2014/9/22 Mon. - 3

「なるほど、藍華さんのお勧めだったんですね。銀路君がこんな店を知っているなんておかしいと思ったんです」

「あっはっは、よく解ってるじゃないか、乃々ちゃん」


 藍華がお勧めと言って向かった喫茶店は、銀路が乃々を連れて行った喫茶店である。


「入るよ」


 酷い言われように少しむすっとしながら、銀路は店の入り口を潜る。

 藍華と乃々が並んで後に続いてきた。


 四人がけの席に案内され、手前に銀路と藍華、奥に乃々、という並びで座り、揃って一番高いコーヒー(五百円)を頼む。


 ほどなく、コーヒーが到着し、それぞれに飲み始める。


 藍華はブラック、銀路はミルクのみ。

 そして、乃々は大量のミルクと砂糖。


「カフェオレ、じゃないよね、それ?」

「わたしがコーヒーの味の基本とするのは紙パックのコーヒーなんです」


 思わず尋ねた藍華の言葉に、以前銀路に対してしたのと同じように答える。


「まぁ、好き好きだよな、こういうのは」


 藍華は大らかに受け入れて、


「で、よかったら聞かせて欲しいんだけどな。乃々ちゃんが笑えなくなった事情なんかを」


 単刀直入に切り出した。


「そうね、二人には知っておいてもらった方がいい。ううん、違うわ。知っておいて欲しい」


 そうして、乃々は語り始める。


 笑わない魔女が誕生する理由となった、両親の離婚による笑顔への信頼の失墜の物語。


 裏切らないパターンの中に救いを見出し、筐体へ向かってだけ笑えるようになった、ゲームセンターの魔女誕生の顛末。


「……だから、毎日、繰り返そうと思った。パターン化しようと思った。そうしたら、あのゲームをパターン化して笑顔を取り戻したように。普段も笑えるようになるかもしれない。そう思ってプレイしていたら……そこに、銀路君、貴方がやってきた。それが切っかけで、こうして藍華さんとも知り合うことができた、というわけです」


 紡がれた乃々の話は、最後に銀路と藍華へと繋がった。


「……」


 神妙な顔で乃々の事情を噛み締める銀路は、言葉がなかった。


「なるほどねぇ。そんな風に思って、あそこでゲームをしてたのか……」


 一方で藍華はしみじみと腕組みで頷きながら言って、


「だったらさ、銀くんとあたしが、乃々ちゃんの友達になったんだ。利用しない手はないよ」


 乃々へと提案していた。


「利用?」

「そう。言ってみれば、あのゲームは乃々ちゃんが人に対しての素直な笑顔を取り戻すための儀式みたいなもんだろう? なら、あたしたちがいる状況も含めて慣れていけば……」

「でも、どうかしら……わたしはまだ、どこかで人を信じられない。それがたとえ、友達になった銀路君と、藍華さんであっても……」

「ああ、そりゃ、仕方ない」


 言葉に被せた申しわけなそうな乃々の言葉に、藍華は更に被せて軽く請け負う。


「でもな」


 そうして、豪快な笑みを浮かべ。


「あたしたちは、裏切らないよ……って、言葉だけじゃ信用できないだろうけど。でも、これは本当の気持ち。だから、あたしたちと一緒にすごすことで、素直な笑顔を取り戻して欲しい。あたしたちは全力で協力するから。そうやって、行動で示して、乃々ちゃんの裏切られた過去を塗り替えてあげるよ、気合いを入れてね」


