2014/9/12 Fri. - 4
ゲーセンからの帰り道。
ふと近道をしようと思い立ち、普段は通らない路地へと入ったところ。
「ありゃ、行き止まりか……」
どうやら、適当に歩きすぎたようだ。
区画整備が行き届いていない路地のどんづまり。稼働しているのかいないのか解らない古い木造の町工場に囲まれた一角にぶち当たってしまった。
だが、その最奥。
「これ、ゲームセンター……か?」
木造の年季の入った建物があった。
壁面には色あせた前世紀のゲームのポスター。
漏れ聞こえてくる微かな電子音。
磨りガラスの窓には所々間に合わせのテープでの修繕。
入り口の上にはオレンジ色の縦長の看板が斜めに突き出ており、毛筆体で店名らしきものが書かれている。
「『いぇうぃりふ』……いや、逆から読んで『ふりぃうぇい』か」
そんなアナクロな雰囲気が、銀路の興味を掻き立てる。
何かに導かれるように観音開きの木製の扉を開くと、電子音が大きくなった。
「これは、凄いな」
学校の教室ぐらいの広さの店内。
壁際をぐるりと囲むように角度のついたブラウン管の嵌まった一般的なミディタイプ筐体が並び、中央には年季の入った平らなテーブル筐体が並ぶ。入り口付近には、立ったままプレイするタイプのレトロなアップライト筐体まである。
この雰囲気は、銀路にとって非常に心地良いものだった。
『アミューズメント施設』と呼ばれてイメージアップを図る以前、両親の写真でしか見たことがない昭和の雰囲気漂う正真正銘の『ゲームセンター』だ。
銀路は、なんだかワクワクしてくる。ゲームに燃えた血が騒ぐ。
他の客も、店員の姿さえもない。この空間を今、銀路は独り占めしているのだ。
居並ぶ数十のビデオゲームの中を、銀路は目を輝かせて気ままに歩き回る。
「お、これは」
ぐるりと外壁沿いに並ぶ筐体を眺めていると、銀路が以前嵌まっていたゲームがあった。
横スクロールシューティングゲームの金字塔『グラディウス』。
惑星グラディウスを亜時空星団バクテリアンの侵略から守るため、超時空戦闘機・ビッグバイパーで敵要塞ゼロスを目指すというシンプルなストーリー。
ゲージの位置を取得アイテムの数で調整し、スピードアップやレーザー、オプションなどを任意に装備してパワーアップするシステムが何よりの特徴だった。敵を倒し避けると同時に、どのタイミングで何を装備するかの戦略を立て、確実に必要な数のパワーアップアイテムを回収する戦術を磨くことが攻略の肝となる。
銀路は、このゲームもなんとか一周できるぐらいには鍛錬を積んでいた。ふと立ち寄ったゲーセンでこのゲームと出会ったのも何かの縁とコインを入れる。
心地良い投入の効果音が響き、クレジット表示がプレイ不可の『 CREDIT 0 』から1プレイ可能な『 CREDIT 1 』となる。
スタートボタンを押し、ゲームへ没入。
印象的な導入ミュージックに乗せて
火山、ストーンヘンジ、モアイ、逆火山、触手、細胞。
多彩なステージをかつて構築したパターンをなぞってクリアし、最終、要塞ステージ到達。
上下を壁面に囲まれ、ところどころにせり出しがあって通れる場所が限られる。その隙間にいやらしく配置された敵たち。だが、銀路の頭にはその配置は全て記憶されている。危なげなく、先読みで破壊していく。
いよいよ要塞最奥部。ラスボスへと続くシャッターを守る触手を激しい攻撃の間隙を突いて破壊。閉じかけたシャッターを辛くも潜り抜けると、壁面と六ケ所で接続された巨大な脳の姿をしたマザーコンピューターが現れる。
それがすべての元凶。攻撃はしてこないが、壁面にぶつかればアウトだ。慎重にビッグバイパーを操作し、要塞の壁面との接合部を全て破壊。
「よっしゃ!」
コインの投入による集中力ブーストもあり、ノーミスで無事に一周クリアを達成。シンプルで短いエンディングデモのあと、何事もなかったかのように二周目に突入する。
「二周目は、やっぱり無理か……」
二面でワンミスして、全てのパワーアップを失った途端、一気に調子を崩してしまう。そのまま残機を全て失い、あっという間にゲームオーバーとなってしまった。
先ほどの『ファンタジーゾーン』と似たような成果だったが、それが今の銀路の身の丈にあった成果ということなのだろう。
