第2話 消しゴムを拾わせろ! ①

 某県立堂上高等学校。

 どこにでもあるような至って平凡なこの場所に、今現在能力者が七人存在している。

 能力。

 所謂超能力というやつだ。

 超能力と一言だけ聞くと誰もが欲しがる便利で刺激的なものだと思うが、実際の所、皆が欲しがるような超能力を都合よく手に入れているような者など皆無といって等しい。

 例えば『学校の生徒の席をクラス替えもしくは席替えの時間にて自由に配置することが出来る能力』というものが挙げられる。その能力の持ち主は、自身が持つ能力を中学生の時に自分で気づいた。何しろ席替えをしたらいつも一番後ろの窓際の席で、自分の周りを囲む三人の生徒は全て気の合う友達になるからだ。一回や二回ならともかく、小学校から中学校にかけて一度も自分の望むような席にならなかったら、否が応にも能力の存在に気づくだろう。

 自分に能力があると気付いた直後。

 その能力が、『学校の生徒の席をクラス替えもしくは席替えの時間にて自由に配置することが出来る能力』であり――その発動範囲やリスクなど、能力に関する全ての情報が頭の中に流れた。

 ――時同じくして。

 自分や周りの生徒だけではなく。

 大人も、その能力の存在に気付いた。

 秘匿な機関のくせに国においての地位が高い機関に属するおかしな大人達に能力者であることを認知されたが最後、能力者は大人の事情に巻き込まれる。他の能力者が巻き起こす常人ではどうしようもない事件の解決に力を貸せと強要され、そのままその流れを断ち切ることが出来なくなる。

 つまりは人生がそこで決定してしまうということで。

 つまりは自身が能力者であることを酷く悔やむことになる。

 しかも、その能力が誰もが使い方に悩むくらい残念なときはもう本当にどうしようもなく詰んでいる。

 例えば『学校の生徒の席をクラス替えもしくは席替えの時間にて自由に配置することが出来る能力』など、使用範囲の制限が厳しすぎると同時に、例え使ったとしても果たしてそれが何につながるのか皆目見当もつかない。

 こういった、能力を持っているのにも関わらずおかしな大人たちが使い道がわからない能力者は、機関の雑用にまわされる。秘匿である機関の存在を知ってしまったからこのまま無下に返すわけにはいかない。記憶を消去することは出来るが、それだと能力者を手放しに世に送り込むことになる。それはどうあがいても許されることではない。――こう言われた使いどころのない能力者の数は、使いどころのある能力者の数の軽く十倍はいるという。

 残念な能力者多すぎだろ。

 そう私は思いながらも、ようやく自分の能力が機関によって下されたミッションに役に立って、ほんの少し満足感を得ている。

 少しだけ。

 ほんの、少しだけ。

 教室を監視カメラで見張りながら、にやける口元を必死に抑えようとする。

 今まで散々馬鹿にされてきた。特に使える能力者達に馬鹿にされてきた。『生物を透明に出来る能力』をもつあの女などかなりいけ好かなかった。常時ミッションに駆り出されるからといって何もその都度私に報告しに来なくてもいいだろう。何が「先輩! 私、今回はイギリスに行ってテロを未然に防ぐミッションへと向かいます! お土産買ってきます、何がいいでしょうか!」だよ。誰がみても純真無垢なあの後輩の笑顔の裏にはどす黒い感情が渦巻いているに違いない。あーまた使えない先輩が受付業務してるーやだもうウケルー受付業務上手過ぎーとか思ってんだろあのアマが。あああああ、どす黒い感情によって生み出されたこのどす黒い感情はどこに発散すればいいんだろうか。わからないわからないわからない。イギリスかぁ。私も行きたいよ、イギリス。お土産は、そうだなあ、紅茶買ってきてよ紅茶。あんたにぶっかけるための紅茶をわんさか買ってきて。

 フラストレーションの塊を常に抱えながら、それでも私は必死になって自分の運命を受け入れようと努力してきた。現在高校二年生。私の普通の友達は今、夏休みの後といったどぎつい状況の中、そんな逆境にめげることなく何とか授業を受けている。寝ている者や別のことをしている者もいるが、それでこそ青春だよなあと私は泣きたくなる。

 そんな中。

 私は、自分のクラスを監視カメラによって観察していた。

 場所は保健室。体調が悪いので保健室に行ってもいいですかと言うだけでその場を離れることが出来ることが学校の授業の特質であると私は考える。機関ではこんなこと絶対にありえない。去年のことである――気分が悪いので医務室に行ってもいいですかと聞くと、給料払ってんだから意地でも働きなさいと掃除機を渡された時には自分の境遇に絶望した。なんだこれ。花の女子高生だぞ、私。泣きそうになりながら廊下を掃除したのは今では懐かしい思い出となっている。トラウマという種類の、思い出に。

「あれ、なんか、目から汗が……」

 おかしいな。

 当時は我慢できたものが、今ではせき止めることが出来ないよ。

 保健室のおばさん先生に、「ベッドでゆっくり休んでね。どうしても駄目そうだったら早退してもいいからね」と優しく対処されたのが嬉しすぎたのだろうか、はたまた自分が能力など持ってしまったことが今更になって辛くなってしまったのだろうか。わからない。

