NO REFUGE

2014/9/28 Sun. - 3

 そこは、光り輝く空間だった。


 地面がどちらかも解らない。

 グルグルと3Dテクスチャの雲のような地面のような背景が周囲を流れていく。


 と、目の前に、何かが現れた。


 小さな、粗いポリゴンで構成されたカクカクした影。

 背筋を伸ばし、気をつけの姿勢で、三百六十度グルグルと目の前で回る。

 段々と輪郭がはっきりし、それが、少女の姿だと解った。

 次第に、少女の映像はクリアになりリアルな和装の少女の姿となる。


 銀路と藍華は、宙に浮いたまま電子遊戯の神と対峙する。


「よく来たの、銀路よ」

「ああ」


 記憶は既に戻っているので、銀路は比較的冷静に対応する。


「そして、主とははじめましてじゃのぉ。洞木藍華よ」

「ああ、はじめまして……ん? 子供?」


 遊ちゃんの姿を見た藍華は、訝しげな声を上げる。


「まぁ、神としては幼いからの。じゃが、これでもアラフォーなのじゃぞ?」

「アラフォー、ねぇ……確かに、ビデオゲームの歴史がそれぐらいか」

「ほほ、聡明じゃのぉ」

「こんな空間を見たら、信じるしかないからな。あたしは、遊ちゃんが電子遊戯、つまりビデオゲームの神であるってことは素直に信じることにするよ」


 周囲は未だ、流れる雲と地面がグルグルと回るポリゴンの世界だった。


「で、なんであたしはこんなところに銀くんと連れてこられたんだい?」

「銀路が挑んでおる『げえむ』の一部として、じゃよ」

「『げえむ』?」


 遊ちゃんの言葉に藍華は首を傾げる。


 それは当然だろうが、よくよく考えれば、


「遊ちゃん。俺もその『げえむ』の内容をまだよく解っていないんだが?」


 当の銀路もこの有様だった。


「ふむ、オープニングデモっぽいものは夢の記憶として見せてはおったが、詳細は説明しておらんからのぉ。ほれ、死んで覚える主義の主には初見はそれでよかろうと思ったのじゃ」


 悪びれずに言って、遊ちゃんはカラカラと笑う。


「じゃがまぁ、それでは話が進まんから、説明するかの」


 威儀を正して語り始める。


「まず、主は戯れに持ちかけた我の『げえむ』に挑むことを選んだ。クリアすれば願いを叶えるという報酬つきでの。そして、主の願いは『シューティングゲームの復権』じゃった。そこまではいいの?」


 銀路が頷くと、


「『シューティングゲームの復権』か。それはあたしも嬉しいねぇ」


 ケイブシューティングというか『怒首領蜂』シリーズを特に愛好する藍華は、銀路の願いに同調してくれる。


「そうじゃろうな。少なくとも、銀路に共感する者しかここにはこれんからの」

「え、それってどういうこと?」

「説明は後になるが、これから『げえむ』に協力してもらわねばならんからの。利害が一致しておらんと話にならんじゃろうて」


 銀路へ向き合い、遊ちゃんは続ける。


「要するに、我と出会った翌朝からさっき『ふりぃうぇい』に入るまでがシューティングゲームで言えばボスに辿り着くまでの道中に当たる部分。目的は、主が協力者を選ぶことじゃ」