ともあれ、十分に熱い時間をすごせたのでよしとする。
寂しいことだが、やはりプレイする人がいないからだろう。またしてもスコア一位に輝き、爽やかなアップテンポのBGMのネームエントリー画面が表示されていた。このゲームでは、性別と星座まで入れるのが面白いところだ。
男性、山羊座、GNJ。
銀路は礼儀としてキチンと全て入力する。
「ふむ、主ぐらいの年で一周とはいえクリアするとは、中々やるの」
唐突に、幼くも老人のような口調の声。
振り向けば、テーブル筐体に座った銀路の目線と同じぐらいの小さな女の子の姿。
巫女装束をベースとしたような服に、檀紙と水引で長い髪を頭の後ろで纏めた和装が、この空間には場違いなようであり、ゲームの中から出てきたような調和も感じさせるようでもあり。
マジマジとその姿を観察していると、
「む? どうした? 我のセクシーさに目を奪われておるのか?」
妙なポーズで腰をクネクネさせだす。
「いや、そういうわけじゃなくて……えっと、君は、何者なの?」
戸惑いつつ銀路が尋ねれば、幼女は変なポーズをやめ。
ニタリ、とその外見年齢に不釣り合いな笑みを浮かべ。
「神、じゃよ」
当然のように宣った。
「神? ああ、カミって名前……」
「違うわい。神と言えば神。八百万の神、神様の『神』じゃよ、財部銀路君」
はっきりと、自らが神様だと告げる。
「いや、でも……え?」
荒唐無稽にすぎるが、名乗った覚えのない己のフルネームをさらりと口にしているのだ。頭ごなしに否定もできない。
面喰らう銀路を楽しげに見つめながら、幼女は言葉を継ぐ。
「まだまだ生まれて間もない幼い神じゃからの。それでこういう姿なのじゃ。じゃが、人間に合わせた年齢なら今日で三十九歳。アラフォーじゃぞ?」
奇しくも自分のゲーム趣味を揶揄する言葉に通じたことに妙な符合を感じつつも、銀路は状況が飲み込めないでいた。
「仕方ないのぉ。論より証拠じゃ。我の力の片鱗、見るがよいぞ」
そう言って背伸びをすると、銀路の肩にその小さな手をポン、と触れる。
瞬間、世界が変わった。
「な、なんだ、これ?」
そこは、電子の光に満ちた空間だった。
周囲には、前世紀の3Dゲーム染みたカクカクしたポリゴン丸出しの地面と空が流れている。宙に浮いて留まりながら相対的に高速で前進しているようだ。『スペースハリアー』みたいだな、と銀路は思った。
すると、何もない空間に窓が開くように、様々な映像が浮かび上がってきた。
古今東西のゲームの映像。
点と線で構成されたモノクロのテレビテニスから、最新のフルHD画像のゲームまで。
数々の電子によって生み出された映像が、浮かんでは、消える。
――どうじゃ、この異界へ主を誘ったのが、我の力じゃ。
声がした。
――我は、
それは、先ほどの幼女の声に相違なかった。
――我が司るものじゃからの。その要素は自由に操ることができるのじゃ。
得意げな声。言葉通り、銀路の周囲をゲーム映像がどんどん流れていく。
――この異界は、そんなゲームの世界をモチーフにしておるのじゃよ。
敢えてフルHDの現実と見紛うような映像ではなく一昔前の3D映像と解るような背景なのが、ゲームらしさを出そうという演出なのだろう。
この空間は、人間の持つ技術でどうにかなるようなものじゃない。『異界』という表現がしっくりくる、超常的な空間だ。この幼女が何かしらの超常的存在であるのは確かだろう。
「信じるしか、なさそうだな」
銀路が肯定の言葉を発すると、
「うむ、信じてもらえて嬉しいぞ」
途端、元の『グラディウス』のテーブル筐体前の椅子に戻っていた。周囲も、あのレトロなゲーセンの風景に変わっている。
目の前には、和装の幼女、否、電子遊戯神。
「まぁ、我を神と認めたとて、身構えることはないぞ? 日本では神など遍くおるのじゃから珍しくもない。それと、『電子遊戯神』というのも面倒じゃろうて、親しみを込めて『
一息に言いたいことを言って、カラカラと幼女神は笑う。
この見た目だと、『遊ちゃん』という方がしっくりくるのは事実。銀路はお言葉に甘えることにする。
「で、じゃ。本題はこれからじゃ」
見た目よりもずっと落ちついた口調で、語り始める。
