2014/9/12 Fri. - 3

「シンプルだけど、面白いな」


 昨日はパステル調のドット絵を映しだしていたリビングのブラウン管に、今はモノクロの点と線で構成されたシンプルな映像が表示されていた。


 「本当に面白いゲームは点と線だけでも面白い」とはよく使われるレトリックだが、このゲームではそれを実感できる。


 ブラウン管の前に鎮座するのは、黒いダイヤルがいくつかついた赤い横長のレトロな機械。日本初の家庭用ゲーム機、エポック社の『テレビテニス』だ。


 本体についた二つのダイヤルでラケットである縦棒を上下左右に動かしてボールを打ち返すのは、それだけで楽しい。自分のテクニックがダイレクトに反映されるのが感じられる。


 どう操作するのが効率がいいのか?

 次が上手い角度で返ってくるようにするには、どこで打てばいいか?


 銀路がゲームの楽しみとして最も重視する、戦略と戦術の構築。

 規模は小さいけれど、確かにそれがあった。


 とはいえ今の時代、そういうのが流行らないことも銀路はよく知っていた。


 試行錯誤を要求すると難しいと投げ出される。


 繰り返して鍛錬なんてするのは物好きだけで、多くの人達がネットに溢れる攻略情報を見て手軽に先に進むことに罪悪感を抱かない。


 とにかく気軽にプレイできることが大事。カジュアルなゲームとのつきあい方。


 銀路には温くて、物足りないゲームばかりになる未来を予感させる時代の空気。


 藍華との会話が切っかけとなって、家に帰るなり原点に触れようとゲーム庫から『テレビテニス』を持ち出したのだ。


 その結果、原点には確かに銀路が求める挑むべきゲーム性があったことが確認できた。銀路のゲームへの想いは、原点回帰ともいえるものなのだろう。


 確認が終わると丁寧にテレビテニスを箱へとしまい、チェックのシャツにジーンズというラフな普段着に着替えて出かける準備をする。繁華街のゲーセンで挑戦しておきたいことがあったからだ。


 近所の繁華街にはいくつかゲーセンがあるのだが、その中でもつい先日オープンした店舗へと銀路は足を運ぶ。


 五階建てで一階がぬいぐるみや各種グッズ、おかしなどのプライズ系、二階が音ゲーやレースゲーム、三階がガンシューティングやクイズや麻雀やカード対戦などの通信系ゲーム、最上階は女性限定のプリクラなどのコーナー。


 銀路の本命はそのどれでもなく、四階のビデオゲームコーナーだった。


 フロアの中央に背中合わせに何列も並ぶ対戦格闘ゲームが多くを占めるのは昨今のゲーセン事情を考えれば致し方ないところもあるが、外周に沿って並ぶのは新旧のアクションゲームやすっかりニッチなジャンルとなったシューティングゲーム。その品揃えは非常に豊富だった。


 銀路は、外周のシューティングゲームが並ぶ一角へ赴く。


 すると、普段から人気のないその空間に、場違いな姿があった。しかも、これまで誰もプレイしているのを見たことがなかった筐体に向かっている。


 女性のようだが、奇妙な格好だった。


 黒い尖り帽子、黒いゆったりした長袖シャツにロングスカート。

 魔女を彷彿とさせる出で立ち。

 肩口までのウェーブのかかった髪が、操るレバーの動きに合わせ、微かに揺れる。


 彼女がプレイしているのは『レイディアントシルバーガン』。得点による武器のレベルアップなど様々なジャンルの要素が入った縦スクロールシューティングゲーム。銀路がいつかはプレイしたいと思いながら、未だ手を出せていない名作。


 近くで見たいと思ったが、未プレイのゲームのプレイ内容を見てしまうことに抵抗があった。


 銀路は同じ並びの五つほど離れた筐体に真っ直ぐ向かう。それは、自宅でセガサターン版をクリアした『ファンタジーゾーン』。コンシューマ機でクリアしたからこそ、アーケードでもクリアしておきたい。


 そう、今日ここへ来た目的は『ファンタジーゾーン』ワンコインクリアへの挑戦だ。


 家でタダで何度でもできるゲームを、ゲーセンでわざわざお金を払ってプレイすることが馬鹿馬鹿しいと思う者もいるかもしれない。


 だが、銀路は知っている。


 身銭を切ることにより生まれるプレイへの緊張感は、コンシューマ機では決して得られないものだということを。


 銀色の百円硬貨をコインシュータへ投入し、1Pプレイスタート。英語の開始メッセージが表示される中、軽快なBGMに乗ってオパオパが画面上部から降りてくる。


 銀路は感覚を研ぎ澄まし、ゲーム画面以外を視界から排除。レバーを握る左手と、ボタンを押す右手を思考とダイレクトに結びつける。


 やはり、対価を支払ってのプレイは集中力が違う。


 繰り返しプレイにより立てた戦略を、鍛錬した戦術で遂行。積み上げたものを頼りに立ち向かう熱さ。それは、先ほどテレビテニスでミニマムなものを感じたのと同種のものだ。


 順調に攻略し、昨夜のセガサターン版でのプレイよりも危なげなく最後の触手を打倒する。


「よっし!」


 ワンコインクリア達成だ。筐体の中では、オパオパの父が涙を流していた。


 だが、これで終わりではない。クリアすると難易度が上がった一面へ戻りエンドレス。短いエンディングを終えると再び、軽快なBGMに乗って難易度が底上げされた一面が始まるのだ。


「ここまで、か……」


 二周目三面でゲームオーバーになる。


 昨夜のセガサターン版では気が抜けて二周目一面で終わってしまったので、それよりは先に進むことができた。これは、コインが与えてくれた緊張感によるブーストもあるだろう。


 対価を払うことで得られる緊張感は、ゲームセンターならではのかけがえのないものだと銀路は知っていた。


 プレイする者がないからかもしれないが、スコア一位に輝いてネームエントリー。銀路は『GNJ』と入力する。GiNJiの略だ。


 ゲームへの集中から解放され、席を立とうとしたところで、未だ『レイディアントシルバーガン』をプレイし続ける魔女の横顔が目に入った。


 途端、釘づけになる。


 赤いアンダーリムの眼鏡をかけた瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべている。見ている方も思わず笑みを浮かべそうになる、まばゆい笑顔だった。


 同じ魔女でもクラスメートの『笑わない魔女』とは大違いだ。


 その笑みは銀路の心に深く響いた。

 もっと近くで見たい、と思った


 だが、近づいて終盤に差しかかっているであろうゲーム画面を見てしまうのは、邪道だ。

 先の面は己の手で切り拓いて初めて目の当たりにすべきものだ。


 葛藤とも呼べぬ刹那の思考で譲れない信念が勝ちを収める。


 後ろ髪引かれる想いは否めないが、銀路はゲーセンを後にすることにした。

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