「ん? それだとシューティングゲームというか、ギャルゲーの類みたいだな」

「その通りじゃよ。協力者をヒロインと捉えれば、道中については銀路を主人公としたギャルゲーと思って差し支えはない」


 言われて銀路は思い返す。


 確かに、ゲームセンターの魔女に近づくためにギャルゲーを意識していた。

 それぐらいしか、誰かと近づく手段を知らなかったから。


 そして、ゲームセンターの魔女と決別し、藍華と共にあることを再度確認したときも、やはりギャルゲー的な思考が働いていた。


「なるほど。そして俺は、道中で藍華姉を協力者ヒロインに選んだ、ってことか」


 隣に立つ藍華を見る。


「そっか、あたし、銀くんに、うん、いいな、嬉しいよ」


 照れたように笑いながら嬉しそうにする藍華の表情に、少しドキリとする。

 こういう表情もするのが藍華なのだ。

 それを知っているのは、多分、銀路だけ。


 が、そこはアラフォーの神が綺麗にはまとめさせない。


「まぁ、このルートはフラグが何も立たなかった場合のノーマルエンドじゃがの。元々、銀路の側におったのが藍華じゃからな」

「うう、酷い言い草だな」


 拗ねたように言うが、どこか芝居がかっている。


「何を言っておる。主も心の奥底では解っておる癖に」

「神様の目は誤魔化せない、か。今日に至るまでの流れを考えれば、そうなんだろうって気はしてたからね。だからこそ、選ばれたって事実を素直に喜んでおこうと思ったのに」

「つくづく聡明じゃの。そして……損な役回りじゃの」

「ま、それが幼なじみのお姉ちゃんというもんさ」


 ガハハと豪快に笑うが、どこか哀愁も感じさせる不思議な表情だった。


 一方、藍華と遊ちゃんが思わせぶりな会話をしている間、銀路は二人の言葉の意味が今一理解できなくて置き去りにされていた。


「ふむ、その鈍感力は本当にギャルゲーの主人公向きじゃな。我の目に狂いはなかったか」


 冗談めかした遊ちゃんの言葉は、ゲームセンターの魔女にも言われたことに通じる。


「そんなに俺は、ギャルゲーの主人公に向いているのか?」

「間違いないよ。でも、別に気にする必要はないさ。銀くんは、銀くんだろ?」

「そっか。藍華姉がそう言ってくれるなら、気にしないでおくよ」


 流れはどうあれ、この場に共に立った無二の理解者の言葉は重い。

 銀路は素直に受け入れる。


「で、俺と藍華姉が協力して何をすればいいんだ」

「それは、このゲームじゃよ」


 遊ちゃんの言葉と共に、周囲が再びレトロなゲームセンターに戻る。


 だが、沢山あったゲームの筐体は姿を消し、木造のフロアの中央に鎮座している筐体が一つだけになっていた。


 ブラウン管のゲーム画面に表示されているのは、いかにもなドット絵で描かれた『撃避 ShooTinG 』という文字。


「撃って避けると書いて、そのまんまシューティング?」

「そうじゃよ。やはり、最後はこれしかなかろうて」

「要するに、銀くんがシューティングの復権を賭けて挑んでいる『げえむ』とやらは、道中としてこの場に連れてくる協力者ヒロインを探すギャルゲーフェイズ、そして、この場で行われるボス戦に当たるシューティングゲームフェイズの二段階で構成されてるってことか」


 楽しげにいう遊ちゃんの言葉を受け、藍華が端的に纏める。


「その通りじゃ。銀路にもよく解ったじゃろうて」


 言われて、銀路は慌てて頷く。


「なら、ここからは主人公の銀くんが前に立たないと。あたしは協力者ヒロインだからな」


 藍華は一歩引いて銀路の後ろへ下がる。


「では、改めて説明するが、最後は銀路と協力者ヒロインにこの『撃避 ShooTinG 』の攻略に挑んでもらうことになる。ここは我の産みだした時空間。現実の世界とは時間も空間も切り離されておる。やろうと思えばいくらでも時間を与えることができるが、クリアするまで繰り返されては『げえむ』が成立せん。じゃからの、制限時間を設ける」


 そこで、ニタリ、と笑って条件を告げる。


「このゲームを藍華と協力して、今から二十四時間以内に攻略せよ。それがラスボス戦じゃ」

「了解だ」


 銀路が一秒で了承すると、藍華も応じて頷いてくれる。


「それで、クレジットはどうすればいい?」

「フリープレイにしておるから、コインはいらぬ。時間内なら何度でもプレイ可能じゃ」

「でも……」


 コインを投入して産まれる緊張感を重んじる銀路には引っかかるものがあった。


「気にするでない。これは『げえむ』の一部じゃからの。『げえむ』開始時に銀路が我に投入したコインにこのゲーム料金は含まれておると考えるがよい。ゲーム内のミニゲームをプレイするのに、一々コインは投入せんじゃろう?」

「それは、そうだけど……」


 釈然とはしないが、考え方としては理解できる。


「それでも気になるならコインを投入してもよいが、その時点でフリープレイは解除じゃ。因みに、この空間には主が我に支払った一枚のコインしか存在せんからの。結果的に、文字通りの『ワンコインクリア』をしてもらうことになるのぉ」

「それは……無茶だな」


 未知のゲームをファーストプレイワンコインクリアなど、あり得ない。

 どうやら、遊ちゃんの言葉に乗るしかないようだ。


「納得してもらえたようじゃの。では、ゲームのシステムは筐体の上のインストカードに書いてあるから、それを参照するがよいぞ」


 インストカードとは、レバーの側や、筐体の上についていたりする、操作方法などが書いた簡易な一枚物のマニュアルのことだ。


 遊ちゃんの言葉に合わせて、結構大きなパネルに収められたインストカードが筐体の上に突き出すようにして現れる。操作方法だけでなく、簡単なストーリーまでが書かれていた。


