3.5 ヒスイのお料理。

(話の展開の中で削った話+α)




――これは、餓えでおなかすいたと言っていたロアに、ヒスイがクッキーを作って持ってきた時の話である。


「あのね、あのね、クッキー作ったの」


起き上ったロアに、ヒスイが渡した袋の中にはクッキーらしきものが入っていた。

少し焦げたにおいからなにかしら食べ物だと判断する。が、食べられるものかよく解らない。そもそもこれはクッキーなのか。

ヒスイを見れば、きらきらとした目でその包みとロアを見て来る。

どうすればいいのかとオリヴィアを見るが、彼女はこちらの視線に気付いていない。

「これは」

「おかあさまがおしえてくれたクッキーなの。どうぞ!」

おそるおそる包みからソレをとりだして、じっくりと観察する。

一応、食べ物らしいが不思議な匂いがする。焦げただけでなく、良く解らない匂いだ。そして、形からしてなんなのか判断がつかない。さわり心地は石だ。

それで、クッキーとは。

ルーの記憶では、このような形状と匂いと硬さのものを食べたことが無いのだが。クッキーは知っているがこれは知っているクッキーとは違う気がする。

それともルーの記憶にはない食べ物なのか。

「……」

「どうしたの?」

これは、一体何なのだろう。

餓えの衝動が襲った時、たしかお腹がすいたなどと言っていた覚えがある。それでヒスイがわざわざ持ってきてくれたのだろう。

一体何なのかがわからないが食べるべきなのだろうか。いつもと違うきらきらしたヒスイの目を見る限り、食べるべきなのだろう。

おもむろに、口に含む。

――と、がつんと頭を撃たれたような衝撃が走る。

何と言う味なのだろうか。

表現できないが、とりあえずすごいような気がする。

痛みなどに鈍感なはずなのだが、のどがひりひりとする。

「ど、どうかな。ヒスイが、その……つくったの」

「(味が)衝撃的だ。それに……」

石の様なそれは今まで見て来たルーの記憶の中では食べたことのないものだった。

だが――ほんの少しだけ懐かしいと思ってしまった。


無言で食すロアと、それを嬉しそうに見つめるヒスイ。

それを、人の心を視ることができるオリヴィアは遠い目で見ていた。

(ヒスイちゃん……普通のクッキーより硬すぎることとかなり辛い事に気付いてあげてください……ロアの口の中が可哀想です……)

ロアは自分の感情や思いを言葉に結び付けられないことが多い。

「今度、味覚についてお話ししときましょうか……」

記憶をなくして自分の感情すら分からないからといってこう言う事もあるのかとオリヴィアは思う。たぶん、ロアは口の中がひりひりするのは……痛いのは辛いからだという事に気づいていない。



