リア充を爆発させる能力
常世田健人
第1話 序章
少年の眼前に居たリア充が爆発した。
それは突然の爆発であった。少年の眼前に居たリア充の象徴であるカップルは、カップルっぽさを周りにまき散らしながら幸せの時を噛みしめていた。彼と彼女にとってはいつも通りの日常であった。普通に幸せで、普通であることが幸せである。そういった日常をすごしている最中の出来事であった。
少年は右の掌をリア充が先ほどまで存在していた空間に向けている。リア充が爆発し、血肉が周りに飛び散り、自分にも飛び散っている中で、右手の掌を依然として向けている。血生臭い匂いが少年の鼻をくすぐる。そこは公園であった。休日の、昼の、公園。少年の周りには誰もいなかった。リア充しか、いなかった。
今は。
誰も、いない。
少年は無表情で、何もないその空間を見つめている。無言であった。目の前で人が二人死んだというのに、無言であった。少年は何もしない。何もしようとしない。ただただ、かつて人が二人存在していた空間を眺めているだけ。
「キャー!」「な、なんだこりゃあ!」
少年がぼうっとしていると、少年の後方から声が聞こえた。女性の甲高い悲鳴と、男性の野太い困惑の声。
男性と、女性。
――リア充。
少年は。
無言で無表情のまま、ゆっくりと後ろを振り返り、右手の掌をリア充にかざす。
瞬間。
二人の体が膨らみ始めた。
突然のことに二人は何の反応も示すことも出来ない。顔の位置が通常の人体の構造ではありえない高さまで強制的に持ってかれる。それは一瞬の出来事で、抗いようのない出来事で、二人は何もできずただただ体が膨らんできているという事実を感覚で認識することしか出来ない。
腕も、足も、胸部も、腹部も。
人体のなにもかもが突然膨らんでいく。その間、無音であった。異常なほど体が膨らんでいるのに、無音であった。恐らく体内の構造も全て膨らんでいるのだろう。臓器は勿論、骨も。人体の全部分がやわらかくなってから膨らんでいるのだろうか。見るだけでは判断がつかないが、そんな判断をつける必要もない。
少年の眼前に存在していたリア充が、すでに爆発してしまったから。
轟音が少年の鼓膜を震わせると同時に、二人分の血肉がはじけ飛んだ。衝撃をまき散らしながら、気持ちの悪い人体だった物をまき散らしながら、爆発が一通り行われようとする。少年の顔面に大量の血が付着する。少年はそれを静かに右腕にこすりつけてふき取り、少年は右腕をおろした。
無表情だった少年が。
眼前に広がる血の海を見て。
ほんの少しだけ、笑った。
やがて少年は歩きだす。公園から離れ、道路へ。車の中でイチャイチャしているカップルがいた。昼なのに車の中でイチャイチャしているカップルに右の掌をかざす。ガラスの破片が周りに吹き飛ばされ、車の中が血の海で満たされる。横断歩道を、手をつなぎながら渡るカップルがいた。指の一本一本を絡み合わせる所謂恋人つなぎというものをしており、楽しそうに喋っているカップルに右の掌をかざす。横断歩道に赤いラインが出来上がる。自転車を二人乗りしている学生カップルがいた。頬を朱く染めて自転車をこいでいる男子とその男子の背中に顔をうずめながら抱きしめている満面の笑みをしている女子に、右の掌をかざす。先ほどまで存在していたはずの二人の肉塊が自転車のタイヤにからみつき、粉々になりながらとばされている。
少年は歩みを止めなかった。爆発させることも、止めなかった。少年は笑って歩く。リア充を爆発させる度に、笑っている。少年は止まらない。爆発も止まらない。街は血の匂いにあふれ出し、人の気配がほとんどなくなってしまう。
それでも。
少年は、止まらない。
笑い声を高らかに叫ぶ少年は、こうして世界を滅ぼした――。
「こんな悲劇を起こすわけにはいかない」
学校の教室のような場所。
全ての窓は黒いカーテンでおおわれ、全ての鍵が閉まっている。防音加工もした。誰も何も干渉できないその教室のような場所で、私は五人の女子高生達に黒板の横で今回のミッションについて話をしている。
