2014/9/20 Sat. - 1
土曜の昼下がり。
銀路は足取り軽くゲームセンターへと向かう。
「財部君」
エスカレーターを降りた銀路の姿を見つけ、今日はゲームセンターの魔女=乃々の方から声をかけてくれた。
友達になったという実感が湧いて、銀路の心に暖かいものが満ちる。
「よ、よぉ」
ぎこちない挨拶をしながら銀路は手をひらひらさせて応じ、歩み寄る。
「あれ? 今日は『レイディアントシルバーガン』やってないの?」
いつもなら、このタイミングではあのゲームをしているのが通例だ。プレイ時間が三十分以上かかるから、少々の誤差でも筐体に向かっている姿を見ることになる。
筐体は空いているから、誰かがやっていて順番待ち、ということもないだろう。
「ええ。せっかく友達になったのだから、最初から見届けてもらいたいと思ったのよ」
その言葉に、銀路は乃々の気遣いが嬉しかった。
好意に答えて、彼女のプレイを最初から最後まで見届けたかった。
だが、銀路にはどうしても見ることができない理由がある。
「済まない。それはできない」
「え?」
アンダーリムの眼鏡の奥の瞳が、眇められる。
「どうして、わたしのプレイを見てくれないのかしら?」
不機嫌さを隠さずに、責めるように乃々。
「一回覗き見た真城のプレイが上手すぎたからな。攻略動画を見るのと同じだと思ったんだ。俺にとって、そういうのに頼るのはタブーだから。いつだって自力クリア。これは譲れない」
「なるほど、ね……本当、おかしな人ね」
銀路が告げた理由に納得したのか呆れたのか、乃々は溜息を吐いて言う。
「いいわ、今日も『ゼビウス』の前で見守っていて」
「そのつもりだよ」
いつも通りのパターン化された図式が完成する。
笑顔で筐体に向かう乃々と、遠目に見守る銀路。
三十分ほどの時がすぎて、銀路は再び乃々の元へ。
今日は自然と言葉が出た。
「どうやって、ここまでの腕を身につけたんだ?」
「当然、反復練習の結果よ」
相変わらず表情は微妙だけれど、得意げな声音で乃々は言う。
「でも、全ての攻略法を自力で見つけたわけじゃない」
その言葉に、銀路は怪訝な表情を浮かべてしまう。
正直、テンションが下がっていた。
ネットなどの攻略情報に頼ったのだろうか?
そんな風に思ったのだが。
「とは言っても、貴方が大嫌いな攻略サイトやら攻略動画を見たわけでもないわ」
続けた乃々の言葉にホッと胸を撫で下ろす。
「このゲームは、フェアに攻略の手引きを示してくれるの」
言って、乃々は筐体の画面を指差す。それは、デモプレイだった。
大抵のゲームのデモは、序盤のステージのプレイ内容で雰囲気が掴める程度のお粗末なプレイが多い。
だが、このゲームは違っていた。
「え?」
デモのたびに、違うステージが展開されていた。
自爆のようにやられてしまうことも多々あるが、それでも、
「こ、こんな風にするのか……」
色々と示唆に富んでいた。
マニュアルで語れないゲーム攻略の手引きがそれとなく示されている。
これは、メーカー側からの「ここまでは必要だろう」という判断によるフェアな情報。銀路の主義には反しない。
「わたしは、これを見てコツを掴み、突きつめ、パターンを構築したの。わたしは裏切らないゲームが好き。だからこそ、攻略もフェアプレイでないと意味がない」
淡々と語る言葉は、銀路の心に染みる。
やはり、乃々は同志だったのだ。
間違いなく、銀路と同じようなゲームへの熱を持っている。
「攻略情報に頼ることは、メーカーを裏切ること。最初から選ばれし者に向けていない限り、ゲームは与えられた情報でクリアできるように設計されているのが前提よ。本格ミステリのようにね」
若干芝居がかった口調で乃々が締めたところで、銀路は思わず拍手をしていた。
「ちょ、ちょっと、悪目立ちするからやめて!」
「いや、済まん。でも、あまりにも心に響く言葉だったから、つい」
拍手を止めて、頭を掻く。
「目立たないようにしてるって言ったじゃない。恥ずかしい……」
そんな銀路に、非難がましく言って頬を赤らめる乃々。
笑わない魔女である乃々は、無表情という訳ではない。
基本はクールだし、筐体へ向けてしか笑顔を見せてはくれないが、それなりに表情は豊かだということを、銀路はここ数日の試行錯誤で理解していた。
今の、上目遣いで銀路を睨む視線は、筐体に向ける笑顔とは違った形で、年相応の少女らしく可憐でもあった。
「まぁ、いいわ。財部君はそういう人、と覚えたから。次からはパターンとして認識するわ」
照れ隠しなのかなんなのか、そう言って、元のクールな表情に戻る。
「それで、友達ってどうしたらいいのかしら?」
「え?」
盲点だった。約束したわけでもなく、ここで出会うだけの関係だった。
銀路は、そこからどうするかなんて、まったく考えていなかったのだ。
「ねぇ、どうしたらいいのかしら?」
「いや……」
「ねぇ、どうしたらいいのかしら?」
「いや……」
「ねぇ、どうしたらいいのかしら?」
「いや……」
「ねぇ、どうしたら……」
「ぷっ」
乃々の言葉の途中で、RPGの村人のような同じ言葉の繰り返しが妙にツボに入って銀路は思わず吹き出してしまう。
乃々は、寂しそうな哀しそうな強ばったような不可思議なあの表情で、言葉を飲み込むように黙りこんでいた。
こういう場面で笑い合えたらいい雰囲気だとは思うが、笑わない魔女相手にそれは高望みしすぎだろう。こうやって話せているだけでも奇跡に近いのだ。
「そんなRPGの村人のような同じ答えはいらないわ」
少し時間をおいて、銀路とシンクロしていた感想を淡々と乃々は口にし、
「お茶でもしない? とかいうのが王道パターンじゃないかしら?」
「ああ、そうか、その発想はなかった」
銀路は提案に乗ることにする。
「……本当に、ギャルゲーの主人公みたいね。だから相手をしやすいのだけど」
呆れたような乃々の言葉に、銀路は己が失態を晒していることを察する。
「近所にいい喫茶店があるから、そこにしよう」
だから、せめて店ぐらいは決めようと先手を打った。
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