NO REFUGE
2014/9/28 Sun. - 2
そこは、光り輝く空間だった。
地面がどちらかも解らない。
グルグルと3Dテクスチャの雲のような地面のような背景が周囲を流れていく。
と、目の前に、何かが現れた。
小さな、粗いポリゴンで構成されたカクカクした影。
背筋を伸ばし、気をつけの姿勢で、三百六十度グルグルと目の前で回る。
段々と輪郭がはっきりし、それが、少女の姿だと解った。
次第に、少女の映像はクリアになりリアルな和装の少女の姿となる。
銀路と乃々と藍華は、宙に浮いたまま電子遊戯の神と対峙する。
「さて、まさかの四度目じゃの」
遊ちゃんの言葉が、染みる。
記憶を失っていた藍華と乃々に、銀路は手早く事情を説明する。ギャルゲー的な道中と、ラスボスである『
但し、今回はこれまでと異なる戦略を取ることになる。
「俺が時間内に『
見て覚える。
乃々のプレイを見てラスボスまでのパターンを覚え、藍華のプレイを見てラスボスの弾幕への心理的耐性をつける。
攻略動画に等しい乃々のプレイを見ることを選択し己のポリシーを曲げたことで、この戦略は産まれた。
それを実践するための戦術も二人に師事して磨いてきた。
手応えはある。
銀路は『
前回は己のこだわりで伏せることを選んだが、今回はもうそんなものはない。
少しでも早く二人に攻略してもらうために『レイディアントシルバーガン』と『火蜂』を合わせたようなゲームであることをレクチャーする。
「なるほど……じゃぁ、最初はわたしのターンね」
乃々が筐体へ向かい。
「あたしは……お、遊ちゃん気が効くじゃないか! こっちで『怒首領蜂』シリーズで体を温めておくよ」
藍華は前回同様に遊ちゃんが準備した『怒首領蜂』シリーズへと向かう。
最初は、乃々のプレイ。
『
記憶を失っていても魂が覚えているのだろうか?
乃々は十二時間程度でラスボス到達までの攻略パターンを構築してしまった。
前回よりも早い。
続いてバトンタッチした藍華も、まさかのラスボス一発KO。
結果的に、制限時間半分の時間で二人はクリアしたことになる。
そこから、更によく覚えるために、二回クリアしてもらうのを見る。
これで十四時間。
残り十時間となったところで、
「よし、ここからは俺にやらせて欲しい」
「解ったわ。頑張って」
乃々のクールな応援に応えながら、銀路は筐体に座る。
「大事なのは、気合いだよ?」
「気合いはともかく、鬼畜弾幕への恐怖は取り除けたよ」
藍華にも送り出され、銀路はゲームを開始した。
二人に見守られながら、攻略を進めていく。
銀路がここへ来るのは四回目だ。
銀路には、ここでの記憶が残っている。
ほとんどが見ていただけにしても、これまでに二十四時間×三。更に、ここまでの十五時間。八十七時間程度、このゲームに触れてきた。
その効果だろうか。
「おお、よし! これなら、行ける……」
何度もゲームオーバーになりながら、泥臭く繰り返して十八時間がすぎた頃。銀路は遂にラスボスに到達していた。
「うわ!」
だが、開幕と同時の弾幕を受けてゲームオーバー。
ラスボスに到達した時点で残機ゼロだったので、こうなるのも仕方ない。
次も同じようなものだった。
その次も。
「……」
銀路は自信を失い始めていた。
既に二十一時間が経過。
エンディングまで一時間だから、実質あと三プレイしかチャンスがない。
俺に倒せるのか? 練習が足りてないんじゃないか?
