第4話 恋するキモチ
なあ。
誰か、教えてくれ。
恋をするって、どういう、コトだ?
…………
とても穏やかなぬくもりの中で、目が覚めた。
朝早くは、少し治まっていた風と雪がまた強くなり。
あまり丈夫ではなさそうな小屋の外は、猛烈な吹雪の音がする……のに。
やけに窮屈な僕の周りだけ、信じられないほど暖かだった。
半分凍り付いていた僕の各器官の修復のために、思ったよりも長く、意識を閉じていたらしい。
そっと目を開け、辺りの状況を確認して、驚いた。
僕は、久谷の服も、検査着も、全部脱がされて狭いベッドに横になり、毛布と布団にくるまった挙げ句……
……裸の女性を抱きしめていた。
「……!」
その状況に驚いて、叫び出しかけた声を、僕は飲み込んだ。
僕の腕の中にすっぽりと収まって、寝息を立てている女性は。
さっき、僕をソリに乗せてここまで連れて来てくれたヒトだったんだ。
それに、何よりも。
奇妙に安心する、この腕の中の暖かさを、ずっと守っていたかった。
腕の中に眠る宝物を起こさないように、ざっと周囲を見渡すしてみる。
どうやら、この小屋は十畳ほどで薪ストーブの他は、家具がほとんど無く、僕たち以外には誰も居なかった。
僕が寝かされているのは、ソファーベットで、掛けられている上掛けや、毛布も若干カビ臭い。
それでも電灯と、電気コンセントが一つずつあることを確認して、安心してもう一度目をつむった。
電線が無くても自家発電機があリ、どこかで必要な電力が供給できるなら、機能停止に追い込まれなくて、済む。
そんな状況を一通り確認し、不必要なパワーの無駄遣いを避けるべく、もう一度、スリープモードに入ろうとした時だった。
腕の中で、女性がかすかに身じろぎをして、ささやいた。
「……良かった……生きてる……」
その、心からほっとした様な声に、僕は開きかけていた目をもう一度、つむった。
……のに。
今度は腕の中の女性が、がばっと跳ね起きた。
「生きてた!」
その。
まるで生きていたコトが奇跡……というよりも。
生きていたら何かマズイのか? と不安になるような物言いに、僕はびっくりして、目を見開いた。
「な……何?」
「別に裸になったのは、エッチがしたいから、じゃ無いからね!
放っといたら、低体温症で死んじゃうから、体温を分けてたのよ!」
戸惑う僕に後ろを向いて、彼女は側に置いてあった自分の服を、ぱぱぱっとかき集め、一瞬で着た。
そしてまだ、裸でベッドに寝転がっている僕に向かって、ぐい、と睨んだ。
「それで、あなた、誰よ!?
どうして、あんなところに寝ていたの!?
わたしが知る限り、この一週間ほど入山届けを出して、この山を登ろうとしたパーティは居ないのに!
ましてや、誰かが行方不明になっただの、遭難しただのって、聞いてないわ!」
彼女の言っているコトに、まぁ、そうだろうな、とは思ったけれども。
どう説明をすれば良く判らず、とりあえず頭を掻いた。
……本当のことを全部話して、良いんだっけ?
僕のまだ全部完全にはコピーされていないマニュアルの中では、敵対する勢力に捕まったときは沈黙を守れ、と書かれてたのだけれども……
僕を雪の中から助けてくれた辺り。
どうしても『敵』とは認識できず、本当のことを素直に、話すコトにした。
「僕の名前は、R-2-D-69。
有機物質を主な原材料として出来た、最新型の軍事用アンドロイドだ。
この山の上にある研究所から、恋敵を追って、外に出て……足を滑らせたあげく、川に落っこちて流されて来た」
「……は?」
……なんで、このヒトは。
僕の的確かつ、簡潔な説明に変な顔をしてるんだろう?
怪訝な……って言うよりは、何だか、笑いをこらえているようにも見える反応に、僕の方が、戸惑った。
「……だから……」
仕方がないので、もう一度、説明をしようとすれば、彼女はひらひらと僕に向かって手を振った。
「わたしは、真面目に聞いているのに!
それに、ウソをつくなら。それらしく、つこうね?」
「へ……?」
彼女の言葉に、僕は首を傾げた。
これ以上なく、真面目に、本当のことを言ったのに、どこらへんがウソ、なんだろう?
いま一つワケがわからない僕に、彼女は、やれやれ、と肩をすくめた。
「あなたが、アンドロイド? まさかねぇ。
わたしだって、最新鋭って言う、某自動車会社が開発してるロボットをテレビで見たけど、もっと小さい、二足歩行がやっとの玩具みたいだったわよ?
小説や、漫画じゃあるまいし。
そんな人間そっくりで、カラダもあったかいアンドロイドなんて、いるワケ無いじゃない」
「でも僕は、ここに居るし」
なんて。
一応言ってみた言葉は、あっさりスルーされてしまった。
彼女は可愛く肩をすくめると、話を続ける。
「この山の山頂付近には、一応、ヒトが出入りしている施設はあるけれど、国立の天文台よ?
凄い辺ぴな場所で、ヒトの行き来は、ヘリコプターじゃないと無理な所なのに。
アンドロイドを研究する施設なんて。
しかも、軍事用ですって?
