第3章 決闘

 黒龍世紀200年、クローセル王国とオーベル帝国の戦争が激化していく中、ある大きな出来事がこの戦争を混沌化させていった。それは、新たな邪神の登場である。ダークユニコーンとそれに騎乗する暗黒騎士デュラハンは、クローセル王国領域に突如出現し、王国内は混乱の渦に飲み込まれていった。


 そんな中、二人の騎士が邪神に立ち向かう。一人の名はレーヴァテイン、またもう一人の名をオブライエと言った。ダークユニコーンがもつ天をも貫く一角と、デュラハンが所持するどんなものも斬り裂く大剣を前に、悪戦苦闘する二人の騎士だったが、勇敢に戦い、最後は撃退するのだった。その戦いに敬意を示すとともに、レーヴァテインはダークユニコーンの角を、オブライエはデュラハンの大剣を所持することになり、この力を得た二人の騎士は、今日に至るまで三大聖英騎士として君臨している。


 ハルク=オブライエは、まさにデュラハンを撃退した英雄、オブライエを祖先にもつ。魔法の扱いにも長けているが、代々受け継がれてきた大剣を使って誰よりも先陣を切って戦う。それがオブライエ家の騎士としての戦い方であった。


 まだ18歳にしてその戦闘力を認められ、大規模魔獣討伐隊にも参加し、クローセル王国へ多大なる貢献をしてきた。三大聖英騎士の一人である父ブラスト=オブライエはハルクが10歳になる年に命を落とし、現在は三大聖英騎士の1座が空席状態となっているが、ハルクが中央院を卒業したのちに、正式父の後を継ぐことが決められている。


 「つまり、セレちゃんが敵う相手じゃないんだよねえ」


 演習棟301戦闘実践室。無骨なコンクリート壁に囲まれた中に、ハルクとセレスの姿があった。向かい合う二人の間に立つのは審判役のルークだった。


 廊下の窓から二人を観戦しているのはエノレアだ。これからどんな戦いになるのか多少は興味を持っているのだろうか。エノレアは少しウキウキしているように見える。


 「こんなの、ただのサンドバックでしょ」


 エノレアの隣の窓から二人を観戦しているのはアリーシャだ。その様子はどこか落ち着かない。


 「なあにー?セレちゃんのこと心配なのー?アリちゃーん?」


 「うっさい!その呼び方やめろ!」


 アリーシャは顔を真っ赤にしてエノレアに口を閉じるよう命じた。エノレアは含み笑いを浮かべて横目でアリーシャを眺めていた。二人の他にも、何人かの外野がセレスとハルクの決闘を見物に来ていた。そのほとんどがセレスがぼろ負けするのを見物に来ている者たちだ。


 「じゃあ、時間になったし、これから模擬戦闘を始めるよ」


 ルークが開始の合図を二人に送る。ハルクは表情を一つも変えずにただ真っ直ぐにセレスを見つめる。セレスはそんなハルクの視線に目もくれず、さっきから背中が痒いだの、ふくらはぎがつりそうなどと騒いでいる。