 とりあえず私は目のあたりを拭って、コンパクトな画面を眺める。小型テレビを保健室ベッドにて観ている。何かあった時に一目散に対処できるように保健室を選んだ。保健室のおばさん先生の優しさに浸りたかったからといわれると、嘘ではないのが悲しい性である。

 堂上高校二年三組。

 そこには今――唐草史郎と能力を持った五人の能力者が存在している。

 『過去に能力者を送り込み、かつその能力者が行った過去改ざんを全て適用する能力』と、『学校の生徒の席をクラス替えもしくは席替えの時間にて自由に配置することが出来る能力』の合わせ技である。

 前者は機関にてスーパーエリートと称えられているイケメンさんの能力で。

 後者は機関にて受付業務のエリートと称えられている女子高生の能力である。

 そう、その通り。

 後者の能力の持ち主は私である。

 中学三年生時代の三月に送り込まれ、唐草史郎とは違う高校に在籍していた私達六人の席を堂上高校に配置した。その上で現在に戻ってきて、もう一度過去に戻る。今度は高校二年生の時。唐草史郎と、私達六人のクラスを同じにするために能力を使った。その後また現在に戻ってきて、再度過去に戻る。最後は席替えが行われた時。唐草史郎を後ろから二列目の中央の席に配置し、唐草史郎の前方に三人、両隣に一人ずつ、後方に一人という風に配置した。

 そこまでしてようやく現在に戻ってきたとき。

 イケメンさんは、「いつもとは違った趣向の使い方で面白かったよ。ボクは次のミッションに移るけど、君子ちゃんは頑張ってね」と言ってその場を去った。次のミッションは『水を自由自在に操る能力』の持ち主を過去に送り、火事を最小限にくいとめるというものらしい。なんだか知らないが、忙しそうだった。

 何なのこの格差。

 どうしたらこの格差は埋まるんだろう。どうしようもないか。どうしようもないね。あっはっは。ほら、また、目から汗が出てきたよ。

「大丈夫、大丈夫、私は元気、私は元気」

 機関に所属したての時に開発したおまじないである。肉体的にというよりも精神的に辛い環境の中、元気であると自分の体に信じ込ませないと発狂しそうになったことを今でも覚えている。

 あの時から今まで、自分を取り巻く環境が変わることはなかった。

 ――でも。

 今回は、違う。

 ようやくチャンスが巡ってきた。

 私の能力の出番は終わった。唯一無二といってもいい出番はもう終わった。恐らくこんなに活躍することは金輪際ないだろうというほどの出番が終わった。これ以上ない充足感に包まれるというよりも、こんな能力が世の中の為になる時が来るなんて思いもしなかったという動揺の方が大きかったが、とにもかくにも私の出番は終わった。

 けれども。

 私の初ミッションは、終わっていない。

 今回、私は現場監督に任命された。使える能力者は常に忙しいことと、雑用であった受付業務にてミッション後に能力者達の事後報告という名の自慢話を聞かされてミッション遂行のノウハウを嫌でも身に付けていたことが功を喫した。能力を発揮する場を与えられたと同時に、現場監督としてミッションを遂行する場を与えられた。

 機関は恐らくこのミッションに重きを置いていない。確かに唐草史郎はとんでもない能力を持っている上にその能力があまりにも無慈悲なものであるため、機関のメンバーとして勧誘するよりも能力を封じ込めることを優先するべきなのだろう。

 機関に属している能力者の中で直接的な攻撃の出来るものは少ない。

 例えば前述した『水を自由自在に操れる能力』のように、人助けに役立つ要素をもつ能力ならば、機関はしぶしぶその能力者を勧誘する。そういった要素を持たない直接的な攻撃能力の持ち主を勧誘することは、決してない

 だから今回のミッションが上手くいかなかったときは普通に存在を消すつもりなのだろう。

 不穏分子は、秘匿の名のもとに排除する。

 実際そうやって消された能力者は何人も存在する。

 だが、極力そんなことはしたくない。

 だから、その前になんとか対処できるようなら、対処する。

 それが、機関のスタンスである。

 でも――私は違った。

 世界を滅ぼすかもしれない能力を封じることが出来、かつ一人の人物を救うことが出来る。

 こんなにも素晴らしいミッションが与えられるなんて、これまでの人生で考えられなかった。

 だから、私は――私達六人は、全員必死になってことミッションを全うする。

「それじゃ、始めようか」

 布団を全身にかぶせて、小型マイクに肉声を通す。

 その声は、小型カメラに映る人物――唐草史郎の左隣の席に座る人物――長いストレートの黒髪をもち、黒縁メガネをかけて授業を真剣に聞いているようにみせつつもイヤホンを左耳だけにつけている人物に、届く。

 彼女の名前は藤堂(とうどう)彩(あや)芽(め)。

 所持する能力は、『教室の床に落ちた消しゴムを拾った隣の席の人物を自分に惚れさせる能力』。

 彼女と唐草史郎の間の床には、消しゴムが落ちている。

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