第6話 屋上でしたかったあんなことやこんなこと! ①

「こんな結末になるとは思ってもみなかったわ」

 藤堂彩芽がそう語り始めたのは、藤堂彩芽がわざと教室の床に消しゴムを落とし、能力発動の準備を整え切り、きちんと能力は発動したもののミッションを達成することが出来なかった授業の後の放課中であった。所謂昼休みというものであり、教室の皆がそそくさと昼ご飯を食べている中、保健室を何とか抜け出せた私と教室を抜け出した藤堂彩芽は三階の踊り場にて話をしている。

「ごめんなさい。完全に私のミスです。今回のミッションが失敗した原因は、全て私にあります」

 深々と頭を下げ、許しを請おうとする私。

 愚の骨頂と言ってもよかった。調子に乗っていた私の不手際により、こんな結果を生んでしまった。

「確かに、今回の失敗はあんたのせいである部分が大きいわね」私に鋭い視線を向けながら、藤堂彩芽は私に非難を浴びせる。「予め機関が調べた少ない情報のみを利用するんじゃなくて、あんたが事前に唐草史郎がどんな人物かをきちんと調べた上で私をミッションに送り込んでいれば、こんな失敗は起きなかったかもしれないわ」

「……その通り、です。謝っても謝り切れないと思っています。それでも、謝らせて欲しいです。本当にごめんなさい」

「謝れば済むと思ってんじゃないわよ。こちとら秘密主義の為だか何だかでミッション中一回しか使用できない能力使っちゃったのよ。これで今回の件に関して私は部外者になっちゃった。私の唯一無二の出番が、これで終わってしまった。この落とし前はどうつけるつもり?」

 藤堂彩芽の言う通りだった。

 私は、彼女のチャンスを潰してしまった。

 この償いは、簡単に出来るものではないだろう。

 能力者と対峙するときは、その能力者がどんな能力を持っているのかを探る必要がある。

 これは能力者と戦う時に必須の事前準備である。能力者同士の戦いにおいて、情報が何よりも有効であるからである。だから機関は一つのミッションに対してかなりの時間を割いてしまい、そのせいでいつも人材不足なのである。

 今回の場合も、同じであった。

 いや。

 それ以上かも、しれなかった。

 どんな能力を持っているかだけではなく、その能力の持ち主がどんな性格をしているかが重要であった。

 唐草史郎という人物をリア充にするミッション。

 唐草史郎が、周りに対してどういう行為をしているのか、周りにどう思われているのか。唐草史郎の全てを知った上で、唐草史郎の周りに起こりうるであろう状況を全てリストアップした上で臨まなければならなかった。

「ねえ、依代君子さん」藤堂彩芽が私に向けて、真剣な表情で突如発言する。「今回のミッションが機関にとってどんなものであると考えているのか。貴女の意見を聞かせてもらえないかしら」

「そ、それは……」いきなりの問いかけにうろたえながらも、迅速に、それでいて丁寧に答えようとする私。「使えない能力をもった私達に機関がくれたチャンス……だと思ってる……んだけども……」

「はぁ?」

私がこういうと。

 藤堂彩芽は、私に対して侮蔑の表情を向けてきた。「貴女、それ本気で言ってるの?」

「……ええ」

「ふーん。受付嬢さんが考えていることはやっぱ違うわね」

 その言い方に、私は「その含みを持たせた言い方はどういうことなの」と思わず苛立ちを表す口調で藤堂彩芽に言い返してしまった。こんなことを言える立場ではないということは重々承知済みである。でも、それでも、人には言わなければならないことがある。「じゃあ藤堂彩芽。あんたはどう思ってるのよ」


「私たちの価値を見定める最終審査」


 唐突に。

 真剣な眼差しを、屋上へと続くドアに向けて、言い放った。

「貴女を含めた私たちは機関に対してこれまで何も為し得ていなかった。能力者として機関に招集されたのに、やることは事務作業だけ。貴女は受付業務。私は書類整理。毎日毎日そんなことばかりをやっていて、機関に属しているのに能力は全く使わないで――機関に対する貢献なんて、何一つしていない」

 そんなことはない、事務作業だって大切な仕事だ――と、言ってやりたい気持ちは。

 全くと言っていいほど、なかった。

 私も、能力者として活躍したかったから。

「ねえ、依代さん。私達に価値なんて存在するのかしら。能力という特殊な付加要素を持っているにも関わらず何も貢献できていない。ううん、それだけじゃない。こうやって貢献の場を与えられたのに、この体たらく。こんな私達に――私に、価値なんて存在するのかしら。ねえ、依代さん。貴女はあなた自身に価値があると思う?」

