第2章 最悪の小隊
ラフティ草原東エリア。ここはクローセス王国近郊に位置する、低級魔獣の発生地だ。4月に成ると野草が芽を出し、それを食べに魔獣が山から降りてくる。
今日は2回目の総合集団実践演習だ。課題はラフティボアの駆除。なるべく多く駆除することにより、小隊の評価が決められる。
「前方のターゲットは俺が引き受ける」
ハルクは右手に魔力を込めると、彼の周りから青白い光が発生し、地面から巨大な大剣が姿を現した。190センチ近いハルクの身長を越すほどの長さで、ハルクの胴体並みに幅がある。巨大な包丁に似ている。
ハルクの前方から猛烈な勢いで向かってくる1匹の魔獣。体長は2Mほど。頭に人間の心臓を突き刺すには十分すぎる鋭い角を生やしている。
ハルクは一歩もその場を動こうとしない。大剣をどっしり構え、正面からラフティボアの突進を受け止めるつもりだった。
「こい」
ラフティボアはハルクへ真正面から突撃していった。時速100キロ、体重は500キロを超えるラフティボアの力を真正面から受ければ一級の騎士といえどもひとたまりもない。
しかし、予想とは裏腹に、ラフティボアは跳ね返された。壁にぶつかったかのように、豪快にラフティボアは飛ばされた。
ラフティボアの角をハルクは大剣で切り裂いた。ラフティボアはもう動かなくなってしまった。
「黒き心臓、我が灼熱に燃ゆる魂に答えたまえ」
アリーシャは杖を構え、魔法を詠唱する。彼女の前方100メートルほどまえにはラフティボアが3体いる。
「流星火弾(メテオショット)!」
上空より炎に包まれた小型の隕石がラフティボアめがけて落ちた。ラフティボアは悲鳴をあげながら炎に包まれ、全身を焼かれて倒れた。
アリーシャとハルクは順調にラフティボアの角を回収していった。5本の角が回収できれば評価としては十分なものとなるが、すでに2人だけで合わせて6本は回収している。
戦闘に精を出すアリーシャとハルクを遠くの方で眺めているのはエノレアだ。
「あんなに狩っちゃったら、私の戦う出番ないじゃーん」
エノレアはブーっとほっぺたを膨らませたまま草原でのんびりと日向ぼっこをしていた。
「グ、ンガ! ンガ!」
ラフティボアが1体、エノレアに気づいて突進していく。エノレアは襲ってくるラフティボアに気づき、やれやれといった様子でだるそうに立ち上がった。
「キリマルちゃん、お願いねー」
エノレアが古びた古書を取り出し、あるページを即座に開くと、そこに自分の手を当てて魔力を古書に送る。古書はエノレアの魔力に応えるように青白く光り、エノレアの前方に何者かが召喚された。
それは、二本の足で立ち、刀を背中に背負っていた。顔は目がギラリと光り、歯はギザギザに尖っている。全身が青い体毛に覆われたその姿は狼だった。
「斬る」
キリマルは抜刀し、ラフティボアに突進を華麗にかわすと同時に、ラフティボアの足の腱を四本断ち切った。ラフティボアは悲鳴をあげながら転げおち、エノレアの前で勢いは止まった。最後にキリマルが刀で角を切り取ると、ラフティボアは力尽きた。
「ありがとうキリマルちゃん」
エノレアがお礼を言うと、キリマルは光りの粒となって古書に吸い込まれていった。
三本の角回収で課題はクリア。五本で最高評価という条件の中、演習開始から1時間で八本の角を回収した。フィールドのほとんどのラフティボアを狩りつくしてしまったため、魔獣はもういない。
「こんなものか」
ハルクが戦闘終了を告げるように、大剣を地面に突き刺す。大剣は一瞬光りを放った後に消えてしまった。
アリーシャは物足りないようで肩をぐるぐる回している。エノレアも二人に合流し、カバンからクッキーを取り出してポリポリ食べ始めた。
「それで」
アリーシャは周りを見渡し、小隊に欠けている一人がいったいどこをほっつき歩いているのかを探そうとした。
「小隊長殿は有能である分、俺たちとは行動を共に取らないらしい」
ハルクは皮肉たっぷりにセレスのことを小隊長と呼んでいる。3人がわずかばかりの休憩を挟んでいた時だった。
「たああああああすけええええでえええええ!!!」