ちなみに後日。ヒスイの作った料理を一口でも食べたことのある人々からあの形容しがたい物体を完食したと言うことでロアが勇者扱いされるのは蛇足である。







ラドクリファの朝は早い。だが、ロアはもっと早い。と言うよりも大体寝ていないので早いと言うか起きている。

「――って、おい、ラド! ルー! じゃなくてっロアはどこに居る?!」

そんなわけでは、早朝にもかかわらず眼鏡をかけて書類を整理していたラドクリファの天幕に慌てた様子で入ってきたのはフェルネスだった。

「……さっき外に行ったが?」

同い年のラドとフェルネス、そしてサイカらはなんだかんだで仲が良い。

ぶっきらぼうにラドは応えると、フェルネスはそれ以上話していられないとばかりに天幕から出て行った。

「なんだったんだ……?」

残されたラドは、怪訝そうに眺め、そしてまあいいかと書類に向かった。


天幕のすぐそばにロアはいた。少し散歩でもしようかと外に出て本当にそのすぐ後にフェルネスは来たのだ。だから、フェルネスのロアを探す声は聞こえていた。

一体何事なのか。思わずロアは身を隠す。

フェルネスとはあまり接点が無い。ルーは世話になっていたようだが、ロアはまったく知らない。どんな基準なのか本人もよく解っていないが、ロアは結構人見知りをする。

「おい、ロアっ。どこに居る?!」

探しているフェルネスに応えず、ロアはそっと天幕に戻ろうとした。

が、なぜか誰かに肩を捕まれた。

「見つけたぞ」

静かに現れたのは、サイカ。

どうやらフェルネスはサイカと共にロアを探していたらしい。

「……」

「ついて来てもらおう」

なにやら深刻そうな様子に、とりあえずロアは目を瞬かせた。


サイカとフェルネスに引き摺られてロアがやってきたのはなぜか朝食を作っているとみられる区画。

ちなみに、なぜみられるという表現なのかと言うと、なぜか数人が死んだように座りこみ頭を抱えていたりお腹を抱えている。そして、なぜかざわざわと人だかりができている。

「くそ、新たな犠牲者がっ。間にあわなかったかっ!」

「だが、ロアなら……」

フェルネスとサイカが口々に言う。

「……??」

話がついて行けない。

なぜロアは連れてこられたのだろうかと首を傾げた。が、聞き覚えのある声がして意識はすぐにそっちに飛んで行った。

どうやら、人だかりができている所の奥から誰かが出て来る。

「あっ、ロアくん!!」

いつの間にかおにいちゃん呼びからロアくんになっていたヒスイの声。その声の元にふらふら行こうとするロアの首根っこを掴み、サイカがこそこそと小さな声で言った。

「ヒスイ嬢の作ったクッキーらしき物体を食べきったと聞いた。ならばこの事態も収拾できるはずだ……」

「……??」

なんの話?とやはり話について行けず、ロアは首を傾げた。とりあえず解放されたのでヒスイの元へと行く。

後ろでフェルネスが犬みたいだねーと話していた。

ヒスイは少し大きめの鍋を危なっかしい手つきで持っていた。

ぐつぐつと火からおろされても煮えたぎるそこには、緑の液体が入っている。なぜ緑。

「ちょうどよかった! あのね、ごはん作ってたの。ロアくんにたべてもらおうとおもって!」

「……どこに置く」

そっとヒスイが持っていた鍋を持ってヒスイに聞く。すると、ニコニコとヒスイは鍋敷きを持ってきて、そこに指差した。

「ちょっとまってね」

そう言って、ヒスイは用意を始める。辺りはざわざわとしたままだ。

「お、おい、辞めておけ! あいつらのようになりたくなければ!!」

「味見って……一口食べただけだってぇのに……!!」

「食べないこともまた勇気じゃ……」

ヒスイが少し離れた隙にこそこそと近くに居た人が言う。なるほど、少し離れた場所に出死んだ目をした集団はどうやらこの謎の鍋の中身を味見してあのような状態以上になったようだ。

サイカとフェルネスはこれ以上被害者を増やさないようにロアを呼んだのだろう。

そんなことよりも、料理をヒスイがロアの為に創ったと言う事がロアにとってはもっと重大なことだった。

なにしろ、ロアに作ってくれたのだ。

返事をする前にヒスイは小走りでやってきた。

「はいっ、どうぞ!」

出してきたのはよくヒスイが母のルチルに作ってもらっているオニギリ。白いお米を三角に……どうやら出来なかったようで丸い球状になっている。そして、オニギリの乗った皿をロアに持たせると、お椀に鍋の中身をよそり始めた。毒々しい緑だ。なにかの薬品の様である。

とりあえず、ロアはオニギリをいただくことにする。

一晩中起きているのでお腹はすいている。

とりあえず一口。

「……」

以前ルチルが作ったというオニギリを食べた時より水が多い気がする。そしてお米の芯が硬い気がする。あと、なにも味付けはされていない。

無言で口に運ぶロアに、ヒスイは嬉しそうに眺めている。

そして食べ終わったロアに、ヒスイはあの例の緑を渡した。

改めて見るとやはり緑だ。地面の草よりも緑だ。

中にはぶつ切りになった野菜っぽいものや肉っぽいモノが入っている。細切れになったなにかも入っている。

とりあえず一口。

「……これは」

口の中に広がる衝撃。

ふと、この前オリヴィアに道端に生えていた草を食べさせられたことを思い出す。食べられる草だから食べてみ?と言われて食べたら口の中がすごかった。それが『苦い』ということよ。と、真顔で言われたのは記憶に新しい。