銀路の中に己への不信が芽生える。
今回のこの場所へ至るまでの日常の中、藍華が火蜂の弾幕と戯れるのを百回以上は見た。
更に、ここでも本番を三回見ている。
弾幕は友達、怖くない。
ふざけた言い回しだが、いつしかそれを実感する程度には慣れていたつもりだ。
でも、火蜂とは、元々選ばれた者、超上級者向けの隠された真ボスなのだ。
銀路は自分を超上級者だなどとは思えない。
努力と根性で試行錯誤して泥臭くクリアする凡人だと思っている。
藍華のような天才にはなれないのだ。
それに、ラスボスまでのプレイも安定しない。
覚えたつもりのパターンも、とっさに出てこなくてミスをする。
稼ぎが足りずにボスにも苦戦を強いられる。
どうにかここまで到達しても、その時点の残機がゼロでは、後が知れている。
藍華にも乃々にもまったく及ばない、不甲斐ない己に腹が立つ。
「くそっ!」
思わず悪態を吐いて筐体を叩いてしまった。
何度も繰り返して、乃々という理解者と親しくなれた。
藍華とはより深くゲームを通して繋がることができた。
それなのに、クリアに至れない。
己を信じられない。
あんな未来は嫌なのに、このボスを自分が倒せるとは思えない。
二人の少女の前だというのも構わず、悔し涙が滲む。
「はぁ……呆れたわ。何を悔しがっているの? そんな手抜きのプレイでラスボスまで行っておきながら」
乃々が溜息混じりに言う。
「そうだな。あたしも、乃々ちゃんに全力で同意するよ。だって、銀くん、いつまで経っても本気を出さないから」
藍華も、そんなことを言う。
「何を、言ってるんだ? 俺は、ずっと本気で……」
「違うね。銀くん、自分で気づいて欲しかったんだけど、銀くんは十分以上に上級者なんだ」
突然の言葉に銀路は面喰らう。
「いやいや、昔から俺のプレイを見てれば解るだろう? 俺は、努力と根性で試行錯誤してどうにかゲームがクリアできる程度の能力しか持たない凡人だよ」
「ああ、確かに銀くんは努力と根性で試行錯誤して、どうにかクリアする。でもね、銀くんは大きな勘違いをしてる。それが、自分で気づいて欲しかったこと」
「そうね。あたしも短い間だけど、銀路君を見ていて思ったわ。なんで、この人はできるのにやらないんだろう? って」
「それは買い被りだ。俺は、できることしかできない。別に出し惜しみしてるわけじゃ……」
銀路は、咄嗟に反論しようとするが最後まで言わせて貰えない。
「してるわ。だって、そうでしょう? 銀路君がもしも、言ってるような凡人だったとして、この短時間でラスボスまで来れるっておかしいのよ。わたしがパターンを構築して見せたとはいえ、それまでにわたしは十二時間かかったのよ? それを貴方は見ていただけ。見て、覚えただけ。練習なんてほとんどしていない。なのに、数回慣らしただけで、ミスはあってもラスボスまで到達してしまったのよ」
「そうだぞ、銀くん。いくら見たからって、普通はできないんだよ。ある程度以上の素質がなければね。銀くんはこれまで様々なゲームを『努力と根性で試行錯誤』と称して、自力クリアにこだわってしなくていい苦労まで背負い込んでクリアしてきたんだ。そんな人間に、地力がついてないわけがないだろう?」
「だからこそ、わたしも、藍華さんも、基本は見ていろ、って言ったの。貴方なら、それで十分だと、そう思ったから」
「銀くんは、どこかで『試行錯誤しないといけない』って思ってるんだ。だから、何も考えなければ倒せたり、簡単に切り抜けられる場面で、余計な状況まで無意識にシミュレートして、自分に枷をつけちゃってる。逆に、自分が『十分に試行錯誤した』と信じられたら、あっさりクリアして見せる。『デススマイルズ メガブラックレーベル』の全ステージをレベル3でクリアして到達するデスモードだって、廃人向けのレベル999には及ばないにしても、十分上級者向けだろう?」
そう、銀路が安定してクリアしていたのは、通常モードではない。
デスモードと呼ばれる上級者向けモードだったのだ。
更に、任意選択のエクストラステージを経由すると、最終面はEXデスモードとなり更に難易度が上がるが、それでもクリアして見せていた。
銀路はこのゲームを相当にやりこんでいたから、自信があった。
『怒首領蜂』などに比べれば難易度が低いという安心感もあった。
だから、安定してクリアできた。
否。
安定してクリアできると、信じることができた。
そういうことなのだ。
「銀路君。貴方はわたしのプレイを見て基本操作を体で覚える反復練習をしただけで、一ステージ最終ボスが限度だった『レイディアントシルバーガン』を数日でラスボスに到達するまで上達した」
「見ていただけで、火蜂の弾幕も半分ぐらいはガチで避けられるようになってた」
「だから、ね、銀路君。難しいこと考えないで、もっと力を抜いて……わたしが言うのもなんだけれど、たまには筐体に笑顔を向けて、プレイしてみて」
「銀くんのプレイはいつも顰めっ面だからな。考えすぎてるのが顔に出てるよ」
そこまで畳みかけられて、銀路は自分のゲームへの向き合い方を改めて考えた。
銀路は、ゲームとは己との戦いだと思っている。
攻略サイトなど見ずに、マニュアルなどの公式に準備された情報以外は遮断し、黙々と努力と根性で繰り返しプレイして、思いつく様々な手段を試行錯誤する。
何度も何度も検証して、安定してクリアできるパターンを構築する。
だから銀路は常に自らの打った手について無意識に検証している。
それでよかったのか?
