NO REFUGE

2014/9/28 Sun. - 2

 そこは、光り輝く空間だった。


 地面がどちらかも解らない。

 グルグルと3Dテクスチャの雲のような地面のような背景が周囲を流れていく。


 と、目の前に、何かが現れた。


 小さな、粗いポリゴンで構成されたカクカクした影。

 背筋を伸ばし、気をつけの姿勢で、三百六十度グルグルと目の前で回る。

 段々と輪郭がはっきりし、それが、少女の姿だと解った。

 次第に、少女の映像はクリアになりリアルな和装の少女の姿となる。


 銀路と乃々は、宙に浮いたまま電子遊戯の神と対峙する。


「二度目じゃの、銀路よ」

「全部思い出したよ」


 前回の記憶を一通り頭の中でなぞって確認する。


 戻り復活の際、前回の記憶が邪魔になることも理解した。前回の藍華と共に来た記憶があると、この道中で乃々を選ぶことに躊躇してしまったかもしれない、と思ったから。


「え? ちょっと、これは、どういうこと?」


 イレギュラーに弱い乃々は、怯えていた。


「俄には信じられないかも知れないけど、これは、電子遊戯の神である遊ちゃんが産み出した世界なんだ」

「冗談を言ってるようには見えないし、こんな変な空間を見せられたりしたら、信じるしかないでしょうけど……どうしてそんな神様と財部君が知り合いなの?」

「それは……」


 電子遊戯神の戯れで、『シューティングゲームの復権』を賭けて『げえむ』に挑むことになった顛末を説明する。


「『シューティングゲームの復権』……そうね、わたしも悪くないと思うわ。シューティングがもっと盛り上がれば、『斑鳩』のような亜種ではなく『レイディアントシルバーガン』そのものずばりな正統な続編が出るかもしれないしね」


 若干ニッチではあるが、共感してもらえてはいるようだった。


 そうして、今度こそはと期待する。


 記憶が甦った『撃避 ShooTinG 』のシステム。

 それは若干の差異はあるものの『レイディアントシルバーガン』ベースである。

 乃々なら確実にクリアできる。


「さてでは、場を設定するかの」


 遊ちゃんの言葉と共にポリゴンの空間が消え、中央に『撃避 ShooTinG 』の筐体が設置されたレトロなゲーセンに戻る。


「へぇ、中々興味深い演出ね」


 周囲を見回して感心したように言う乃々に、銀路は即座に頼み込む。


「真城、頼む。このゲームを攻略してくれ」

「え? どういうこと? 自分でやらないの?」

「割り切りが早いのぉ」


 即座に乃々にゲームを任せる判断に、遊ちゃんが呆れと感心半々の声を上げる。


「自分でクリアするのが最もエレガントなクリアだろうけど、まずは泥臭くても見苦しくてもクリアを目指すのが俺のスタイルだからな。より確実なクリア方法があるなら、そちらを選ぶのが道理だ」

「なるほどなるほど。よいじゃろう」


 そうして、銀路がこの『げえむ』のシステムを乃々に伝える。

 道中での協力者ヒロイン選択で乃々が選ばれ、ここへ導かれたことを。


「ここに真城を導いたことで『撃避 ShooTinG 』で選べる自機が俺か真城か、ということになっている。クリアに使う自機はどちらでも同じ。だから、ここからは俺が選んだ真城のターンだ」

「ふぅん、わたしが協力者ヒロイン、ね。ギャルゲーの主人公みたいだと常々思っていた財部君が、神の産み出したゲームの中でリアルにギャルゲーの主人公をやらされていたというのは、興味深いわね」


