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 どれほどの時を過ごしたのか、いつ夜を越え朝を迎え昼をやり過ごしたのか、いつしか2人の前に大きな丘陵が横たわっていた。地表はごつごつとした岩に覆われているのだろう、草木も生えず地肌が露わになった部分が多い。丁度今のように日が翳り斜めから陽光が差すと岩肌が赤く光ってみえる。その上方、丘陵の頂点付近にひとかたまりの集落が見えた。

 「あれが……アンザイなのか?」

 青年が足を止めたのに気付き、タウは青年に問いかけた。青年は言もなくうなずく。

 どれだけの時間丘陵を見つめていただろうか。「あれは……あれでは、……」いくつもの問いがタウの体の中を駆けめぐり、そして唇の裏まで昇っては胃袋に落ちていった。何か胸騒ぎに似た感情に支配され、正常に考えることができない。頭の端からじりじりと溶けていきそうだ。

 「望みの叶う国、というにはあまりに倹しいと?ご想像されていたものと、様子が違いますか?」

 「何がおかしい」

 青年の問いに、タウは逆に怒りを含んだ声で返した。

 事実、青年の言った通りなのだ。望みがかなう国なら、繁栄の限り、贅の限りを尽くしているに違いない。よもや僧侶のように何も望まない清廉な国だとは考えたくはなかった。「たばかったな」

 「私をお疑いになるならご自分で国の民にお尋ねになればよい」青年は前方を指さした。

 「ああ、確かめてやる」青年を待たずにタウは走り始めた。

 大小に連なる岩を飛び越えるように走り道を昇る。息もつかせず登りつめると、一定の高みに至ったところで足元が急に細かな粒石で舗装された道に変わった。道は上に登るほど広く、輝く粒石が増えていく。

 やがて大きな赤い柱が10本ほど立ち並ぶ門が目の前に立ちふさがった。門と門の間は黒色に光る石が天に昇るようにはめ込まれ、一見しただけでは城壁にも思える。何者の侵入も拒むような門に、タウは思わず足を止めた。

 「ここはアンザイの大手門、すべての者は皆ここを越える」背後から歌うような声。いつの間にか青年が追いつき、キタラを手に立っていた。「ここが開くのは一日に一度、そして一年に一日、門が開く時に望みがかなう」

 「ではいつここが開くというのだ?」

 「お待ちなさい、」今にも門をけり上げそうなタウに、青年は諫める声をかけた。「今日こそは赤夜、もうすぐ宵の刻が始まります、やがて門が開かれますよ」

 言葉を待っていたかのように、ゆっくりと黒い石がうなりを上げた。徐々に石は地下に沈み込んでいき、やがて石の上辺から同じように黒色の石でできた建物の群れが現れる。日はまさに沈もうとしており、建物の壁はすべて赤黒く輝いているように見えた。

 「ここが……望みの国アンザイか」

 赤い光が落ちるとき、人々の思いはかなえられる。タウは口の中でアンザイの伝承を再度唱えた。「ここにいれば、願いがかなう」

 「そなたの望みは何ぞ」

 不意に門の背後から嗄れた声がした。程なく赤茶けた布を身にまとった老人が門柱の横に姿を見せた。声にたがわず顔には深い皺が何本も走っている。左足が不具なのか、体が左側に不自然に傾いでいた。

 「お前は?」

 タウの問いに答えず、老人は言を重ねた。「何を胸に秘めてここに来た、愚かな若者よ……今宵この時、一年に一度の赤夜にここが望みの国だとよもや信じて来たのではあるまいな」

 「だとしたら何という」

 聞きとげて、老人はタウに向かって歩き始めた。タウに触れるように近づきまじまじとその顔を見上げて凝視する。たっぷり数呼吸を置いた後、老人は割れるような笑い声を発した。

 「愚かなりや、」かはかはと笑う音は破れた鞴のようで、タウの耳には不快に響いた。「赤い光が空を覆う、赤い思いが国を覆う、人々は白い息を吐き思いを唱え、光はやがてその中に落ちる……」老人は笑いながら歌を口ずさんだ。青年が歌ったものとまったく同じその節に、タウは眉根を寄せた。「この歌だけが真実、ここにはほかには何もないぞ、…この老いぼれこそが良い例えだ」

 老人は門柱に体を寄せ、動きの鈍い左足を庇うように右膝を折り、地に腰を下ろした。「聞くがいい我が歌を、そして気付くがいい、……この愚かしい歌こそがこの国の真実なのだ」

 先ほどまでのしわがれ声とは全く違う太い声が地響きのように門の周囲を渦巻いていく。

 「今からちょうど30年前になる、私はアンザイに来た、選ばれた民としてな」

 話しながら老人はタウに手を差し伸べ、前に座るよう地面を示した。言われるままタウは胡坐をかく。青年はタウの後ろで立ったままキタラを手にしていた。

 「私は選ばれたのだ、ここから10カ月と10日離れた地、空にそびえる山岳国テンガイの中で私だけがアンザイに来ることを許された、私が願うべき望みはテンガイの繁栄、食物も産品もとれないあの国を富ますことを望めと託された」

 タウはわずかに首をかしげた。テンガイはタウが生まれるより前、2世代ほど昔に麓の隣国に攻め込まれて滅びたと聞いたことがあったからだ。

 「そなたも既に結末に気付いたと見える、」老人は言を連ねた。「そう、私はテンガイの生き残りなのだ、国を挙げて託宣した結果私こそがテンガイを救う主になると巫女が選んだのだ、私がテンガイから旅立ち山を下りる時には国王も王妃も王子も僧院長も見送ってくれた、朝もやの中で国中の人々が参列した、今やみんな星となり我らを見下ろしているがな……私は千載一遇の時が巡ってきたと考えた」

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