「主をここへ導いたのは、我の行く末を占うためじゃ」
「遊ちゃんの行く末……ってことは、ゲームの未来ってこと?」
「飲み込みが早くていいのぉ。その通りじゃ。主は、ゲームの未来を憂えておろう?」
いきなり銀路の心に踏み込んでくる。神様にはお見通しなのだろう。
「そんな主の意見を聞いてみたいのじゃよ。主が望むゲームの未来とは、どういうものじゃ?」
「それは……そうだな。『古き良きゲーム』ともいうべき、熱くなれるゲーム達が、淘汰されずにこれからもどんどん出てくる、そんな未来だ」
銀路の言葉に、遊ちゃんは大袈裟に目を丸くして驚愕を示すと、
「『古き良きゲーム』か! 老害と蔑まれる連中が好みそうな陳腐な言い回しを、主の世代が用いるとは。なんとも、愉快じゃ!」
カラカラとケタケタと笑う。心から、愉快そうに。
「では、具体的にはどういうゲームが主にとって熱さを感じさせてくれるのじゃ?」
銀路は、アクションもアドベンチャーもロールプレイングもシミュレーションもギャルゲーも、基本的に興味を持ったゲームにはなんでも手を出してきた。どんなゲームであっても、攻略情報は遮断して努力と根性で試行錯誤。戦略を構築し戦術を実践する腕を磨いてクリアしてきた。その過程に、銀路が求める熱さがある。
となれば、銀路のプレイスタイルが一番しっくりくるゲームこそが、求める熱さを最もよく含むゲームということになる。
そこまで考えれば、自ずと答えが出た。
『ファンタジーゾーン』をクリアしたところだった。『グラディウス』もやりこんでいた。藍華には『火蜂』攻略を薦められもした。
どれも同じジャンル。
そう、今、銀路に最も熱さを感じさせてくれるのは、
「シューティングゲーム」
ということだ。
「なるほどのぉ。それじゃったら、主がゲームの未来に望むのは何じゃ?」
誘導されている気がするが、銀路は今更ながらに『シューティングゲーム』というジャンルに強い愛着を持っていたことを改めて自覚させられていた。
細々と新作は登場しているが、メインストリームからは外れてしまったジャンルでもある。『世界一弾幕シューティングゲームを作って販売した会社』としてギネスに認定されたケイブが二〇一三年にアーケードゲーム/コンシューマゲームから撤退してソーシャルゲームに移行してしまったのが象徴的だろう。
こんなことになる前に、もっと同世代のみんなに熱いシューティングゲームをプレイして欲しかった。
そう考えたところで、口を衝いて望みが出る。
「シューティングゲームの復権」
もう二十年以上前からオワコン扱いされてきたジャンルの復権などお笑い種だと重々承知している。
それでも口にしてみると「これだ!」と不思議としっくりきた。
「『シューティングゲームの復権』とは、これまた愉快じゃ! 新作は出ても、もう好事家ゲーマーにしか見向きもされないジャンル。確かにその復権は、ゲーマー達の方向性を変えていくじゃろうな」
しみじみと遊ちゃんは言う。
「我の目に狂いはなかったのぉ。寄りによって今日この日に『テレビテニス』をやるような人間なら、さぞ愉快なことになるとは思っておったが、期待以上じゃ」
「『テレビテニス』が何か関係あるの?」
「ああ、勿論じゃ。あれは、我の始まりじゃ。一九七五年九月十二日にエポック社より発売された日本初の家庭用ゲーム機である『テレビテニス』。その日が日本のビデオゲームの夜明け。我の誕生日なのじゃよ」
なるほど、と思う。が、
「でも、確かそれ以前にもアーケードゲームは出てたはずだけど……」
そうなのだ。
『テレビテニス』の元となった『ポン』がアメリカで爆発的に人気を博したのを受けて、日本でも色々なメーカーがアーケードゲームとして開発していたはずだ。銀路は両親からの英才教育のお陰で、そういう方面の知識は豊富だった。
「まぁ、そうじゃの。アーケードゲームは『テレビテニス』の二年前ぐらいからあったの。じゃが、当時はビデオゲームの黎明期で勝手に『ポン』を模倣したようなものが横行しておっただけじゃからの。余り数には入れたくないのじゃ。やはり、日本のビデオゲームの幕開けは、正式に記録の残る『テレビテニス』としておきたいのじゃ。別に、二歳サバを読んでおるわけではないぞ?」