 そう言い切ると。

 放心している私を残して、あっという間に藤堂彩芽はその場を離れてしまった。言いたいことだけ言ってのけて、言われた相手のことは何一つ考えずにその場を立ち去ってしまう私は、この上ない虚無感に苛まれる。藤堂彩芽の質問が頭から離れない。

 私達に価値なんて存在するのだろうか。

 繰り返し反響する。

 私の価値など、考えたこともなかった。私はこのままでいいのだろうか。何も出来ないまま、いや寧ろ、藤堂彩芽の足を引っ張って終わってしまった今回のミッション。これによって得た私の価値は、どんなものなんだろうか。

「……どうしようもないなあ、私は」

 隠すことなく弱音を吐いて、髪をかき上げる。

 泣きたくなった。

 自分の境遇とかに対してではなく、初めて――自分自身について泣きたくなった。

 上を向くと天井しかない。それでも涙を流すよりはましだと考え、声をあげずに天井だけを見つめていた。


「ようやくオレの出番がまわってきたってわけだな」 


 楽しそうな声が、聞こえてきた。その人物は「何お前泣いてんだ?」とガッハッハと笑いながら聞いてきて、慌てて私は服の袖で涙をふき取り真面目な表情でその人物を迎える。手触りが良さそうな金髪をポニーテールという形式で一つにまとめている、スレンダーで高身長な彼女。彼女を一目見た印象は、まんまヤンキー少女。金髪であったり、大声で下品に笑ったり、一人称がオレだったり。くぎバットを持たせたら似合いそうな風貌をしている。「泣いてちゃオレの活躍を見ることはできねーだろ? だから泣くのやめてしっかりオレへの指示を出してくれよ、現場監督さんよう」

「泣いてなんかない。これは、あれだ、汗だ」

「めんどくせえな、お前」

「うるさいっ」失礼な人物だなと思いながらも、現場監督らしく努めようと努力する。こんな私でも、言わなければならないことがある。「早速だけど報告する。藤堂彩芽のミッションは失敗に終わり、次はあなた――伏見(ふみ)北四季(きたしき)のミッションに移る予定、だった。だが私の準備不足により、唐草史郎がどんな人物なのかという重要な情報が欠損している状態にある。なので、伏見北四季並びにその他三名のミッションを明日以降に引き延ばすことを現場監督の名の下に命じる。私の不手際でこんなことになってしまい、大変申し訳ない。了承いただけただろうか」

「あー、うん。スマン」

 伏見北四季は。

 耳を小指でほじくりながら、こう言ってのける。「難しいことあんまり言わねえでくれよ。今の話の十パーセントも理解できてねえや、オレ」

「何とんでもないこと平然と言ってんのあんた!」

 信じられなかった。

 単純な報告だった筈なのに、この伏見北四季という人物は、あっさりと言ってる意味がわからないと言い張る。私が困惑している前で、「えーと、唐草史郎のことがわからないせいでお前が準備不足になってしまい、それでお前が現場監督になったんだっけか」と断片的な情報を継ぎ接ぎしたせいで意味不明になってしまっていることを言われ、私の困惑が怒りに変わりつつあることを嫌でも認識させられた。

 それでも。

 冷静に、冷静に。

 ここで私が慌てたらこれまた現場監督として失敗である。

 これ以上失態を起こさないためにも、まずは目の前の少女に話をつけなければならない。

 ――と、いうか。

 ここで私は、昨日の出来事を思い出す。

「伏見北四季。昨日私が説明したときにはちゃんと理解できていただろう。あの理解力を、今。まさに今、見せてほしいんだが」

「あー、スマン。あの時は周りの空気読んで訳も分からず頷いてたんだわ。スマンスマン」

「スマンじゃ済まんよ! え、嘘、じゃああんた、今回のミッションに関して全然理解出来てないんじゃ……」

「概要に関しては大丈夫だぜ。事前に機関の上の方に直談判して、オレがわかるまで何回も何回も説明させたからよう」エッヘンとなかなか大きな胸を張り、そのまま屋上の扉を開けようとする伏見北四季。慌てて私が制止しようとしたところ、「ガッハッハ。大丈夫だって。オレに任せておけよ。な?」と満面の笑みを私に向ける。「唐草史郎のことがわからないんだろ? 私がミッションをこなすついでに、情報収集してやんよ」

 有無を言わさず屋上の扉を開ける、伏見北四季。

 自信満々に突き進む彼女は止まらない。

 自身の能力――『学校の屋上に存在している全ての事象を自由自在に操る能力』に、絶対の自信を持っているから。

「オレにかかりゃあ、お茶の子さいさいだぜ」

 伏見北四季が屋上へと繋がる扉を開ける。

 屋上には、唐草史郎が居た。

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