どうしようもないカメレオン
@tanuki_no_muzina
第1話 どうしようもない日常の崩壊
僕は、どうしようもないカメレオンだ。
ニンゲンに与えられたコオロギを日々食べ続け、期待を込めた観衆の目も無視している。野生なんて知らないし、知る由も無い。
ニンゲンに侮蔑の目を向けられながら、どこかへ行かれてもなんとも思わない。少なくともここのところ一ヶ月は、自分の体の色すら変えていない気もする。
そんな僕でも時々、外に出てみたいな、と考える事がある。
なにせここは退屈だし。
僕は今まで一回も外に出た事が無いので、いくら昔の記憶を漁っても向かいの部屋にいるゾウガメくんとにらめっこをしていた記憶しかない。
しかも、ゾウガメくんは仲間が同じ部屋に居るけど、僕は一人だ。ずーっと、ずーーっと一人。
ゾウガメくんが仲間と話しているのを、僕は眺める事しかできないのだ。
羨ましくも思うけど、僕は平気だ。僕には、僕には…何も無いけど。
そんな事を考えながら、今日も今日とて、コオロギを食べていた時だった。
頭の先から足の端っこまで真っ黒な模様をしたニンゲンが、なにやら箱のような物を持って走ってきたのである。箱の上っ側は、規則的に赤く点滅している。
僕は不思議に思った。
ただでさえ滅多にニンゲンの来ない僕らの部屋に、珍しい模様をしたニンゲンが、走ってやってきた。しかも、これまた珍しい箱を抱えて。
この珍妙な事態が四つ重なった事態を目の当たりにして、僕の小さな脳みそはすでにパンクしそうだったが、さらに重なって奇怪な事が起こった。
(──あのアオさんが、顔を歪ませる程驚きながら走っている、だと?)
アオさんとは、いつも僕にコオロギをくれるやさしいニンゲンだ。青い模様をしているからアオさん。
僕が初めてここに閉じ込められた時、僕は混乱してその場に居たアオさんの指にぱくりと噛み付いてしまった。
アオさんの指からはダラダラと血が流れていたが、アオさんは僕を叱る事も無く、ただ優しく見つめていた。
その出来事があってから僕はアオさんの冷静さと優しさ相まった生活が大好きになって、アオさんの事は信頼しきっていた。
そんな冷静沈着なアオさんが、口を開けながら走っている。これは緊急事態だ、と思っていると…。
突然だった。
黒い模様をしたニンゲンが置いていった箱が、聞いた事もない音と見た事も無い色と共にはじけた。
それしか表現の仕様が無い程、その通りの出来事が、起こった。
僕は吹き飛んだ。べっ、と、自分が壁に打ち付けられる音を聞いた。それ以来、音は聞こえなかった。目を開けるのも、なんだか疲れてしまった。
すこし、痛い。大分かもしれない。痛みすら、分からなくなってきた…。
(ゾウガメさんは。アオさんは、どうなったの?僕は、どうなっているの?)
今の状況が分からないのに、次々と疑問だけが浮かんでくる。
自答する余裕も無く、意識が遠のいていく。
まだ駄目だ、まだなにも分かっていない。ああ、でも、なんだか面倒くさいな。
(本当、僕は、どうしようもないカメレオンだ…)
ぷつっ、と、そこで僕の意識は途絶えた。
✴︎
『現在…ザザッ、物園にて…爆弾テロが…生。ザザザッ、犯人は未だ…──』
どうしようもないカメレオン @tanuki_no_muzina
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