 ルークは一度咳払いをした後、訓練のルール説明を始めた。


 「使用可能な外部装備は今二人が手に持っている木刀だけね。勝敗はどちらかが相手の身柄を拘束するまで続ける。ルールは以上だよ」


 それだけ言うとルークは二人から距離を取り、お互いの準備を確認した。


 「ふあ〜あ。ねみ〜、いつでもいいぜー」


 セレスはもうすぐ戦闘が始まるというのに全く緊張感が感じられなかった。その様子に無表情を貫いてきたハルクの表情も若干強張っていった。


 ハルクは目でルークに準備完了を伝えた。ルークはそれを確認すると小さくうなずき、正面に向き直った。


 「はじめ!」


 ルークが始まりの合図を宣言し、決闘は開始された。外野で観戦するアリーシャの手の内は汗で湿っていた。


 「ハルク=オブライエ。我が騎士道に従い、己の正しさを証明する!」


 ハルクは木刀をセレスへ向けて構えた。セレスはその様子を他人事のようにボーと見つめている。


 「そうか」


 セレスはつまらなそうに呟くと、木刀を上にあげた。セレスが何かアクションを起こす。ハルクは前方の敵の様子をじっと観察する。


 エノレアはセレスからアクションを起こしたことが意外だったようで、クッキーをもぐもぐする口を一瞬止めた。


 セレスはそのまま腕を伸ばし、これ以上腕が伸びないところまで上げると、木刀を握る手を緩め、手をパーの状態にした。


 「は?」


 アリーシャが拍子抜けした声を出した。


木刀がコンクリートの地面にコロコロと転がっていく。時が静止したかのようにルークも、ハルクも、アリーシャもエノレアも固まった。


 「参りました。降参です」


 セレスはさらっと自分の負けをハルクに認め、自分には戦闘をする意思がないことを示した。


 「ほんと、何考えてるのあいつ」


 アリーシャは信じられないといった様子でセレスを見ている。エノレアも食べかけのクッキーを床にこぼしてしまったことにも気づいていなかった。


 「お前は、どこまで人をコケに・・・」


 ハルクは敵の思わぬ行動に木刀をきつく握る手を一瞬緩めた。


 その瞬間、セレスの緩んだ表情が一瞬で別人のように変化した。


 「なっ---」


 ハルクの頭の中は完全にパニック状態になっていたに違いない。セレスが一瞬で目の前に現れたと思ったら、視界はぐるんと回転して一瞬天井を捉えた後、背中に硬い衝撃を食らった。後頭部を打ち、頭がクラクラしている。何が起きたのか全く理解できていなかった。


 一瞬の出来事に、エノレアとアリーシャの思考は全く追いついていなかった。ただ目の前で起きている光景では、ハルクは地面に倒れていた。


 いつの間にかハルクは握っていた木刀から手を離していて、セレスはそれを拾ってハルクの首元へ向けた。


 「勝者、セレス=フーコー」


 ルーク一瞬沈黙を置いた後、あくまで中立の立場を守るように、無機質に淡々と勝者の宣告を言い渡した。


 試合終了が決まると、セレスはつまらなそうに木刀を地面に捨て、戦闘実践室から立ち去ろうとした。


 「待て!」


 ハルクが体を起こし、セレスを追いかけた。


 「お前には、騎士としての誇りはないのか! お前はそこまで卑劣な戦いをしてまで勝って満足か!」


 ハルクは悔しさに満ち溢れた表情をセレスにぶつけた。セレスは冷たい視線をハルクに返した。


 「その騎士道とやらで、人の命が救えるのか?」


 「なんだと?」


 セレスは自分の人差し指をハルクの胸に突き立てた。そして説明するのが億劫だと言わんばかりの表情で重い口を開いた。


 「ルーク教官は最初に言っただろう。まず第一に木刀は使用可能と言っただけで、木刀以外の攻撃はダメだとは言っていない。よって体術を使ってもよし。次に、勝敗は相手の身柄を拘束するまで続けると。つまり、俺が参りましたと口にしただけでお前は俺の身柄を拘束していない。だから俺は負けていない」


 セレスは自分の説明をした後、ルークを見つめた。ルークはセレスの言うことは間違っていないという意思を乗せてじっと目を閉じて話を聞いていた。ハルクはそんなルークを見てまるで自分だけが裏切られたかのような気持ちになってしまい、惨めでならなかった。


 「こんな戦い方、俺は認めない!」


 「お前が認めようが、認めまいが結構。事実は一つだけ。これが実践なら、お前は死んでる。それ以上でもそれ以下でもない」


 セレスは冷酷にハルクに告げた。今までの腑抜けた表情がまるで嘘のようだった。一切の隙も見せない頑なな表情をハルクにじっとぶつける。その圧力にハルクは後ずさってしまった。セレスは追撃するように歩み寄って行く。


「騎士道だかなんだか知らないが、口で言うより随分簡単に木刀から手を離したじゃないか。剣はなんちゃらと言っていた割には。」


 セレスはハルクの痛い点を的確に突いていった。ハルクはすでにセレスに何も言い返すこともできない。今までの堂々として凛々しい姿のハルクはどこにもいない。そんなハルクに最後のトドメを刺す一言をセレスは放ったのだ。


「軽いな、お前の騎士道とやらは」


 ハルクの中の何かが壊れた瞬間だった。今まで父のような騎士になろうとどんな努力もしてきた。その生きてきた己をすべて否定された。


 セレスは窓話で呆然と立ち尽くしているアリーシャやエノレアを始めとする外野にも聞こえるように、両手を大きく広げて、自分の考えを聞けと言わんばかりに大声をあげた。


「何のための演習だ? 演芸会で貴族のお偉い様に己をアピールするためか? 何のための演習だ? 人を殺し、殺されぬようにするためではないのか? より効率的に、合理的に、誇りもプライドもいらない。限られた条件下の中で最大限の成果を発揮する。それがセレス=フーコー。君たちの小隊長だ」



 セレスは戦闘実践室から姿を消した。誰も彼の後を追うものはいない。セレスの背中はとても大きく見えた。

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