緑のおそらくスープらしきものは苦かった。

あの草はもっと直球に苦かった。このスープは苦かったりあといろいろすごい。

なんと表現すればいいのか分からない。あとでオリヴィアに聞こうとロアは思った。

中の具は大きさがまちまちで、同じ素材でも柔らかいモノと硬いものがある。とりあえず食べていく。

人ごみがざわめく。

「ゆ、勇者だ」

「まさか、食べきってしまうのか」

「いや、まだこの後の難関が待っている……」

難関とは一体何だろうと思いつつ、ロアはお椀一杯を食べきった。

ふと、顔をあげると、ヒスイがこちらを見ている。キラキラと……オリヴィアいわく期待する様な目でヒスイはこちらを見る。

「ロアくん、どう? おいしかった?」

おいしかったか、ロアは迷う。そもそもの問題、ロアは食べている時に美味しいなど考えずに食べている。美味しいと言う感覚がないのだ。自分が好んで食べる物などもよく解らないし、辛いモノが好きなのか甘いモノが好きなのかすら分からない。

なので、とりあえずロアは返答を保留にすることにした。

ロアは考える。なんと答えればいいのかを。

ちなみに、野次馬が難関と言っていたのはこの問いである。これまで味見をした者達はこの問いに美味しいと言って撃沈した。美味しいと言えばもっとどうぞと言われて渡される。無邪気に笑う幼い少女相手にいらないと言う選択肢は消滅して自滅。そして、その理由と同じ理由でまずいなどと答えられなかった。

「……」

「ロアくん?」

「私は、これが美味しいのか判断できない。だが……」

ロアは自分の感情を言葉にできないことが多い。オリヴィアに教えてもらったことを思い出す。この感情は、オリヴィアが教えてくれていた。

「だが、私の為に作ってくれたことは、嬉しい」

「……そっか! よかった!」

にこにこと微笑むヒスイの横で、野次馬達はそのような返しをするとは思っていなかったので衝撃を受けていた。この言葉、他の奴らにも使えるんじゃね?などと話している人もいる。

そんな彼等のことなど気にせず、ロアは無言で残っているスープをよそう。

「おかわり?」

「だめか」

「ロアくんのためにつくったから、だいじょうぶだよ。もっとたべて!」

無言でぱくぱくといつもの様に食べて行くロア。それをにこにこと見ているヒスイ。

その横で、野次馬達は「おい、あれは勇者か?」などと話していた。

「ところで、なぜ緑色?」

二杯目も終盤に差し掛かった頃、それまでずっと聞きたかった疑問をロアは問う。

「え? あっ、体にいいってやくそうとかやさいとかいろいろ入れたの! ……あっちょうみりょう入れるのわすれたっ?!」

「そうか」

薬草いれてどうすればこんな緑になるんだ?ちょっとまて!なぜ調味料忘れたっ?!誰か気付いて言ってやらなかったのか?!と野次馬達が騒いでる横で、ロアは平然とした様子で三杯目をよそう。

「しっぱいしちゃったから、やっぱりおいしくない?」

「分からない」

「じゃあ、ロアくんがおいしいって言ってくれるものつくれるようになるね!」

別に美味しくないから答えない訳ではないのだが、ヒスイが作ってくれると言うのならば訂正しないでおこうとロアは思った。

ヒスイがロアの為に作ってくれるのは、とっても嬉しいことだから。



ちなみに、この事件を機に、とりあえずヒスイが料理を始めたら味見役(人柱)として早急にロアを呼ぶこととルチルやオリヴィア、料理ができてヒスイの失敗に気づいて直せる人を呼ぶことが野次馬達の暗黙の了解となった。


さらに蛇足だが、その後、オリヴィアやラドクリファ達とロアが食事をしている時に、どうやらロアの味覚が少し鈍いことをオリヴィアは気付いた。たぶん、だからヒスイの料理を平然と食べれるのだろう。それにしても、鈍いはずなのに結構な衝撃受けているのはどういう事だ。それほどヒスイの料理が酷いという事なのか。

まだ、ヒスイの料理の洗礼を受けていないラドクリファは、オリヴィアすら感想を言わないヒスイの料理を今後も食べないようにしようと決意した。

そしてオリヴィアは、できうる限りヒスイが料理を作り始めたらそばで失敗しないように見守ろうと決意した。失敗やすっとんきょうなものを入れたりしなければヒスイの料理は意外と食べれるものだから、味覚が鈍くともできうる限りちゃんとしたものをロアに食べさせてあげたかった。口の中がかわいそうだ。


そしてロアは、今日もヒスイの料理を残さず食べている。

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