 銀路と藍華は、取りあえずそちらを読むことにする。


「まぁ、最初じゃしの。システムの理解にかける時間はノーカウントにしておこうかの。プレイ開始から二十四時間のカウントダウンを開始するでの、そのつもりでおるがよいぞ」


 遊ちゃんの言葉に甘えて、銀路はインストカードをしっかりと読み込む。藍華は性格的にすぐにでもプレイを開始したそうだが、そうすると制限時間が短くなるので、手で制する。


 インストカードに記されたゲームのストーリーを先ずは読んでみる。


 要約すれば、謎の宇宙人に侵略された地球を救うため、地下に潜んでいた人類が起死回生に産み出した戦闘機を駆り、敵の母艦を破壊するのが最終目的だ。


 母艦はバリアで守られており近づけない。まずは、母艦へエネルギーを供給している四つの施設を破壊してバリアを解除する必要がある。


「つまり、全五ステージか」


 最初の四面で各施設を破壊し、最終五面で母艦を破壊しクリア、ということらしい。


「で、敵を倒してそのエネルギーを吸収してパワーアップ、か」


 エネルギーはゲーム内ではスコアとして表現される。

 つまり、稼げば稼ぐほど強くなる、ということだ。


 更に、同じ種類のエネルギーを連続で吸収すれば効率よくパワーアップ=同じ色の敵を倒し続ければスコアが上がるというシステム。


「これ、『レイディアントシルバーガン』まんまじゃないか……」


 銀路が漏らした言葉に、藍華は少しうんざりした表情を浮かべた。チマチマパターン化して挑むようなゲームは苦手だからだろう。


 操作方法を見れば、ボタンの組み合わせで多彩な攻撃を使い分けるシステムは攻撃内容まで含めてほぼ同じだった。


 ただ一つ違うのは、


「ボタン全部を押したら、ボムなのか」


 『レイディアントシルバーガン』での最も特徴的な敵弾を吸収する剣による攻撃がなくなっていて、緊急回避のオーソドックスなボムに変わっていることだった。


 これで、一通りシステムは理解できた。


「それで、協力プレイってどうしたらいいんだ? 見たところ、一人プレイ専用みたいだけど?」


 藍華が遊ちゃんに疑問をぶつける。


「それは、銀路か藍華どちらかがクリアすれば『げえむ』クリア、ということじゃ」

「ん? それって俺がクリアしなくてもいいってこと?」

「そうじゃ。『協力』と言ったじゃろう? 主は藍華をここに連れてくることで道中をクリアしておるのじゃ。『げえむ』としては、若干メタな表現になるが、それはこの『撃避 ShooTinG 』をプレイする自機の選択肢のようなものじゃ。今回は銀路と藍華が選択肢として存在しておる。自機に何を選ぼうとクリアはクリアじゃろうて。じゃから、銀路と藍華、どちらがクリアしても『げえむ』としては同じなのじゃ」