悲鳴が草原に全体に響き渡ると、猛スピードでハルク達の方向へ向かってくる人影が見える。3人とも、それが誰なのかはすぐさま想像できた。
「小隊長様のお帰りだよー」
エノレアが無様な逃げてくるセレスを笑いながら、古書を取り出した。
「フーフーちゃんお願いねー」
エノレアが呼ぶと、小さな台風が姿を現した。
「吹き飛ばしちゃっていいの?」
フーフーはエノレアに質問すると、エノレアは無言でにっこり笑って頷いた。
「わざわざ敵を連れてきてくれるなんてねえ」
アリーシャは杖を取り出し、魔法を詠唱した。
「世話の焼ける小隊長殿だ」
ハルクは大剣を再び呼び出し、セレスの後方を走るラフティボアめがけて走り出した。
「ちょっと!君たち一斉に攻撃したら俺まで巻き込まれ---」
セレスが3人の攻撃の中止を求めるも、誰も言うことを聞こうとはしない。
ハルクは正面からラフティボアを受け止めようとする。フーフーは大きく息を吸い込み、勢い良く吐くと、巨大な竜巻が出来上がり、ラフティボアめがけて竜巻は襲いかかった。アリーシャは魔法を発動し、空から先ほどと同じ、炎に包まれた流星がラフティボアめがけて落ちていく。
「しぬってえええええええええ」
セレスの悲鳴を最後に、竜巻と流星がラフティボアに直撃し、大爆発を起こした。いち早く危険を察知したハルクはラフティボアを正面から受け止めるのをやめ、避難した。
大地にはぽっかりと穴が開き、チリチリに焦げたラフティボアとセレスの姿があった。
「ちょっと、何邪魔すんのよ」
「はあ?こっちのセリフなんですけど」
アリーシャがエノレアをキッと睨み、エノレアも睨み返した。フーフーは二人の喧嘩に怯えたようで、そそくさと姿を消してしまった。
「召喚術だかなんだか知らないけど、所詮一人じゃなにもできないお子ちゃまは自慢の召喚術で自分の身だけ守ってればいいじゃないのよ」
「あんたこそ空からバカみたいにあんな隕石落としてなに考えてるわけ?脳みそも胸もないようねえ?」
二人の沸点が最高点まで到達しかけた。お互い戦闘態勢に入り、一触即発の状況が続く。
「そこまでにしておけ。貴様ら、味方である俺を無視して攻撃するとは何事だ? 一度我が大剣を味わってもらったほうが多少は身の程をわきまえるか?」
ハルクが二人の仲裁に入るが、本人も己の沸点がかなり上昇しているようだ。ハルクの威圧に気圧されたアリーシャとエノレアはこれ以上事を荒げるのをやめ、お互いフンとそっぽを向いて喧嘩は終着した。
「あの、俺の心配はなし?」
「自業自得だ」
「あんたなんか見えなかったわ」
「助ける価値なし」
黒焦げになったセレスが3人の元へよろよろと近づいていくが、その哀れな姿にハルク、アリーシャ、エノレアは後ずさった。
「とりあえず、これで課題クリアだ」
ハルクが話題を逸らすように回収したラフティボアの角を取り出した。セレスはそれを渡されると、その重みに感動し、目を輝かせた。
「すごい!なんて素晴らしい!やっぱり俺の小隊は最強だった!」
「あんたなんもしてないでしょ!」
アリーシャがセレスに突っ込むものの、セレスはもう話を聞いていない。袋から取り出し、角の本数を数えた。
「1、2、3、・・・さっきのも入れると合計で九本か。したらハルク、君に五本渡すから、これを中央院の課題報告所に渡しといてちょうだい」
「なんだと?」
課題完了報告は小隊長の役目であった。それをハルクにパシリを使わせて、しかも角は五本だけしか渡さない。ハルクだけでなく、アリーシャ、エノレアもこれには不信感をセレスに向けた。
「五本渡せば最高評価をもらえるんだ。わざわざ9本渡す必要はない。余分な角は俺が使わせてもらうねー」
「ちょっと待ちなさいよ! あんた何にもしてないくせに! 角を回収したのはあたしたちなのよ!」
アリーシャが怒りに震えた拳をぎゅっと握りしめ、セレスに食ってかかった。セレスは怯えることなく、堂々としている。
「ハルク、君は言ったはずだ。小隊の中では私情は挟まないと。これは小隊長としての命令だ。命令を破り、小隊の秩序を乱すのが、君の言う騎士道なのかい?」
