STAGE3

2014/9/22 Mon. - 2

「銀くん!」


 帰宅してそれほど時間を空けず、玄関から聞き慣れた声がする。本当に、気合いで片づけてしまったのだろう。


 玄関を出ると、私服に着替えた藍華が立っていた。


 白いワンピースに、ベージュのカーディガンを羽織ったシンプルな出で立ちだ。

 黒髪ロングに銀縁眼鏡というお堅く清楚な生徒会長という見た目の藍華には、非常によく似合う。


 だが、それは飽くまで外面の話。


 藍華の内面をこそよく知る銀路は、その姿に面喰らう。


「うわ……なんか、今日は女の子らしい格好だな」


 普段はジーンズにシャツなどの動き易さ優先の格好を好み、近場だとジャージで出歩くことも厭わない藍華にしては、珍しい。


 因みに、銀路は本来の藍華の服装に近い、ジーンズにチェックのシャツという適当な出で立ちである。


「い、いいじゃないか。ほら、友達を紹介してもらうんだからさ」


 柄にもない格好をしている自覚はあるのか、照れたように言いつつ、


「ほ、ほら、早く行こうぜ!」


 その服装に似合わない大股でゲームセンターのある繁華街へ向かって歩き始める。

 よく見れば、足下は丈夫さ優先のごついスニーカーなのがなんだか藍華らしくて安心する。


「ま、待ってよ!」


 銀路は小走りに追い駆けた。


 十分もあればゲームセンターへ到着する。

 少し遅くなったが乃々は待ってくれているだろう。


「大丈夫、かな?」


 ここに来て銀路は不安になる。

 イレギュラーを嫌う乃々が拒絶を示すのではないかと。


「なるようにしかならないから、とにかく行くよ」


 エスカレーターに乗り、ビデオゲームコーナーのある四階へ。

 フロアに入ると、


「財部君……と、洞木会長?」


 銀路の姿を見つけた乃々が、隣に立つ藍華の姿を見て硬直している。


「どうして、この人と一緒なのかしら?」


 剣呑な声音で、銀路を睨みつける。


 怯んで言葉に窮する銀路だが、隣に立つ藍華から声を潜めて「ちゃんと取り持ってよね、銀くん」と軽く背中を叩かれては、引くわけにもいかない。


「俺が、真城のことを話して連れてきたからだ」


 隠し立てせず、正直に話す。


「約束を、破ったのね……」


 怒りより哀しみを感じさせる声だった。アンダーリムの奥の瞳にはゆらぎ。


「ごめん……でも、これは藍華姉との約束を守るためだったんだ」

「わたしとの約束より、それは大切だと?」

「優劣はないよ。でも、藍華姉との約束の方が先だった」


 悲しげな瞳は値踏みするような視線へと変わり、銀路を射る。


「……そう。なら、事情を説明してもらえるかしら」


 どうやら、聞く耳を持ってくれたようだ。


「ただ、事情を聞く前にこれだけは言っておかないとフェアじゃないわ」


 そうして、すっと右手を挙げると銀路の隣に立つ藍華を指差し、


「洞木会長。わたしは、貴女が大嫌いです」


 クールに、どこまでも冷たく言い放つ。

 明確に悪意、敵意を示して。


 銀路は焦る。

 藍華は明確な敵意を向けられるのには弱い。


 凹んでしまうことを心配したのだが、


「だろう、ね……」


 藍華は苦い表情で受け入れていた。


「他の誰かに言われたなら、凹みもするさ。でも、真城さんに嫌われる理由は想像がついてる。だから、あたしのことはいいよ」


 最後は銀路へ向けてだろう。


「銀くん。ちゃんとあたしと真城さんの間を取り持ってくれよ?」


 また、背中を叩かれる。