黒板の上で映像を見せた。私を含めたこの場所にいる人物達の上司にあたる人物がシミレーションした映像。何としてでも食い止めなければならない悲劇。私たちは、最悪の状況を視野に入れ、この状況にならないよう動かなければならない。
一人は髪をいじりながら唇をかみしめている。
一人は大声で下品に笑っているが、目は笑っていなかった。
一人はガムのフーセンを作りながら無表情で座っている。
一人は縮こまって怯えている。
一人は――唖然とした表情で固まっている。
各々の反応を見ることが出来た。なかなか問題がありそうなメンバーだなと思いながらも、今回のミッションに関してはこれくらい問題がある方が達成しやすいかもしれないと考えている。何しろ今回のミッションは異常だ。どこでどう使うんだと誰もが噂していた能力を持つ者しかこの場に存在していない。なのに今回はこれでフルメンバーだ。
しかし。
私は、これがベストメンバーだと確信している。
「今回のミッションは、この少年の能力を封じること」黒板に画像が映し出される。先刻流れていた映像にて、暴れまわっていた少年だ。それなりに高身長で、誰もが羨むほど好青年な外見をしている。激しい寝癖と若干の寝ぼけ眼が残念であったが、それを補って余りあるほどの外見の良さである。その少年の全身の画像が、黒板に映し出されている。「唐草(からくさ)史郎(しろう)。堂上高校二年生。勉強とスポーツは中の上。極度の無口故、友達がいない。趣味は読書。好きな食べ物はハンバーグで、嫌いな食べ物はゴーヤチャンプルー。――所持している能力は、『自身が認識したリア充を爆発させる能力』」
機関の上層部から聞いた話をそのまま話している私を目の前にして、話の内容を理解した女子高生達に緊張が走る。無理もない。それほどまでに少年――唐草の能力はどうしようもないくらい無慈悲な能力で、まるで歯が立たない能力である。
「……で、私が具体的にしなきゃいけないことは何? 言っとくけど、私の能力じゃどうしようもないと思うわよ」唇をかみしめていた少女が質問する。
「何馬鹿言ってんだお前。ぶっ殺すしかねえだろこんなの。オレの能力なら楽勝だ」大声で下品に笑っていた少女が言う。
「馬鹿言っているのはあんたでしょー。そんな簡単なことで済むならこんな能力持ってる私が招集される訳ないしー」ガムのフーセンを作り出そうとしている少女が呆れた口調で諭す。
「……あ、あの、人間一人を殺害するのは、本当にリスキーなので、あの、それは多分、最後の手段なんじゃないでしょうか……あぁ、あの、その、変なこと言ってすいません……」おびている少女が泣きそうになりながらつぶやく。
「うん。彼女の言う通りだと思う。この男の子を殺害するのは最後の手段。その最後の手段の前に手を打てるのが、私達なんじゃないかな。ね、君子ちゃん」唖然とした表情から一変、しっかりしたまなざしを私に向けてくる少女。
「その通り。ありがとう、理解が早くて助かるよ」
私は。
目の前の五人のプロフェッショナル達に敬意を示しながら、ゆっくりと丁寧に説明しようと心がける。
「唐草史郎の能力は『自身が認識したリア充を爆発させる能力』だ。ここで重要なのがその条件。――自身が認識した――リア充を爆発させるということ。先ほど流れていた映像では右の掌をかざしていただろう。唐草は、その掌を中心にして、半径自在の円の空間を能力の領域としていることがここにはいない他の能力者によって判明した」
ここまでいったところで、五人の少女たちは成程といった表情を示した。本当に理解が早い。それでこそこのミッションに招集され、かつこのミッションを成功させることによって自身の株を上げようとする者達の反応だろう。私は予め考えていたこのミッションの成功確率を密かに頭の中で上げながら、ニヤリと口の端を歪ませて話を続ける。
「掌を中心にした領域しかつくりだせないということは、ほぼ全ての状況において、唐草史郎は自身も能力の対象下に置いてしまうことになる」
この事実を踏まえて。
私達六人に与えられたミッションはただ一つ。
「私たちの手で、唐草史郎をリア充にしろ」
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