 親指を立ててウィンク一つ。


「それに、少なくとも銀くんは、行動で示すまでもなく信じて大丈夫だと思うよ?」

「え、あの、それって……わたしに会いに来たりしてたのが、そういう、理由だった?」


 なぜか、照れたように銀路を見る。


「いや、それはない」

「…………………………………………………………………………でしょうね」


 藍華の断言に溜息で応じる乃々の一連のやりとりが、何の話かはよく解らないなりにバカにされていることだけは伝わってきて、銀路は複雑な心境だった。


「そうじゃなくってね。銀くんは裏切れないってこと。そんな度胸はないから」

「あ、藍華姉……」


 酷い言い草に抗議するように銀路は藍華を睨むが、無視される。

 だが、こうやって道化を演じるのも悪くない気はしてきていた。


「ええ、信じましょう。でも、もし裏切ったら、一生恨みますよ」


 乃々はといえば、藍華の言葉に淡々と、あの寂しいような哀しいような強ばった表情を浮かべて応じていた。


「おぉ、怖い怖い」


 藍華はおどけて見せる。


「それで、わたしの話ばかりしていましたけど、それではフェアじゃないですし、藍華さんにも一つ聞いていいですか?」

「ん? いいよいいよ。乃々ちゃんの頼みだったら、なんでも聞いちゃうよ」


 藍華は安請け合い。


「それじゃぁ、聞きますけど……どうして、生徒会長選挙の公約にするほど、『笑顔』にこだわるんですか?」

「ああ。それは簡単だよ。まぁ、さっきの乃々ちゃんの話を聞いた後だと、若干言いづらい面もあるけど、『笑顔』ってのは、幸せの象徴だと思うんだ。だから、みんなハッピーでいて欲しい。『笑顔溢れる学園に』ってやると格好つけた表現になるけどさ、それって要は『みんなが幸せでありますように』っていうありふれた祈りを言い換えただけなんだよ」


 そう、その程度のことなのだ。

 でも、だからこそ、尊い。


「本当に、シンプルですね」

「ああ……でもまぁ、こういうことをことさらに意識したのは、銀くんのおかげ、かな」

「え、俺?」

「そうそう。あたしはさ、昔っから要領よくて、できることは最初からある程度できちゃって、それでいてできないことは『ああ、こりゃ無理だ』って最初に解ってすぐ投げ出しちゃうような、そんな性格だったんだ。だから、泥臭く何かをコツコツやってやり遂げるってことがなかった。やらなきゃいけないことは、気合い入れてやればそれでどうにかできてたし」


 確かに、小学生の頃にはもうそんな感じだった。


「それで、あたしは銀くんと一緒にゲームをして育ったんだけど、あたしはさっき言った通り、できるゲームはできて、できないって思ったゲームは投げ出しちゃうようなところがあったんだ……で、銀くんのモットーはなんだっけ?」

「『努力と根性で試行錯誤』だ」


 急に話を振られても、銀路は即答する。

 揺るがないポリシーだからだ。


「そうそう、それ。とにかく、がむしゃらにやって、泥臭くて、全然かっこうよくもなくて、ただただ無理矢理にでも結果を出すってね。それで、小学生の低学年の頃だったかな? あたしが合わないって投げ出したゲームを、そんな風に強引にクリアして見せたんだ」


 ああ、そんなこともあったな、と銀路は回想する。


「で、そのとき、銀くんはすっごいいい笑顔になってたんだ。それまで見たことないぐらい。それを見て、思ったんだ。努力が報われた瞬間。至福の時。それを象徴する幸せな笑顔だなって。あたしはただただ気合いで切り抜けるのが楽しくて笑ってたけど、それとは違うなって。だから『笑顔』っていいなって、幼いながら思ったんだ」


 藍華が銀路の、そして周りの人の笑顔を意識しだしたのはそれからだったという。


「まぁ、切っかけがそうだったってだけで、最初の『みんなが幸せでありますように』ってシンプルな祈り、って解釈でいいんだけどね。これは、まぁ、色々話してくれた乃々ちゃんへのサービスだよ」


 言って、すっかり冷めたコーヒーを呷る。


 銀路と乃々も、まだ大分残っていたコーヒーに手をつけた。


「……さて、長々話しちゃったね。そろそろお開きだけど、これだけは忘れちゃいけないね」


 全員がコーヒーを空にしたところで、藍華が切り出す。


「今日は、乃々ちゃんの笑顔が見れて嬉しかったよ」

「あぁ、ゲームをしているときのとはいえ、目的は達成してたんだっけ」

「違うよ、ときどき見せるあの不思議な表情。たとえば、さっき『一生恨みますよ』と言ったときとかの、顔」

「え?」

「どういうこと、藍華姉?」


 予想外の言葉に、乃々は戸惑い、銀路は説明を求める。


「ああ、乃々ちゃん。君はちゃんと笑えてる……いや、そこまでは言いすぎか。でも、笑おうという兆候はある。ただ、まだ、強ばっているだけ」


 それを聞いた乃々は、ぺたぺたと自分の顔に触れていた。


「だから、あたしたちといれば、上手くいく……ううん。気合いで必ず笑わせてあげるさ」


 そう、豪快に言って笑う。

 銀路も釣られて笑い、乃々は、寂しいような哀しいような強ばった表情を浮かべる。


 彼女の笑顔の兆候たる表情を。

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