 今度は幾分強く、でも、痛くはない程度に。


 藍華がなぜ乃々の言葉を受け入れたのか真意がわからないで戸惑ってはいたが、まずは事情の説明だ。


「じゃぁ、説明させてもらう」


 銀路は語る。


 藍華が二学期になっても誰も笑顔を見たことがない乃々のことを気にしていたこと。

 その笑顔を見たいと思っていたこと。

 何か問題があるなら力になりたいと思っていたこと。


 そのために、幼なじみの銀路に乃々についての情報提供を求めていたこと。


「俺は、真城について何かあれば藍華姉に報告すると約束をしていたんだ」


 銀路の話を静かに聞いてくれていた乃々が、口を開いた。


「なるほど、ね。財部君は洞木会長のスパイだった、と。わたしに近づいたのは、あくまで洞木会長のためで、ゲームセンターまで来ていたのも偵察、ってことかしら?」


 冷たい声だ。


「違う! そんなんじゃない! 藍華姉に言われて気にしてたのもあるけど、純粋に真城なら俺に共感して理解者になってくれるんじゃないかって……」


 銀路は反射的に反論する。

 必死だった。

 乃々に解って貰えていなかったのが、どうにも悔しかった。

 こんなことで、誤解されるのは、とても我慢出来なかった。


 ……のだが、


「解っているわ、ちょっとからかってみただけよ」


 そんな銀路に、乃々はいつもの溜息一つを添えて、あっさりとネタばらし。


「え?」


 銀路は、ポカンとするしかない。


「そもそも、気づいてなかったものね。ゲームセンターにいるわたしが、クラスで隣の席の可愛い女の子だってことに」

「いや、正直、クラスの真城は陰気な女の子だと思ってた……あ、でも、ゲームセンターの姿は凄く、その、可愛いとは思って痛!」


 素直な気持ちを口にしたつもりだったのだが、最初の部分で乃々に睨まれ、後半で隣に立つ藍華に二の腕を抓られた。


「な、なんだよ、藍華姉」

「べっつにぃ」


 あからさまに誤魔化すように藍華。

 寂しいような哀しいような強ばったような表情で、二人のやり取りを見つめる乃々。


「財部君、事情はわかったわ。そもそも信用を問題にするなら、先約を優先するのは当然のことだしね。今回の件は許してあげる」

「あ、ありがとう」


 銀路は、ホッと胸を撫で下ろす。


「それで、洞木会長。一応確認しておきますけど、わたしがなぜ大嫌いだったかは解っていますね?」


 乃々は藍華に向き直り、尋ねる。


「ああ、勿論……その件についてだけど、銀くんも流石に気づいているんだろう? 『笑わない魔女』が『笑えない魔女』だってことに」

「え? あ、あぁ、薄々は」

「薄々って……人の話を聞いていたのかしら? 最初にはっきり言ったはずよ?」


 銀路の返答に、呆れた声で応じるのは乃々だ。


「いや、一文字違いだし、聞き間違いかもしれないと思って……」


 盛大に溜息を吐く、乃々と藍華。


「で、話が逸れたんで戻すけど、要するに、真城さんの気に障っていたのは、あたしのスローガンだろう? 『笑顔溢れる学園に』なんて、笑いたくても笑えない人間が聞いたら嫌がらせでしかないからな」


 銀路もそれで合点がいった。


 藍華は乃々が何か事情を抱えて笑いたくても笑えないというケースを想定していたから、嫌われていても仕方ないと予め覚悟していた、ということだろう。


「話が早くて助かります。それに、先に言っておいてよかった。これまで嫌っていたのは事実ですし、事情を聞いてしまってそれを告げられなくなってしまうのはアンフェアですから」


