第3話 壊れかけの人形
雪が降る。
雪が降る。
ひらひらと。
ふわふわと。
信じられないほど美しい光の粒が、舞い落ちる先は地面。
枯れた草と。
骨格だけになった見知らぬ木と。
そして、僕の冷え切ったカラダの上に……
案の定。
かなりしつこく追ってくる武蔵川、他、研究所のミナサマから逃れるべく頑張ったところまでは、よかった。
けれども、通常視覚はもとより、熱源探査も効かない。
夜の上に、吹雪で視界ゼロの原を必死に走っているうちに、足を滑らせた場所がマズかった。
かなり落差のある崖で、ずるっと行った、と思ったら、そのまま下まで滑り降り、ご丁寧にも、流れる川に落っこちた。
どぶんっ!
……と、冷たい水に浸かって、流されながら、そうか。
有機物でできた、僕みたいなアンドロイドって、水に浮くんだ、なんて。
くだらないコトを思いながら、川に流された。
それでも、なんとか。
川の岸辺にある氷の張ってる岩の上に這い上がると、仰向けになって、舞い落ちる雪を眺めてた。
愛しいオリヱを求めて熱かった僕のカラダは、急速に冷える。
身体中の水分という水分が、凍ってゆく感じに、さすがの僕も、これは、マズイかな、と思い始めていた。
このまま放っておいたら、全機能完全停止……つまり。
人間の言うところの……死、だ。
場所を探ろうにも、僕に搭載されたGPSでの情報は、周辺は、地図上では『山』だった。
道らしい道が無いコトを示すばかりで、役に立たない。
研究所の出がけに自分のデーターを消して来たことを考えると、あとの助けはたっひとつ。
僕が完全に機能停止した時に発信される最終信号以外に、何の期待もできなかった。
それでもまあ、夜が明けたとたん、更に美しくなった雪景色を茫然と見てた。
『死』の意味も、良く判らずに、せっかくココに居るのなら。
視覚機能が停止するまで、このキレイな風景をずっと見ていようと思った。
そんな僕が、仰向けに寝転がったまま、雪が僕に向かって降るのを見つめていた時だった。
降りしきる雪の中を、やけにしっかりとした足取りで来たヒトがいた。
背に、リュックサックを背負い。
足に、とげとげのついた靴を履いている所を見ると、本格的に登山をする人間のようだった。
そいつが、岩の上に寝転ぶ僕を見て、驚く声を出した。
「ちょっ……っ! なんで、ここにヒトが居るの……!?」
声を聞けば、女性のようだった、が。
「あなた、雪女……じゃないわよね?」
……おいおい。
女、と言われて、僕は平均的な男性が言うような言葉を、憮然と出した。
「……男だし」
「うぁ、しゃべった! 生きてる!
あなた! 大丈夫!?」
そういいながら、彼女は、半分凍った雪をかき分け、僕に近づいて来た。
その雪を踏みしめるざくざくという音や、彼女の登山用の装備がカチャカチャと鳴る音がやけに耳障りで、僕は顔をしかめた。
「大丈夫。ほっといてくれ」
そう。
夜が明けてしまえば、僕が逃げて来た意味もなく。
オリヱと手に手を取って出勤して来るはずの久谷に、莫迦にされるより、雪の中に、埋まってしまいたかったのに。
僕に、彼女は莫迦ねっ! と叫んだ。
そして、自分のリュックサックの中から、簡易ソリを引き出し組み立てると、動けないでいる僕を手際よく乗せて……唸った。
「あなた、山を莫迦にしてない?
なんて装備で、冬山に来てるのよ!?
真夏のハイキングだって、そんな格好でここを登ろうなんて考えるヒトは,居ないわよ!」
「そんなこと言ったって……」
……僕は,知らない。
黙った僕をどんな風に思ったのか。
彼女は、鼻を鳴らして言った。
「とにかく!
放ってったら死ぬから、移動するわよ?
ここら辺りは山頂付近での遭難や、
「……え? でも……」
「何か、文句ある? 言っておくけど、嫌でも連れて行くからね!?
この状況でヒトが生きてるなんて、珍しいんだから!」
彼女は言うことなんて、一つも聞かずに、僕のカラダを銀色の防寒シートでくるんだ。
ソリの先についているロープを斜めがけに、自分の身体に巻き付けると、危なげなく、引いてゆく。
たぶん相当、こんな状況……雪山と、救難者を運ぶ技術……に慣れているみたいだった。
ソリに乗せられ、見上げる格好で、良く見れば。
華奢で、小柄なはずの彼女の背が、とても大きく、逞しく見えた。
その、背中を見ているうちに、僕の胸のどこかが、どきん、と鳴った。
それは、まるで、本に書かれているような『恋』のカタチのように思えたけれども。
……多分、僕は、自分を守ってくれるヒトが欲しかったのかも知れない。
巣立ちには、早すぎる雛が、住処から転がり落ちるように。
一人で、雪に埋まっていたのが……本当は、寂しかったのかも知れなかった。
そうでなければ、この、切なく刻む胸の高鳴りの意味が、理解出来無かった。
ヒトに、限りなく似せているとはいえ、まさか。
生殖活動とは、遠いアンドロイドが、情報を得るためのプログラムとして、女性を抱きたい衝動に駆られるのではなく。
本当の恋に落ちるなんて、考えられなかった。
しかし、理論的には、そうであっても、とても不思議な気分を抱えたまま、僕は運ばれてゆき……
保温され、当面の危機を脱した僕は、自己メンテナンスのために、一旦意識を閉じることにした。
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