 話を聞いて皮肉っぽく言うが、どこか嬉しそうな色も感じさせる声音で言う。


「まぁ、いいわ。わたし向けということで楽しそうなゲームだから」


 そうして、筐体へ向かうがプレイは開始しない。


「あれ? 始めないのか?」


 システムは『レイディアントシルバーガン』準拠。

 それなら、すぐにでも始められるはずだ。


 だが、乃々は何もせずにじっと画面を見つめる。


 最初は『撃避』と大きなゴシック体で書かれた中に『 ShooTinG 』と文字が被せられたタイトル画面だが、しばらくするとデモに切り替わる。


「デモを見るのよ。あれと同じなら、デモにヒントがあるはずよ」


 言われて銀路はハットする。

 まるで思いも寄らなかった。

 前回は時間内で繰り返せるだけ努力と根性で試行錯誤して腕を上げようとしていた。


 それは、入り口から間違えていたのだ。


 流石はゲームセンターの魔女だ。


 銀路が見守る前で、乃々は何度も念入りにデモを見る。


 荒野を、空を、海を、森を、銀の翼が飛び回る。

 しばらく精密に敵を狙い撃ちした後、あっけなくやられていく。


 そんなデモを、一通りと言わず、五通りぐらい見た後。


「デモを見る限り、基本的な考え方は同じみたいね。まぁ、あとはやって覚えましょう……コインは必要かしら?」

「このゲームは『げえむ』内のイベントの一つじゃからの。『げえむ』のためのコインは既に銀路から受け取っておるから、時間内はクレジット無限のフリープレイじゃ」

「あら、そう。なら、遠慮なく」


 1Pスタートボタンを押下。コインを入れずともゲームは開始する。


 途端、その表情は緩む。

 ゲームへ向かうための表情。

 人を信頼できず、ゲームへ向けた歪んだ信頼の証。


 事情を知っている銀路は複雑な気持ちになるが、それでも乃々の笑顔の輝きは変わらない。


 画面の中では、火山の火口から飛び立つ銀の戦闘機の姿。


 『レイディアントシルバーガン』の剣の柄を模した特徴的なデザインの自機とは異なる、オーソドックスなデザインの戦闘機だ。


「敵の出現パターンとかステージ内容はまったく違うけど……基本戦術は流用できそうね」


 最初は荒野ステージ。

 敵は大地を這う戦車が主体だった。

 勿論、赤、青、黄の色分けをされている。


 その中から、赤を選んで倒していく。

 初見とは思えない動きだが、それでも取りこぼしが多い。


 結果、最初のボスで火力不足で倒しきれずゲームオーバー。


「なるほど。これだとパターン構築にはそこそこ回数がいりそうね。道中が長くて、それを見越してかボスの堅さは元ネタ以上みたいだから、しっかり稼がないと厳しそうだわ」

「初見でそこまで分析するとは、流石じゃの。まぁ、制限時間はまだ二十三時間以上残っておるから気長にプレイするがよい」

「ええ、そのつもりよ」


 遊ちゃんの言葉にさらりと返し、乃々はゲームに没頭する。

 あの、銀路には決して向けられない極上の笑顔を浮かべながら。


 パターン化が重視されるゲームは、ともすればただただ決められた手順をなぞる簡単なゲームだと思われがちだが、それはパターンの再現には圧倒的な集中力が必要とされることを度外視している。ミスをしないためには集中を持続させるための不断の努力が必要なのだ。


 一方で、鍛錬は嘘を吐かない。いくつものパターンを学べば、類似のパターンを組み合わせることで努力の絶対量を減らすことはできる。


 乃々はこれまでの『レイディアントシルバーガン』でのパターンの積み重ねを応用して、効率よく楽しげに攻略=パターン化を進めていく。


 銀路と藍華の限界など二時間ほどで超えてしまった。


 ステージ構成は一般的な弾幕シューティングに近い。それは、乃々の先ほどの言葉通り、道中が長く稼ぎのパターンが長いスパンとなることを意味する。


 当然、スコアは高くなる。


 それを前提としたボスの堅さ。一定水準以上は稼がないとボスにダメージが与えられず、時間と共に攻撃は激化して最後は発狂弾幕に巻き込まれる。


 更に厄介なことに、このゲームのボスには多くのシューティングゲームには存在する時間切れによるボスの自爆によるクリアというシステムが存在しない。


 それは、弾を躱すことに専念して粘って逃げ切るという戦略は取れないということを意味する。確実に稼げるパターンを構築してダメージを通して撃破しない限り、クリアは不可能ということだ。