 そこで、突然頭を下げる。


「洞木会長。気にかけていてくれて、ありがとうございます。そのお陰でこうして、財部君と仲良くなることができました。それで、これまでのことは水に流したいと思います」

「……どういたしまして。そして、これまで不愉快な思いをさせて、悪かった」


 大嫌いと言われた後に感謝されて少々面喰らったようだが、藍華も頭を下げて、これまでのことを詫びる。


 そうして二人、頭を上げたところで。


「中々いい性格をしているようだね、乃々ちゃん」

「ええ、何事もフェアプレイがモットーですから、藍華さん」


 急に二人解り合って名前で呼び合い始めているのだが、銀路にはまったく理解が及ばなかった。


「ところで財部君。よければ、銀路君と呼んでいいかしら? わたしのことも名前で呼んでくれて構わないから」

「え? いや、それは構わないけど、なんで?」

「藍華さんと財部君は名前で呼び合ってるのに、わたしだけ名字はフェアじゃないでしょう?」

「そ、そういうものか?」

「ええ、そういうものよ」

「わ、わかった……えっと、の、乃々」


 照れがあるが、なんとか名前で呼ぶことができた。


「ありがとう、銀路君」


 こちらも、少し頬が紅い。笑顔以外の感情は、ちゃんと顔に出るのである。


「あっはっは。うん、うん、初々しくていいねぇ」


 そんな二人のやりとりを、楽しそうに藍華は見守っていた。


「さて、それじゃあ改めてお願いだけど、あたしも友達にしてくれないか、乃々ちゃん」

「言われるまでもありません。藍華さん、貴女を銀路君の幼なじみのよしみで、友達と認めましょう」

「ああ、宜しく頼むよ、乃々ちゃん」


 藍華が差し出した手を、乃々が握る。


「で、友達になったところでお願いがあるんだけどさ」


 藍華の視線は『レイディアントシルバーガン』の筐体へ向けられていた。


「是非、プレイして見せて欲しいんだ。銀くんを魅了した笑顔をね」

「み、魅了はともかく……いいでしょう」


 乃々が先に歩き、銀路と藍華が続く。


「では、始めます」

「スーパープレイ、期待してるよ!」


 筐体の斜め後ろに立ち、横顔もゲーム画面も見える位置に藍華は陣取った。

 乃々も気にした様子はなく、コインシュート。


 銀路は二人から離れ、いつもの『ゼビウス』の筐体前に移動しようとする。


「おや、銀くんは見ないのか?」

「ああ。上手すぎて攻略動画を見るのと変わらないから。俺の主義に反するんだ」

「えー、主義とかよりもさ、友達のプレイなんだから、見てあげるのも友情だぜ?」


 藍華の言葉に、銀路の足が止まる。

 心が少し揺らいでいた。


 それは解っているのだ。

 乃々も見て欲しがっているのも知っている。


 だけど、これまでに己の積み上げてきたものがある。

 信条がある。

 矜持がある。


「……いや、俺は俺の道を貫くよ」


 ぐっと我慢して、再び足を動かす。


「まぁ、銀くんがそれでいいなら、いいけどさ。じゃぁ、あたしが銀くんの分も乃々ちゃんのプレイを見せてもらうよ」


 そうして、銀路はいつもの位置から、藍華は特等席で、乃々のプレイを鑑賞する。


「ほぉ……いい笑顔だ」


 藍華は、乃々の笑顔にご満悦だった。

 それでいて、


「え? すげぇ! うわ、どうやったらそんな精密に動けるんだ?」


 プレイ内容にも、あれこれ歓声を上げている。


「あの、少し静かにしてもらえるかしら」


 時折、乃々が釘を刺すが、筐体へ向かう笑顔で告げられる言葉は明らかに楽しげだった。


 銀路は、なんだか藍華が羨ましくて仕方なかった。

 意地を張らなければ、銀路もあの場所に入れたのだ。


 思わず足を動かしそうになったが、


「いや、俺は、俺の道を行くんだ」


 再び言葉にして、思いとどまる。


 そうこうする間に、乃々の手が止まる。


「ノーミスワンコインクリア達成。見てもらえましたか? わたしのスーパープレイ」


 乃々が得意げに言うと、


「ああ、お美事。本当に、スーパープレイだったよ」


 藍華が素直に賛辞を送る。

 銀路もそこで乃々の元へと歩み寄る。


 筐体を離れて立ち上がった乃々の顔から笑顔は消え、代わりに寂しいような哀しいような強ばったような表情が浮かんでいる。


 でも、不快なものではなかった。

 藍華も、なんだか不思議そうにその顔を見つめてから、


「さて、それじゃぁ、次はあたしの番だ!」


 『怒首領蜂』の筐体へと向かう藍華。

 銀路も乃々と一緒に移動する。


「へぇ、藍華さんのプレイは見るんだ」

「いや、俺はこのゲームはそれなりにやりこんでるから」


 咎めるような乃々の言葉に言いわけする銀路だったが、藍華のプレイが始まった途端、乃々の中ではそんな小さな問題はどこかへ吹き飛んだようだった。


「……何、これ?」


 藍華のプレイに唖然としていた。


 無理もない。


 パターン化? 何それ?

 アドリブ満載、気合い避けオンリー。

 危なくなったらボム回避でノーミスで一周。


 二周目も難なく進んで、


「嘘……え? どうやってるの、これ?」


 火蜂に挑む藍華のプレイに今度は乃々が感心する番だった。

 歓声を上げるというよりは、唖然呆然という感じではあったが。


「はい、撃破!」

「お、お美事、です」


 文句なしのランキングトップで『IKA』とネームエントリーする藍華に、ぎこちなく賛辞を送る乃々。


「次は銀くんの番だぜ!」


 プレイを終えた藍華は、銀路に振ってくる。


「え、俺も?」

「そうね。銀路君のプレイが見たいわ」


 乃々にまで言われてはやらないわけにもいかない。


「じゃぁ、これで」


 無難に、先日も乃々に見せた『デススマイルズ メガブラックレーベル』をプレイする。


 変わらず巨乳眼鏡っ娘フォレットを選んだところで乃々の視線が痛くて藍華が誇らしげだったりしたのは気にせず、古城の前に寄り道をして、前回よりちょっと背伸びしつつもワンコインクリアして面目を保った。


 そうして、プレイを見せ合ったところで、


「じゃあ、せっかくだし、乃々ちゃんお茶でもしていかない?」

「ええ、いいですよ」


 藍華の誘いに、乃々があっさりと乗る。

 短時間で二人はなんだか打ち解けていた。


 そのままの流れで、三人は藍華お勧めの喫茶店へと移動することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る