四季と唐草史郎の動きを眺めることにした。

 二人は。

 いつの間にか、抱き合っていた。

「急展開かよ!」

 思わず小型テレビに顔を思いっきり近づけ、二人の姿を凝視する。うん、間違いない。間違いなく、二人は抱き合ってる。藤堂彩芽の誘惑に全くなびかなかった唐草史郎が、よもやこうも簡単に既成事実を作り出すとは。

 これなら、もしかしてミッション達成なのではないか?

 そう思った時期が、私にもありました。

『落ち着けよ現場監督』イヤホンから、伏見北四季の声が聞こえてくる。『私の能力でこいつの体を気付かれないように動かしただけだ。まだ、終わっちゃいねえ』

 言われて唐草史郎の表情を見てみると。

 無表情であった。

 ヤンキー少女が赤面しているというギャップ感満載の女子と抱き合っているのにも関わらず、無表情である。

「そうね。まだ、気を抜けない」

 言いながら冷静になるように心を落ち着かせ、改めて伏見北四季のミッション達成工程を頭に刻みなおす。

 ――伏見北四季の能力により直接置き換えられた精神状況や出来事は、屋上から出た時点でリセットされる。――伏見北四季は屋上にいる間に、唐草史郎に能力抜きでの恋慕の念を抱かせる必要がある。――そのためには、屋上限定で無敵の能力を、間接的に使う必要がある。

 今現在行ったのは、伏見北四季を恋する乙女へと昇華させる操作と、唐草史郎を自身と抱き合うよう動かす操作であろう。唐草史郎は何故自分が伏見北四季と抱き合おうとしたのかがわからない。わからないなりに、自身の行動に理由をつけようと自動的に自身の心情に折り合いをつける。

 伏見北四季の狙いは、この折り合いの付け方にある。

 唐草史郎が自身の矛盾する動きと心情にどう折り合いをつけるのか。

 ここに何としてでも付けこみ――自分は伏見北四季が好きだからこんなことをしているんだという結論に強制的に持っていかせる。

 藤堂彩芽の時とは違い、かなり複雑化しているミッションである。

 だからこそ。

 私の手腕が必要不可欠になるのだと、信じたい。

「唐草史郎は依然として無表情。次の行動に移行して」

『了解』

 伏見北四季と唐草史郎は。

 すんなりと、唇と唇を合わせた。

 な、ななななな、ななななななな!

 間髪入れずにキスか!

 凄いな、この女!

 尊敬するわ!

 というか最早羨ましい!

 しかも、それだけでは終わらない。ねっとりと、互いの舌を絡ませ始めた。唇が片方の唇に深く沈んだと思ったら戻ったり、舌が口の中に入ったり。音が聞こえないだけ幸いだった。てか、うわ、うわ、うわ。こんな、もう、見てられない。見てられるかこんなの。

『割りと気持ちいいです、どーぞー』

「どーぞーじゃないわよあんた。んなぽんぽん展開進めてんじゃないわよ。ついてけないってのこちとら」

『……お前、今まで現場監督らしい仕事してなくねえか』

「う、うるさいわね! 何なのあんた、どんだけ経験豊富なのよ!」

『ファーストキスだが』

「…………」

 絶句してしまった。

 プロ根性と言っていいのか何なのか。うら若き乙女がこんなにも簡単にファーストキスを投げ出してしまうのか。能力持ちというのは本当に辛いと改めて感じる。思えば伏見北四季が恋する乙女ばりに赤面なのも、能力によってではないのかもしれない。恋する乙女を演じられているのは間違いなく能力によってであるが、この赤面は、伏見北四季本人のものである可能性の方が高いだろう。

 こんなミッションについてしまったせいで。

 大切なものが、失われていく。

「ごめんなさい。あなたのことを勘違いしていたかもしれない。改めて、頑張ろう」

 そう言いながら小型テレビを眺めている私。画面ではいまだに濃厚なキスをしている二人の姿があった。長いな。いつになったら終わるんだ、これ。「もう充分よ、伏見北四季。次の行動に移りましょう」

『割と気持ちいいです、どーぞー』

「ハマってんじゃないわよあんた!」

 私の制止も聞かずに伏見北四季は依然として唐草史郎とキスをし続けている。なんなのこれ。なんでこんなのを見せつけられないといけないの。いいなあいいなあ羨ましいなあ!

「伏見北四季。あなたに与えられた時間はこの昼休みだけというのを忘れていないか。わかったら今すぐその行動を止めるんだ。やれるだけのことをやっておかないと、後悔が残るだけだよ」

『チッ。わかったよ、仕方ねえ』

 名残惜しそうに伏見北四季は唐草史郎の唇から自身の唇を離す。恐ろしいのが、あれ程情熱的な口づけを交わしたにも関わらず唐草史郎が無表情であることである。ここまでやっても駄目なのか。

「唐草史郎め。この男、一体何をどうしたら伏見北四季を好きになるんだろう。……って、うん?」 

 対して。

 伏見北四季は、顔を真っ赤にしている。

 それどころか。

 ハァ、ハァと――息を荒らげている。

 そのまま、制服のボタンを上からゆっくり外している。

 え?

