2014/9/13 Sat. - 2
昼下がり。
銀路は昨日も訪れたゲームセンターの四階、ビデオゲームコーナーへとやってきていた。
「やっぱり、いい雰囲気だ」
大型筐体やプライズが幅を利かせる傾向にある昨今のゲーセン事情に鑑みても、これだけずらりとビデオゲーム筐体が並んでいるのは、それだけでワクワクする。
今日は何をしたものか。
腕前の安定を確認するために昨日ワンコインクリアを達成した『ファンタジーゾーン』への再挑戦もいいが、せっかくなので違うゲームをプレイしたい。
勿論、シューティングゲームだ。
居並ぶ筐体を物色していると、
「『怒首領蜂』、か」
藍華に薦められた『火蜂』の登場するゲームがあった。
「せっかくだから、やってみるか」
弾幕系の走りなので、昨今の弾幕シューティングよりはずっと温い弾幕だ。
勿論それは、シューティングゲームを嗜む好事家視点。一般人には、この時点で狂気としか思えない弾幕なのは否定できない。
ともあれ、なんだかんだでシリーズ最終作の『最大往生』まで一通りプレイしている銀路にとっては入門編に当たるゲームなのは違いない。
当然、それなりにはやりこんでいるが、
「うん、無理だ」
投入したコインの重みのお陰もあって、セガサターン版では五分五分でしか辿りつけない真ボスの火蜂に到達したのはいいが、開幕十秒も持たなかった。
何度見ても、冗談のような弾幕だ。
「これを倒すとか……大変そうだな」
プレイを終えて席を立とうとしたところで、この上なく目立つプレイヤーの存在に気づく。
黒い長袖シャツにロングスカート。
同色の鍔の狭い尖り帽子。
昨日も見かけた魔女的姿の少女だ。
今来たところなのか、『レイディアントシルバーガン』の筐体に向かってコインを投入するところだった。
未プレイのゲームを見るのは気が引ける。
それでも、少しでも近くでその姿を見たい衝動が抑えられない。
今日はまだコインを入れたところだ。
序盤なら、見えてしまってもまだ傷は浅い。
銀路は、そう己を納得させて、魔女の元へと近づいていく。
横合いから伺う。
レバーを中指と薬指の間に挟み下から掬うように持ち、三つのボタンにそれぞれ人差し指、中指、薬指を添えて楽器でも演奏するようにリズム良く叩く姿。
何より、抜群の笑顔。
心底からゲームを楽しんでいる表情に、強く心惹かれるものがあった。
そのまま、背後まで近寄ったのだが、
「気が散るから、どこかへ行ってくれるかしら」
気配に気づいたのか、こちらに一瞥もくれずに少女が冷たく口にする。
瞬間、その横顔から伺えた笑みも消えていた。
気分を害したようだ。
「ご、ごめん」
立ち去ろうと思った。
だけど、なんだか『レイディアントシルバーガン』をプレイする彼女の姿から目が離せない。このまま去るのは、惜しくて仕方なかった。
「えっと、なら、離れたところからなら、見ていてもいい、かな?」
恐る恐る、聞いてみる。
「物好きね……好きにすれば」
素っ気ないが、魔女は応じてくれた。
彼女はすぐゲームに没入し、その横顔に笑みが戻る。
銀路は『レイディアントシルバーガン』の筐体から『怒首領蜂』があったのとは反対側に離れ、『斑鳩』『ASO』『バトルガレッガ』『ガンバード』『ファンタジーゾーン』『デススマイルズ』『ゼビウス』と時代もバラバラなカオスなシューティングゲームのラインナップの前を通りすぎた辺りまで離れる。
遠目でも、魔女の笑顔の輝きは届いてきた。
「本当に、楽しそうだな」
先ほどの素っ気なさが嘘のような笑顔だった。孤独でストイックなプレイを心底楽しめていないと、こんな笑顔は出てこないだろう。
『レイディアントシルバーガン』のような玄人好みのゲームへとこれだけ没入する姿に、銀路は己に通じるものを見出す。
彼女なら、銀路に共感して理解者となってくれるんじゃないか?
そんな希望的観測まで浮かんでくる。
これは、特別な出会いだ。
今日、無性にゲームセンターに行きたくなったのは、こうして彼女の姿を見るためだったのかもしれない。そんなことさえ思う。
彼女ともっと接したいという気持ちが膨れ上がってくる。
銀路が遠目に見守る中、彼女の手が止まる。
どうやらエンディングに辿りついたようだ。
銀路は、注意深く画面を見ないようにしながら彼女の側へと近づいていく。
筐体の後ろまで辿りついたとき、ネームエントリーを済ませて立ち上がった彼女と目が合った。
初めて、正面からその顔を見る。
残念ながら笑みは消えていたが、美人というよりは可愛い系の顔立ち。
肩ぐらいの長さの癖のある髪を帽子に挟むようにして左右に分けた髪型。
その間からのぞいているアンダーリムの眼鏡の奥の大きな瞳が特に印象的だった。
藍華という美人系を見慣れているからか、対照的な可憐さに惹かれるものがある。
そんな少女があんなプレイをしていたギャップも、興味深い。
銀路は、ついつい彼女の顔に見入ってしまう。
一方で、少女は瞳を大きく見開いて、驚愕の表情を浮かべていた。
「え!?」
短く声を漏らすと、そのまま逃げるように駆け去ってしまう。
「あ、待って!」
銀路の制止の声はまったく効果はなく、彼女は下の階へと消えていった。
あの様子だと、追いかけるのは印象が悪いだろう。
一方で、このように逃げられたことで、彼女に近づきたい気持ちは強まっていた。
それは、手強いゲームに立ち向かうような、高揚感。
死んで覚える、という感覚。
どうしてこんなに彼女のことが気になるのか、解らない。
それを確かめるためには、彼女へと近づく必要がある。
なら、やることは単純だ。
――努力と根性で試行錯誤。
銀路のゲームへのスタンス。
そう、ゲーム仕立てに考えればよいのだ。
リアルは何がフラグか解らない。
それでも、できる範囲のことをしよう。
失敗して、死んで覚えながら。
「ん? リアルを舞台としたゲーム……」
今朝の夢の記憶が一瞬よぎるが、茫洋とした記憶は確証を与えてはくれない。
「ま、やれることをやろう」
不確定要素はとりあえず置いておいて、銀路はゲーセンを後にした。
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