最後はおどけて締めるが、言わんとしていることは何となく分かった。
「と、少し話が逸れたの。ゲームの未来へと話を戻そうぞ」
言って、遊ちゃんは威儀を正す。
「我はビデオゲーム全般を司る八百万の神の一柱。洗練され続けたがゆえに親切設計が行きすぎた温さ、コミュニケーション手段としての側面も強いソーシャルゲームのカジュアルさ、そういった時代の流れがもたらしたゲームの進化に身を任すのが筋かもしれん」
そこで、悪戯っぽい笑みを浮かべ、言葉を継ぐ。
「じゃがの、日本の神とはいい加減じゃ。いわゆる『人格神』。人間と同じように好みでわがままをいうこともまた、その在り方じゃ。たとえば、主のようなものの描く未来を戯れに叶えるのも一興……そういうわけで、我の行く末を主に占ってもらいたいということじゃ」
「でも、どうやって?」
自分がゲームの未来を占うなど大それた話ではあるが、興味はあった。
「一種の賭けじゃ。我が用意したゲームに挑戦してもらいたい。点と線でも面白いと実感した主にとっては皮肉なことに、『現実』というこれ以上ないリアルなグラフィックとBGMで展開するゲームじゃがの」
冗談とも本気ともつかない注釈をしながら、遊ちゃんは銀路の瞳をジッと見つめてくる。
「主の持っているものを駆使して努力と根性で試行錯誤すれば何とかなる難易度、としておこうかの。そのゲームを主がクリアできるか否か、それが占いじゃ。主がクリアできたなら、能動的に動いて『シューティングゲームの復権』という願いを叶えよう。できなければ、時代の流れに身を任せよう」
「でも、なんで俺なんだ? テレビテニスをやっていたから、ってだけじゃないよな?」
流石に、こんな重大なことをそんなことだけで選ばれるのは本意ではない。
「それはの、主のようにゲームに真っ正面から向き合い、努力と根性で試行錯誤を続けクリアする、そんな、かつては多くの子供たちが『古き良きゲーム』に対してそうであった在り方に、託したいと思ったからじゃ。キャラを育てて力押しをするのではなく、オンラインの実力者の協力で切り抜けるのでもなく、己の純粋な実力を磨いてクリアする。かつては当たり前だったゲームへの取り組みが、いつの日からか廃れておるからの。それを持つ主に惹かれたのは必然じゃろうて」
幼い容姿ながら母親を思わせる慈しむような視線で銀路を見る。他ならぬ神に自分のスタンスが認められて、銀路も悪い気はしなかった。
「まぁ、あくまでゲームじゃよ。クリアに失敗したからといって主が命を失ったり世界が滅ぶというようなペナルティはない。ただ、ゲームの行く末を決めかねた幼い神が、戯れに一人の少年の願いに賭けてみたくなった、というだけじゃ」
ご都合主義にも感じるが、魅力的な話だった。
一方で、この時点で神が用意したゲームがいかなるものか、かなり興味を惹かれていた。
だから。
「それで、プレイするかの?」
「うん、やるよ」
遊ちゃんの問いに即答していた。
「よい返事じゃ……それでは」
遊ちゃんが大きく口を開いた。
「は?」
何をしたいのか解らず呆然としていると、
「コインを投入せんか、ほれ、あ~ん」
説明して再び口を開ける。
「コインって……え?」
「ゲームセンターでビデオゲームをプレイするのにコインの投入は不可欠じゃろうが。即興のコインシューターじゃ。雰囲気は大事じゃろうて。それに、主は知っておるのじゃろう、コインを投入することで生まれる緊張感を?」
「それは、確かにそうだけど」
「ほれほれ、はよせい……あ、口はいやかの?」
「いやというか、そういう問題じゃないというか……」
「ふむ、なら……」
そう言って、遊ちゃんの視線が下がる。
「そうじゃの。女子の体ならこちらにも開口部が……」
「あの、口でいいです」
銀路は思わず改まった口調になって止める。とんでもない幼女神だった。
「ふむ、なら早くするがよい……あ~ん」
深く考えるのはやめて、銀路は財布から銀色に輝く百円硬貨を取り出す。親指と人差し指で摘み、いつも筐体に対してするように遊ちゃんの口へ投入する。
と。
――チャララララ~ン
どこからともなく効果音が鳴り響いた。
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