もっといい手があったのではないか?
いつだって、戦略と戦術に意識が向いていた。
それが、銀路にとっての『普通のプレイ』だった。
努力と根性で試行錯誤することが目的となり、とにかく立ち向かうのがゲームだと信じて。
銀路は、それが面白いと思っていた。
だけど、考えてみれば。
ゲームをクリアした達成感と喜びで笑うけれど。
それが、藍華が執着する切っかけになるぐらいいい笑顔だったらしいけれど。
幸せそうな笑顔だと言っていたけれど。
翻って、ゲームをしているときの銀路は笑っていなかったということなのだ。
乃々とは逆に、筐体の前でだけは笑えないのが銀路だったのだ。
そう、乃々のプレイが銀路の気を惹いた最大の理由。
それは、銀路自身が筐体に向かうと笑顔になれなかったからに他ならない。
では、そこに気づいたところでどうすべきか?
理屈ではなく感覚的に動こうと意識すればいいのか?
いや、既にそれは乃々に指摘されてやっている。
だからここまでは上達できたのだ。
だったら、ここから先は何を意識すればいいんだ?
どんな戦略を立ててゲームという戦場に立てばいいんだ?
銀路が思考の淵へと嵌まり始めたところで、
「また考え込んでる。それがダメなのよ」
「まったく、銀くんは不器用だねぇ……頭を空っぽにしなって」
乃々と藍華が救いの手を差し伸べてくれる。
「いや、頭を空っぽにしたら攻略の手順が解らなくなって……」
「ああ、もう、本気で鈍い人ね、銀路君は」
「まぁ、それでこそ銀くんだけど……はっきり答えを言わないと、ダメか」
「そのようですね」
二人、わけ知り顔で目配せし合う。
銀路は、答えにまったく思い至らない。
至れない。
「簡単なことよ。ゲームは、そこにどんな意味を見出したところで『遊び』なの」
「『遊び』は楽しめば勝ち。間違っても死ぬか生きるかの戦場じゃぁない」
「いや、俺は……あれ? え? あ……」
そうか。
そうだったのだ。
銀路は、ようやく自覚した。
――俺は、肝心のゲームを全然楽しんでいなかったんだ。
己との戦いだとか、心のどこかでゲームをなんだか高尚な『遊び』以上の何かだと思っていたのだ。
ゲームの趣味がアラフォーライクとか、それ以前の問題だった。
こんな奴が、他人と本当の意味でゲームに対して同じ価値観を共有できるわけがない。
「は、はは、あは、あはははははははははははは」
気がつくと、変な笑いが込み上げてきた。
何を、してたんだろう? ゲームは、楽しんでなんぼじゃないか。
楽しみ方は自由だ。
だから、銀路のこれまでの楽しみ方もアリだけれど。
もっと、素直に。
もっと、気楽に。
そして、笑顔で。
感じるままに楽しめばよかったのだ。
「うん、そうだ。俺は、どうしてこんなにゲームに身構えてたんだ? 細かいことにこだわりすぎて、自分に酔ってただけで……」
そう思った途端、すっと何かが体内から抜けて行ったような気がする。
ふと、件のゲームのデモを見る。
攻略の手引きのデモ。
筐体に座る。
デモの動きをイメージする。
レバーを握り、ボタンを操作する。
「うん、行ける……」
寸分違わぬ操作ができた。
いちいち記憶通りかどうか検証したり、もっといい方法はなかったかと思索したり、これまで当たり前にやってきたことは忘れて。
無心に。
ただ感覚的に。
覚えたまま、勝手に体が動くに任せてやれば結果は自ずとついてきた。
銀路はそのまま、再度プレイを開始した。
「流石に、自分がバカみたいだと思えるわ。そこまで完璧に真似られると」
あれだけ見れば十分だった。銀路は乃々のプレイを再現してみせた。
既に銀路の中に攻略法はある。
考える必要なんてない。
ただ、記憶の中の動きを感覚的にトレスすればよかった。