国立、とか言ったって狭い天文台ひとつしか、建物ないし、すごい無理ありすぎ」
「だから、天文台は、出入り口用のダミーで。
実は、地下に、巨大な研究施設が……」
「研究所って特撮映画の秘密基地?
百歩譲って、本当のことを言ってるとしても、ねぇ。
そんな、スゴい、アンドロイドが、恋愛関係でゴタゴタした挙げ句、川に落ちた、なんて、間抜け過ぎ。
本当にそんなヤツがいたら、大笑いだわ」
……しくしく……それ、目の前に居るし。
笑いたけりゃ、笑え。
でも、僕だって、真剣に、真面目に動いた結果が、これなんだ!
彼女の言葉に、僕は何も言えずに、睨んでいると、細かい事はどうでも良くなったらしい。
ま、良いわ、と彼女は腰に手を当て、言った。
「で? わたしは、あなたを何て呼べば良いの?」
「Rー2……」
「そこから? 長すぎ、却下」
「じゃあ……シックス・ナイン」
「まだ長いわね」
そう言って彼女は、目を細めた。
「どうしても、そんなシリアル番号みたいな名前にこだわるなら『シン』って呼ぶから」
「シン……! なんで、また!」
僕の大嫌いな九谷のファーストネームの『真司』みたいで、すごくイヤだ。
何も、ここまで来て名前まで、コピーする義理はない。
別なのにしてくれ、と頼んだのに、彼女は笑った。
「『シックス・ナイン』の頭とお尻の文字を取って『シン』呼びやすくて良いじゃない」
「なんて勝手な!」
「別に、本名一つ、まともに教えてくれないんだから、呼び名なんて、どうでもいいでしよ。
それに、吹雪が止んで、ここを下山出来たら、どうせ二度と、会わないだろうし」
そりゃあ、な。
僕と彼女では、だいぶ住むところがかけ離れているんだ。
僕だって、もし研究所に戻ったら、このヒトと会うこともないと思うけれど。
やけにはっきりと断言した『もう、会わない』っていう彼女の言葉に、僕は首を傾けた。
「あんたこそ……名前はなんて言うんだ?
そして、どうして……一人でこんな山にいるんだよ?」
オリヱと九谷の話から察するに、クリスマスイヴから、その朝は大切な儀式か何かあるみたいだ。
女性がこんな深い山に埋もれているのは、とても変だった。
多分、怪訝そうになったはずの僕の表情に、彼女は、自嘲気味に、嗤った。
「わたしは、
レスキュー部隊、山岳警備部に所属の隊員よ」
「山岳警備部?」
そんなモノは、僕の辞書にはまだ、載っていない。
首を傾げて聞けば、桜は僕の鼻をツンツンとつついて言った。
「山で遭難しちゃったヒトを助けるのが、普段のお仕事。
あ・な・た・みたいな、ね?」
「じゃあ、僕の捜索願いが出て……それで、来てくれたのか?」
「まさか。最初に言ったでしょう?
ここ数日は、登山客なんて、いなかったし。
……天文台の職員が、川に転げて落ちた、なんて連絡もなかったわよ。
わたしは、休暇で来たのに、思い切りお仕事しちゃったわ!」
「そ、それは、どうも。
……じゃ、休みの日に来るくらいなんだから、ここがよっぽど好きなんだな」
つぶやいた僕に、桜は眉を寄せた。
「前はともかく、今は山なんて大嫌い。
ここで、仕事も辞めるつもりだったし。
だから、シンは、わたしが最後に面倒を見る要救護者なの」
そう言った顔が、なんだか寂しそうだった。
僕の胸がまた、どきん、と鳴る。
どうして、仕事を辞めてしまうのか。
好きだった山がキライになってしまったのか。
桜は聞かないで、とは言わなかったけれども、僕は何も聞けずに黙ってた。
重くなってしまった空気を吹き払うように、桜は笑う。
「この山でトラブルが起こると、ここに集まりやすいとはいえ。
お互い出会えて、ラッキーだったわね。
シンは命拾いしたし、わたしだって……」
桜は、僕を眺めて、小さくため息をついた。
雪やけして黒い桜の顔は、弱さって言うモノが感じられなかったけれども。
息を吐く様子が、あまりに儚げだ。
「桜……さん?」
心配になって声をかけた僕に、桜はクビを振った。
「なんでもないわ。大丈夫。
わたし。あなたを呼び捨てにしてるから、あなたもそう呼んで?
とにかく、吹雪が止まないことには、この山小屋から一歩も出られないから、そのつもりでいてね?
ま、明日には止んで、きっと下山出来るでしょ」
妖艶なオリヱとは、また違う、力強い桜の言葉に圧倒されて、僕はうん、とうなづくしかなくて。
そんな僕を見て、桜は、また笑った。
「さっきまで、低体温症寸前で参っていたから、元気なんてないと思うけど、シン。
良からぬコトをしたら、思い切り殴らせてもらうからね?」
わたし、実は合気道二段で……と。
手をにぎにぎしている桜に、僕はクビを引っこめた。
「……しません。僕には、好きなヒト、いるし」
そう。
オリヱは、もう僕が居なくなったことは、知ったろうか?
そして、探しているんだろうか。
僕は、そっと布団を被り、そのまま自分の膝を、抱いた。
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