STAGE2
2014/9/19 Fri. - 2
「え? 偶然だな。俺のクラスにも同じ名前の子がいるよ」
「……ギャルゲーの主人公ね、本当」
心底呆れたように言うと、黒の尖り帽子と赤いアンダーリム眼鏡を外す。
すると、帽子に挟んで髪を分けていたのだろう。その拘束が解かれて、左右に分かれていた前髪が眼鏡を外した瞳にかかる。
「あ……」
今、目の前にいるのは間違いない。
二学期から銀路の隣の席になった、真城乃々に他ならない。
「毎朝挨拶してるんだから、声で気づけばいいものを……」
再び呆れたように溜息一つ。
帽子と眼鏡をつけ直し、いつもの魔女の姿に戻る。
「いや、学校じゃほとんど喋らないから、真城の声なんてたぶん誰も覚えてないぞ?」
「だからヒントのつもりで話しかけてあげたのに……」
「あ、そうだったんだ」
急に挨拶をしてきたのは、そういうことだったらしい。
「それでも、いっこうに気づかないからこっちも意地になって、一体、どこまで鈍いのか、同じことを繰り返すのか、思わず試しちゃったじゃない」
不機嫌そうな目つきと声で、銀路を睨む。
「真城って、意外によく喋るんだな」
責められながらも、素直に感じたことを言葉にした。
「わたしは、必要なことは喋るわ。学校では、話す気にならないだけよ」
素っ気ない答え。
そこは、銀路の知っている乃々だった。
確かに、同一人物な気がしてくる。
なら、もう少し突っ込んで聞いてみよう。
「そういや、『笑わない魔女』とか言われてるのは知ってるのか?」
「ええ。陰口にもなっていないし、生徒会長さんまで言ってるみたいだからね。それに、大体あってるわよ、それで。魔女、上等よ。だからその二つ名を肯定して、こんな格好をしているのよ」
魔女の帽子をデフォルメしたような黒い尖り帽子と、黒いゆったりした長袖シャツにロングスカートの黒ずくめ。
「あ、これ、魔女のコスプレだったのか?」
「まぁ、そんなところね」
さらりと言ってから、小さくつけ足す。
「目立たないように、してるの」
「いや、それは結構目立つと思うぞ?」
ファッションに疎い銀路でも個性的で目立つだろうというのは解る格好だ。
「ええ、一般論ではそうでしょうね。でも、普段目立たない人間が目立つ格好をすれば、翻って本人と気づかれないんじゃないかしら? 貴方のような鈍い人じゃなくても、わたしをわたしと気づかないでしょう?」
銀路の鈍さを強調するちょっとばかり棘のある言い方だけれど、その通りだろう。
「それに、貴方のような物好きでもなければ、目立つ格好の人には絡みづらくて、結果的に人を遠ざける効果もあるのよ」
考えてみれば乃々があのゲームをやっていたのでなければ、銀路はこんな格好の女に近づこうとは思わなかっただろう。
「わたしは、ゲームが好き。でも、それを元に群れるのは好きじゃない。ゲームはコミュニケーション手段じゃない。裏切らないゲームと己との対話。少なくともわたし自身にはそうあって欲しい。だから、人を遠ざけるこの格好は、合理的なのよ」
強引な論理な気もしたが、それはそれで筋が通ってはいる。
何より、ストイックにゲームに向き合うとも取れる彼女の考え方に共感を覚えた。
だからこそ今、先日はぐらかされたことを改めて聞いておきたかった。
「前も聞いたけど、どうして、いつもあのゲームをやってるんだ?」
「一途、だからよ」
不思議な答えだった。
銀路は、なんだか理解できずにきょとんとしてしまう。
乃々はそんな銀路への呆れを孕んでか口の端を歪め、説明してくれる。
「同じ色をずっと倒し続けることで、獲得スコアが上がっていく。そのためには、他の色の敵に見向きもしない、ただただ一途な想いが必要。それをなぞるのは、裏切らない誓い。そんな風に思って、安心するの、あのゲームをしていると」
やはり、少し変わった理由だった。
「わたしの名前も暗示的よ。『乃々』は同じ音の繰り返し。そして、真城乃々という名前の最後の三つの母音がOOOと輪が三つ。パターン化に執着するのは、そういう名前の暗示にも通じているのかもしれないわね」
『OOO』が名前の捩りというのは、そういうことだったらしい。
「それで、貴方はどうしたいのかしら?」
ふいに、乃々は問いかけてくる。
「え、どうって?」
「……はぁ」
また、溜息を吐かれる。
筐体以外に向けて笑顔は全然見せないけれど、呆れた顔は沢山見ている気がする。
「毎日毎日、わたしのプレイを眺めて、貴方は何をしたかったの? プレイを終えたわたしの前にやってきて、どうしたかったの? 貴方がパターン化した行動を取ったのは、ただの永久パターン構築だったのかしら?」
改めて問われ考える。
気になった。
話がしてみたいと思った。
そう思った理由は何か?
彼女とは、ゲームの趣味が合いそうだったから。
身内以外で、初めて同年代で己の趣味を理解してくれそうな存在と出会えたことが、何より嬉しかったからだ。
なら、そんな人間とどうしたいのか?
自然と答えは出た。
「友達に、なりたい」
それが、銀路の答えだった。
「っ……」
なぜか、乃々は何か言いたそうにしながらも複雑な表情で言葉を飲み込んだ。
「はぁ……まぁ、ある意味パターン通りのあなたらしい答えね。それはそれで悪くないわ」
毎度の溜息一つを前置きに、乃々は応えてくれる。
「クラスメートとはいえ、わたしはずっとみんなと距離を置いてきたわ。余り、人づきあいは好きではないから。でも、貴方のパターン化された行動は見ていて楽しいし、どんなパターンをこれから構築するか、見てみたい気もする……だから」
銀路を見つめる乃々の顔には、不可思議な表情が浮かんでいた。
寂しそうな、哀しそうな、強ばったような複雑な感情が絡み合ったような表情。
だがそこに、目が隠れていたときに感じたネガティブさはなかった。
「笑えない魔女でよければ、友達になりましょう」
乃々は、右手を銀路へと伸べる。
「ああ、よろしく頼む」
銀路は、ズボンで手の汗を拭ってからその手を取る。
「こちらこそ」
ベタな儀式を伴う、乃々と友達になった瞬間だった。
美事なレバーとボタン捌きを見せた小さな手の平から伝わる温もりを感じ、銀路の胸の鼓動は早鐘のように響いていた。
藍華以外で初めての、趣味が通じる同年代の友達である。
手を離しても収まらない心臓の激しいビートは、きっとその喜びに打ち震えているからだろうと、銀路はそう解釈していた。
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