身構えていないから、力が抜けているから、考える前に動いているから、操作も遅延しない。
ノーミスでラスボスに到達していた。
到達したラスボスも、このまま撃破できるか、という勢いだった。
だが、
「流石に一発クリアは無理か」
あと一息というところで、ボムも残機も失い、ゲームオーバーとなる。
「そっか。俺は、無理にでも試行錯誤しようと、してたのかもな……」
結局、そういうことだった。
できないことをできるようになるためのことが、できることをできないようにしていた。
できていても、それを信じられずに。
常に自分のやっていることよりいい手があるだろうと上を目指して。
できても満足しなくて。
でも、本当は、最善手を求めてあれこれ戦略なんて立てる必要はなかった。
余計なことは考えずに楽しめば、それでよかったのだ。
ならばと、銀路は思いついたことを試すことにした。
どう考えても戦略的に間違っている。
クリアの可能性を、確実に下げる行為。
今までの銀路だったら絶対に避ける行動。
でも。
だからこそ、試したかった。
それでクリアできなかったら、もう、それでいい。
全てを諦め、あのシューティングゲームが勢い余って覇権を握った世界で生きるのも一興。
そう思えるぐらいに、目の前にある『
「さて、あと二時間。クリアのチャンスは残すところあと二回だけど……遊ちゃん」
「なんじゃ?」
銀路のプレイを少し離れて見守っていた遊ちゃんが、こちらへやって来る。
「コインは、ある?」
「……ほぉ? あるぞ」
面白そうに応じると、右手を口に当て、左手で後頭部を叩いて、
「ほれ」
口から吐き出したコインを小さな手のひらに載せて差し出してくる。
「あ、うん……」
藍華と乃々が言葉を失っているが、説明するのももどかしい。
一刻も早く、ゲームを楽しみたかった。
筐体へ向き直り、コインを筐体の投入口へ持っていく。
「……ほぉ。コインを入れるとどうなるか、覚えておるな?」
「ああ。無限大のクレジットがリセットされて、もう一プレイしかできなくなる」
「そうじゃ。フリープレイは終了。そして、ここで使えるコインはそれ一枚。つまり、使ってしまえばチャンスを一回減らすことになるのじゃぞ?」
「構わない。俺は、コインを入れることで得られる緊張感を知っているから。あと一押し。それが欲しい今こそ、コインの使いどきだ。今使わずに、いつ使う?」
「なるほど、のぉ。うむ、以前の主なら敢えてチャンスを減らす博打など、打たんかったじゃろうな」
その通りだ。
以前の銀路なら絶対にやらない。
クリアの可能性を高める方向に泥臭く向かっていくのが、努力と根性で試行錯誤する銀路の揺るがぬスタンスだったのだから。
でも、それももはや過去形なのだ。
「ふむ。我の『げえむ』を楽しんだ成果かのぉ。主がゲームを楽しめる切っかけになれたのなら、愉快なことじゃ。なら、思うがまま、好きにするがよいぞ」
遊ちゃんの言葉に合わせ、コインシュート。
「おいおい、銀くん。焚きつけておいてなんだけど、キャラが変わってない?」
「ええ。なんだか、ちょっと格好いいように思えるけど、実のところ、結構うざいわ」
藍華と乃々が戸惑っている。
銀路は二人の反応も楽しんでいた。
どんな風であれ、楽しんだら勝ち。
理屈に縛られないことが、こんなに楽なのだとは知らなかった。
筐体へ向かう銀路の頬は緩み切る。
「ふむ、そこまで格好をつけた主に、負けてはおれんの。ならば、最後の挑戦に臨む主に、この言葉を贈ろう」
ニタリ。何かを企むような笑みを浮かべ、遊ちゃんは告げる。
「死ぬがよい」
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