ハルクは初めて顔合わせした時の、自分の言葉を思い出した。自分の言ったことは絶対に貫き通さなければならない。それも彼の騎士道であり、屈辱ではあるが、セレスが言っていることは的を得ていた。セレスが小隊長である以上、それに従わなければならない。それが不服であれば、もっとあの時、ルークがいた時に断固として断るべきだったのだ。
五本だけの角が入った袋をハルクは持ち上げた。先ほどよりも軽くなっている袋に屈辱を覚えながらも、ハルクはラフティ草原から中央院へ歩いて行った。
「俺は、お前を認めない」
ハルクはセレスにはっきりと拒絶を申し込み、セレスはそれにニヤリと笑って応えた。
「俺はまだやることがあるから、アリーシャもエノレアも帰りなよ」
セレスはそれだけ言い残すと、そそくさとハルクとは反対方向に走って行った。
「あーあ、最悪の小隊だよ」
エノレアはつまらなそうに吐き捨てると、ハルクとは別ルートで中央院へ向かって帰って行った。
アリーシャはただ一人ラフティ草原に残されていた。緑の匂いを乗せた風が、アリーシャの髪を優しく撫でる。緋色に染まった髪は、夕日を浴びるとさらに神秘的に輝く。
セレス=フーコー。彼は何を考えているのだろうか。アリーシャには彼を読むことができなかった。アリーシャの足元に咲く赤い花を、彼女は指で優しく撫でた。そして彼女も中央院へ戻っていった。指先に香る花の香りをアリーシャ何度も確かめた。
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翌日、セレスは個人演習情報掲示板に貼り出されている張り紙をじっと見ていた。
人だからがたくさんできていて、セレスは徐々に隙間を縫って前へ前へと進んでいき、なんとかその張り紙を確認することができた。そこにはこう書かれていた。
総合対人近接演習における組手振り分け決定のお知らせ
前期総合対人近接演習を受講したものは、下記の日程に従い、指定された者と演習を行う者とする。
第1回
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演習棟301実践戦闘室 ハルク=オブライエ セレス=フーコー
・・・・・・・
セレスは3度、いや5度は見直した。だがハルクの名前の隣には確かに自分の名前がある。
「災難だったな、ド田舎フーコー」
「今回だけは本当に同情するぜ、落ちこぼれフーコー」
周りの学生が哀れんだ目をセレスに投げかけている。誰の声も、セレスには届いていなかった。セレスはただの生きる屍のように灰色になっていた。
「御教授願おう、小隊長殿」
聞き覚えのある声にセレスはヒッと悲鳴をあげて、右を恐る恐る見た。まるで熊のような巨漢がウサギを食うかのような目でセレスを睨みつけている。
「や、やあハルク」
セレスは全身をブルブル震わせながらハルクに挨拶した。周りの学生はヤバイ雰囲気を感知したのか、一斉に散開していった。
ハルクは外野がいなくなったのが都合良かったのかフッと不敵な笑みを浮かべた後、縮こまっているセレスを見下し、ゆっくりと口を開いた。
「この演習で俺がお前に勝ったら、小隊長から降りてもらう」
ハルクはセレスに決闘を申し立てた。セレスは何がどうなっているのか全くわかっていないようで口をパクパクとさせている。
「いいねえ、僕が立会人となろう」
金色の髪をなびかせ登場したのは、ルークだった。ルークは嬉しそうに二人を見た後、二人の肩をポンポン叩いた。
ハルクは無言でその場を立ち去っていった。しかしその背中は覇気に満ち溢れている。決して容赦はしないと、その背中はセレスに申している。
「ルーク先生」
セレスは半べそをかきながらルークにすり寄った。
「小隊長、辞退ぢまずうう」
セレスは鼻水をルークの白シャツにびっしりとこびりつけ、辞退を申し入れた。プライドを捨て、醜態をルークに見せたセレスであるが、ルークは表情一つ変えず、ただ一言。
「ダーメ」
そう言ってセレスを引き離し、消えていった。
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