368:10:30 魂喰らいの魔女のお茶会
今日も魔女はお茶会の準備をする。
たった独りで、目覚めぬヒトを待ちながら。
ハーブの匂いが部屋を漂う。今日は手作りのハーブティーだ。そして手作りのシフォンケーキ。
2人分のお皿とカップ。けれど、使われるのは一つだけ。
魂喰らいの魔女は、本棚に歩み寄ると……迷った末に場違いな古い手帳を手に取った。
置かれた手帳の中でも一番古いものを。
ヴラカリクスの手記、という魔術書がある。
これは、数年前に発表された魔術書だ。誰が書いたものかは不明。
この魔術書によって、たった一年で魔学は10年分の進歩をしたと言われている。
基本的な魔術のススメから応用、発展、そして発見。さらには謎とされてきた人外の存在のあり方やその生態などあまりにも見事で内容の詰まった魔術書に誰もがその作者を探した。今までだれも知らなかった事実や発見が書かれていたからだ。
現在もその作者は見つかっていない。そして、多くの者はその手記がある手帳から知られてもいいことだけを抜粋されたものであることを知らない。そして、抜粋したのが魂喰らいの魔女として高名な彼女であり、その原本を持っていることを知らない。
彼女は、静かに手帳を開いた。
古い。用紙が黄ばみ、独特の香りがする。そんな手帳。一ページ目を開くと、文字が一つ、乱暴に書き殴られていた。
【わたしは殺された】
さらにめくる。
【なぜ、生かされた?いや、それよりもわたしはどうして生きている?】
どんどんページをめくる。
【337:02:28 どうやら、わたしが殺されてすでに一年が経っていたようだ。】
【カルサイト】
【だめだ、逃げられない】
【なぜわたしは生きている?!なぜだ!なぜだ!!!死にたい死にたいしにたいしにたいしにたいしにたいしにたい死にたいしにたいしね死ねばいいのになんで死ねないいっそのこと殺してくれ頼む殺して
お願いだから】
【ころした。わたしがころした……。】
【気が狂いそうだ。いや、もう気が狂っているのか?そうだ、そうにちがいない。でなければ、きっとわたしは死んでいるはずだ。】
【どうして生き残った……】
【337:03:04 彼は悪魔だ。いや、化け物だ。彼を止めるために、わたしは生きよう。それがきっと、わたしが生き残った意味だから。皆殺されたけれど、わたしはまだ大丈夫。生きている限り、彼に抗い続けよう。
もしもわたしが死んだときのために、この手記を残す。
私はヴラカリクス。吸血鬼のなりそこない。】
【337:03:12 私には吸血行為は必要ないと思われる。そして、どうやら眷属を増やすことはできないようだ。増やすつもりもない。】
【337:03:15 何の目的か、魔術師を中心に攫っているようだ。実験の内容は幾つかあるようだが私にはわからない。彼らも私を疎んでいる。】
【337:03:20 今の段階では私にはいかんせん信用も力も足りない。少しづつだ。】
【337:04:26 今までの研究所を捨てて新たな場所に移転をするようだ。ディスヴァンドの魔術師に嗅ぎつけられたらしい。】
【337:06:21 バタバタしていた。
吸血鬼について記そうと思う。いや、それよりも魔術師についてのほうがいいのか……まだ頭の中で完全に整理ができていない。とりあえず、吸血鬼について記そう。きっと、それがあいつの望みを知るための鍵なのだから。
吸血鬼とは人と似た存在だ。彼らは人々の血を糧とし生きる夜の住人だ。
今まで吸血鬼と人間の違いについて種の根本が違うなどと推察されてきたが、それは間違いだ。人間との違いはその「魂」のありかた。魂の歪み(もしかしたら彼ら吸血鬼からすれば歪んでいるのは人間の魂なのかもしれない)により日の光などの多くのものを苦手としている。その代わりとして人間とは比べ物にならない体力、腕力、魔力を持っている。
そして、その最大の特徴は、彼らは血を取り込むことで魔力を吸収する。吸血行為だ。そして、吸血行為により眷属を増やすこともある。
今まで謎とされてきたが先ほども書いた通り、吸血鬼は魂の歪みにより人とは異なるものとなっている。つまり、彼らが眷属を増やすということは吸血鬼は人間の魂を歪ませることができるということだ。
なぜ、あの男は世間一般は知らない…いや、魔術師の権威でも解き明かせなかった謎をいとも簡単に…あるいはまるで知っているかのように語るのか。その謎を私は解かなくてはならないだろう。
彼は吸血鬼の人工生成はほんの序章だと言った。彼は何かを作ろうとしている。それが何なのか私にはまだわからない。できるならば、我が故郷の者たちが傷つかないことを願うしかできない。】
【337:06:23 旅人に嗅ぎ付かれたと何人かの研究者が騒いでいる。旅人とは?こちらにはなにも情報が来ていない。信用をされていないからだろう。当たり前だ。】
【337:06:24 彼はまたもやこの研究所を捨てるつもりだ。しかし、一部のものにはなにも伝えずにただ二つに分けると言っている。】
【337:06:26 どうやら、私はまた生き残ってしまったようだ。不幸なことに、彼も。生き残ったのは私と彼、そして数名のちょうど研究所から出かけていたものだけだ。あれは…みなが「旅人」と呼ぶ存在が何か、調べなければならないだろう。彼らは私たちを重罪人と呼んだ。……当たり前だ。】
最後のページをめくった彼女は、ふと窓の外を見る。日が、傾き始めていた。
洗濯物を取り込まなくてはと片付けを始める。
そして、ベッドを見た。
いつものように、彼は眠り続けている。
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