 でも、乃々ならやり遂げてくれる。

 期待せずにはいられない鮮やかなプレイだった。


 二面は大空を舞台とするステージ。本来は未プレイのステージを見るのは攻略動画を見るのと同じで目を背ける銀路だが、今回は例外としていた。


「よかった。これは見てくれるのね」


 どこか嬉しげな声が聞こえる。


「真城にこのゲームをプレイさせるのが俺の『げえむ』だからな。真城のプレイは俺のプレイと同じだから、主義には反しない」

「理屈っぽいわね。でも、嬉しいわ」


 乃々の筐体へ向けた笑みが更に華やいだ気がする。


 銀路は、頬が熱くなるのを感じながら筐体へ向かう乃々の横顔とゲーム画面を眺める。


 一面をクリアして要領が掴めたのか、二面からの攻略は非常にスムーズに進んでいた。三面は森林地帯、四面は海上、先のステージがどんどんと展開されていく。


 ゲームに没頭していると、時間はあっという間にすぎる。


 銀路が見守る中、乃々はかれこれ十五時間ぶっ続けでプレイしていた。一日の活動時間のほぼ全てをゲームに費やしているようなものだ。


 でも、ゲームにガチで立ち向かう時というのは、こんなものだ。


 銀路はよく知っている。


 何者にも縛られず、ただただ「あと一回やれば、どうにかなりそうだ!」の繰り返しで一日中ゲームに興じてしまう。ゲームへの熱に浮かされた、そんな時間。


 今が、そのときだ。


 更に遊ちゃんによれば、この時空間にいる間は幽体離脱しているようなものらしい。肉体的な疲労や空腹や眠気などとは無縁だった。


 ここは、全力でゲームへ挑める夢の時空間なのだ。


 十五時間の鍛錬によって乃々のパターンは磨き上げられる。荒野も、空も、森林も、海上も、乃々の手の内だった。


 まるで予定調和のように、狙った敵機以外は一切倒さず、それでいて淀みなく障害物も地形も、完璧な位置取りでやりすごす。


 的確な稼ぎで攻撃力も十分。

 行く手を阻むボスのバラエティ豊かな攻撃パターンも把握済み。

 危なげなく撃破して突き進む。


 そうして、最終第五面の宇宙空間の攻略も大詰めを迎えようとしていた。


 敵の母艦の中に眠るコアを破壊し、母艦の最奥から飛び出した金色の巨大ロボットとの戦闘に突入していた。


「これまでの流れを考えると、こいつがラスボスね」


 画面半分ほどの身長のロボは、デザイン的にはスマートないわゆるリアルロボット系だった。大量の武器を装備して多彩な攻撃を繰り出し、更には、パンチやキックなどの格闘攻撃も混ざってくる。


 弾だけでなく、ボス自体の動きもしっかり追わないといけない。


 手強い。


 乃々は、二度負けた。


 だがもう、ここまでの道は開けていた。


 当然のように三度目の挑戦に至る。


「今度こそ、行ける!」


 銀路は思わず声を上げる。


 その言葉に、乃々は振り返らずいつもと少し毛色の違う不敵な笑みを浮かべる。それはそれで魅力的な表情だが、筐体にしか向けられることはない。


 銀路は横から伺い見るしかできないのが残念だった。


「……あ!」


 画面最上部に示されたボスのエネルギーゲージが残り数ミリとなったところで、乃々の操る銀色の戦闘機は、高速で繰り出されたロボの体当たりを喰らってしまう。


「やられたわ……でも、あと一回やれば、大丈夫」


 これでラスボスの全ての攻撃は把握できた。

 全攻略法が乃々の中で完全にパターン化されたということ。


 約一時間のラスボスまでの道のりも、構築したパターンがあればまったく怖くない。


 悠々とラスボスへと到達。


「これで、終わりよ!」


 ロボの体当たりを難なく躱し、乃々が最後の一撃を食らわせる。


 巨大ロボットのエネルギーがゼロになり、全身から爆発のエフェクトが生じる。


「『レイディアントシルバーガン』のオマージュなら、最後は六十秒避け、かしらね」


 『六十秒避け』とは、ボスを倒すのではなく、ただただ撃ち出される弾を六十秒間躱し続けるというものだ。『レイディアントシルバーガン』以外のシューティングゲームにも散見される趣向である。