「なるほどな」


 自機選択なら問題ないだろう、と銀路は納得する。


「じゃあ、銀くんが先にやってみてよ。見た感じ、あたしには向いてなさそうだから」


 藍華が消極的なので、まずは銀路が自分でプレイすることになる。


 筐体へ座り、気になって画面下部に表示されるクレジットの表示を見れば『 CREDIT * 』と表示が数値でなく*になっていた。


 遊ちゃんの言葉通りにフリープレイということだろう。


 銀路は遠慮なく1Pボタンを押下。


「では、今から二十四時間じゃな」


 遊ちゃんのカウントダウン開始の合図を受けると同時、ゲームがスタートする。


 九十年代風のドット絵の紙芝居、火山の火口から飛び出す銀の翼のデモを経て、最初のステージが始まる。


 インストの記載によれば、各ステージは前半がエネルギー供給施設へ向かう道中、後半がエネルギー供給施設を内包した要塞内、と二つのエリアに分かれているようだ。


 ゲーム開始直後は、荒野。


 戦闘機が飛び交うのではなく、地を這う三色の戦車があちこちから現れる。


「……赤、かな」


 『レイディアントシルバーガン』をそこそこプレイしたお陰で、なんとなく感覚は掴める。

 とは言え、パターンが解らない初見では打ち損じも多く、スコアは上がらない。

 敵の出現が結構トリッキーで、被弾も多い。

 ボムがボタン三つ全押しというのが地味に面倒で、緊急回避も失敗する。


「ゲームオーバー……」


 ステージの途中であっさりと終わってしまった。


「むむ、今度はあたしがやってみてもいいかな?」


 銀路の体たらくに呆れて、というよりは隣で見ているのに退屈してだろう。藍華がプレイを申し出る。


 どちらがクリアしてもいいなら、藍華にプレイしてもらっても問題はない。

 席を立ち、藍華と交代する。


「よっし、それじゃスタート!」


 景気よく言いながら、1Pボタンを押してゲームを開始する。


「ふんふん、敵の攻撃は緩いねぇ」


 藍華の操る銀色の近未来的戦闘機は、出てくる敵出てくる敵を適当に破壊する。

 同じ色を続けて倒してボーナスを稼ぐシステムは一切無視。

 非常に藍華らしいプレイだった。


 しかも、アドリブに強いのは初見でも敵の攻撃に対応できるということで銀路よりもスムーズにステージを進んでいく。


 しばらく進むと、大砲に手足がついたようなデザインの巨大な敵が現れる。

 画面上部には黄色のゲージが表示されていた。


「お、ボスかな?」

「だろうね。前半ステージが終わりみたいだし」


 砲台の後ろにはハッチのようなものがある。

 このボスを倒してハッチに入り、要塞内の後半ステージに突入するのだろう。


「なら、サクッと倒してしまうか」


 自信満々に言って、藍華はボスの攻撃を避けながらショットで撃ちまくる。『撃避 ShooTinG 』のゲーム名通りのプレイスタイルだ。


 だが、このゲームはそんなに甘くなかった。


「待て待て、なんだ、これ?」


 いくら攻撃しても、一向にボスのエネルギーゲージが減らないのだ。


 一方で、ボスの攻撃は時間と共に徐々に激しくなっていく。


 最初は、大砲部分からまとまった弾が自機を狙って放出されるだけだった。

 

 それが、散発的に手足からも弾が放たれるようになり、大砲の中から小さな敵機が現れて、画面全体を飛び回ってトリッキーな動きで弾を発射し始める。


 更に時間が経つと、両手足から無造作に大量の弾がまき散らされ始め、小さな敵機の数も際限なく増え続け、画面を埋め尽くさんばかりの発狂弾幕になっていく。


「にゃろう……」


 それでも藍華は気合いで躱し続けるのだが、限界がある。


 三十分は粘ったものの、


「ダ、ダメか……」


 ゲージの十分の一も削れないうちに、ゲームオーバーになってしまった。


「遊ちゃん、攻撃が効かないんだけど、どういうこと?」


 即座に、藍華は遊ちゃんに若干の非難を籠めて尋ねる。


「それは藍華が悪いぞ。稼がねば、攻撃力が上がらんシステムなのじゃ。最低限の稼ぎをこなせなければ、ボスにはほとんどダメージを与えられんようになっておる」

「そういうことか……」

「うへぇ」


 納得する銀路と、うんざりする藍華。


「ついでに、一般的なシューティングゲームのボスのように時間切れで自爆してクリアとなっても味気ないからの。今のように時間と共に無制限に弾幕を濃くしていく仕様じゃ。稼いでいれば不可能な状況になる前に余裕を持って倒せるが、稼ぎ度外視でやれば、見ての通りの結果となるじゃろうの」


 説明を聞いて藍華はげんなりしていた。

 銀路も、これは厳しいと思い知る。


 このシステムなら、ゲームセンターの魔女が協力者ヒロインなら……脳裏をよぎった願望は、頭を振って打ち消す。


 銀路は藍華を選んだのだ。

 藍華と共にクリアしなければ意味がない。


「とにかく、交代でプレイして攻略の糸口を掴もう」


 やる気が減退した藍華に変わって、銀路が筐体に座る。


 そこから、アドリブに弱いながらにそこそこは稼ぐ銀路と、アドリブに強いが稼げない藍華が努力と根性で試行錯誤を繰り返し、なんとか二人とも最初のステージの後半面のボスに辿りつけるようになった。


 じわじわと進んでいる実感があって、互いにこれからだと筐体へ向かっていたのだが。


「時間切れ、じゃ」


 無慈悲な遊ちゃんの声と共に、筐体の電源が落ちてしまう。


「な、もう、二十四時間経ったのか?」


 慌てる藍華と。


「そんなにプレイしていないのに……」


 悔やむ銀路。


 プレイ回数が少ないのは、藍華がボスで気合い避けしながら稼ぎ足りない分をどうにかしようと一時間ぐらい粘ったりもしたことに起因する。


 こうなるなら、割り切って銀路がもっとプレイした方がよかったかもしれない。


 だが、後悔先に立たず。

 戦略のミスは戦術では取り返せない。


「クリアならず、か」


 『シューティングゲームの復権』が果たされないことより、クリアできなかった事実が銀路には悔しかった。

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