天文学者の谷

雨が朝から降り続いていた。

旅人が起きた時、まだ辺りは暗く、雨も降っていたから、少なくとも

それから数時間は降りっぱなしということになる。

旅人は辺りがまだ暗いのを見ると、また寝てしまった。


「…ぇ! ねぇってば!!」

ントルボの素っ頓狂な声で目を覚ました旅人はエルンストと言った。

ントルボとは、この世界に生息する不思議な一つ目の怪物で、走るのがすごく速いのだ。

旅人にはもってこいの移動手段であると旅人たちからみなされていて、ほとんどの国で

手頃な値段で売られている。

ちなみに、ントルボはこの一つ目の怪物の品種の名前であって、この個体の名前ではないのであしからず。

「どうしたの、ワビスケ。隕石でもおっこちたかい?」

エルンストが目をかきながらそう訊いた。

「違うよ。今日は天文台まで行くって約束だったじゃないか。

エル、昨日言ってたじゃん。今日は薄暗いうちから出発しないとって」

あ、とエルが思い出したかのように声を上げ、

「ほら、まーた忘れてる。またタバサのかみなりを食らうね」


この辺りは長い間の地形の変化のせいで切り立った崖と谷が多く、あまり天気が崩れないためなのか、

多くの天文学者と自称天文学者、アマチュア天文好きが思い思いに天文台やそれっぽい小屋を建てて住んでいる。

このため、月読の谷とかかっこつけて呼んだりするのだ、とワビスケはふんわりと記憶していた。

エルの方はもっと簡単に天文学者の谷と呼んでいたものの、ワビスケもエルも

ここが天文学者の谷という共通の認識を持っているようだった。

二人が目指す天文台は彼らの知り合いのタバサという女の子が一人で住んでいる。


「日が落ちる前にたどり着けるんじゃないかな」

ワビスケがそれとなくつぶやいた。

「岬のレストランでハムエッグ食べてからじゃダメ?」

エルがのんびりと返す。こういうのんびりとしたところが運び屋には向いてないなとワビスケは思った。

「あのね、エル。タバサの望遠鏡が壊れっちゃったのは知ってるよね?

直してる間、代わりのを大至急持ってくるってハナシだったろ?」

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