 ほぼノーミスで残機も沢山残っていた。

 少々のミスは許される。

 六十秒乗り切るだけなら、まず大丈夫だろう。


 銀路も乃々も暢気に構えていたのだが、最後に画面が大きくフラッシュした瞬間、そんな甘い考えは打ち砕かれた。


「な、何よこれ!」


 これまでのエレガントな操作をかなぐり捨てて、ガチャガチャと激しくレバーを操作してどうにか逃れる。


 巨大ロボットの頭部だけが切り離され、これまでのパターン性の強い攻撃から一転。その頭部から全方位に向けてデタラメに針状の細い弾がまき散らされたのだ。


 最初から発狂モード全開というか、完全に弾幕シューティングにゲームが変わっている。


 どうやら、これが真のラスボスのようだ。


「って、武器がショットだけになってるじゃない! 正面からしか撃てないってこの弾幕の中、突っ込んでかなきゃならないってこと!」


 『レイディアントシルバーガン』リスペクトでロックオンレーザーや斜め前方へのスプレッド、後方ショットなど、多彩な攻撃を誇っていたはずの自機が、今では前方正面へ向けての基本的なショットしか撃てなくなっていた。


 正面に並ばないことには攻撃が当たらないのだが、そう簡単にはいかない。

 豪雨のように降り注ぐ敵弾に埋め尽くされた画面の中、被弾に被弾が重なっていく。


「こ、こんなの……」


 イレギュラーに弱い乃々は気合い避けとの相性は最悪だ。あっという間に残機を全て失い。


「あ」


 ほぼ戦意喪失状態だったのか、最後の一機は登場時の無敵時間が終了すると同時にやられ、あっけなくゲームオーバーとなったのだった。


 先刻までは律儀に『OOO』と入力していたハイスコアの登録に『AAA』と乱暴にボタンを連打して入力し、


「ふざけないで!」


 思わずだろう、乃々は拳でダンッっと激しくコントロールパネルを叩く。


「何、このサプライズ? バカにしてるの? ランダム性が排除されたパターンゲームで一途なプレイが楽しめていたのに、最後に人類への挑戦染みた気合い避けって……遊ちゃん! 何よ、これ!」

 乃々はキツい口調で吐き捨てると、少し離れて愉快そうにプレイの様子を眺めていた遊ちゃんを睨む。


「見て解らぬか? オマージュじゃよ。弾幕シューティングゲーム定番の真ボスへの、な」


 まったく意に介した様子もなく、遊ちゃんはニタリと笑う。


「だからって、こんなのどうやって倒せっていうの!」

「決まっておるじゃろう? 攻撃を与えながら気合いで避けるのじゃ」


 遊ちゃんがケイブの開発者のようなことを言う。完全にからかっている体だ。


「こんなの、制限時間内に避けられるようになれって無理よ。ここまで来るだけで一時間。あと約五時間だからチャンスは五回……」

「ほぅ、まだ五回あるではないか。悔しければ、挑むのじゃな」

「わかったわよ!」


 売り言葉に買い言葉。乱暴に1Pスタートボタンを押すと筐体へ再び向かう。


 激昂からもすぐに落ちつきを取り戻し、乃々は驚くほど正確なプレイによりノーミスで件の真ボスまで辿りつくのだが。


「ダメ……倒せる気がしない……」


 結局、残りのプレイも全てラスボスの狂気の弾幕で撃沈され、残り時間十分となってしまった。


 十分ではクリア不可能。


 これで、実質的にゲームオーバーだった。

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