 何してんの、伏見北四季?

 そう思ったのも束の間。

 とんでもない言葉が、イヤホンを通じて聞こえてきた。

『やっべ。オレ、止まんねえかもしんねえ』

「バカか!」

 思いっきり純粋な誹謗中傷の言葉を発してしまったが、そんなことを気にしている暇はない。今すぐ。今すぐ、このバカを止めないと! 「仕事中に欲情してんじゃないわよ! さっさと次の行動に移れっつってんのよ! 能力使っていいっつったって限度があんのよ限度が!」

『手厳しいなあお前。ううむ、唐草なあ、かっけえんだよなあ。オレの好みどんぴしゃり』

「やめんか!」

 私の制止を全く聞かずに、徐々にボタンを外していく伏見北四季。プチン、プチン。プチン、プチン。簡素な音が鳴る度に、確実に伏見北四季の素肌があらわになっていく。制服の上からではわからなかったプロポーションの良さがはっきりとしてくる。ピンク色のブラジャーの下には、なかなかの代物が眠っていた。流石だなあ、伏見北四季!

「いい加減にして。そんなことやっても意味ないっての」嫉妬心しか芽生えないストリップを眺めながら、私は現在の状況を伏見北四季に伝えようとする。「冷静になってみてみなさいよ。あんたのあられもない姿を見ても、唐草史郎は無表情でしょうが」

 正直とんでもない男だと思った。

 本当に男なのだろうかと疑っても良いレベルである。

 藤堂彩芽の誘惑にも、伏見北四季の誘惑にも、眉一つ動かさない。唐草史郎の理性はどうなっているのだろうか。一周回ってぶっ壊れでもしているのではないだろうか。

 ――壊れている?

 唐草史郎の理性は、壊れている?

「……まさか」

 適当に思ったことだったが、あながち間違ってはいないのではないだろうか。

 唐草史郎に関することでおかしなことはいくつもある。

 無口故に友達が皆無だと思いきや、クラスの皆からは慕われているし。

 美少女の誘惑にも全く動じないし。

 何よりも――何故期間は唐草史郎の能力が『自身が認識したリア充を爆発する能力』だということがわかったのであろうか。

 機関には、『能力の有効条件及び範囲を知る能力』を持ち、その一方で私と仲が良かったりする先輩能力者は存在するが、誰がどんな能力を持っているのかを知る能力者は存在しない筈なのに。

 もしかして。

 唐草史郎は、能力を使ったことがあるのではないだろうか。

 あのイメージビデオは、シミュレーションではなく、実際の映像なのではないか。

「…………」

 わからない。

 正直なところ、わからない。

 頭を疑問の渦が占めることを認識しながら、私は『うっわ本当だ……唐草の野郎全然興奮してねえ……興奮してるのオレだけだ……なにこれ恥ずかしい……』と一人で勝手に虚しさに囚われている伏見北四季のことを無視して、「伏見北四季。次にする私の指示はきちんとやりきってくれ」と懇願する。これまで私の指示を聞いてこなかった伏見北四季だが、今からする指示はせめて聞いてもらわないと困る。

 恐らく必須事項であり。

 恐らくミッション成功可不可を決める、重要な行動。

 言われた伏見北四季は、しぶしぶ了解してくれたのだろうか。ボタンをもう一度しめ直しながら、『そんなあらたまんなくたっていいぜ。現場監督のいうことなら何でも聞くからよ』といけしゃあしゃあと良い笑顔で言ってのけやがる。本気で言ってるのだろうか、伏見北四季は。もし本気で言っているのなら今までの言動を顧みてほしかった。

 まあ、いい。

 幸いにもミッションの対象である唐草史郎は、姿勢よく立ちながらずっと伏見北四季と向かい合っている。これが果たして唐草史郎本人の行動なのか、はたまた伏見北四季が操った結果なのか。どちらが正解かはわからないけれど、そんなことはどうでもよかった。

 大事なのは、結果。

 過程ではなく、結果なのである。

 直立不動という状態の唐草史郎に甘んじて、私は伏見北四季に次の指示を出そう。

 現在、十二時半。

 残された時間もそんなにないので、手短に言うことにする。

「私が今から言う言葉を一言一句もらさず再生して、唐草史郎に喋らせて。『無口なのに何故クラスメイトから慕われている?』」

『合点承知の助』

 いまいち緊張感のない相槌だなと思いつつも、伏見北四季の「無口なのに何故クラスメイトから慕われている?」という言葉を聞いて一先ず安心する。仕事してくれる時はちゃんとやってくれるのか。この事実に気づくことが出来ただけでもこれからにつながる。

 でも。

 それで終わるわけにはいかない。

 私は見ている。伏見北四季の言葉を聞き、伏見北四季の能力が及んでいる唐草史郎の一挙一動を。ゆっくりと、しかし確実に開いていく唐草史郎の口。私がこれまで見たことがない唐草史郎の動きである。

 口を開く。

 息を吸う。

 何かを、言う――!

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